MARIONETTE-アリス

【金剛神①】


どのくらい

泣いていたのだろう


鏡に映し出された顔を見て、ありすは少し恥ずかしくなる。

(コウちゃんに、みっとも無い所を見られちゃったな……。)

同時にありすは、少し不思議な感覚を覚える。

何かは思い出せないが、そこには何かがある。

とても悲しい、何か…………。

(そう言えば………。)

そこで、ありすは意識を失う前の出来事を思い出す。昨晩、男子寮から戻ったありすは、校庭の花壇の前を走り抜けようとした。

そこに居たのは、桜坂   神楽。

桜坂先輩と目が合ったその時。意識の片隅に入り込んで来たのは美しい『秋桜(コスモス)』であった。


ザザッ


「ママ……。」

「ママ見て!綺麗なお花!」

「あら珍しいわね。まだ春だと言うのに。」

薄い桜色をしたコスモスの花が、ゴシック調の教会の周りに咲き乱れていた。

「この辺は初めてかな。」

「……?」

突然に声を掛けて来たのは、一人の神父。
名はアーノルドと言った。アーノルド神父はとても穏やか口調で訪れた母子に声を掛ける。

「これはね、ただのコスモスでは無いのです。通常のコスモスは秋に咲くのですが、しかし、ここのコスモスは春に咲くのです。」

「ふぅん。どうしてなの?おじさん。」

「可愛いお嬢さんだね。」

「うん!ありがとう。」

少女はにっこりと笑い掛けた。

「それはね、お嬢さん。遺伝子をね、操作しているからだよ。」

「いでんし?」

「そう……。」


遺伝子


10億人に一人の遺伝子を持つ少女。


ザザッ


「我々は『アリス細胞』により、新たな時代へ突入するであろう。」

「おぉ!」

「アンダーソン博士。素晴らしい理論です。」

「『マリオネット』との完全シンクロ。」

「そして、『アリス細胞』による無限の兵士の生成。」

「無敵の軍隊!」

「アンダーソン博士!」

「『アリス』は実在すると思いますか?」

「『アリス』は実在するのか?と質問したのかね?」

「ふむ……。」

「当然だ!『アリス』は実在する!」


ザザッ!


「『ハンプティ』隊長!」

「何事だ………。」

「『アリス細胞』が!消滅しました!」

「なに!?」

「バカな!厳重に保管していたはずだ!」

「何者かが『アリス細胞』を消滅させたと言うのか!」

「終わりだ………。オリジナル『アリス』は死んだのだ。もう『アリス細胞』を造る事は出来ない。」

「いいえ………。」

「シャルロッテ……?」

聞こえるわ………。

私の身体の中に眠る『アリス』の『遺伝子』が、私に訴え掛ける。


『遺伝子』


もとは同じ身体ですもの

「『アリス』は生きているわ!」


ザザッ!


「まさか、この少女が……。」

「『アリス』!?」

「しかし………。」

「少将、残念ですが……。」

「記憶喪失!?」

「記憶だけではなく、言葉も、何もかも。」

「………そうか。」

「……………。」

「ふふ………。」

「…………?」

「ふははははは!」

「少将!?」

「実に都合が良いではないか!」

「………?」

「これは、天が我々に与えたチャンスなのだよ。」

「永島少将……いったい何を!」

『アリス』の存在を、誰にも悟られてはいけない。

「オリジナル『アリス』を抹殺する。『アリス』などと言う少女は存在してはいけない。」

「まさか………。」

「『アリス』が外国人では不味いだろう?違うかね。」

「10億人に一人の遺伝子を持つ少女は、日本人でなければならないのだよ。」


ザザッ


「すげぇな神楽。」

「何て動きだ!信じられん。」

「大和学園、始まって以来の天才だ。」

「天才?怪物だろ?」

「桜坂   神楽……。俺は彼女から得体の知れない恐怖を感じる。」

「とても同じ人間とは思えない。」

「神楽には、どうせ勝てねぇよ。」

「産まれ持った才能。いや遺伝子の差って奴だな。」

遺伝子が違う


「桜坂   神楽は特別な存在だ。」


ザザッ


チュンチュン

(…………朝。)

私が校庭で倒れたのが3日前。

翌日には意識が戻り、修に連れられて学園の寮に戻った。

カツン

カツン

「神楽!出歩いて大丈夫なの!?」

「由利、大丈夫よ。心配掛けました。」

「大丈夫って、あんた………。」

心配するのは黒川  由利。

予選が終わり、今日は試合も学校も休みであるのだが、神楽の体調を考えれば、決勝トーナメントにも出るべきではない。それが、3年E組代表選手の一致した意見である。

しかし神楽は、黒川  由利に告げる。

「体調は大丈夫………。」

「………。」

「昨晩までは、少し頭痛も有りましたが……。今はすこぶる気持ちが良い。」

「…………神楽。」

朝日が、桜坂   神楽を照らす。

チュンチュン

「由利……。決勝トーナメント。私は出場しますよ。」





【金剛神②】

西暦2057年10月

都立大和学園

クラス対抗戦  決勝トーナメント

予選ブロックを勝ち抜いた4クラスの兵士達が、優勝を目指して争う一大行事。

その活躍によっては、卒業後の『防衛軍』の階級が大きく左右される事から、特に3年生にとっては重要な大会である。


予選Aブロック代表
3年E組

予選Bブロック代表
3年A組

予選Cブロック代表
2年B組

予選Dブロック代表
ドイツ連邦共和国招待チーム



(ヨハン・ボルチノ。そして、シャルロッテ・ファナシス……。)

政府からの情報によれば、おそらくドイツ代表の二人は『アリス細胞』の所有者だ。

榊原   望愛(さかきばら  のあ)は、鋭い視線を二人に向ける。

VTRを見る限り、二人の実力は大和学園のトップランカーをも上回る。

「どうした望愛。怖い顔をして。」

「詩音……。ううん、何でも無いわ。」

ドイツ代表の狙いは『アリス』。
『アリス』を誘拐するか、或いは殺すか。

しかし、普通に考えれば試合中での殺人は考えられない。先日の襲撃が夜分であった様に、人目の付かない所で行動を起こすに違いない。

ならば、望愛は試合に集中出来る。



決勝トーナメント一回戦

「『マリオネット』、オン!」

「『マリオネット』、オン!」

ギュイーン!

ギュイーン!

ざわっ!

大型スクリーンに映し出されたのは、黄金に輝く二対の『マリオネット』。

不知火   詩音の『マリオネット』
『ゴールド・オブ・コンゴウ(黄金の金剛神)モデル・阿形(アギョウ) 』

榊原   望愛の『マリオネット』
『ゴールド・オブ・コンゴウ(黄金の金剛神)モデル・吽形(ウンギョウ) 』


ざわざわ……。

戦国武将を彷彿させるシルエットの「マリオネット」は見るものを圧倒させる。

「見ろよ、不知火の『マリオネット』。いつ見ても凄い迫力……。」

「何で不知火が二人居るんだ?」

「バカ知らないのか。一人は不知火じゃねぇよ。」

「え?あんな派手な『マリオネット』を装着する奴が不知火以外に居るかよ。」

「それが、居るんだな。俺も見るのは1年ぶりだが。」

ざわざわ

「おい!榊原  望愛だ。『対人戦』に参加するのは昨年の『学園対抗戦』以来か。」

「つか、それ以外に見た事ねぇし。」

「『個人戦』にも『クラス対抗戦』にも不参加で何で『学園対抗戦』の代表に選ばれたんだ?」

「んなもん、強いからに決まってんだろ。」

「不知火と榊原の二人が揃った3年A組か……。これは、もしかしたら桜坂   神楽を凌駕するかもしれんぞ。」

「今年の『クラス対抗戦』、面白くなって来たな。」

「あぁ、あの二人を相手にするのは2年生では荷が重過ぎる。」


学年ランキング2位   不知火   詩音。
不知火は単独でも十分に強い。しかし、昨年の『学園対抗戦』で見せた不知火と榊原、二人が揃った時の強さは、まさに仁王の如し。

「榊原   望愛とのコンビは、手が付けられねぇって事だ。」

ザッ!

戦場のフィールドに降臨する二人の兵士。

黄金の『マリオネット』が始動する。




ビビッ!

『敵は左右二手に分かれて進行中!右に二人。左に四人。』

『夏樹……、どう思う?』

『普通に考えたら、二人の方に不知火がいる。』

『不知火と、榊原でござるな。』

『榊原  望愛か……。』

ビビッ!

『灯夜、頼む!』

『分かった。感じてみるよ。』

ビビッ!


少し距離があるが………。

二人の気配を感じ取る!

「…………。」

「……、どうだ、灯夜。」

「………うん。」


フィールド右側に展開している二人の声。二人の様子を中森  灯夜の『超洞察力』が感じ取る。

ビビッ!

『夏樹君、間違いない。フィールド右側の二人の兵士が。』

不知火   詩音 と  榊原  望愛 だ


『良し!予想通りだ。』

『!』

『夏樹、何か策があるのか?』

『あぁ、黄金の『マリオネット』には俺と睦月が向かう。耐久型の二人で不知火と榊原を抑えている間に……。』

『他の四人を俺達がやるって訳か。』

『北条……、その通りだ。』

『悪くない作戦だな。仮に夏樹と睦月が倒されたとしても、俺達さえ四人を撃破出来れば4対2の戦況を作り出す事が出来る。』

『問題は、ありすの体調……。大丈夫か?ありす。』

『え?大丈夫。もう何とも無いわ。』

『そうか……。』

2学年ランキング1位~3位の北条、須澄、大和の3人に中森の予知能力があれば、例え3年生4人が相手でも勝機はある。

『よっしゃー!行くぜ!』

『灯夜、頼んだぞ!』


大型スクリーンに映し出された2年B組の兵士達は、3年A組と同じく左右二手に分散する。

「見ろよ由利。2年の方も分かれて戦うみたいだ。」

スクリーンを眺めるのは優勝候補筆頭の3年E組、伊東  修。

「面白いわね。右と左の戦線。どちらに軍配が上がるのか。」

「果たして2年ごときに不知火と榊原を抑える事が出来るかな。」



ザッ!

ザザッ!

『距離1200メートル』

ビビッ!

『見えるか睦月?』

『まだ遠いでござる。』

『うむ。』

『拙者達の役割は、時間稼ぎでござろう。煙幕を用意したでござる。』

『睦月……、そんな武器まであんの?正規の武器には無いよね?』

『特別製でござる。』

『はぁ、すげぇよお前は……。』

ビビッ!

『距離700メートル』

『!』

『来たぞ!』

ザッ!

『発射するでござる!』

ドーンッ!

ドッドーン!

モワッ!

戦場に放射されたのは、斎藤  睦月自家製の煙幕弾。敵の視界を遮っている隙に『ガードフレイム砲』の準備をする斎藤  睦月。敵を足止めするには打ってつけの『マリオネット』。

ビビッ!

『距離100メートル』

『!』

『ぬ?』

ブワッ!

ドドン!

『睦月!危ない!!』

『な!速いでござる!』

煙幕の中から現れたのは、二体の黄金に輝く『マリオネット』!

その出で立ちは戦国武将の鎧の様だ。
更に、不知火と榊原の気迫により『マリオネット』の装甲が巨大なオーラに包み込まれる。

『仁王神の気迫(ヴァジュラダラ)!!』

『!』

バシュッ!

ズバッ!

バチバチバチッ!

『夏樹殿……すまぬでござる……。』

『睦月ッ!』

ドッガーンッ!


しゅう

しゅう

ビビッ!

『腕は落ちていない様ね。詩音。』

『お前の方こそな。』


戦場に仁王立ちする黄金の『マリオネット』を呆然と眺めるのは矢吹  夏樹。

(ちょっと待て……。耐久型『マリオネット』の睦月が、一瞬で………。消滅?)




こうして

大和学園『クラス対抗戦』

決勝トーナメント、一回戦が始まった。