MARIONETTE-アリス
【決戦①】
前代未聞!
大和学園『クラス対抗戦』の決勝戦
『怪物』桜坂 神楽(さくらざか かぐら)の相手は2年B組の六人!
対する3年E組の兵士達は、桜坂選手を除いて全滅です!
まだ試合開始から5分と経っていません!
誰がこのような展開を予想したでしょうか!!
わっ!
テレビ局のアナウンサーの実況が大観衆が集まる会場にも聞こえて来た。
(ハンプティとシャルロッテは会場の端でスクリーンを見ている。特に変わった動きは無い………。)
榊原 望愛(さかきばら のあ)はドイツからの来訪者を確認。
(もう一人……。ヨハンの姿が見えない。)
「詩音(しおん)………。」
「望愛?」
「念のため『マリオネット』の準備を………。」
ドクン
2学年ランキング1位
北条 帝(ほうじょう みかど)
2学年ランキング2位
須澄 ありす(すすみ ありす)
2学年ランキング3位
大和 幸一(やまと こういち)
2学年ランキング4位
矢吹 夏樹(やぶき なつき)
2年生の上位ランキングを独占する2年B組代表が、倒すべき兵士は残すところ一人のみ。
桜坂 神楽(さくらざか かぐら)
(いかに『怪物』であっても、四方からの一斉攻撃なら無傷ではいられない。)
ビビッ!
『帝、幸一、ありす。行くぞ!』
矢吹の声がマイクロエコーを通して聞こえて来る。
四人同時攻撃など不本意であるが、ここは戦場だ。最後に生き残った者が勝者となる。
『マリオネット』の戦闘とは、そう言うものだ。
ドクン
(何も……、感じない………。)
すぐ目の前にいる桜坂を見ても、須澄の身体に異変は見られない。
(あの日の夜に感じたシンクロにも近い感覚。あれは、何だったのかしら……。)
ビビッ!
『ありす……。』
『コウちゃん?』
『今は考えるな。桜坂を倒すのが先決だ。』
『………うん。』
(そうね………。)
ジャリ
(私達がここまで来たのは優勝するため。自他共に最強と認められる為にここまで来た。)
最強を倒してこそ最強になれる。
ビビッ!
『灯夜殿………。』
『………?』
『どこまで未来が見えているでござるか?』
『………睦月君。』
『『ガードフレイム』!』
ブンッ!
斎藤 睦月は光学盾(シールド)を展開する。
『僕の未来予知は完璧じゃない。確実に見えるのはほんの数秒。あとは推測だよ。』
『ふむ。了解でござる。拙者の準備は万端でござるよ。』
『………ありがとう。睦月君。』
桜坂 神楽の正面に立つのは北条 帝。
ビビッ!
『それじゃあ。始めるぞ!』
『ラジャ!』
『ラジャ!』
『ラジャ!』
ザッ!
ザザッ!
ズサッ!
『!』
ランキング上位4人の兵士が一斉に動く。
四人の中心点にいるのは『怪物』神楽。
『バスタード・キャノン!!』
大和の怒声が響いた。
桜坂なら、一人や二人の攻撃を受ける事もかわす事も可能だろう。
『トリプルスマッシュ!!』
しかし、四人同時攻撃なら
『うぉりゃあぁぁぁ!!』
『オーディンズ・ランス!!』
全ての攻撃を受けきる事など不可能。
仮に四人同時攻撃を防がれたなら、 もはや2年B組が勝つ確率など無い。
そう
この攻撃を防ぐ事は出来ない。
それは中森 灯夜が予知している。
バッ!
『!』『!』『!』『!』
『帝君!後ろです!』
『分かっている!』
ゆえに、四方を囲まれた桜坂 神楽は、飛んで逃げるしかない。
桜坂が飛んだ方角は斜め上前方。
着地点は北条の後ろ10メートル地点。
桜坂の最初の狙いは中森 灯夜(なかもり とうや)を倒す事にある。
(由利が言っていた事が本当だとするなら、最初に倒すべきは中森。)
中森 灯夜は、北条を飛び越えたその先にいる。
『ぬぉおぉぉぉぉ!!』
『!?』
しかし、北条は桜坂の着地点を、最初から知っていたかの様に攻撃を仕掛ける。
『オーディンズ・ランス!!』
ブワッ!
(反応が、速い!私の動きが完全に読まれている!?)
桜坂は空中で移動する事は出来ない。
着地点を狙われたら、かわしようがない。
『ウィップ・スネーク!!』
ビュン!
『!』
ゆえに、桜坂は、北条の攻撃をかわす事はせず光学鞭(ウィップ)で対応する。
バチッ!
しなやかに伸びた光学鞭(ウィップ)が、北条の光学槍(ランス)に絡み付いた。
グワンッ!
『ちっ!』
光学槍(ランス)を強引に引っ張られ態勢を崩す北条。
絡み合った武器により、二人の身体が引き寄せられ、二人の顔が間近に接近する。
ガシッ!
『!』
ここで北条は桜坂の身体を抱き寄せた。
「な!何を!?」
恐ろしい程に、灯夜の未来予知が的中している。
「今だ!睦月!やれ!!」
「『ガードフレイム砲』!!」
ドーン!
ドーン!
ドーン!
桜坂の背後から撃ち込まれるのは、次々と発射される光の弾丸だ。
本来、遠距離攻撃が出来ないはずの『マリオネット』であるが、『ガードフレイム砲』は斎藤 睦月が自力で造り上げた自信作。光の弾丸が、桜坂の背中へと一直線に飛んで行く。
「くっ!」
『!』
グルン!
ここで桜坂は北条と自分の位置を入れ換えるように強引に反転する。
(こいつ!パワーも普通じゃない!?)
ドバッ!
ドガッ!
『ぐぉ!』
ビビッ!
『損傷率23%』
『ガードフレイム砲』の直撃を受けたのは桜坂ではなく、北条 帝。
ビュッ!
更に桜坂は北条から離れると、斎藤 目掛けて一気に加速する。
グンッ!
『なっ!?』
何と言うスピード。
『ガードフレイム砲』の第二射撃を放つ前に、桜坂は斎藤の目の前まで接近した。
ビュン!
バチッ!
バシュッ!
『うわっ!』
ビビッ!
『損傷率55%』
光学鞭(ウィップ)の攻撃力は思いのほか高い。2・3発の攻撃を受けただけで斎藤の損傷率は50%を越えて行く。
ザッ!
ザザッ!
ここまでは計画通り。
斎藤を攻撃する桜坂の背後に詰め寄った大和と矢吹が、同時に光学剣(ソード)を振りかざした。
『行っけー!!』
『そりゃぁっ!!』
『!』
ここで決める!
二人の渾身の一撃。
桜坂が斎藤を攻撃する事は分かっていた。
その背後に隙が出来る事も!
大和は確信する。
(この一撃は当たる!)
ドクン
『!』
須澄 ありすの心臓の鼓動が早まった。
(この感覚………。)
『コウちゃん!危ない!!』
『!』
『!』
ビュビュン!!
バチバチッ!!
『がっ!』
『ぐほっ!』
(な!どこから飛んで来た!?)
斎藤を攻撃していたはずの桜坂の光学鞭(ウィップ)が、その軌道を変えて大和と矢吹に命中する。
ブワッ!
ビビッ!
『損傷率37%』
『損傷率29%』
しかし、まだ終わっていない。
『負けるかぁぁぁ!!』
攻撃を受けてなお、前進するのは大和 幸一。
シュン!
『!』
しかし
(消えた………!?)
目の前にいたはずの桜坂 神楽が、大和の視界から消え失せた。
(バカな……!)
『どこだ!!』
ビビッ!
慌てて桜坂の位置を確認する大和。
グンッ!
『わわっ!』
桜坂の狙いは中森 灯夜。
桜坂は、大和も矢吹も斎藤も無視して中森 灯夜に接近していた。
『しまった!』
『間に合わない!』
大和と矢吹の声が同時に発せられた。
中森 灯夜は、向かって来る桜坂を見ても身動き一つ出来ない。
『すごい……。僕の未来予知を持ってしても、桜坂先輩は止められない………。』
中森が予知出来たのは大和と矢吹が桜坂を攻撃する所までであった。あの二人の攻撃までも、かわされては手の打ちようが無い。
『…………完敗です。』
中森は覚悟を決めた。
中森の力量では桜坂の攻撃を防ぐ事は出来ない。
グンッ!
ガキィーン!!
『!』
そこで中森は、自分の未来予知の先の出来事を目撃する。
『ありすさん!?』
『くっ!須澄 ありす!!』
桜坂の攻撃を止めたのは、ありす。
ビキビキ
『桜坂先輩………。』
須澄の素肌が、真っ白い皮膚に覆われて行く。
(この変化は………。)
『うっ!』
グワンッ!
(頭が…………重い。)
そして
『うわぁあぁぁ!!』
『!』
『何だ!?』
須澄と対峙した桜坂の頭が、激しい痛みに襲われる。
これは、あの時と同じ………。
(今が……チャンス?)
『幸一!』
『おぅ!』
『行くぞ!』
『了解でござる!』
バババッ!
北条が、大和が、矢吹が、そして斎藤も
四人の兵士が一斉に桜坂 神楽を襲う!
理由は分からない。しかし、桜坂が激しく動揺している今がチャンス!
ザザッ!
ブンッ
超洞察力――――
この時
中森 灯夜の『未来予知能力』が発動する。
中森の見た未来は………。
ビビッ!
『みんな!ダメです!!』
『!』『!』『!』『!』
『それ以上、踏み込んでは行けない!』
その先に待っているのは
――――――――地獄
シュシュシュシュシュッ!!
ズバッ!
バシュッ!
コードネーム『アリス』
美しい金髪に、緑色の瞳。
状態変化を起こしたのは、『須澄 ありす』だけでは無い。
神楽の身体を覆っていた『まやかし』の皮膚が崩れ落ち、本来の姿が現れる。
「あれは………!」
ハンプティ・ダンプティの両目から涙が零れる。
「5年前と変わらない。身長こそ少し伸びたが、間違い無い………。」
彼女の名は――――
――――――――『アリス』
【決戦②】
シュン!
その動きは、神の如し
金髪の少女アリスは光学鞭( ウィップ)を華麗に踊らせる。
バシュッ!
バチッ!
スパッ!
『ぐわっ!』
『だぁ!?』
ビビッ!
『損傷率72%』
『損傷率75%』
アリスの最初の攻撃をまともに喰らったのは斎藤 睦月と矢吹 夏樹。
(見えなかったでござる………。)
『すまん……。みんな!』
バチバチバチッ!
ドッガーンッ!
ドッガーンッ!
グルン!
『!』
そしてアリスは、最初の目的である中森 灯夜の方へと向きを変える。
(この攻撃は避けられない……。僕の試合はここで終わる……。)
ヒュン!
ズバババッ!
上下左右、あらゆる方向から飛んで来た光学鞭(ウィップ)が、容赦なく中森 灯夜を粉砕。
バチバチバチッ!
ドッガーン!
2年B組の3人の兵士は、瞬く間に戦場から消滅する。
残りは3人。
『うぉおぉぉぉぉぉ!!』
大和 幸一が叫ぶ。
ここで負ける訳には行かない。
桜坂 神楽の状態変化など知った事か!
『バスタード・キャノン!!』
ギュルギュルギュルギュル!!
(全ての力を出し尽くせ!!)
大和のスピードは、今までで最速。
ギュルギュルギュルギュル!!
アリスに、大和の攻撃を避ける気配は見られない。アリスは、真正面から受けて立つ。
(物凄い気迫………。しかし、私を倒す事は出来ない。その光学剣(ソード)の攻撃よりも先に、私の光学鞭(ウィップ)が貴方の身体を打ち砕く。)
ビュン!
バチッ!!
『!』
『どけっ!幸一!!』
『!?』
グワンッ!
アリスと大和が激突しようとした瞬間、現れたのは北条 帝。
『オーディンズ・ランス!!』
メキメキメキ!!
グンッ!
もとより身長以上もある北条のランスが、一瞬でそのリーチを倍化させる。
(光学鞭(ウィップ)の射程の外から超威力の突きをぶちかます!!)
ギュルギュルルル!!
『うぉおぉぉぉぉ!!』
大和 幸一と北条 帝。
二人の同時攻撃。
ほんの僅かであるが、アリスは迷った。
大和 幸一
北条 帝
どちらの攻撃に反応すべきかを
ドクン
思い出した。
ドクン
私が誰なのか。
ドクン
ポーランドの戦場で私は海に身を投げ出した。
ドクン
「これは驚いた。」
見知らぬ人の声が聞こえた。
英語でもドイツ語でもない。
それは、日本語だった。
ロシア軍の襲撃から逃れたアリスは、日本軍の兵隊に救出された。
「彼女は本当にアリスなのかね?」
「酷いものだ。記憶どころか言葉も失っている。」
「これでは戦力にも研究対象にもならない。」
「脳が破壊されているようです。海に溺れて無酸素状態が続いた様ですな。」
「生命反応も薄い。命が助かったとしても、アリスはもう使い物にならないだろう。」
「残念ながら、既に手遅れでしょう。」
アリスは事実上、一度死んだのだ。
そこに現れたのは、防衛軍少将 永島 藤五郎。
永島は、何とも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「君達、何をしているのかね。」
「少将?」
「実に都合が良いではないか。」
「?」
「簡単な話だ。脳を破壊されたのであれば、脳を移植すれば良い。」
「脳を………移植?」
「我が国の医学を侮ってはいけない。至急、適当な被験者を確保しなさい。アリスと同じ年頃の少女が良いだろう。」
「そんな……、何の関係もない少女の脳をアリスに移植するのですか?」
「何か……問題があるかね?」
ビッ
ピッ
ピッ
「オペを開始します。」
「手術の成功確率は10%程度でしょう。」
「被験者の名前は桜坂 神楽。」
「桜坂の脳をアリスの脳と入れ換える。」
「10億人に一人の遺伝子だ。このまま死なす訳にも行くまい。」
「これは、やむを得ない措置なのだ。」
24時間を越える手術は奇跡的な成功を納める。
アリスの身体に移植された桜坂 神楽の脳は、少しづつアリスの身体に馴染んで行った。
「君の名は桜坂 神楽。今までと何も変わらない。」
余計な記憶は封印された。
桜坂は自分の脳がアリスに移植された事すら覚えていない。
そして、もう一人。
アリスの脳は、桜坂 神楽の身体に移植された。
「困った事になった。」
「桜坂 神楽が二人もいるのは変な話だ。」
「だからと言ってアリスを名乗られても困る。」
「そう言えば……。つい先ほど車に跳ねられて救急で運ばれて来た少女がいたな。」
「須澄と言う名の少女ですか?彼女なら既に命を引き取りました。」
「構わん。須澄少女の家族構成を調べろ。生い立ちもだ。」
「………何をする気ですか?」
「どうせアリスの脳は使い物にならない。須澄少女の記憶をアリスの脳に注入する。足りない部分は造り上げろ。とにかく彼女を自分は須澄だと思い込ませれば良いのだ。」
「須澄少女の人格を元に、人工的に記憶を造り上げる。洗脳にも近いですな。」
「家族には秘密にしろ。須澄の新しい家族はこちらで用意する。」
「そうだな。彼女の名前は『ありす』。須澄 ありすと名付けよう。」
「しかし、なぜこんな面倒な事をするのです?どうせアリスの脳は廃人同然。このまま死んでも問題ないでしょう?」
「未知の可能性がある。」
「………?」
「10億人に一人の遺伝子を持つ少女アリス。果たしてその遺伝能力は、アリスの身体に宿るのか、それとも脳に宿るのか。」
「………まさか。」
「私は医者であると同時に科学者だ。私の推測が正しければ、桜坂 神楽よりも、須澄 ありすの方に可能性がある。」
「では須澄少女の方がアリスの力を体現出来ると?」
「人間の能力を司るのは身体ではない。脳こそが重要なのだよ。永島少将には内緒にしていてくれ。」
こうして
『アリス』の身体を持つ『桜坂 神楽』と
『アリス』の脳を持つ『須澄 ありす』
二人の『アリス』が誕生した。
今から5年前の話だ。
ビュビュッ!
『!』
バシィーン!
『!』
大和の光学剣(ソード)が、桜坂の右足を捉える。
そして、北条の光学槍(ランス)が、桜坂の左腕に突き刺さる。
この大会 桜坂は、初めてまともに攻撃を喰らった事になる。
ビビッ!
『ダメだ!避けられた!』
『致命傷には程遠い!』
グワンッ!
多少の損傷は覚悟の上。
金髪の少女アリスは、しなやかに光学鞭(ウィップ)を振りかざし、的確に大和と北条の弱点である両肩部分の装甲を攻撃する。
シュバババッ!
『ぐっ!』
『しまった!』
ビビッ!
桜坂 神楽は自らの被害を確認。
『損傷率43%』
「見事です………。」
バチバチバチッ!
「まさか、私がこれほどの損傷を負うなど……。あなた達二人の実力は本物です。」
ババチバチッ!
「胸を張りなさい。あなた達二人はオリジナル『アリス』を追い詰めたのだから。」
大和は言う。
「ふざけんな………。俺達の完敗だ………。」
北条は大和に言う。
「幸一……違うぞ………。」
「………帝?」
「俺達は、まだ負けていない。」
「…………。」
「俺達には、『ありす』がいる。」
「北条………。」
「2年B組は6人で一つのチームだ………。」
バチバチバチッ!
ドッカーンッ!
ドッカーンッ!
大和 幸一と北条 帝が、同時に戦場から姿を消した。
ドクン
ドクン
残された兵士は二人。
桜坂 神楽
と
須澄 ありす
二人の『アリス』しかいない。
そして
オリジナル『アリス』を倒す事が出来るのは
オリジナル『アリス』のみ。