MARIONETTE- 凛

【サタン①】

防衛軍 横浜基地

北側バトルフィールド


(アリス…………?)

「きゃははは♪もうサイッコーよ♪」

ロシア軍の兵士、ナターシャ・エイブラハム・フォースワンの幼い顔が満面の笑みを浮かべる。

「まさか自分から現れるなんて、おバカにも程があるっつーの!きゃはは♪」

ナターシャの目的は10億人に一人の遺伝子を持つと言われている『アリス』の殺害。その為に、わざわざ日本までやって来たのだ。

その標的である『アリス』がノコノコ自分から現れたのだからナターシャは笑いが止まらない。

「バビロンにも、他の皆にも『アリス』は殺らせない。『アリス』は、新世代の機動兵士である私の獲物。そう思っていたら自分から……ぶぶっ!ほんと笑っちゃうわ♪」

ザッ!

「ふ?」

「他に言い残す事は有りませんか。」

桜坂  神楽(さくらざか  かぐら)は、極めて冷静に告げる。

「相手が子供だろうと容赦はしません。これは戦争………。」

手加減すれば、こちらが殺られる。神楽は先ほど、学園の仲間達にそう教わった。

「オリジナル『アリス』の実力。お見せしましょう。」

「………。」

(この少女が、『アリス』。)

伊集院  翼(いじゅういん  つばさ)は、直に神楽を見るのは初めてであった。テレビなどで放映された動画なら何度か見た事はある。

10億人に一人の遺伝子を持つ少女『アリス』。

その実力は『防衛軍』最強の統括隊長達をも上回ると噂される。

(『アリス』の戦闘が見られる。しかし……。)

今回の戦争は『アリス』を守る為の戦争。その守るべく対象の『アリス』を最前線で戦わせるなど第一統括隊長として許して良いのか。

いや、今 すべく事は………。

ザッ!

『!?』

ビビッ!

『桜坂  神楽(さくらざさ  かぐら)!』

伊集院はマイクロエコーで神楽に呼び掛ける。

『………貴方は。』

『俺は『防衛軍』の伊集院  翼(いじゅういん  つばさ)だ。』

(伊集院………『防衛軍』最強の………。)

『多くの仲間を失った。これ以上の被害は許されぬ。当然にお前を殺させる訳には行かない。』

『………恐れ入りますが、私を止めようとしても無駄です。』

『誰が止めると言った。』

『え?』

『この状況で俺達が勝つ可能性が一番高いのは俺とお前の共闘た。』

『共闘………。』

『一気に叩き伏せるぞ。そして凛(りん)の助太刀に向かう。3対1なら、あの化物を倒す事が出来る。』

ザッ!

『期待しているぞ。『アリス』!』


並び立つ二人の兵士。

伊集院  翼(いじゅういん  つばさ)と桜坂(さくらざか  かぐら)。

更に篠原  凛(しのはら  りん)もいる。

現在考えられる『防衛軍』……、いや、日本の機動兵士の中では、これ以上無い布陣。


伊集院は思う。

(これで勝てなければ、日本は永遠にロシアには勝てない。)



「きゃは♪」

ゾクゾク

「きゃははは♪」

日本の機動兵士最強の二人を前にして、それでもナターシャは笑い声をあげる。

新世代の機動兵士。

ナターシャ・エイブラハム・フォースワン。

彼女には産まれた時から、人権など存在しない。

『マリオネチカ』とシンクロする為に特殊な薬物を投与され育てられた。

「きゃははは♪これよこれ!」

「!」「!」

「私はこの日の為に産まれて来たのよ!」

シュルシュルシュルシュル!

ナターシャの両手から伸びる『光の糸』が、バトルフィールドの空にクモの巣の様に広がった。

「統括隊長だろうと『アリス』だろうと関係無いのよ!私こそが最強!きゃはは♪」

ブワッ!

シュルシュル!

「この攻撃を受けれるものなら、受けて見なさい!!」

ビュビュン!!

無数の『光の糸』が伊集院と神楽を襲う。

後藤統括隊長を死に至らしめた『光の糸』。日本には存在しない光学兵器をナターシャは自在に操る。

ビビッ!

『『アリス』!あの光を斬る事は出来ない!弾き飛ばせ!!』

『ラジャッ!』

伊集院の助言に神楽は即座に反応する。

ヒュヒュンッ!

『!?』

神楽の武器は光の鞭(ウィップ)。しなやかに伸びる光学鞭(ウィップ)の攻撃速度は全ての光学兵器の中でも最高速度を誇る。

バシッ!

バシュッ!

バシュバシュッ!

『!』

無数の『光の糸』が、神楽の鞭により弾き飛ばされた。

(言うほど簡単な事じゃない………。)

神楽の動きを見て伊集院は確信する。

(10億人に一人の遺伝子を持つと言うのも、まんざら伊達じゃないって事か………。)

ならば

『覇王剣(はおうけん)!!』

ブワッ!

伊集院は神楽ほど器用な真似は出来ない。しかし、それ以上の力を伊集院は持っている。

ビカッ!

ズバババッ!

覇王剣(はおうけん)の威力は一撃で全ての『光の糸』を叩き落とす。

(よし!)

化物には『真・覇王剣』の攻撃は通じなかったが、相手が普通の人間なら話は別だ。

『覚悟ぉ!』

ザザッ!

そのままの勢いで伊集院はナターシャを目掛けて斬り込んだ。

『きゃははは♪』

それでもナターシャは笑う。

「たった一度の攻撃を防いだだけで、調子に乗っちゃったかしら?」

「!?」

「糸は無限に造り出せる………。そして自在に操れるの。」

シュルシュル!

ブワッ!

「しまった!」

弾き飛ばしたはずの『光の糸』が、再び反転し伊集院の背後から飛んで来た。

『きゃははは♪死になさい!!』

ヒュヒュンッ!

バシュッバシュッ!

その攻撃を、桜坂  神楽(さくらざか  かぐら)の鞭(ウィップ)が神速の速度で弾き落とした。

『『アリス』!?』

『何を驚いているのてすか。共闘と言ったのは貴方でしょう?』

『すまん!恩にきる!』

ビカッ!

防衛軍特別歩兵部隊 第一統括隊長、伊集院  翼(いじゅういん  つばさ)の『マリオネット』は超攻撃型。

「『覇王剣』の一撃を受けて、耐えられるものなら耐えて見ろ!!」

シュルシュルシュルシュルッ!!

ズバッ!

バシィーン!!

グニャリ!!

『!?』

(光の………糸!?)

目の前に現れたのは、光の糸を束ねた『光の壁』。伊集院の攻撃は『光の壁』によって遮られた。

「きゃははは♪ざんねんでした♪」

ナターシャは笑う。

「私の武器は攻守ともに使えるの。そんな攻撃は効かないわ♪」

そして

シュルシュルシュルシュル!

ナターシャの周りを無数の『光の糸』が旋回する。

『光の糸』は攻防一体の武器。

『きゃははは♪二人揃ってその程度なのかしら?』



(くっ………。覇王剣(はおうけん)では威力が足りない。………ならば!)

ビビッ!

『『アリス』………。』

『………?』

『時間が欲しい。『真・覇王剣(はおうけん)』を撃つ為の時間。それまで時間を稼いでくれ。』

『どのくらい必要なのですか?』

『五分………。闘気を溜めるには五分は必要だ。出来るか?』

『………分かりました。それまで私が時間を稼ぎましょう。』

伊集院は、自分が随分と無理な事を言っているのは分かっている。あのロシア軍の少女は紛れもなく一流の兵士。

特にあの武器がヤバい。

あの『光の糸』の攻撃を五分の間、耐え凌ぐのがどれだけ難しいか。

それを、この少女。

桜坂  神楽(さくらざか  かぐら)は、平然と引き受ける。

『頼んだぞ『アリス』。闘気さえ溜まれば必ず俺が奴を倒して見せる。』

『問題有りません。私はオリジナル『アリス』です。私に反応出来ない攻撃は有りません。例え『光の糸』が同時に何十本襲って来ようが、全てを弾き落とします。』

『…………。』

(この女も相当な化物だな………。)



「きゃははは♪相談は終わったのかしら?」

シュルシュルシュルシュル!

『光の糸』が旋回を始める。

「何をやっても無駄よ。二人まとめて殺してあげるわ。」

ブワッ!


ナターシャ・エイブラハム・フォースワンの攻撃が始まる。





【サタン②】

篠原  凛(しのはら  りん)は、現代医学では解明出来ない未知の病(やまい)に犯された。

シュルシュル!

ガキィーン!

ガキィーン!

ガキィーン!

シュバッ!

『!』

グルン!

ガキィーン!

13才になった頃には身体の成長が止まり、高校に進学してからは物を見る事すら出来なくなる。

シュルシュル!

ブワッ!

ザザッ!

ガキィーン!

そして、凛は闇の世界へと足を踏み入れる。

そこは、光の当たらない漆黒の世界。

故に凛は、漆黒の『マリオネット』を好んで着用する。

バパババッ!

『!』

ガキガキガキィーン!!



ビビッ!

『驚いたな………。』

アメリカ軍の幹部『マリオネット・マスター』の異名を持つシリウス・ベルガーが感嘆の声をあげる。

『見えるかロッドマン。あの少女の動きを。』

シリウスが指し示す少女の名前は篠原  凛(しのはら  りん)。今まさに、ロシア軍が産み出した化物と戦闘を繰り広げている最中だ。

手に握られているのは小さな短剣(リトルソード)。

岩の様な巨大な化物から生える触手は数え切れない。その先端に光る無数の光学剣(ソード)の攻撃を、凛はその短剣で、全て受け流している。

『シリウス……あいつは何者なんだ?『防衛軍』の統括隊長でも『アリス』でもない。あんな無名の少女が………。』

あの動きは驚異以外の何者でもない。

『気配を感じ取っているのか………。』

『気配?』

シリウスの呟きにロッドマンが反応する。

『あれほどの数の攻撃だ。目で追っていたのではとても対処出来ない。考えても見ろ。四方から襲って来る攻撃の全てを人間は見る事は出来ない。』

見ようとすれば、どうしても反応が遅れる。しかし、篠原  凛(しのはら  りん)は、敵の攻撃を見る事が出来ない。

『目が見えないからこそ、化物の攻撃に反応出来るって言うのか?そんな馬鹿な………。』

『マリオネット』を極めたシリウスですら、凛の動きを目で追うのがやっとだ。

もはや、篠原  凛(しのはら  りん)は、『マリオネット』と一体化している。

(しかし問題は、この後だ。)

伊集院  翼(いじゅういん  つばさ)の必殺技、『真・覇王剣(しんはおうけん)』の一撃ですら傷一つ付ける事が出来なかった化物『ソドム』。

あの化物の正体は、おそらく霊体。

岩の様に見える巨大な身体は本体ではない。

(本体は巨大な身体の中にある………。)

いくら化物の身体の表面を傷付けても無意味。隠された霊体を貫かなければ化物を殺す事は出来ない。

そして、それも不可能。

『真・覇王剣』でも砕けぬ霊魂の鎧(よろい)を破壊する事は出来ない。

(ロシアめ………。)

とんでもない化物を造りやがった。

そもそも一般の兵士では化物の正体を暴く事すら難しい。あの化物の正体に気付いているのは、シリウスと凛くらいだ。

『惜しいな………。』

『シリウス?』

『あれほどの兵士を失うのは何とも胸が痛む。我が部隊に加われば私の右腕にでも成れただろう。』

『負けるのか?あの盲目の少女は。』

『無理だ。あの化物は倒せない。』



ビュン!

グルン!

バババッ!

闇が………

漆黒の闇が………

広がっている。

悲しい魂の叫びが、篠原  凛(しのはら  りん)の脳に語り掛ける。

二千人の子供達の魂

シュバッ!

ガキィーン!!

ソドムより突き出す無数の光学剣(ソード)の数は二千本。

その一本一本が、凛に語り掛けるのだ。


助けて………。


(うん。分かっている。)

シュバッ!

バキバキッ!

ガキィーン!

(あなた達は私と同じ…………。)

この世界には存在してはいけない生き物。

だから

シュバッ!

バシュッ!

『グガガ!!』

ドバッ!



(何だ………!?)

僅かに化物の身体が消滅した様に見える。シリウスは、その僅かな異変に目を細めた。

シュン!

ズババッ!

『ガガッ!』



(あの少女の攻撃が、効いているのか?)

ほんの僅かではあるが、化物の身体が消滅を始めた。

ズバッ!

バシュッ!

(信じられん。……どう言う理屈だ。)

現実世界の人間が霊魂の鎧を破壊している。

(防衛軍の統括隊長  後藤  志久真(ごとう  しぐま)と同じく、何らかの霊能力に優れた兵士なのか?)

シュウ

フシュウ

『おいシリウス。』

隣で戦闘を見ているロッドマンも気が付いたらしい。

『もしかしたら、あの少女……化物に勝てるぞ。』

ブルブルと身体が震える。ロッドマンの感情はかつて経験した事の無い感情に支配されて行く。

いつの間にかロッドマンは、篠原  凛(しのはら  りん)に魅了されていた。

『ロッドマン………。』

『シリウス?』

『残念だが、あの化物は倒せない。』

『なに?……しかし、押しているのは少女の方だぞ。』

シュルシュル!

ガキィーン!

ブワッ!

ズババババッ!

『きゃっ!』

ビビッ!

『損傷率23%』

『!』


今まで神速の速さで化物の攻撃をかわしていた凛の身体に光学剣(ソード)の刃が突き立てられた。

『な………化物の動きが早くなった?』

『ロッドマン、違う。よく見ろ。』

『…………。』

『少女の動きが遅くなったのだ。』

『…………マジか。』

『あれほどの数の攻撃を全てかわす事自体が驚異的なのだ。そして時間が経てば疲れて来る。動きが鈍って当然たろう。』

『………ちっ。』

ロッドマンは歯ぎしりする。

(あれほど強い少女が負ける。まだ子供だろうに………。)

シュバッ!

グルン!

ガキィーン!

『なぁシリウス。』

『………どうした?』

『本物の兵士は、過酷な戦場の中でこそ産まれる。だったよな?』

『…………。』

『それならよぉ。今この戦場こそが過酷な戦場なんじゃあねぇのか?』

『…………おい。まさか。』

『ちょっくら俺も参戦して来るぜ!』

ザザッ!

『待てっ!ロッドマン!』


ロッドマンは思う。

(仕方がなねぇじゃねぇか。)

ドクン

ドクン

(この胸の鼓動の高鳴りが収まらねぇ。)

シュバッ!

ガキィーン!

『!』

(誰!?)

「よぉ。ガキんちょ。」

(ガキんちょ!?)

「化物の攻撃は俺が受け止める。」

「え?」

「だからお前は化物の身体を削り取れ。出来るだろう?お前なら。」

シュルシュル!

ガキィーン!

(何と言う殺気。現れた男の兵士の殺気は尋常ではない。)

ザザッ!

グルン!

ガキィーン!

(しかし、悪意は感じられない。この男は私を助ける為に現れた。)

ビュン!

バシュッバシュッバシュッ!

「どなたか知りませんが、一つ………訂正して下さい。」

「?」

「私は17才の高校三年生です。あなたとそうは変わらない。」

「はっ!ガキんちょが!」

「しかし、いいでしょう。」

「………。」

「敵の攻撃はあなたに任せます。あなたに出来ますか?」

「やるしかねぇだろうが!」

ブワッ!

ガキィーン!

ロッドマンの気迫が、ますます膨れ上がる。

「それでは………。」

シュウ

シュウ

「!?」

凛の漆黒の『マリオネット』が、ドス黒い妖気に包まれて行く。

「な………お前、何者だ?」

「私は………、かつて人間であった者。」

「な…………に?」

「今の私は………。」


漆黒の悪魔(サタン)です。