MARIONETTE- 凛
【シンクロ率①】
防衛軍本部
二階堂 昇(にかいどう のぼる)は、諜報部から入った情報にサングラスの奥の瞳を曇らせた。
「二階堂大佐、隼田 一平(はやた いっぺい)統括隊長に続き、後藤 志久真(ごとう しぐま)統括隊長も戦死した模様です。」
「…………あの………後藤もか。」
僅か五人しか居ない防衛軍の統括隊長達は紛れもなくなく防衛軍の最高戦力である。そのうち二人が戦死したとあっては防衛軍にとっては重大な損失。
「防衛軍の戦死者は60名を越えています。負傷者も相当な人数を数えます。」
「戦える兵士はどのくらいいる?」
「はっ!予備の『マリオネット』を装着しても、まともに戦える兵士は30名前後かと。」
「30名…………。」
「しかし、アメリカ軍を初めとする連合軍の損傷も大きく、撤退を始めました。」
「アメリカ軍、もはや連合軍は問題ではない。新たに現れた敵の正体はまだ掴めないのか。」
「は!北側バトルフィールドに現れた敵の兵士はロシア軍の『デストロイ部隊』との情報があります。」
「デストロイ部隊……だと?」
『デストロイ部隊』とは、近年現れたロシア軍の特殊部隊。世界中の戦場で西側諸国の軍隊が壊滅させられている。
(信じられんな。あのデストロイ部隊が、なぜ日本に………。)
「現在、伊集院統括隊長と天童統括隊長が対処しています。」
「伊集院と……天童………。」
「他に桜坂 神楽(さくらざか かぐら)と篠原 凛(しのはら りん)も交戦中です。」
「なに?桜坂!?そして篠原 凛だと?」
(馬鹿な……桜坂は我々が守るべく『アリス』ではないか。そして篠原 凛……。彼女は入院中のはずでは………。)
「いかが致しましょう?」
(…………。)
部下の報告に二階堂大佐は沈黙する。
残る防衛軍の全兵士を差し向けた所で戦況に変化は無いだろう。下手をしたら防衛軍の全滅すら有り得る。ここは、最前線で戦っている二人の統括隊長に賭けるより他に方法は無い。
と、その時
『二階堂大佐!新たな情報です!』
別の兵士が司令室に飛び込んで来た。
「北側バトルフィールドでロシア軍の兵士と戦闘をしていた天童統括隊長が敗北しました!」
「なに!!」
(まさか天童まで………。)
もはや防衛軍にはロシアのデストロイ部隊と戦える兵力は残っていない。可能性があるとすれば伊集院と天童の二人のみであったが。
(伊集院一人では勝てない………。)
あのデストロイ部隊の隊長。
『彗星のアンドロメダ』に勝てる兵士はいない。
北側バトルフィールド
ジャリ
ジャリ
ジャリ
「ふぅん。なかなか白熱した戦いね。」
その声は、透き通る様な穏やかな声であった。
アメリカ軍の『マリオネット・マスター』、シリウス・ベルガー将軍は、声のする方へと振り向く。
「やはり来たか………。アンドロメダ。」
シャキィーン
シリウスは愛剣を構えその女性に差し向ける。
「ふふ。」
そしてアンドロメダはシリウスに告げる。
「私と貴方が戦えば、この地は壊滅するのだけれど、その覚悟はお有りかしら?」
「………。」
「ふふ。貴方と会うのも久し振りだわ。懐かしいわね。」
「…………何を企んでいる。」
「ふふ。」
「あの長身の黒人兵士は貴方の弟子なのかしら?なかなか勇気があるわね。」
「………。」
「でも、ダメよ。『ソドム』には勝てないもの。アレは人ですらない。」
「もしもだ………。」
「………。」
「あの『化物』とナターシャ。そしてバビロンが敗れた時は、お前は立ち去れ。」
「…………シリウス。」
「俺とお前の戦場はここでは無い。約束しよう。俺は必ず『エルサレム』へ行く。」
(エルサレム………。始まりの地………。)
「15年前の決着をそこで付ける。俺達の戦場は、こんな極東の地では無いはずだ。」
「………ふふ。」
アンドロメダは笑う。
「政府の命令は二人の『アリス』の殺害だけれども。私に、その命令に逆らえとおっしゃるのかしら?」
「ふん。」
そしてシリウスも笑った。
「政府の命令を聞くお前では無いだろう?あの日、あの場所に立ち会った俺達は特別だ。残念ながら俺とお前では、その目的を違えた様だがな。」
「…………。」
15年前の『エルサレム』
全てはそこから始まった。
「そうね……、あの黒人や日本の兵士が『ソドム』やナターシャ達に勝てるとは思えないのだけれど、面白そうね。」
そしてアンドロメダは告げる。
「いいわ。もしも『ソドム』が敗れたならば、私と残りの二人の隊員は退きましょう。貴方達もそれで良いわね。」
「!」
すると密林の影から残りのデストロイ部隊の二人が顔を出す。
「アンドロメダ様の仰せのままに………。」
(鉄壁のバルゴス……。)
「なんだよ、日本まで来て出番無しかよ。」
(シベリアの虎、マーシャル………。デストロイ部隊の残りの二人か………。)
「さて、それでは見守りましょう。果たしてナターシャとバビロン。そして『ソドム』を倒す事が出来るかしらね。」
「あぁ、それなら……。」
マーシャルが言う。
「あっちでバビロンが敵の兵士を倒したみたいだぜ?アメリカ軍の将軍と天童とか言ったか。」
「なに?」
(マーズ将軍が……敗れたのか!天童も……!?)
「もう勝負は見えてるんじゃねぇのか?なんならお前の相手は俺がしようか?」
マーシャルがシリウスに対し挑発的な言葉を投げ掛ける。
「マーシャル!約束したのです。手を出してはいけません!」
「アンドロメダ?」
「それに、シリウスを倒すのは私です。それが、15年前からの因縁なのですから……。」
シリウスにとって、マーズ将軍と天童 慎がバビロン・ハイドロフに敗れた事は誤算であった。
(アンドロメダ以外の兵士も、アメリカ軍の将軍であるマーズの実力を上回っていると言う事か……。)
噂以上に、デストロイ部隊の実力は上らしい。
この戦局を乗り越える事が出来たなら、確かにロッドマンにとっては、これ以上無い力になる。
(ロッドマン………。神は果たして、お前を生かすのか、殺すのか………。)
【シンクロ率②】
ロシア軍の兵士、バビロン・ハイドロフの実力は本物であった。
アメリカ軍の将軍マーズ、そして防衛軍の第二統括隊長の天童 慎を圧倒する実力。
(止めろ、香織………。)
シンクロが解除され、全身に傷を負う天童は、もはや声をあげる事も出来ない。
目の前で、防衛軍の後輩である夢 香織が殺される。天童の脳裏には悲惨な光景しか思い浮かばない。
ザッ!
シュバッ!
ガキィーン!
グルンッ!
ズバッ!
『きゃっ!』
ビビッ!
『損傷率21%』
(くっ!)
ビュン!
ババッ!
ガキィーン!
シュン!
(な!?)
シャキィーン!
ズバッ!
『かはっ!』
ビビッ!
『損傷率45%』
バビロンの光学剣(ソード)が、香織の装甲を徐々に削って行く。
(やはり……香織では、奴の動きに付いていけない。)
信じられない事に、バビロン・ハイドロフのスピードは防衛軍最速の隼田 一平以上だ。
『ふぅ………。』
夢 香織は呼吸を整える。
(なるほど………。天童隊長が負けたのはこのスピード。確かに速い……。)
ザッ!
「ふん。貴様もその程度か……。『防衛軍』の実力もたかが知れているな。」
バビロンは余裕の笑みを浮かべる。
ビビッ!
『シンクロ率83%』
香織のシンクロ率はようやく80%に達した所だ。そして、香織のシンクロ率が上がらないのには理由がある。
香織は無意識のうちにシンクロ率が上がるのを恐れている。
ドクン
一年前のあの日
篠原 凛(しのはら りん)と戦った学園対抗戦。
大和学園のエース『夢 香織』と、武蔵学園のエース『篠原 凛』。二人の攻防は佳境を迎えていた。
シュバッ!
凛が持つ光学剣(ソード)は、刃渡りの短い短剣(リトルソード)である。凛はその短剣を自らの手のように自在に操る。
ガキィーン!
対する香織の光学剣(ソード)は、雷の剣(さサンダーソード)と言われる特別仕様の剣。高速で突き出された『サンダーソード』はバチバチと光り輝く。
バチバチバチッ!
『はっ!』
ガキィーン!
漆黒の装甲と薄桃色の装甲が、幾度となく交錯する。
小柄な凛のスピードは、歴代の武蔵学園の生徒達の中でも群を抜いている。篠原 凛は『マリオネット』を装着する為に産まれて来た様な少女であった。
グンッ!
『!』
シュバッ!
ガキィーン!
漆黒の悪魔
全身を黒いライダースの様な『マリオネット』の装甲で覆われた凛は、紛れもなく『マリオネット』の申し子である。
その凛と、ここまで互角に戦えたのは奇跡に近い。
(このままでは負ける………。)
事実、夢 香織の身体は悲鳴を上げていた。
(これ以上の長期戦は、自分の身体が持たない。)
ビビッ!
『シンクロ率100%』
(この一撃で決める!!)
グワン!
香織が『雷の剣(サンダーソード)』を振り上げた。
シュバッ!
バシュッ!
『!』
バチバチバチバチッ!
ビビッ!
『損傷率78%』
香織の全身全霊の一撃により、篠原 率(しのはら りん)の損傷率が、学園規定の限界値である70%を越えた。
バチバチバチッ!
(どうして………。)
夢 香織は叫ぶ。
「なぜ避けない!!篠原 凛!!!」
バチバチバチバチッ!
ドッカーン!!
今、その瞬間
確かに篠原 凛の動きは止まった。
最後の攻撃
香織は分かっていた。
このような大振りの攻撃が当たる訳が無い事を。
香織は、もう限界であった。
それなのに………。
そして、シンクロが解除された凛の姿を見て、香織は言葉を失う。
その姿からは、生気が感じられない。
立つ事も、動く事さえ出来ない少女。
(………………そんな。)
篠原 凛は、そのまま『防衛軍』の病院へ運ばれ、二度と『マリオネット』を装着する事は無かった。
そして、夢 香織のシンクロ率は、その日を境に90%を越えた事は無い。
この日、二人の天才『機動兵士』は、事実上、死んだのだ。
【シンクロ率③】
ヒュンッ!
ガキィーン!
グルン!
ズバッ!
『!』
ビビッ!
『損傷率63%』
(………………香織。)
このままでは、夢 香織(ゆめ かおり)は敗北する。
天童 慎(てんどう しん)は、目の前で繰り広げられる戦闘を傍観するしかない。『マリオネット』とのシンクロが解除され、全身に傷を負った天童には何も出来ない。
無力………。
(何て俺は無力なんだ………。)
何が無敵だ。
何が任せろだ…………。
後輩一人を守る事も出来ず、ましてや自分を助けに来た後輩が殺されようとしている。
それなのに、俺は………。
天童 慎(てんどう しん)。
『防衛軍』の特別歩兵部隊 第二統括隊長。
『防衛軍』のNo2。
(こんな事で良いはずが無い。)
ググッ!
天童は、地面に付いた両手で強引に身体を持ち上げる。
ズキッ!
(痛っ!)
全身を駆け巡る激痛は、痛いなんてものではない。
しかし
傷の痛みよりも、天童は自分の不甲斐なさが許せない。
(ぐぉお………。)
ザッ!
立ち上がった天童の右手に握られているのは天童専用の光学剣(天剣)だ。『マリオネット』の武器は、シンクロが解除されても消えない仕様だ。
(香織…………。)
シンクロが解除された天童のレーダー反応は、バビロンのモニターには映らない。そもそもシンクロが解除され重症を負った天童が、再びバビロンに剣を向けるなど想像も出来ない。
「そろそろ終わりにしよう。」
バビロンがそう告げる相手は夢 香織。
ビュッ!
誰よりも速いバビロンの高速の剣が、夢 香織を目掛けて振り抜かれた。
ガキィーン!
それを、香織は超反応で受け止める。
一撃目は防いだ。
(次は右か左か!?)
シュン!
(右か………!)
シュバッ!
香織の雷の剣(サンダー・ソード)が、右から現れたバビロンを斬り付ける。
スカッ!
「な!?」
手応えが無い………。
(残像!?)
「死ね!!」
「!!」
ドンッ!
ズバァッ!
「な……………!」
ビシャッ!
真っ赤な鮮血が、香織の目の前に広がった。
(これは………!?)
香織は、一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。
バビロンの光学剣(ソード)が振り抜かれた先にいたのは天童 慎(てんどう しん)。香織の身体を押し退けて、天童が高速の剣の餌食となったのだ。
「天童隊長ぉ!!!」
絶叫する夢 香織。
しかし、香織の声は天童には届かない。
空中に投げ出された天童の首は、数メートル先の地面に弱々しい音と共に転がった。
(そんな………。)
どうして天童隊長が………。
「命拾いしたな。」
「!」
「この男の邪魔が入らなければ、お前は今の一撃で死んでいた。」
もっとも
「お前が死ぬのには、変わりは無いが。」
シャキィーン!
バビロン・ハイドロフ
(この男が、天童隊長を殺した………。)
ビビッ!
(もう何も考えられない。)
ビビッ!
(ただ…………。)
ビビッ!
(この男だけは許せない…………。)
ビュン!
バシュッ!
『!』
ビビッ!
『損傷率19%』
(なに!やられただと!?)
ビュン!
ガキィーン!
『くっ!』
(何だ……!)
動きが速くなった………!?
ビビッ!
『シンクロ率91%』
ビビッ!
『シンクロ率96%』
ビビビビビッ!
『シンクロ率100%』
『うわぁあぁぁぁ !!』
『!』
ズバッ!
バシュッ!
ドバッ!
『ぐわぁあぁぁ!!』
涙が止まらなかった。
それからの事は覚えていない。
ただ
篠原 凛と戦ったあの日から
約一年振りに、シンクロ率が100%に達した事だけを、香織は薄っすらと覚えていた。