MARIONETTE-アリス

【追憶①】

防衛軍

横浜基地に付属する軍事病院



ピッ

ピッ

ピッ

「容態はどうなのですか?」

ピッ

ピッ

「榊原(さかきばら)君か、早かったな。」

病院へ駆け付けた榊原  望愛(さかきばら  のあ)を出迎えたのは防衛軍少将の吉良   庸介(きら  ようすけ)。

「あんなに朝早くから呼び出すんですもの。お陰で寝不足だわ。」

望愛は心底、ゲッソリした様子で吉良少将にぼやいて見せる。

「まぁ、そう言うな。望愛君は大和学園の生徒だからね。敵に怪しまれずに学園内で行動するにはうってつけだ。」

「はぁ……。突然戻って来たら怪しまれるわよ。」

カツン

カツン

ウィーン!

「………。」

「吉良少将………彼は?」

治療室に入った望愛が目にしたのは、自分と同じ年頃の男子生徒。医者にも科学者にも見えない。

「あぁ、望愛君とは面識が無かったか。紹介しよう。」

吉良少将は、男子生徒の肩をポンと叩いて榊原  望愛に告げる。

「彼は私の息子、吉良  光介(きら  こうすけ)だ。以後、お見知りおきを。」

「………息子さん?」

「ん……あぁ。よろしく。」

「よろしく……。と言うか、あなた、なぜ『マリオネット』を装着しているの?」

「それは、君には関係ない。」

「…………。」

何で吉良少将の息子が治療室に要るのか。望愛は不思議に思い吉良少将の顔を見る。

「今回の襲撃は殺害と言うより確認が目的だろうね。」

「え……、確認……ですか?」

「あぁ。本当に殺そうと思えば他に方法がある。しかし、犯人はそうしなかった。おそらく、犯人も誰が『アリス』だか確証が持てなかったのだろう。」

「確認………。どうやって………。」

「『アリス細胞』の応用だろう。犯人は本物の『アリス』を確かめる為に『アリス細胞』を刺激したのだ。すなわち犯人は『アリス』の細胞を保有している人間。」

「『アリス細胞』を刺激……。それで意識不明の重体に?」

「おそらく、これは犯人も予想外だったはずだ。『アリス細胞』を刺激したと同時に思わぬ偶然が重なったのだからね。」

「少将………偶然とは?」

「二人の少女の遭遇だよ。」

「二人…………。」

「桜坂   神楽と須澄   ありす。」

「…………。」

「『アリス細胞』による刺激をキッカケに二人の少女の意識が一時的にシンクロした。そしてフラッシュバック現象を引き起こしたと推測される。」

「フラッシュバック現象?何ですかそれは?」

「ふむ。それはだね。」

吉良少将は、神妙な顔付きで榊原  望愛に告げる。

「封印されていた二人の記憶が甦ったのだろうね。」

「封印………?………記憶?」

「二人の脳内に膨大な記憶が流れ込んで来たのだ。それも一瞬のうちにだ。それに耐えられなくなった脳が本能的に二人の意識を失わせた。言わば自己防衛本能が働いたのだろう。」

「ちょっと待って下さい。」

「…………?」

「おっしゃる意味は分かりますが、一つ明らかにおかしな点があります。」

「ほぉ……何だね。」

「少将の話を聞く分には、犯人は『アリス』を狙ったのでしょう?その『アリス細胞』を利用して。」

「うむ。その通りだが。」

「それなら何故、倒れたのは二人なのですか?『アリス』だけではなく、もう一人の生徒が倒れるのはおかしいでしょう?」

「榊原君…………。」

「………はい。」

「君は知らなかったのかね?」

「………何をでしょうか。」

『アリス』は………。




ピッ

ピッ

ピッ

ピッ


「ふぅ………。」

「光介………どうだ?終わったのか。」

「父さん………。もう大丈夫だ。」

「そう……か。」

「二人の記憶を封印された元の状態に戻した。もうすぐ目が覚めるだろう。」

「さすがだな光介。」

「………。」

「やはりお前の能力は特別だ。父さんは昔から……。」

「止めてくれ!」

「……………光介。」

「俺は『化物』だ。産まれつきの『化物』。こんな能力、欲しくて手に入れた訳じゃあない。」

「光介……。今は分からないかも知れないが、お前の能力は役に立つ。」

「…………。」

「お前は、世界の軍事力を左右するだけの能力を持っている。『アリス』と同様にな。」

「………ちっ。」

「お前のクラスも『クラス対抗戦』の決勝トーナメントが始まる。頼んだぞ、光介。」

「あぁ……。そっちの方も上手くやるよ。」

「大和学園も武蔵学園も、今年の『クラス対抗戦』はどうかしている。まるで、戦争前夜みたいだ。」

「………。」

「機動兵器『マリオネット』。新たな兵器が産まれた時には戦争は付き物だ。」


果たして日本は

生き残る事が出来るのだろうか






【追憶②】


桜坂   神楽

須澄   ありす



(もう大丈夫の様ね…………。)

榊原   望愛は、吉良   光介に向き直り頭を下げる。

「ありがとう吉良   光介さん。貴方のお陰で救われたわ。」

吉良   光介は照れくさそうに頭を掻いた。

「別にお前を助けた訳ではない。俺が助けたのはアイツらだ。」

「ううん。違う。」

「なに?」

「私の幼馴染がね。どうしても桜坂  神楽を倒したいって言ってるのよ。」

「幼馴染?」

「このまま、意識が戻らなかったら、彼の努力が無駄になっちゃうからね。だから代わりに私がお礼を言うわ。」

「………俺の知った事じゃあないな。」




「望愛君………。」

「吉良少将!」

「分かっていると思うが、君の任務は………。」

「分かっているわ。仕事は仕事よ。」


今回の件で、敵もおそらく、アリスの正体を分かったに違いない。

次は確認なんかではなく、次に攻撃を仕掛ける時は………。


アリスの命を狙って来る。


「少将……。念のため、今年の『クラス対抗戦』の決勝トーナメントは、一般人の観戦は中止にして下さい。」

「あぁ。それは既に手を打ってある。テレビ中継も武蔵学園だけの予定だ。」

「それと、校内への銃火器の持ち込み禁止と捜索。それもお願いします。」

「その辺も抜かりはない。校内には不審物の持ち込みはさせない。校内にある兵器は『マリオネット』が持つ光学兵器だけだ。」

「そう……。」

「君も犯人の目星はついている様だね。」

「当然よ。敵は『アリス細胞』を使ったと言ってたじゃない。」

「ドイツ代表の二人とハンプティを名乗る中年の男性をマークしろ。」

「了解しました。」

「不審な動きがあった場合は………。分かっているね。」

「ラジャ!」

榊原  望愛の瞳が冷たく輝いた。





都立大和学園  来客室

ここには、三人の外国人

コードネーム『ハンプティ』『ジャバウォック』『キティ』が待機していた。

ハンプティはシルクハットを片手に抱えたまま
二人の生徒に状況を告げる。

「桜坂  神楽が、目を覚ましたらしい。」

「………。」

「………そう。」

「二人とも、何か言う事は無いのかね?」

「…………。」

「ハンプティ・ダンプティ………。」

「何かね、キティ。」

「私達の今回の任務はコードネーム『アリス』の生存の確認……だったわよね。」

「その通りだ。」

「私の身体に埋め込まれた『アリス細胞』が、アリスの存在を教えてくれるわ。」

「その為に『クラス対抗戦』に参加したんだ。間近でシンクロをすれば『アリス』の存在はハッキリする。」

「もう決まったも同然よ。『アリス』は桜坂  神楽しかいない。その桜坂  神楽が狙われた。どう言う事?」

「…………。」

ジャバウォックは沈黙を保ち、キティは身を乗り出した。

「まさか、私達以外にも『アリス』の行方を追っている何者かが存在しているんじゃ……。」

「可能性はゼロではない。」

「!」

「何せ『アリス』は10億人に一人の遺伝子を持つ存在だ。『マリオネット』を保有する国なら『アリス』を欲しがるのは当然の帰結。」

「今回、桜坂   神楽が狙われたのは、やはり他の国のエージェントが………。」

「それは、分からない。」

「でも………。」

「現在、大和学園に滞在している外国人は私達だけだ。他に怪しい人物は見られない。」

「では、あれは事故だって言うの?都合よく『アリス』の可能性が高い桜坂   神楽が原因不明により意識を失ったとでも……。」

「キティ、ジャバウォック。」

「…………。」

「…………何よ。」

「今回の任務に新しい任務を追加する。」

「新しい………任務?」

「正体不明の敵国からコードネーム『アリス』を守るのだ。」

「!」

「!」

「『アリス』は我々ドイツ連邦共和国の希望だ。誰にも渡しませんよ。日本にも、 ちろろんロシアにもだ。」








あの時、私が見た光景は………。

「うっ!」

「おい!神楽!大丈夫か!?」

激しい痛みが、桜坂  神楽を襲う。

意識を取り戻した神楽を迎えに来たのは、3年E組の伊東  修。

「うん。大丈夫よ。少し頭痛が……。」

「病み上がりだからな。帰って休んだ方がいい。」

「そう……ね。」

二人はタクシーを拾い東京都郊外にある大和学園へ向かう。

「修………。」

「何だ………。」

「修は私の事をどこまで知っているの?」

突然の質問に戸惑う伊東。

「どこまでって何がだ?」

「えぇ……。」

桜坂   神楽はゆっくりと話し始める。

「私の父は大手の金融マン。母は専業主婦で、いつも私に優しくしてくれる。」

「…………。」

「修と出会ったのは大和学園に入学してから。由利と出会ったのも同じね。」

「そうだが。それがどうした?」

「中学生の頃の私は物静かな少女だったわ。あまり人と接する事もなく読書が好きな女のコ。」

「そう……なのか。」

「おかしくないかしら?」

「………?」

「スポーツなんてやった事は無かった。運動は苦手。それなのに、なぜ大和学園に入学出来たのかしら。」

「………そりゃ、適正検査の結果だろ?」

「私と私の両親………。よく似てないって言われるの。」

「?」

「私の記憶の中にある両親は、確かにパパとママなんだけど、幼い頃の記憶が曖昧なのよ。」

「神楽………。どうした?疲れているのか?」

「…………須澄   ありす。」

「………?」

「あのコ………。私の両親と………。」


とても、よく似ている





ピッ

ピッ

ピッ


(…………。)

夢を見た。

とても悲しい夢。

須澄   ありすの瞳から涙が零れ落ちる。

私は、誰かに追われていた。


パパもママも殺された。

私は死にたくない一心で、従うしか無かった。


ビビッ!

『例の少女を捕獲しました。』

『どうします?連れて帰りますか?』

ビビッ!

『構わん。殺せ!我々には不要な存在だ。』

ビビッ!

『ダー(了解)!』

「!」

「きゃあぁぁぁ!」




『ありす!!』

バッ!

「ありす!大丈夫か!!」

「…………コウ…………ちゃん?」

「目が覚めたんだな。ありす!」

「ここは………どこ?」

「『防衛軍』の施設だ。それよりうなされていたぞ!本当に大丈夫なのか!?」

「うなされて………。う、うん。変な夢を見たみたいだけど、思い出せない。」

「そ、そうか。まぁ意識が戻って何よりだ。取り敢えず安静にした方がいい。」

「コウちゃん………。」

「………どうした、ありす?」

ベッドの上で、ありすは大和   幸一を見つめた。

ぽろり

「あれ?変だな………。」

「ありす?」



涙が………


止まらないや