MARIONETTE-怜

【深紅の花嫁①】

5年前

防衛軍 横浜基地。

「聞いたか神埼。遂にロシアがポーランドに侵攻したって話だ。」

新たに建設された横浜基地に配属された軍人の数は少ない。なぜなら、ここは特別歩兵部隊の基地だからだ。

「日本は大丈夫なのか。『マリオネット』の量産体制は何とか整ったが、肝心の兵士の数が少な過ぎる。」

特別歩兵部隊に配属された兵士の数は僅か10人。『マリオネット』の適正検査に合格する軍人は極端に少ない。実際のところ適正検査に合格出来る割合は1%未満と言った所か。

「その為の学園だ。これから日本も本格的に兵士の育成に力を入れる。全国の若者の中から適正検査に合格した者のみが入学出来る学園だ。」

会話をしているのは、二階堂  昇(にかいどう  のぼる)と神埼  秀人(かんざき  ひでと)。共に防衛軍の少佐である。
軍の同期にして特別歩兵部隊に配属となった二人の兵士。

「大和学園と武蔵学園か。なぜもっと早い段階から育成しないのか。イギリスでは兵士を養成する小学校まであると言うのにな。」

「まぁ、そう言うな神埼。選択と集中だよ。その分、2つの学園の施設は世界一だ。政府は限られた予算を2つの学園に集中する方針なのだろう。」

防衛軍少佐  神埼  秀人(かんざき  ひでと)。
誰よりも日本の将来を案じる優秀な軍人の一人。

(このままでは、日本はロシアに侵略されてしまう。)

新型兵器として登場したロシア軍の『マリオネチカ』。世界中の紛争地域で絶大な威力を誇る『マリオネチカ』に西側諸国は対抗出来ないでいる。

それでも大国同士の戦争が起きないのは、核兵器のお陰だろう。
この時代になっても、核兵器の抑止力は健在で、ロシアは西側先進諸国に直接的な戦争を仕掛ける事は無い。
しかし、今回のポーランド侵攻は、その前提を大きく覆す。これまでの戦場は、中東、アフリカ、南米であったが、初めてヨーロッパの国に侵攻したロシア軍。それに対し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの先進諸国は沈黙を保った。

ロシアとの直接的な戦争を放棄したのだ。

「『マリオネット』の開発は急ピッチで行われている。あと数年もしたら、西側諸国も『マリオネット』を実戦投入出来るだろう。もう少しの辛抱だ。」

二階堂は、そう言って神埼の肩を叩く。

(そんな悠長な事を、言っていられるのか?)

日本は核兵器を保有していない。
もしロシアが西側先進国に戦争を仕掛けるとしたら日本かドイツだろう。
核兵器による反撃が無い以上、ロシアには危険が及ばない。ポーランド侵攻はその為の試金石だ。

ポーランドを見捨てた様に、日本が侵略されたら、アメリカもイギリスも助けないのではないか?核戦争を覚悟してまで、アメリカはロシアと交戦するのか?

すなわち、日本とドイツは、いつ攻撃されてもおかしくない。

カツン

カツン

カツン

(………む?)

「やぁ、神埼少佐。待っていたよ。」

「永島………少将?どうしたのですか、こんな所で。」

「君の噂は聞いている。実は君と同じく政府の方針に懐疑的な軍人は少なくない。」

「……どう言う意味ですか?」

「今のままでは、日本は滅びると言う事だよ。」

「………。」

「そこで、君の協力が必要となった。」

「私の………ですか?」

「軍の予算は限られている。『マリオネット』を操る兵士を大量に育てるには時間が掛かる。そこで我々は考えた。量より質を高める方法をだ。」

「量より………質ですか?」

「あぁ、君も知っての通り『マリオネット』とは不思議な兵器でね。強力な兵士が一人いれば10人の普通の兵士を倒す事も可能だ。より強い兵士を育てる事が何より重要なのだ。」

「はぁ、それはそうですが、そんな簡単には行かないでしょう。新たに新設された2つの学園で気長に育てるしか無いのが今の日本の現状です。」

「うむ。」

永島少将は、神埼少佐の意見に頷いた。

「政府の考えはその通りだ。しかし我々は他の方法を考えた。」

「他の……方法ですか?」

「神埼少佐。これは軍の最重要機密なのだがね。兵士の質を飛躍的に高める研究が進められている。」

「飛躍的に高める方法……ですか?」

「そうだ。その為に君の協力が必要なのだ。正確には、君の二人の息子。弘人君と正人君の協力がね。」




それから2年後

「ぐほっ!」

「おぇ!」

「はぁ、はぁ………。」

「弘人!大丈夫か!?」

神埼  弘人の症状は日に日に悪化する様に見える。

「正人……大丈夫だ。これくらい、どうって事は無い。」

「しかし……。」

「よく聞け正人。この実験には日本の未来が掛かっている。俺はその為の実験体だ。」

「もう止めろよ正人。何でお前が実験体になる必要があるんだ。父さんには俺が言おう。」

「いいんだ正人。」

「弘人……。」

「仮に俺が死ぬような事があっても、俺は後悔しない。そのデータは防衛軍によって引き継がれる。それにより日本が守られるなら俺は構わない。」

「何をバカな事を!」

「いいんだ正人。そのうちお前にも分かる。」



西暦2057年   夏


炎天下の中で行われた『模擬戦』の最中、神埼  弘人は死んだ。

「父さん!だから俺は止めたんだ!弘人を殺したのは父さんだ!」

「正人……。何を言っている。弘人は生きている。」

「………は?」

「見ろ、このデータを。素晴らしい。」

カタカタカタ

ザザッ

『あ……あ……あ………。』

ザーザー

(………?)

「父さん………。何だ、この音は……。」

「これだけでは無い。弘人の装着していた『マリオネット』を装着すれば、お前にも分かるだろう。」

「弘人のマリオネット?」

「強制シンクロによる偶然の産物だろう。弘人の意志は『マリオネット』に焼き付いている。」

「………何を言ってるんだ父さん。」

「実験後期の弘人のシンクロ率は300%を越えていた。弘人の脳波をシンクロ装置が取り込んだのだよ。素晴らしい!」

「父さん………本気で言っているのか?そんなのは弘人じゃない。弘人は死んだんだ!」

「仮にだ。双子の兄弟であるお前が、この『マリオネット』を装着すれば、想像を絶する力を発揮出来る。お前は日本をロシアから救う英雄になれるだろう。」

「!」



狂っている。

父さんは、完全に狂っている。

自分の息子が死んだと言うのに、弘人が『マリオネット』に殺されたと言うのに、その『マリオネット』を俺が装着すれと?


ガタ………。

(こんな『マリオネット』なんか、叩き壊してやる!)

ブンッ!

正人………。

「!」

(何だ………今の声は………。)

………。

「弘人………?」

………。

「弘人なのか?」

………。

「返事をすれよ!弘人!!」




ビビッ!

警告します。

『シンクロ率  Error 発生!』

『シンクロ率  Error 発生!』




(今日も……弘人の声は聞こえない。)

神埼  ヒロト専用『マリオネット』。

極めて珍しい流線型の蒼い装甲は、深い悲しみを帯びた深海の色に似ている。

2年C組の生徒が着用しているのは、『神埼  ヒロト』のデータを元に設計された『マリオネット』。

東海林  正人が『マリオネット』を着用してからの日にちは浅い。本来、正人が2年C組の生徒に勝てるはずがない。

しかし、東海林  正人の『マリオネット』は特別製だ。『神埼  ヒロト』の亡霊が『神埼  正人』に力を与える。

『マリオネット』から発信された微弱な電気が、正人の脳内に入り込み双子の兄弟は一体化する。

ビビビッ!

(………この感覚は。)

目の前にいるC組の兵士が、物凄い勢いで光学剣(ソード)を振り下ろすのが見えた。

(あぁ。そうだった。)

正人は、軽く左手を差し出し、振り下ろされる剣の柄を素手で受け止めた。

「な!」

何やら怯えた顔をする敵の兵士。

実に心地よい感覚。
大量のアドレナリンが、正人の脳内に溢れ出す。

(俺は、こいつを倒さなければならない。)

ズサッ!

先ほどまで、C組の兵士に押され気味であった、東海林の動きが一変した。

その動きは悪鬼の如く。

『うぉおぉぉぉぉ!!』

バシュッ!

ズサッ!

グサッ!

ビビッ!

『損傷率81%』

ドッガーン!


しゅう

『はぁ、はぁ………。』

ドクン

(ちっ………。やはり制御は不能か。)

『シンクロ解除!』

ブンッ

これ以上の戦闘は、東海林  正人の脳が耐えられない。

(結局、俺が倒せたのは一人だけ。)


あとは頼んだぞ

― 七瀬







【深紅の花嫁②】

試合開始から20分が経過

光学銃(ガン)を構えるのは、2年C組のエース、東峰  静香(とうみね   しずか)。

「この距離では、避けられ無いわよ。七瀬さん。」

「!」

ズキューン!

二発目のレーザー光線が、七瀬  怜の頭部に目掛けて発射された。

(この一撃を喰らったら終わり!)

バッ!

七瀬は、左手に持つ極細の『フルーレ』で咄嗟に防御。

バキィーン!

カラン

カラン!

2発のレーザー光線を放った東峰は、すぐには反撃出来ない。
そして七瀬は、弾かれた『フルーレ』が地面に転がるより早くダッシュ!

(今がチャンス!)

シュバッ!

「静香さん!覚悟!」

「!!」

ズバッ!

残るもう一本の『フルーレ』が『クイーンズ・ナイト』の胸部へ直進。

バキィーン!

それを今度は、巨大な光学銃(ガン)で防御する東峰。互いの攻撃を自らの武器で防御した格好だ。

七瀬と東峰の顔が間近に接近し、二人の目が交錯する。

「ふふ………。」

「!?」

「そんな軽い攻撃では、私は倒せないわ。」

ガシャン!

無造作に投げ捨てられるのは巨大な光学銃(ガン)。

そして

東峰  静香の右手が天に伸びる。

右手に握られているのは、紛れもなく光学剣(ソード)だ。

(光学剣(ソード)!いつの間に!?)

密林の陰に隠れている間に、東峰は仲間の兵士から光学剣(ソード)を受け取っていた。

先ほど七瀬が倒した兵士の剣。

ブワッ!

ここからは剣と剣の戦い。

一直線に振り下ろされる剣を、七瀬は超反応で防御。

ガキッ!

2年生のトップを争う七瀬と東峰。
共に速さと敏捷性には定評のある二人ではあるが、この戦闘は七瀬が有利。

七瀬の『マリオネット』は敏捷性を追及したバランス型。対する東峰はレーザー光線に対応した一回り大きな攻撃型。

普段のスピード型『マリオネット』ならまだしも、攻撃型の『マリオネット』では七瀬の動きには付いて来れない。

バシュッ!

ガキィーン!

ズバッ!

ブワッ!

(!)

バシュッ!

『ぐっ!』

ビビッ!

『損傷率53%』

しかし、押されているのは七瀬 怜。

(東峰さん………何て動きなの!)

ズバッ!

バシュッ!

ガキィーン!

「ふふ。その程度なのかしら。七瀬さん。」

ビビッ!

警告します。

『シンクロ率  Error 発生!』

『シンクロ率  Error 発生!』



理事室で観戦する東峰副理事長は、思わず声を張り上げた。

「見たまえ白川君!これぞ強制シンクロの力だ!静香があの七瀬  怜を圧倒している!!」

警告します。

『シンクロ率  Error 発生!』

『シンクロ率  Error 発生!』

(まずいわ………。このままでは静香お嬢様の脳が耐えられない。)

ビビビビビビッ!!

(!!)

「静香お譲様!!」




10年前   イスラエル

ゴゴゴゴゴォ!

パチパチパチ!

燃える………。

何もかも燃えていく。

幼い七瀬  怜の瞳に映るのは、全身を業火に包まれる父の姿。

ガソリンが焼ける匂いが妙に鼻をつく。

瞳から溢れる大量の涙が、怜の視界をほやけさせる。

ザッ!

…………。


あなたは………。



怜は近くに立つ女性の顔を見上げた。

深紅の『パワードスーツ』に身を包む金髪の女性。

たったの一撃で、怜が乗る大使館の車を破壊し、怜の父親の命を奪った兵士。

ビビッ!

『カブラチュカ、何をしている。早く来い。』

ビビッ!

『すぐに追い付きます。先に作戦を開始して下さい。』

ビビッ!

『15分後には、エルサレムだ。遅れるなよ。』

『ダー(了解)!』



ザッ!

(あの爆発の中、よく助かったものだ………。)

カブラチュカは、怜の頭の上にポンと手を置いた。

ビクッ

怜は、あまりの恐怖で言葉を発する事も出来ない。


「少女よ…………。私が憎いか。」

「…………。」

「私の父は軍人でな。傭兵としてシリア政府を陰ながら支援していた。」

この女性は何を言っているのか。

幼い怜には分からない。

父親を殺した金髪の女性兵士は、怜の知らない言葉で、それでも何かを語っていた。

いくつかの言葉を投げ掛けた兵士は、最後にもう一度、怜の頭を軽く叩くと、そのまま怜の元を去って行く。



おそらく

その金髪の女性は泣いていた。

なぜ、泣いていたのかは分からない。


深紅の『パワードスーツ』の後ろ姿が、妙に悲しく見える。


これが戦争。


怜は、いつか、戦場で彼女と合って確めなければならない。


その涙の真意を




ザワッ!

(……これは………!?)

シンクロ率と呼応する、深紅の曲線。

純白の花嫁と形容される、七瀬   怜の『マリオネット』に刻まれた深紅の曲線が、怜の全身を覆って行く。

その姿は、幼き怜の瞳に焼き付いているロシア性の『マリオネチカ』を連想させる。



ビビビビビビッ!

警告します。

『シンクロ率  Error 発生!』

『シンクロ率  Error 発生!』

『ぐおぉおぉぉぉ!』

刹那、東峰  静香の脳内に激しい痛みが襲った。

(まずい!限界か!)

しかし、七瀬  怜の損傷率も限界に近い。あと一撃で七瀬  怜を倒す事が出来る。

あと一撃。

あと一撃で東峰  静香は、七瀬  怜に勝つ事が出来る。

(数秒くらいなら大丈夫!)

「これで終わりです!!」

ブォッ!

強制シンクロによって『マリオネット』と一体となった東峰  静香の動きは常軌を逸していた。物理法則を無視した高速の突きが、七瀬   怜に襲い掛かる。

対する『深紅の花嫁』と化した七瀬  怜は、東峰の光学剣(ソード)を、最小限の動きでかわす。

「!!」

そして、東峰以上の速さで繰り出された極細の『フルーレ』の剣先が、『マリオネット』の弱点である装甲の僅かな繋ぎ目を正確に突き刺した。

バシュッバシュッバシュッ!!

三連撃!

紅蓮色の三連撃が、東峰の損傷率の限界を突破。

『バカな…………。』

バチバチバチバチッ!

(速すぎる………。)

ドッガーン!!

「静香さん!!」

『マリオネット』とのシンクロが解除され、その場に倒れ込む静香を、七瀬は慌てて抱き留めた。

すぅ

すぅ


(息は………ある。)

『神埼   ヒロト』の時とは状況が違う。

東峰  静香の脳が限界に達する前に、七瀬は静香のシンクロ解除に成功したのだ。


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』

『勝者  2年A組!勝者  2年A組!』


試合開始から30分が経過していた。