MARIONETTE- 凛
【完敗①】
北側バトルフィールド
伊集院 翼と篠原 凛がロシア軍の兵士と戦闘を繰り広げている同時刻。もう1つの戦場では大きく戦況が動いていた。
アメリカ陸軍のマーズ将軍が巨大な光学槍(ランス)を振り上げる。
『ムーン・クラッシャー!!』
ギュルギュルギュルッ!
高速で回転する三日月型の刃が、ロシア軍の兵士バビロン・ハイドロフを襲う。
『はぁ………。』
『!?』
『その攻撃は、もう飽きた。』
シュン!
また………消えた。
(神経を集中しろ!マーズ!)
マーズ将軍の初撃はことごとくかわされる。
完全に見切られている。
それは認めよう。
しかし、問題はここからだ。
(どこだ!どこから現れる!)
今までの戦闘から判断するに、バビロンの特徴は驚異的な瞬発力。一瞬のスピードはマーズ将軍が知っている限りでは世界最速に近い。
『!』
ガキィーン!
しかし、そのスピードは長続きしない。そして、次の攻撃が来ると分かれば防ぐ事も可能だ。四度目にしてマーズ将軍は遂にバビロンの動きを見極める事に成功した。
そして
『ふんっ!』
マーズ将軍は巨大な光学槍(ランス)を振り抜く。今までの三度の攻撃のうち二回はかわされた。バビロンに攻撃が当たったのは最初の一回のみ。
その時、マーズ将軍の攻撃は確かにバビロンに命中した。三日月型の刃が『マリオネチカ』の装甲を削り取った……はずであった。
そして今回。
ギュルギュルギュルッ!
(『シールド』の展開は無い!俺の『ムーン・クラッシャー』は命中している!)
ギュルギュルギュルッ!
それなのに
ブワッ!
バシュッ!
マーズ将軍の攻撃を受けてなお、バビロンの光学剣(ソード)が、またしてもマーズ将軍の装甲を破壊する。
ビビッ!
『損傷率リミット・オーバー!』
バチバチバチッ!
(そう言う事か…………。)
ようやくマーズ将軍は理解した。
(奴は『シールド』を展開する必要は無い。)
奴の『マリオネチカ』の装甲そのものが、アメリカ軍で言う『シールド』に値する。
すなわち、奴の無敵の正体は
『シールド一体型パスワードスーツ』
バチバチバチッ!
ドッガーン!!
『ふん。ようやく片付いたか………。』
バビロン・ハイドロフは、シンクロが解除されたマーズ将軍の生死を確認する。
『さて………。』
スチャ!
バビロンは、そこに横たわるもう一人の兵士に光学剣(ソード)を向けた。
「邪魔が入ってすまなかった。」
「………。」
「で、 まだ戦闘を続けるのか?天童 慎(てんどう しん)。」
ドンッ!
(こいつ……………。)
数分前
伊集院と別れた後、天童は真っ先にロシア軍の兵士、バビロンに攻撃を仕掛けた。
『天剣(てんけん)、一の型!』
ビュン!
『牙突(がとつ)!!』
ブワッ!
バシィーン!!
「良い突きだ。」
「!?」
ズバッ!
『ぐわぁ!』
ビビッ!
『損傷率37%』
(何だ?)
天童の攻撃は、確かに奴の身体に命中した。
『くっ!まだまだぁ!』
シュバッ!
『天剣(てんけん)、六の型!』
グルン!
『鎌鼬(かまいたち)!!』
シュバババババッ!
『ふん!』
『!』
バシュッ!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率68%』
ドサッ!
(馬鹿な………。俺の攻撃が効かない。)
ザッ!
(!?)
倒れる天童の前に現れたのはマーズ将軍。
「おい!相手が違うだろう。俺が相手だ。」
マーズ将軍は、ロシア軍の兵士にそう言い放つと、そこから、二人の戦闘が再開された。
その結果が、この有り様だ。
アメリカ軍のマーズ将軍は、バビロンの前に敗北し戦死した。
今までに天童の攻撃が二回。アメリカ軍のマーズ将軍の攻撃が二回。バビロンの装甲を捉えた。
マーズ将軍が見せた最後の攻撃は、端から見ていても物凄い攻撃力だと言う事が分かる。普通ならとっくに『パワードスーツ』の耐久値が限界を迎えていてもおかしくない。
(こいつ……………。)
ジャリ
そして天童 慎(てんどう しん)は立ち上がる。
「てめぇ、どうなってんだ?」
「…………。」
「何で攻撃が効かねぇ?ロシア軍の『パワードスーツ』の耐久値はどうなっていやがる。」
「そんな質問に答える義理は無い。」
「ふぅん。まぁ、そうだろうな。」
「…………。」
『ならば、方法は1つだけだ。』
「………方法?」
「壊れるまで何度でも、斬り付けるしか無いだろうよ。」
「………馬鹿か。」
「何とでも言え!!」
バッ!
『天剣(てんけん)、三の型!』
『!』
『千手剣(せんじゅけん)!!』
ズババババババッ!
『シールド一体型パスワードスーツ』
日本の『防衛軍』で言えば『ガードフレイム』。アメリカ軍で言えば『シールド』にあたる防御盾。
その仕組みを『パワードスーツ』そのものに組み入れた特別仕様の『マリオネチカ』。その耐久値は、通常仕様の『マリオネチカ』のおよそ五倍。
すなわち天童は、五回分の損傷をバビロンに与えなければならない。
シュン!
(消えた……。)
加えてこの敏捷性。
『右か!?』
ビュッ!
ズバッ!
『ぐわっ!』
天童の反応が遅れる。
ビビッ!
『損傷率89%』
(しまった!敵の『シールド』を剥ぎ取る前に、こちらが持たない……。)
こいつ………何て強さだ………。
【完敗②】
ビビッ!
『前方3600メートル』
(天童隊長!伊集院隊長!)
北側バトルフィールドに向かう一人の兵士。
防衛軍特別歩兵部隊 第五統括隊長
夢 香織(ゆめ かおり)
防衛軍の施設で、予備の『マリオネット』を装着した香織は、すぐさま北側バトルフィールドの戦場へと駆け出した。
後藤隊長の反応が消えてから、既に5分が経過している。
(私の為に後藤隊長は戦死した………。)
そして、今、天童隊長と伊集院隊長が命を賭けて戦っている。
速く!
(速く行かなければ!!)
一方の天童 慎。
ビビッ!
(この反応は………香織か………。)
天童は面前に映し出された味方の表示を確認する。
「ふん。また一人、獲物が来たか。」
バビロン・ハイドロフが呟く。
(確かに奴の『マリオネチカ』の性能は脅威的だ。あの耐久性能はヤバ過ぎる。しかし、戦闘能力そのものは、決して倒せない相手ではない。)
事実、天童とマーズの攻撃は命中している。
ならば、一度も奴の攻撃を受ける事なく、奴の耐久値を削り取れば良いだけだ。
ザッ!
「…………む?」
天童は、またしても立ち上がった。
「ふん。まだ分からないのか。もうお前の『マリオネット』の損傷率は限界だろう。」
バビロンは不敵に笑う。
(そんな事は百も承知だ………。)
あと一撃でも喰らえば俺の『マリオネット』は吹き飛ばされる。
しかし
「後輩が、こちらに向かって来てるんだ。格好悪い所は見せられねぇ。」
「………。」
ジャリ
「もう二度とお前の攻撃は当たらねぇよ。全てかわして見せる。」
「……ふん。好きにしろ。」
ザッ!
天童とバビロン。
二人の兵士が間合いを詰める。
(バビロンの一瞬のスピードさえ凌ぐ事が出来れば、奴は並の兵士だ。)
神経を集中しろ、天童。
ビビッ!
『シンクロ率100%』
ここからが
『俺の本当の実力だ!』
ビュン!
『!』
『天剣、一の型!牙突!!』
天童の強烈な突きの攻撃。
これをバビロンは一瞬のスピードでかわす。
シュン!
(見事なものだ。)
一瞬とは言え、バビロンのスピードは称賛に値する。
(しかし、このスピードを維持出来ない事が………。)
シュバッ!
『お前の最大の弱点だぁ!!』
ズバッ!
『うっ!』
天童の『天剣』がバビロンの装甲を凪ぎ払った。
しかし
(この程度の攻撃では、奴のシールドは破壊出来ない……。)
ここからが勝負。
(一気に『シールド』の耐久値を削り取る!!)
『天剣、三の型!千手剣(せんじゅけん)!』
ズババババババッ!
息も付かせぬ連続攻撃。
『ぐぉおぉぉぉ!?』
どんなに頑強な『シールド』でも、壊れない『シールド』は無い。ましてや、奴はアメリカ軍のマーズ将軍の必殺技をまともに喰らっている。
(もう一息………!)
『我が最大威力の剣で、『シールド』を粉砕する!!』
ブワッ!!
『ちっ!』
バビロンは、天童の攻撃を避けるべく後方へ加速する。相手が並の兵士なら、逃げる事も可能だろう。
しかし、天童は『防衛軍』のNo2。
スピードもパワーも全てが揃ったオールラウンドプレイヤーだ。
(やはり、奴のスピードは長続きしない。)
その程度のスピードで
『逃げ切れると思うなぁあぁぁぁ!!』
『!』
『天剣、秘奥義!!』
ゴゴゴゴォ!!
『天照(あまてらす)!!!』
ボワッ!!
超高速、超高温の『天剣』が、炎の光となりてバビロンを襲う。
『ぐわぁ!!』
バチバチバチバチバチッ!
バリィーン!!!
(砕けた!!)
装甲の『シールド』さえ無くなれば、バビロンは並の兵士。もはや、天童 慎(てんどう しん)が負ける要素は何処にも無い。
『これで終わりだ!!』
ビュン!
『天剣、一の型!』
シュン!
『!』
(消えた……!)
またしても一瞬のスピードで逃げる気か。しかし、そんなものは天童には通じない。
神経を集中し、天童はバビロンの行方を追う。
(右か、左か!)
しん
(……どちらだ!)
ビュッ!
ズバッ!
(な………に………!?)
天童 慎が、全く反応出来ない程のスピードで、バビロンは天童を斬り付ける。
(馬鹿な………速過ぎる……!?)
バチバチバチバチッ!
『損傷率、リミット・オーバー!』
ドッガーン!!
『ぐほっ!!』
ドサッ!
シンクロが………解除された………。
「ぐ………。」
(動けない………。全身の骨が逝かれたか………。)
シュウ
ザザッ!
天童の前に立つのは、バビロン・ハイドロフ。
(最後の最後で、奴の動きを見切れなかった………。あと一歩と言う所で………。)
「ふん。」
シャキィーン!
バビロンは天童に光学剣(ソード)を向けて構える。
「1つ教えてやろう。」
(…………。)
「俺の戦闘スタイルは『スピード型』だ。」
(………何を……言うつもりだ。)
「『シールド一体型パワードスーツ』は俺の本来のスピードを抑制する為に装着している。」
(…………な………に?)
「つまらないのだよ。誰も俺の動きに付いて来る事が出来ないからな。」
すなわち
「『シールド』を纏う事により、俺の本来のスピードを抑制すれば、多少なりとも勝負になると言う事だ。」
(そんな………馬鹿な………。)
天童は全ての力を出しきって戦ったのだ。
アメリカ軍のマーズ将軍、そして『防衛軍』の天童 慎。日米の頂点に位置する二人の兵士が、ようやく壊した『シールド』が、奴にとっては、只のハンデに過ぎなかったと……。
「その傷だ。放って置いても死ぬだろうが、苦しかろう。」
スチャ!
「止めを刺してやろう。」
(…………。)
天童はそっと目を瞑る。
(………………完敗だ。)
防衛軍特別歩兵部隊 第二統括隊長 天童 慎
天童は未だかつて負けた事が無い。
大和学園在籍時代に二回出場した「個人戦」は、向かう所敵無しで二連覇を達成した。『防衛軍』に入隊してからも1対1の『対人戦』で負けた事は無い。
唯一互角の戦闘を演じたのは第一統括隊長の伊集院 翼。一度だけ戦った伊集院との戦闘は相討ちで終わった。
それがだ。
ここまで天童を負かした相手は初めてだった。
事実上、アメリカ軍のマーズ将軍との二連戦であったにも関わらず、ロシア軍の兵士は天童を負かした。
(ロシア軍の兵士は、ここまで強いのか………。)
それとも、この兵士のみが強いのか。それは分からない。しかし、この兵士を倒さなくては『防衛軍』はロシア軍には敵わない。
バビロン・ハイドロフ
(伊集院でも……勝てるかどうか………。)
しん
(…………?)
なぜ
止めを刺さない。
天童はもう、動く事も出来ない。
しかし
バビロンはその動きを止めた。
その視線の先にいる兵士。
その兵士の名は夢 香織(ゆめ かおり)。
(香織…………。)
スチャ!
香織はバビロンに告げる。
「ここからは、私が相手をします。」
ダメだ………。
(香織……、お前では勝てない。)
防衛軍特別歩兵部隊 第五統括隊長
夢 香織(ゆめ かおり)
「これ以上、誰も死なせる訳には行きません!」
ザッ!
(止めろ!香織!!)
そして――――――
夢 香織(ゆめ かおり)の戦いが始まる。