【第一話 悪魔の子】
西暦2029年4月
東京都立明成学園中等部1年A組
わいわい
がやがや
新たな新入生を迎えた明成学園中等部は、胸に希望を抱く生徒達で賑わっていた。
「えー、この後、クラス委員を決めますので、皆さんは帰らずに待機していて下さい。」
「えー!」
「そんなの授業中にすれよ!」
「はいはい静粛に。先生はすぐに戻りますので、各自候補があれば考えといて下さい。」
「ふぁーい。」
ガラガラ
バタン
それは、何の変哲も無い日常だった。
「それにしても、最悪よね。このクラス。」
誰かがその話題を口にした。
「本当、気味が悪い。」
何とも露骨な悪口だ。
「おい、知ってるか。アイツ『悪魔の子』だって噂だぜ。」
そんなのは聞き飽きた仇名(あだな)だ。
「ちょっと止めなさいよ。」
止めに入ったのはクラスメイトの一人。名前は確か中島 翠(なかじま みどり)とか言ったか…………。
「剛(たけし)君が何をしたって言うのよ。これから同じクラスなんだから仲良くしましょうよ。」
(あ~あ、やっちまった。)
馬鹿な奴だと思った。今までに俺を庇った奴はロクな目に合わない。クラスの奴らは俺には何も出来ないくせに、俺を庇った奴を虐める。
「おい、翠(みどり)の奴、何でこんな奴を庇うんだよ!」
「好きなんじゃねぇのか!?」
「『悪魔』の女か!この野郎!」
「きゃあ!」
(実にくだらない…………。)
男子生徒達は中島 翠(なかじま みどり)の髪を引っ張ったり、ツバを吐き掛けたりと、何とも低レベルな奴らだと思った。
ガタン
「!」「!」「!」「!」
俺が椅子から立ち上がると、クラスメイト達は一斉に俺に注目する。
ギロリ
「ひぃいぃぃ!!」
「悪かった!殺さないでくれ!」
スタスタスタ
ガラガラ
バタン
「………………。」
水飲み場に向かった俺は水道の蛇口を捻り、頭から水をかぶった。
「ふぅ………。」
どうやら俺の中学校生活は何も変わらない。それも仕方がないと思った。あの日、両親を一度に失った日から、俺は呪われているのだから。
ドクン
「!」
その時、急に嫌な気配が学校を覆った。
(何だ……………。)
この気配は何度か経験した事がある。
(いや…………………。)
次元が違う。
(なるほど、確かに俺は呪われていやがる。)
俺はおもむろにポケットからカッターナイフを取り出し。
チキチキ
グサッ!
グサッ!
「きゃあ!」
「ちょっと、あんた何してんよの!」
自分のの手首を切り裂いた。
ブワッ
と鮮血が飛び散る。
「ふふ…………。」
俺はニヤリと笑う。
よりによって、気配が向かう先は1年A組の教室だ。
(まぁ、クラスメイトがどうなっても知ったこっちゃねぇが、あの翠(みどり)って奴は助けてやるか…………。)
そして、俺は叫んだ。
「そっちがその気なら、望み通りぶち殺してやるぜ!!」
ダッダッダッ!
「教頭先生!大変です!」
「ん?慌ててどうしたのかね?」
「神童君が!」
「神童君?」
「1年A組の神童 剛(しんどう たけし)君が!教室で暴れています!」
「何と!あの『悪魔の子』か!?」
西暦2031年 4月
コツン
コツン
国立精神科病院特別施設
通称『隔離病棟』
コツン
コツン
「あのコ、退院するらしいわ。」
「え!ほんと!」
「なに露骨に嬉しそうな顔をしてんのよ。」
「だって、あのコ、気味が悪いんだもの。」
コツン
コツン
神童 剛(しんどう たけし)。年齢は13歳。中学三年生になる年齢だ。
コツン
コツン
「神童の側には近寄るな。」
それが、世間の常識だった。最初の犠牲者が出たのは、まだ剛(たけし)が5歳の頃。小学校の入学式を迎えたその日、両親を乗せた乗用車が交通事故に合い、父と母は他界した。燃え盛る車の中で、泣き叫ぶ少年、神童 剛(しんどう たけし)は全くの無傷であったと言う。
コツン
コツン
「会計は終わっています。そのままお引き取りを………。」
ギロリ
「あ、その…………。ごめんなさい。」
「ふん。」
コツン
コツン
ウィーン
久し振りの直射日光は、剛の目には眩しかった。
(2年振りだからな…………。)
剛が入院したキッカケは2年前の事件にまで遡る。都内の中学校へ進学した剛のクラスメイト1年A組の生徒達、総勢28名。
そのうち26名が死亡した。
生徒達の遺体には、まるで獣に引き裂かれたような爪痕が残されていたものの、侵入者の形跡も犯行に使われた道具も発見されていない。
もう一人の生存者である女生徒の証言では、神童 剛は自らの手首をカッターナイフで切り裂き、狂ったように叫び散らしていたらしい。
この事件の真相は謎に包まれたままであるが、問題は神童 剛の周りで起こった事件はこれだけでは無い。過去にも剛に近い知り合いが複数人死亡している。
故に剛を知る者は
彼の事を『悪魔の子』と呼んだ。
ズザッ
剛は久し振りの外の景色をぐるりと見渡した。
(何だこりゃ………。2年前と比べても真っ黒けじゃねぇか。東京はいったいどうなってやがる。)
「ま、俺の知ったこっちゃねぇが………。」
タッタッタッ
前方から走って来るのは黒髪の少女。歳は剛と同じくらいだろうか。
(!)
そして、その後方からは巨大な悪の気配。
(ちっ!退院早々にこれか…………。)
狙われているのは、間違いなくこの少女だろう。放って置けば確実に殺される。神童 剛が退院した途端に、病院の目の前で死人が出るってか…………。
(洒落にならねぇな。)
しかし
助けようにも今は手元にナイフが無い。
(さて、どうしたものか…………。)
剛がナイフの代わりになりそうなものを手探りで探していると、少女は剛の目の前で立ち止まり、おもむろに声を投げ掛けて来た。
「逃げて下さい!悪霊よ!」
「な!?」
これには剛も驚いた。
「お前、見えるのか!アレが!?」
剛は産まれてこの方、悪霊が見える人間に出会った事は無い。そもそも霊魂の存在など誰も信じていない。そんな事を言えば、気味が悪いと陰口を叩かれるのがオチだ。
2年前の事件の時もそうだった。生徒達を襲ったのは紛れもなく悪霊だ。あの悪霊は過去に出会ったどんな悪霊よりも、最悪で最強だった。
何とか結界を張って生き残る事が出来たのは奇跡だった。それなのに、唯一助ける事が出来たクラスメイトの女子生徒は俺の事を化け物だと言い放った。
「化け物よ!こいつが友達を殺したの!近寄らないで!悪魔の子!!」
(悪魔の子…………。)
バッ!
「聞こえないの!邪魔だと言ってるの!!」
「な!なんだと!」
シャキィーン!
「な………なんだ?」
黒髪の女の子が、抜き出したのは日本刀。鮮やかな刀身が真っ直ぐに悪霊に向けられている。
「おい待てよ。そんなもので戦う気か!?」
「ちょっと静かにして!」
「な!?」
無茶だと剛は思った。実態が無い悪霊に日本刀で戦うなど無茶苦茶過ぎる。
「いくら悪霊が見えていても、奴らに物理攻撃は通用しないぞ!」
チラリと横目で剛を見た少女は両手に持つ日本刀に念を込める。
「私の一族に伝わる神刀『霧雨(きりさめ)』に切り裂けぬ物は有りません。」
ブワッ!!
その日本刀から伸びた青白い光の刃が、一直線に悪霊に突き刺さった。
グオォオォォーン!!
バチバチバチバチッ!!
シュバッ!!
(な!…………この女……………。)
それは一瞬であった。黒髪の少女に襲い掛かった悪霊は『霧雨』なる日本刀で一刀両断。見事に返り討ちに合ったのだ。
「除霊成功よ。」
にこりと微笑む少女を見て、剛に笑顔を見せる女性など、随分と久し振りのように感じるのだった。
翌日
あの事件から2年。東京都立明成学園中等部は、いつになくざわめいていた。
「おい、聞いたか?」
「マジで嫌になるぜ。」
ざわざわ
「はい、静かにしなさい。」
教壇に立つ先生が生徒達を鎮めると、続けて俺の名を呼んだ。
「神童君、入りなさい。」
ガラガラ
しん…………。
3年A組の教室が静まり帰るのは当然だ。2年前の生徒26名殺人事件の容疑者が再び学校へ戻って来たのだから。
どいつもこいつも俺を見て怯えてやがる。
(ざまぁ見ろだ。)
先生には転校を勧められたが、どこに行っても同じ事だ。俺の名前は全国ニュースで何度も報道されている。『悪魔の子』を知らない奴は日本中探しても居ない。この日本に俺を見て恐怖を抱かない奴は存在しない。
そのはずだったのだが………。
「神童君の席は後ろから3番目。白音(しらね)さんの隣だ。」
(……………!)
俺は少し目を見開いた。
担任の先生が指し示した席の隣には、昨日の黒髪少女が座っていたからだ。
コツコツ
席の前まで来た俺を黒髪少女はじっと見たかと思うと、ふいに何とも言えない笑顔で微笑んだ。
「また会ったわね。」
「………………。」
「私の名前は白音 香音(しらね かのん)。よろしくね。」
それが
『悪魔の子』と呼ばれる神童 剛(しんどう たけし)と、白音 香音(しらね かのん)との二度目の出会いであった。