【第三話 白音 香音】

『現役女子中学生、白音 香音!
通り魔殺人犯を撃退!逮捕に貢献!』

『美少女中学生現る!凶悪な殺人犯を一刀両断!』

『アイドル顔負けの美少女中学生!ファンクラブ結成!』

翌日の新聞の一面は、どの新聞も香音の記事で賑わっていた。

(…………ファンクラブって何だ?)

神童 剛(しんどう たけし)は浮かない顔で目の前の刑事を睨み付けた。

「で、俺はいつまでここで拘束されてんだよ!」

こことは警視庁公安第一課の中にある取り調べ室の事だ。

「仕方がないだろう。君の保護者に連絡が付かないのだから。」

答えるのは天草 省吾(あまくさ しょうご)と言う名の冴えない刑事だ。

「俺の家庭は色々とあんだよ。放っておいてくれ!」

昨日の新宿殺人事件の後、俺と香音は警察に連行された。ほどなくして香音の家族が迎えに来たのは良いが、俺には迎えに来る両親が居ない。結局、朝まで冴えない刑事の相手をしなければならなかった。

「それにしても驚いた。まさか君があの『悪魔の子』だったとは…………。」

「ふん。」

「そして、あの少女。白音家(しらねけ)のご令嬢とは恐れ入った。強いはずだ。」

「…………あんた、香音の事を知ってんのか?」

天草の話では、白音家(しらねけ)と言うのは先祖代々が巫女の一族で1000年以上の歴史がある由緒正しい名家らしい。そして、古くから受け継がれる異能の力は同業者の中でも別格で特に『除霊』に関しては他の追随を許さないほど抜きん出ているとの事だ。

「まだ中学生だと言うのに、凄いね白音家は………。惚れ惚れするよ。」

「おっさん、何かキモいから止めろ。」

「そんな事より………。君達の話は実に面白い。」

「ん………あ?」

「なるほど、最強最悪の『悪霊』か………。これは調べて見る価値がある。」

「あんた俺達の話を信じるのかよ?『悪霊』だぜ?」

「そりゃあ信じるとも。なぜなら神童君。僕には霊感があるからね。」

(何だこいつ……。変な奴…………。)

ゴホン

「ふむ。まぁ良い。仮にその『悪霊』を『悪霊A』としよう。」

「悪霊A?センスねぇな………。」

「2年前の上野公園連続殺人事件、そして明成学園生徒殺人事件。この時期を堺に東京都では死亡事故が相次いでいる。不自然なほどに………ね。」

「……………。」

「何か裏があると思わないかい?」

「……………裏?」

「例えばだ。この時期を境に急成長した企業とか、莫大な利益を得た人間とか……。」

「何言ってんだアンタ。何者かがわざと事件を起こしているって?『悪霊』を操って?」

「うん。君には難しいか。つまり『悪霊A』を捕まえれば東京都の死亡事故は激減するかもしれないって話さ。」

「ふん。馬鹿馬鹿しい。『悪霊』を操れる奴なんざ居ねぇよ。」

「何にせよ、君達の目的は『悪霊A』って事だろう?協力するよ。」

「あん?」

「私も『悪霊A』に興味がある。警視庁公安の名に掛けて探して見せよう。全力でね。」

「……………。」

それから数分もしないうちに、俺は釈放された。

神童を見届けた天草は早速作業を開始する。

カタカタ

カタカタカタ

(最強最悪の『悪霊』か…………。)

西暦2029年4月

東京都立明成学園中等部1年A組で起きた『生徒連続殺人事件』

当時の公安の資料によれば、殺害に使われた凶器も犯人と思われる人物の映像も残されていない。つまり犯人は学園のセキュリティを掻い潜り誰にも気付かれず犯行に及んだ。

(ま、相手が『悪霊』ならば証拠らしい証拠は残らないのも当然か………。)

カタカタカタ

殺された生徒達26名は何れも獣に襲われた様な傷跡を残し、全身が血塗(ちまみ)れの状態で発見された。同クラスで殺害されなかった生徒は2名おり、名前は神童 剛(しんどう たけし)と中島 翠(なかじま みどり)。捜査は2人の証言を元に進められた。

神童の話では、いきなり現れた『化け物』が次々と生徒を襲ったと供述している。対する中島の話では、神童少年が『化け物』に変化して生徒達を次々と襲ったと証言している。

2人の証言が全く食い違っている上に犯人が『化け物』などと言う荒唐無稽の話とあって捜査は難航を極める。当時の様子から2人は極度の精神錯乱状態であり、その証言には全く信憑性が無いと判断。その後、2人は精神科の病院へ送られ長期入院を余儀なくされた。

(それで『隔離病棟』か…………。)

尚、本事件に付いては、事件性は無いと判断し、管轄を警視庁から経済産業省へと移行。5月15日をもって捜査を打ち切りとする。

(………は?事件性が無い?……………経済産業省?)

カタカタカタ

カタカタカタ

「ちっ!」

(プロテクトが硬い。俺ではガードを潜り抜けるのは無理か…………。)

ガチャ

ピポパ

プルルルルル

プルルルルル

ガチャ

『おぅ天草。どうした?公安1課では上手くやってるのか?』

『城島(じょうじま)。頼みがある。』

『ん?何だ、いきなり………。』

『ハッキングして欲しいサーバーがある。』

『………………。それは尋常じゃないな。』

『あぁ。重大案件だ。』

『で、どこのサーバーよ?』

『…………経済産業省。』

『な………に?』

『2年前の明成学園生徒殺人事件の犯人を追っている。協力してくれ!』







コツン

コツン

国立精神科病院特別施設

通称『隔離病棟』

白音 香音(しらね かのん)は、施設の一室にあるドアをノックする。

コンコン

「香音(かのん)です。入ります。」

ギギィと錆び付いたドアの向こう側には、陽の当たらない部屋のベッドに横たわる一人の青年がいた。

男は香音が来た事に気が付くと、のそりと身体を持ち上げ、ベッドに座ったまま振り向いた。

「やぁ、凛(りん)。今日も来てくれたのかい。」

そして、片腕の無いその青年は、いつものように、香音に優しく微笑むのだ。




西暦2029年3月

その日の東京は、今にも雨が降り出しそうな嫌な空模様だった。

白音家本家のある白河神社の本殿。

「まだ見つからんのか!」

「はっ!只今、懸命に捜索中でございます。」

「どうなっておる。人探しの能力に優れた術師が20人掛かりで見つけられぬとは………。」

「はっ!畏れながら、凛様が消息を絶って既に1ヶ月。これ以上の捜索は………。」

「馬鹿者!凛は白音家の長女!正当な後継者だぞ!」

バタバタバタバタ!

そこに一人の術師が本殿へ走り込んで来る。

「当主様!」

「どうした!」

「凛様の気配を探知しました!」

「な!本当か!場所はどこだ!」

「はっ!東京都内の病院。国立精神科病院です!」

「…………精神科病院……だと?」


ブルルル

香音(かのん)は父に連れられて病院へと向かう。

「お父様………。凛姉様はご無事でしょうか。」

「病院に問い合わせたが凛と思われる患者は居ない様子だな。」

「ではなぜ姉様の反応が?」

「分からん。術師が凛の気配を間違うとも思えんが、それも行って見れば分かる。」

ブルン

バタン!

病院へ到着した香音は急いで車から飛び降りた。

「!」

ここまで来れば、香音でも凛の気配を感じ取る事が出来る。

「凛姉様………。」

これは確かに凛の気配。

ドタバタと階段を駆け上がり、香音は一番奥の病室を目指す。

強い気配を感じる。

ダッダッダッ

バタン!

「姉様!!」

返事は無い。

香音は恐る恐るベッドで横たわる人間を覗き込んだ。

(男?…………凛姉様では………無い。)

ベッドの前方に貼り付けられた名札に書かれた名前は『本郷 聡』。知らない名前だ。そして、その向こうの壁に飾られているのは真っ赤な札。巫女の一族が使う『護符』だ。

(これは………。)

それも只の『護符』ではない。赤い色は明らかに血液を染み込ませたものだ。巫女の一族であっても、よほどの事が無いと真紅の『護符』を造る事は無い。

(これは………凛姉様の『護符』。)

「それが気配の正体か。」

「お父様………。」


後で聞いた話では、その青年は1ヶ月前に病院に担ぎこまれたらしい。看護師が言うに、それは悲惨な状況だった。青年の左腕は、まるで獣にでも食い千切られたかのようにスッポリ失い、全身の傷は見るに堪えないほど深く、生きているのが不思議なほどの重体だった。

その右手に握られていたのが、真紅の『護符』だ。この青年は『護符』の加護によって一命を取り留めたに違いない。

「どうか彼を………聡君を助けて下さい。」

病院へ青年を担ぎこんだのは、一人の女性だったと言う。その女性も全身血まみれで、医者は治療を受ける事を勧めたが、女性はキッパリと断った。

「大丈夫です。私は普通の人間では有りませんから。」



あれから2年

香音は凛姉様の行方を探す為に『隔離病棟』へ通い詰めている。何か姉様へと繋がる情報は無いものかと、青年へと話し掛ける。

「凛………。君はいつも同じ事を聞く。」

青年は答える。

「大丈夫、何も心配する事は無い。君の事は俺が必ず護るから………。」

結局、それ以上の情報は得られず、香音は病院を後にする。

(今日も何も収穫は無しか…………。)

凛姉様が行方不明となって2年。香音(かのん)は、2年もの間、姉を探し続けた。しかし、姉の手掛かりはおろか、姉様を殺したと推測される『悪霊』すら見つからない。

生きているのか

それとも……………。

(それすらも分からないなんて…………。)

せめて、遺体でも見つかれば諦めも付くだろうにと、香音はふぅと溜め息を吐いた。

(…………!)

すると、視線の向こうに病棟へ歩いて来る一人の女性が見えた。背丈は香音より少し高く、年齢も2つ3つ年上に見える。その長く美しい黒髪は凛姉様を彷彿させる。

(姉様が生きていたら、あんな感じなのかな………。)

両手に抱えているのは花束だ。おそらく誰かの見舞いだろう。

コツコツと歩いて来る女性とすれ違った時、香音は何か懐かしい気配を感じた。

(この感じは………。)

香音は振り返り女性を見る。女性から感じた気配が凛姉様とよく似た感じがしたからだ。

(………………別人………よね。)

香音が姉様の顔を間違えるはずもない。

その女性は何事も無かったかのように、そのまま病院へと入って行った。