MARIONETTE-怜

【実験①】

都立武蔵学園『クラス対抗戦』

決勝トーナメント一回戦

3年A組と3年C組の優勝候補同士の試合は、A組の勝利で幕を閉じた。

「はぁ、負けちまったか。全勝無敗の看板も今日でお終まいって訳だ……。」

一回戦の余韻が残る会場へと戻って来た神坂  義経(かみさか  よしつね)が、会場に設置された巨大スクリーンを見上げる。

スクリーンに映し出されるのは、ピンクサファイアの『マリオネット』を装着した東峰  静香。

(副理事長のお嬢様か………。)

他の『マリオネット』と比べ一回り大きい装甲を装着した東峰。右手に持つ武器は同じくピンク色に塗装された光学銃(ガン)。レーザー光線を武器として扱う生徒は、武蔵学園の中では東峰  静香ただ一人。

(む…………?)

そして、神坂は、予選とは違う2年C組の装備に気が付いた。
東峰  静香を護衛する五人の兵士。
その装甲は明らかにスピード型の『マリオネット』。予選で見せた耐久型の『マリオネット』ではない。

(どう言う事だ?)

通常『マリオネット』にはその生徒の得意、不得意が現れる。生徒達はスピード型、攻撃型、耐久型、汎用型など複数種類ある『マリオネット』の型から一種類の『マリオネット』を選び身体に馴染ませて行く。

新しいシューズに慣れるのに時間が掛かる様に、『マリオネット』に慣れるのにも時間が掛かる。それを、予選とは全く違う種類の『マリオネット』を着用するなど通常では考えられない。

(2年C組……。何を考えている。)


ビビッ!

『静香お譲様。本当に大丈夫でしょうか。私はスピード型は初めてでして……。』

ビビッ!

『安心しなさい。その『パワードスーツ』はJAXが開発した最新型の『マリオネット』。性能は段違いよ。』

『しかし……。』

『今回の作戦は予選までとは違う。超攻撃スタイルで行くわ。』

『超……攻撃スタイル……ですか?』

ビビッ!

『時間が大切なの。なるべく短時間で決着を付ける。それだけの力が私達にはある。』

『はぁ……。』

『みんなも分かったわね。試合開始と同時に仕掛ける。全力で戦いなさい。』

『ラジャ!』

『ラジャ!』

ビビッ!

ザッ!

ザッ!

シュバッ!




敵『マリオネット』を表示する黄色い点滅が、一直線に向かって来る。

ビビッ!

『みんな!見てみろ!』

進藤  守(しんどう  まもる)が、2年A組の仲間に呼び掛けた。

『どう言う事?相手は防御に徹してレーザー光線で攻撃して来るんじゃ……。』

予選とは違う戦い方に戸惑う高岡  咲。
2年C組の予選での戦闘は、レーザー光線を持つ東峰  静香を他の5人で守り抜くスタイルであった。

『守り切れないからじゃないっすか?ほら、予選最後の試合では親衛隊の兵士が全滅していたし!俺達を恐れている証拠っすよ!』

諸星  圭太は、あくまで楽観的だ。

『相手の意図は分からないが、これは俺達にとっても好都合だ。』

『進藤君……。』

『相手は俺達と同じ2年生。個々のレベルはそれほど高く無い。学年ランキングでは、こちらの方が高いくらいだ。』

『そうか……。そうだな。』

『なるべく1対1の戦闘に持ち込む!個々の勝利がクラス全体の勝利に繋がると思え!』

『よし!行くぞ!』

ザッ!

ザザッ!



(1対1の勝負か………。)

戦場スタート地点に残されたのは東海林  正人。

(悪いが俺は戦闘には参加出来ない。戦闘に参加した瞬間に俺は俺でなくなるからな。)


ビビッ!

先陣を切ったのは進藤  守。

『距離800メートル』

目視出来る敵は一人。

(相手もタイマン狙いか……。面白い。)

現在の進藤の学年ランキングは3位。
学年1位の七瀬と学年2位の東峰以外の敵には負ける気がしない。

(あいつは確か、ランキング20位前後の生徒。名前は藤沢だったか……。)

ビュン!

進藤はスピードを保ったまま光学槍(ランス)を構えた。

『よし!今だっ!』

射程圏内に入った敵を、進藤は真正面から攻撃を仕掛ける。

シュバッ!

迎え撃つ藤沢  翔太(ふじさわ  しょうた)は、進藤の攻撃を紙一重でかわす。

『なに!?』

ガキィーン!

(危ねッ!)

間一髪、藤沢の攻撃をランスで防いだ進藤。

しかし

グワンッ!

返す刀で、光学剣(ソード)が進藤の首筋を狙う。

(!)

『ガードフレイム!』

バキッ!

ビビッ!

『損傷率13%』

(何とか防いだ………。)

「進藤…………。」

「む!」

「学年3位だからと言って、いい気になるなよ。」

「なに!?」

「今の俺なら、お前など敵じゃない。」

(今の………。どう言う事だ?)

「死ね!進藤!!」

「!」





『うわぁあぁぁ!!』

バシュツ!

『圭太君!!』

ドッカーン!!

『怜!慎二郎君!圭太君が殺られた!』

ビビッ!

『またかよ。いつもの事だろ。相手を舐めすぎだ!』

『違うの!』

『……咲?』

『敵の『マリオネット』!異常に速い!』

『!』

『どう言う事!?』

『わっかんないでけど!スピード型の私でも振り切れない!』

『今行くわ!』

『おい!七瀬!』

ザッ!



ビビッ!

『こちら進藤!こちら進藤!』

『進藤君!?』

『損傷率が激しい!俺一人では勝てない!援護を頼む!』

『援護って!無理よ!こっちも人手が足りないわ!』


ビビッ!

『ちょっと待て!敵の動きがおかしい!』

シュバッ!

ガキィーン!

『慎二郎君!どうしたの!?』

『相手は格下の生徒のはずだ!顔に見覚えがある!しかし!』

ブワッ!

『ぐわっ!』

『損傷率39%』

『ダメだ!反応出来ない!』

『何があったの!』

『七瀬!気を付けろ!相手を2年生だと思うな!敵の動きはまるで……。』

3年生のトップランカー並みの動きだ!!




ビビッ!

ビビッ!

ビビッ!


仲間達から聞こえて来る声は、どれも危機を伝える声だ。その様子から推測するに、敵『マリオネット』の動きが普段のそれとは全く違うと言う事。

(これは……まさか。)

東海林  正人の額から、タラリと汗が流れ落ちた。

こんな短期間で、強くなる生徒はいない。
いくら『マリオネット』を新調したからと言って、装着している生徒に変わりは無い。

考えられるのは………。

『シンクロ率』

まさか、2年C組の『マリオネット』には……。

ゴクリ






【実験②】

今から10年前

イスラエルとシリア国境沿いにあるゴラン高原での紛争で、初めて実戦投入されたロシア軍の新兵器『マリオネチカ』。英語名『マリオネット』には、従来の常識とは掛け離れた様々な次世代テクノロジーが搭載されていた。

『マリオネット』の大きな特徴として挙げられるのは、その戦闘力を生み出す動力源が他の軍事兵器とは全く違っている点だ。驚く事に『マリオネット』の動力源は、原油でも電気でも無く、人間の身体能力そのものであった。

「『マリオネット』、オン!」

ギュイーン!

『マリオネット』を装着した兵士は、その人間の身体能力に比例して驚異的な能力を獲得した。

時速数百キロメートルで走り、数十メートルの高さを跳躍する。『マリオネット』が剣を振るえば巨大な岩をも簡単に切り裂く事が出来る。
『マリオネット』は、その圧倒的なスペックで従来型の軍事兵器を紙屑のように粉砕する。

戦争の概念すら変えた『マリオネット』は、西側諸国の間で急速に研究開発されて行く。

『シンクロ率45%』

「むぅ。ダメだな、これでは兵器としては役に立たない。」

様々な研究により判明した事は『マリオネット』の性能は、それを装着した人間との『シンクロ率』に大きく影響される。

すなわち、人間の脳から発信された微弱な電気信号を『マリオネット』が受信する容量の問題である。

シンクロ率が高いほど『マリオネット』の動きは活性化し、シンクロ率が低いほど使い物にならない。極端な話をすればシンクロ率ゼロ%の状態では、その運動能力は通常の人間と変わらない。シンクロ率100%の状態とシンクロ率50%の状態では、その能力に二倍の差が出ると考えれば分かりやすい。

そこで西側諸国は、機動兵器『マリオネット』との融和生の高い兵士の育成を急ぐ事となる。


神坂  義経

紫電  隼人

金剛  仁

遠藤  剣

「さすがにトップランカーの生徒達のシンクロ率は安定している。」

「問題は他の生徒達、能力を発揮出来る生徒が少ない事、でしような。」

「ふむ。例の研究は進んでいるかね。」

「『神埼  ヒロト』ですね。」

「この研究が進めば、日本は他の先進諸国に先駆けて『マリオネット』大国になるであろう。」

「大丈夫でしょうか?強制的にシンクロ率を上げる事により『神埼  ヒロト』の脳への負荷が計測されています。」

「なに、問題無かろう。その為の実験だ。」


「『マリオネット』、オン!」

ギュイーン!

ビビッ!

『シンクロ率100%』

『前方距離1000メートル。AI機三体確認。』

『迎撃します。』

ビュン!

ズバッ!

ドッガーン!

ビビッ!

バシュッ!

ドッガーン!

「ほぉ。素晴らしい成果ではないか。このまま行けば学年ランキング1位は目前。実験は実に上手く行っている。」

ビビッ!

『更に4機のAIが接近して来ます。』

『続けろ。』

「!」

「永島少将!大丈夫なんですか!?既に予定の10分間をオーバーしています。」

「何を心配しているのかね。」

「脳が耐えられない可能性があります。このまま継続するのは危険です。」

「何を言う。その為の実験ではないか。」

「……はい?」

「強制的なシンクロ率の向上に、人間の脳がどれだけ耐えられるか。これはそう言う実験だろう?」

「それは……、しかし!」

「なに、死ぬ事は無かろう。万一脳に支障をきたした場合は、もう一人の生徒で実験を継続すれば良い。」

「少将……。脳に支障って………。」

「君は知らないのかね?初めから計算の中に入っているのだ。その為の双子なのだよ。」


実験は順調に進んでいた。

幸い『神埼  ヒロト』は、自らの脳を破壊する前にミッションクリアを継続している。
ミッションさえクリア出来れば、『マリオネット』とのシンクロは自動解除される。

このまま、ミッションクリアを続けていれば、『神埼  ヒロト』の脳は無事で要られるかもしれない。

カタカタカタカタ

『シンクロ率   Error  』

(Error?どう言う事だ………。)

先日までの試合結果ではシンクロ率は100%だったはずだ。Error表示など初めて見る。

それに、最近の『神埼  ヒロト』の戦闘ぶりも異常だ。まるで我を忘れたかの様に攻撃的になっている。

(何かある…………。)

「『マリオネット』、オン!」

ギュイーン!

シュバッ!

ビビッ!

『警告します。』

『シンクロ率  Error発生!』



「永島少将!これはどう言う事なんですか!」

「何を慌てているのかね。」

「『神埼  ヒロト』のシンクロ率ですよ!あの数値は異常だ!」

「異常?」

「私なりにデータを解析して見ました。先日の『模擬戦』のシンクロ率は200%を越えています!」

考えられる理由は一つ。

本来、人間の脳から発信される微弱な電気により『マリオネット』とのシンクロ率が高まる仕組み。しかし、今回のケースは全く逆だ。
『マリオネット』の方から『神埼  ヒロト』の脳へ電気を送っている。人間の脳に干渉して無理やりシンクロ率を高めているとしか考えられない。

「こんな事を継続していたら、『神埼  ヒロト』は廃人になってしまう!今すぐ止めて下さい!」

「………。残念だよ。君は優秀な研究員だと思っていたのだが。」

「………!」

「もう君は軍には必要無い。本当に残念だよ。」







【実験③】

バッ!

シュバッ!

『もうダメ………。』

(逃げ切れない…………。)

高岡  咲を追うのは二人の『マリオネット』。
装甲のカラーは無機質な鋼色(はがねいろ)。塗装する時間が無かったのか、真新しい装甲を装着した親衛隊の二人が咲のすぐ後ろにまで接近する。

『ひゃっはー!頂きだぜ!』

『待て!俺の獲物だ!』

『!』

2つの光学剣(ソード)が、同時に咲に斬り掛かった。

バシュッ!

ズバッ!

『きゃっ!』

ズッバーン!

ゴロゴロゴロ!

ドサッ!

ビビッ!

『損傷率58%』

地に這う咲が損傷率を確認。

(そんな!もう58%………!)



ザッ!

ザッ!

『よし!とどめだ!』

『待てよ。俺が殺るって言ったろうが!』

ゾクゾク

『マリオネット』越しに見える二人の形相は、とても歪んで見える。

(何なの………。この人達…………。)

相手は同じ2年生。実力は互角のはず。いくらスピード型の『マリオネット』を装着しているとは言え、高岡  咲もスピード型の『マリオネット』。こんなに簡単に捕まるとは信じられない。

『うるせぇよ。お前、俺の方がランキングは上だろうが。黙って見てろ!』

『はぁ?関係ねぇだろ!』


(………。)

何やら揉めている。

(逃げるなら今のうち。)

シュバッ!

『!』

『ちッ!逃がすかよぉ!』

ビビッ!

逃げる方向は決まっている。
味方の赤い表示が近付いて来る方向。

すなわち、そこに現れるは

純白の『マリオネット』七瀬   怜!


『咲!お待たせ!』

『怜!』

ブンッ!

花嫁衣装を彷彿させる純白の『マリオネット』の動きが加速する。

迎え撃つのは二人の『マリオネット』。

『誰でも一緒だぁあぁぁ!』

『うおりゃあぁぁぁ!』

その二人の同時攻撃を、七瀬は最小限の動きでかわす。

すッ!

『!』

『!』

直後に細長い『フルーレ』が、敵『マリオネット』の一人に放たれる。

ビュン!

バッ!

『ぐぉ!』

(……浅いッ!)

グワンッ!

ズキューンッ!

『!』

ドガッ!!

そこに、レーザー光線によるエネルギーの塊が着弾。爆音と共に地表の土が巻き上げられた。


ブワッ!

もくもく


『怜ッ!』

グンッ!

『!』


シュバッ!

バシュッ!

その土煙の中から現れた白い『マリオネット』が、同じ煙に巻き込まれた二人の敵『マリオネット』に高速の突きを放つ。

『ぐっ!』

『うぉ!』

ビビッ!

『邪魔よ。離れなさい!』

『!?』

『静香様!』

ズキューンッ!

(しまった!)

二発目のレーザー光線。

グワンッ!

バシュッ!

『くっ!』

ドバッ!!

東峰のレーザー光線が、七瀬の右足を掠めて、数百メートル後方に着弾。

ビビッ!

『損傷率13%』

(やられた。………しかし!)

光学銃(ガン)による連続攻撃が可能なのは二発まで。その後は一定の充電時間が必要となる。

『今がチャンス!』

一気に詰め寄り東峰  静香を倒す!


ザッ!

ザッ!

『!』

その七瀬の進路を塞ぐのは、親衛隊の二人。

「おっと、静香様には近寄らせねぇ。」

「七瀬!お前はここで死ね!」





一方、フィールド中心部から右に位置する市街区域。

進藤  守の『マリオネット』が5階建のマンションの裏に身を隠していた。
対する敵は、藤沢  翔太(ふじさわ  しょうた)。スピードでは完全に進藤を凌駕している。

(おかしい………。)

スピード型『マリオネット』を装着しているとは言え、その動きが異様に速い。耐久型とは言え進藤は学年ランキング3位の実力者。

(ここまで、動きに差があると正面から打ち合っては勝てない。)

ゆえに進藤は、建物の裏で待機する。狙いは藤沢との接近戦。進藤に分があるとすれば『マリオネット』の耐久力。

相打ちなら耐久力が高い進藤が有利。

ビビッ!

『距離200メートル』

(近い………。)

ドクン

(姿が見えた瞬間に、ランスを突き刺してやる………。)

ビキビキ

(…………?)

ガラガラ!

ドッバッーン!!

『!』

次の瞬間、5階建のマンションが崩壊した。

(ちっ!マンションを破壊しやがった!)

『進藤ぉおぉぉ!』

ブワッ!

『ガードフレイム!』

ズバッ!

『ぐっ!』

ビビッ!

『損傷率58%』

何とか不意の一撃を防御フィールドで防いだ進藤  守。しかし徐々に削られた損傷率が回復する事は無い。

(もう、後が無い………。)

崩壊したマンションの瓦礫の上に立つ藤沢  翔太が、光学剣(ソード)を進藤に向ける。

「よぉ。進藤。」

「………。」

「こそこそ逃げ回ってんじゃねぇよ。」

「なに!」

「分からねぇのか?今の俺とお前では差が有り過ぎる。この『マリオネット』は最高だ。」

「『マリオネット』だと?」

「そうだ。新型『マリオネット』の威力は絶大だ。俺も驚くばかりだぜ。」

(新型…………。)

要するに、2年C組の生徒達が突然強くなったのは新型『マリオネット』のお陰と言う事か。

進藤は思考を巡らせる。

しかし、『マリオネット』の性能が、そんなに短期間に上がるものだろうか?
ロシア軍の『マリオネチカ』の複製に成功してから7年。日々進化を進める『マリオネット』ではあるが、実際の所『マリオネット』本体の性能はあまり向上していない。

(何か…………裏がある。)

2年C組の生徒達が、短期間で ここまで強くなった秘密があるに違いない。





ジャリ………。

「これは………。」

巨大スクリーンを見上げるのは吉良  光介。

(この感じは……。全身に伝わるこの気配は……。)

スクリーン越しに伝わって来る圧倒的な感情の渦が、吉良の心に訴え掛ける。

「どうした吉良。何かあったのか。」

金剛の呼び掛けに吉良  光介は、ゆっくりと振り向いた。

「この試合、下手をしたら全滅するぞ。」

「…………全滅?」

金剛は首を傾げる。

『クラス対抗戦』では、どちらかのチームが全滅するまで戦闘は行われる。

「確かに2年C組の強さには驚いた。2年A組が全滅するのも時間の問題かもしれない……。」

「違う。」

「………?」

「全滅するのは2年C組。時間が経てば経つほど手遅れになる。」

「吉良………。何を言っている?」

「試合で全滅するんじゃない。俺が言っているのは、文字通り全員が死ぬと言う事だ。」

「な……に?」


すなわち

2年C組の生徒達は

『マリオネット』の実験によって


殺される