MARIONETTE-アリス
【夢幻催眠①】
ザッ
ビビッ!
『前方600メートル』
(近い!)
大和 幸一の面前に広がるモニターが敵の接近を感知する。敵は3年A組の兵士四人。
ビビッ!
『幸一、俺は左をやる!』
『コウちゃん、私は右をやるわ!』
北条 帝(ほうじょう みかど)と須澄 ありす(すすみ ありす)の声がマイクロエコーを通して聞こえて来た。
『ラジャッ!っておい!俺の相手は二人なの!?』
ビビッ!
『大丈夫よ。一人倒したら応援に行くわ。』
『幸運を祈る!』
ザザッ!
『ちょっ!勝手な事を!』
ビビッ!
『幸一君。前方から来る二人は学年ランキング10番戦後の二人です。気を付けて下さい。』
『灯夜!何か作戦とか無いの!?』
『一応、相手の次の行動は………。』
バッ!
シュバッ!
『!』
ガキィーン!
グルン!
ガキィーン!
『正面からの同時攻撃です。』
『おっせーよ!!』
ブワッ!
3年A組の二人の攻撃を何とか凌いだ大和 幸一(やまと こういち)。
『幸一君!次が来ます!右肩狙いの一撃と胴体への突きです!』
『ちょっ!待て!』
ブワッ!
ガキィーン!
ズバッ!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率18%』
『2対1は反則だろうが!』
ビビッ!
『幸一君!そのまま右方向へ回避!』
ブワッ!
『うぉ!?』
ズバッ!
グルン!
『危ねっ!』
『更に攻撃が続きます!右へ逃げて下さい!』
ビビッ!
『逃げろって!?』
『いいから早く!』
ザザッ!
ズサッ!
(こいつら強い……!)
戦闘を諦めて中森 灯夜の指示で逃げ出す大和 幸一。3学年ランキング10番前後と言えば3学年でも上位ランク。2学年ランキング3位の大和にとっては1対1でも互角に戦えるかどうか。
逃げろとはすなわち、北条か須澄のどちらかの戦闘が終わるまで待てと言う事だろう。
ビビッ!
『灯夜!他の二人はどうなっている!勝てそうか!?』
ビビッ!
『戦況が優位なのは、須澄 ありすさん。もうすぐ目視出来ると思います。』
(ありす!)
バッ!
グンッ!
(いた!)
栗色のショートボブに、パステルブルーの装甲。攻撃型『マリオネット』でありながら、流れる様な連続攻撃。
『トリプルスマッシュッ!』
ズバババッ!
これは、ありすの必殺技だ。
目にも止まらぬ三連撃が3年A組の『マリオネット』の装甲を容赦なく斬り刻む!
バチバチバチッ!
ドッガーン!
『ありす!』
『コウちゃん!?』
大和 幸一を見つけた須澄 ありすの瞳が大きく見開いた。
ビビッ!
『ありす!後ろから二人来る!』
『!』
『分かった!任せて!』
グルン!
咄嗟に大和 幸一が反転し敵の二人を迎え撃つ態勢を取る。
(2対1では勝てなくても、ありすと二人なら何とかなる。)
大和にはそんな確信があった。
ここ一番と言う時の須澄 ありすの力は、学年ランキング1位の北条 帝をも上回る。
あれは何ヵ月か前の話。暑い夏の夕暮れ時であった。その日の『模擬戦』を終了し、北条 帝と大和 幸一が、二人で『模擬戦』のVTRを眺めている時の話だ。
「なぁ、幸一……。」
おもむろに北条が大和に話し掛ける。
「俺達3人の中で、誰が一番強いと思う?」
「は?何言ってんだ?お前に決まってんだろ?自慢か?」
北条の質問に大和 幸一は即答する。学年ランキング1位。7月の『個人戦』ベスト4の北条 帝に勝てる2年生などいない。
しかし北条は真面目な顔で大和に答える。
「そんな事はねぇよ。俺は、お前とありすの追い上げに驚いている。もうすぐ学年ランキング首位の座を明け渡す日も近いってな。」
「はは……まさか。」
「………。いや、違うな。」
「?」
そこで北条は自分の発言を訂正する。
「もしかしたら、須澄 ありすは俺達より遥かに強いのでは無いか。」
「………なに?」
「幸一、前に言ってたよな。」
「何だよ。」
「ありすは大和学園に入学する為の『適正検査』を受けていないって。」
「ん……あぁ。」
「そんな事が有り得るのか?」
「…………。」
「『適正検査』を受けないで、何で大和学園に入学出来たんだ?」
「そんなの知るかよ。」
「もしかしたら、須澄 ありすは、『適正検査』を受ける前から『マリオネット』との適正が証明されているとしたら。」
「なに?」
「俺は時々ありすが、本当の力を出していない様に感じるんだ。ありすが本気を出したら俺達なんか遠く及ばない力を持っているんじゃないかってな。」
「そんなバカな……。『ありす』は『ありす』だよ。」
ババッ!
ビビッ!
『前方400メートル!』
『コウちゃん!』
『わかってる!』
3年A組の兵士は二人。
対する2年B組は、大和 幸一と須澄 ありす。ありすの事は誰よりも知っている。ありすの動きは、中森 灯夜の『予知能力』が無くたって手に取る様に分かる。
ズバッ!
ありすが右へ動く事も
ブワッ!
得意の連撃を繰り出す事も
バババッ!
『ぐわっ!』
大和 幸一は、 もう一人の敵を牽制しつつ、ありすが仕留め損ねた敵に止めの一撃を刺せば良い。
『うぉりゃ!』
ズバッ!
『ぐはっ!』
バチバチバチッ!
ドッガーン!
グルン!
ビビッ!
『コウちゃん!やったね!』
『おぅ!』
戦場に二体の『マリオネット』が並び立つ。
大和 幸一
須澄 ありす
須澄 ありすの事は、大和 幸一が一番よく知っているんだ。
(帝……。ありすが本当の自分を隠しているって?俺達では遠く及ばない?)
『ありす、敵は残り一人だ。一気に行くぞ!』
『任せてコウちゃん!』
ブワッ!
(考え過ぎだ帝。『ありす』は『ありす』だ!今、ここに居るのが『ありす』だ!)
ズバッ!
バシュッ!
ドッガーン!
格上の3年生を相手に、大和と須澄の二人は殆ど無傷で戦闘を切り抜ける。
『やったね!』
『おぅよ!』
いつもの様にハイタッチで勝利を確認する二人。
ビビッ!
『幸一君。ありすさん!』
『灯夜?』
『喜んでいる場合では有りません。』
『?』
『フィールド左側へ向かった睦月君が倒されました。』
『!』
『そして、帝君もピンチです。』
『帝君が!?』
『バカな!』
『相手は3学年ランキング26位の生徒。』
『26位?そんな奴に帝が負けるかよ!』
『何かトラブルがあったのかも知れません。すぐに救援に向かって下さい!』
【夢幻催眠②】
ドクン
ドクン
『シンクロ率68%』
ドクン
ドクン
(ちっ!)
ブワッ!
ガキィーン!
『遅い!』
ブワッ!
バシュッ!
『ぐっ!』
ビビッ!
『損傷率48%』
(まずい………。)
ドクン
ドクン
『シンクロ率63%』
(どうなっていやがる。シンクロ率がドンドン低下して行く……。)
「ふふ。『個人戦』ベスト4の北条 帝も、この程度ですか。」
「なに?」
「北条 帝。君は僕を舐めて掛かりましたね。3学年でも上位ランカーでは無い僕を。」
「何だと………。」
グワン!
「くっ!」
(あの目だ………。あの瞳を見た途端に、頭が重くなり、視界がぼやける………。)
3学年ランキング26位
服部 佐助(はっとり さすけ)。
「僕の術は『模擬戦』では通用しない。AI機には術は効果が無いからね。」
「術……?」
「不知火流催眠術!夢幻催眠(むげんさいみん)!」
グワン!
ビビッ!
『シンクロ率55%』
ブワッ!
『!』
グルン!
「ほぉ……。よくかわしました。」
(催眠術………。バカな。機動兵器『マリオネット』の戦闘に於いて、催眠術など………。)
服部 佐助は、光学剣(こうがくけん)を構えて北条に告げる。
「無駄ですよ。僕の術を破れるのは、同じ道場の門下生である不知火さんと榊原さんだけです。桜坂 神楽でも、僕の催眠術を破る事は不可能。」
(まさか、こんな技で………。)
「終わりです!北条 帝!!」
ザッ!
服部が光学剣(ソード)を振り上げたと同時。
『くっ!『オーディンズ・ランス』!!』
北条が叫び声を上げる。
『!』
ブワッ!
北条 帝が装着する『マリオネット』は超攻撃型『マリオネット』だ。その『破壊神の槍』が、物凄い唸りを上げて、服部 佐助に放たれた。
この一撃は、学年ランキング1位、北条 帝の意地の一撃!!
ギュルギュルギュルッ!
バシュッ!
『!』
『!』
リーチも破壊力も完全に北条の光学槍(ランス)が服部の光学剣(ソード)を上回っている。
しかし
ビビッ!
『シンクロ率38%』
低下したシンクロ率では、手足を思うように動かす事が出来ない。
北条の光学槍(ランス)は、虚しく空を斬り、服部の光学剣(ソード)が北条の胴体部分に直撃した。
バシュッバシュッ!
(灯夜……。奴の術を……、幸一とありすに……、伝えて……くれ………。)
バチバチバチッ!
ドッガーン!
ピッ
しん
北条 帝のレーダー反応が………。
消えた?
『ありす………。』
『帝君が……負けたの?』
ビビッ!
『 まずい事になりました。』
『灯夜!』
『もうすぐ目の前に敵が現れます!』
『!』
『コウちゃん!あれ!』
ありすが指さす方向。
目の前に現れたのは、3年A組、服部 佐助。
『こいつが帝を!?』
『二人掛りなら行けるわ!』
『よし!ありす!行くぞ!』
ザッ!
ザザッ!
『二人とも!待って下さい!!』
『!』
『灯夜君!?』
ビビッ!
『どうやら、相手の兵士は催眠術を使う様子。目を見ては行けません。』
『催眠術!?』
『何だそれは………。』
しゅう
しゅう
何の変哲もない汎用型『マリオネット』を装着した男。3年A組、服部 佐助(はっとり さすけ)。注意すべきは、不知火 詩音(しらぬい しおん)と榊原 望愛(さかきばら のあ)だけじゃ無かったのか………。
ビビッ!
『灯夜君、相手の目を見ないでどうやって戦うの?』
『ありす、無理だ。相手の動きを見る時には、どうしても視界に入る。これでは戦え無い!』
ビビッ!
『幸一君、ありすさん。』
『………。』
『灯夜……。』
『僕を信じて下さい。僕なら相手を見なくても、相手の動きが分かる。』
僕の
『超洞察力』を持ってすれば
ザザッ!
先に動いたのは服部。片手に持つ光学剣(ソード)を振り上げたまま突進を始める。
『!』
そこで服部は、大和と須澄の顔を見て驚いた。
(こいつら、目を閉じている!?)
ドクン
ドクン
『幸一君!前から敵が来ます!左へ全力で転がって!』
『!』
ブンッ!
『ありすさんは右斜め前方へ攻撃!』
バシュッ!
『そのまま左へ振り抜いて!』
ズバッ!
『なっ!?』
グワンッ!
『幸一君!前方5メートル付近へ突きの攻撃!』
『任せとけ!』
シュバッ!
バシュッ!
『ぐっ!』
(バカな………。目を瞑ったまま、戦うだと!!)
『ふざけるな!』
バシュッ!
『ぐっ!』
そこからは一進一退の攻防。
中森 灯夜の指示があるとは言え、目を閉じたままの戦闘は困難を極める。大和と須澄も無傷ではいられない。
「はぁはぁ………。」
「少し驚きましたが、ここまでの様ですね。」
服部 佐助は大和と須澄の二人を睨み付けるも、二人は目を閉じたままだ。
損傷率は大和 幸一の方が高い。
先に大和 幸一を倒して、その後に須澄 ありすを倒す。
ザッ!
服部の行動が相手に読まれるのは不思議だが、それも完璧ではない。神経を集中し相手の動きを観察すれば問題無い。
これでも服部は、不知火流抜刀術を会得している。不知火 詩音や榊原 望愛ほどでは無いが、一般生徒のしかも2年生に負ける訳には行かない。
不知火と榊原が駆け付ける前に勝負を決める。
ジャリ
「不知火流抜刀術。『無音剣』」
おそらく奴らは光学剣(ソード)を振り下ろした時の音で服部の動きを察知している。無音の剣であれば動きを読まれる事は無い。
それが服部 佐助の出した答えだ。
『無音剣』による一撃なら、悟られる事無く敵を粉砕出来る。
しん
空気が静まり返り、フィールドは無音の戦場と化す。
ビビッ!
『幸一君、敵は真正面です。』
『正面………。』
『そのまま出来るだけ速く前方へ突きを!』
バッ!
中森 灯夜の声に大和 幸一は反応する。
真正面に居るであろう服部 佐助への一撃。
シュバッ!
『!』
しかし、手応えは無い。
「甘いなぁ。それくらいの行動は僕でも見切る事が出来る。」
大和の攻撃をかわした服部が、光学剣(ソード)を勢い良く振り下ろした。
ガキィーン!
『!』
(はっ!)
服部の剣を抑えたのは須澄 ありす。服部は咄嗟に須澄の方へと振り向いた。
『貴様!目を!?』
『コウちゃん!今よ!』
『分かってらぁ!』
シュバッ!
突き出された一撃は戦艦大和の主砲の如し。
『どりゃあぁぁぁ!!』
全体重を乗せた必殺の一撃。
『貴様ら!目を開けているのか!!』
『今からでは催眠術は通じないわね。』
『バスタード・キャノン!!』
ドバババッ!
『ぐぉ!?』
『ここからだぁ!!』
ドバババババッ!
『ぐっ!ぐわぁぁぁ!!』
バチバチッ!
ドッガーン!
フィールド左側森林地帯
ビビッ!
『詩音………。仲間達が全員、やられたみたい。』
『………。服部もやられたのか。』
『えぇ……。』
『そうか………。こちらも、すぐ終わる。』
ビビッ!
『損傷率65%』
不知火 詩音の前に立つ満身創痍の男は2年B組 矢吹 夏樹(やぶき なつき)。
(どうやら、時間稼ぎにはなった様だな……。)
「おい!」
「……………。」
「森林の陰を逃げ回るだけで、恥ずかしく無いのか。」
「はっ!知った事かよ。随分と手加減してくれたみたいだが、それが命取りだ。」
「命取り?」
「そうだ。俺より上のランキングの三人の強さは半端無い。北条、大和、須澄の三人が揃えばお前達でもヤバいって話さ。」
「ふむ。言いたい事はそれだけか。」
「その余裕が命取りだって言ってんだよ。」
「ご忠告は有り難く聞いておこう。しかし、俺と望愛は負けない。」
「………。」
「二対揃った時の『ゴールド・オブ・コンゴウ』は無敵だ。正に阿吽(あうん)の呼吸って奴だな。」
「阿吽の呼吸か………。」
「?」
「やはり幸一達の勝ちだ。」
「なに………?」
「連携プレイで幸一達に勝てる兵士は存在しない。あの3人は特別だ。特に、幸一とありすは……。」
「ふん。この後の戦闘を見ていれば分かる。どちらが上かって事をな。」
ビビッ!
『詩音!敵が近付いて来るわ!』
『あぁ。遊びはお終まいにしよう。』
ブンッ!
詩音の光学剣(ソード)が振り下ろされ、矢吹 夏樹に止めの一撃を与える。
ズバァッ!
バチバチバチッ!
ドッガーン!
ザザッ!
「来たか…………。」
戦場で対峙するのは四人の兵士。
不知火 詩音
榊原 望愛
大和 幸一
須澄 ありす
クラス対抗戦 決勝トーナメント一回戦
本当の戦いは、ここから始まる。