MARIONETTE-怜
【最速最強①】
防衛軍少将 永島 藤五郎
防衛軍少将 吉良 庸介
防衛軍大佐 二階堂 昇
防衛軍のそうそうたるメンバーが顔を揃えた今年の『クラス対抗戦』は、例年以上の盛り上がりを見せていた。
「今年の武蔵学園はレベルが高いな。あの生徒は何と言うのかね。」
隣の席に座る二階堂大佐に質問するのは吉良少将。
「神坂 義経君ですか。彼は3学年ランキング1位の有望株です。我が隊に配属になれば、すぐにエース級の活躍が期待出来ます。」
「ほぉ。それは頼もしいな。」
吉良少将は満足そうに頷いた。
「今回は光介君の出番は無さそうですね。見たところ3年A君の生徒達にもC組の生徒達にも異変は見られません。」
そう言って二階堂は、少し離れた位置に座る永島少将に目をやった。
永島 藤五郎少将。
『防衛軍』の中でも黒い噂が絶えない人物。
数ヶ月前の『神埼 ヒロト』死亡事故には永島少将が関わっている。二階堂大佐はそう睨んでいる。
『神埼 弘人』の実験成果は双子の兄弟である『神埼 正人』に引き継がれている。『東海林 正人』なる偽名を使ってまで武蔵学園に送り込まれた生徒。
二階堂の勘が正しければ、おそらく『東海林 正人』の試合で何かが起きる。それを阻止する為に吉良 光介が必要なのだ。
「二階堂君……。」
「はっ。何でしょうか?」
吉良少将の呼び掛けに二階堂が顔を向ける。
「このまま行けば、光介のいる3年A組が東海林 正人と当たるのは決勝戦。それまで何も起こらないと思うかね。」
「………。」
確かに組み合わせは最悪となった。
もっとも危惧される事は2年A組と2年C組の試合。万が一、東海林 正人が暴走すれば死人が出るかもしれない。そして、フィールドで暴走した生徒を止められるのはフィールドにいる生徒のみ。
二階堂の読みが正しければ、武蔵学園で東海林 正人の暴走を止められる可能性がある生徒がいるとすれば、吉良 光介を除けば二人。そして次の試合に参加する生徒は一人。
「その時は、一人の生徒の可能性に賭けるしか有りません。」
「ほぉ……。光介以外に、そんな事の出来る生徒がいるのかね。」
「はい。彼女の名は『七瀬 怜』。」
「七瀬………怜。」
「あくまで可能性の話です。光介君なら確実に暴走を止められるでしょうが。」
「うむ。しかし困ったものだな。」
「はい?」
「その光介が決勝に進めない可能性もある。」
「………。」
「あの神坂 義経と言う生徒。簡単には倒せないだろう。光介が本気を出しても互角か、それ以上の可能性もある。」
「その時は、神坂君に東海林 正人を倒して貰うしか有りません。」
神坂 義経(かみさか よしつね)のポテンシャルは、無限の可能性を秘めている。
ブワッ!
ガキィーン!
金剛の『クレイモア』を『光学剣(ソード)』で防御する神坂。
シュバッ!
その背後に回り込んだ東堂 綾が、高速の剣を叩き付ける。
ガキィーン!
その一撃をも、神坂は超絶的な反応で受けきった。
金剛と東堂による同時攻撃。
全校生徒が恐れる3年A組のコンビネーション攻撃が、全く当たらない。
『!』
バシュッ!
『きゃっ!』
ビビッ!
『損傷率38%』
(何て奴………!)
スピード型『マリオネット』を操る東堂 綾の攻撃を防ぐだけでなく、要所で反撃を繰り出す神坂。
(リーダーと対峙している状況で、なぜ私の動きに反応出来るの!!)
ビビッ!
『どけろ綾!巻添えを喰うぞ!』
『!』
ゴゴゴォ!
『攻撃型『マリオネット』の真髄を見せてやる!』
ブワッ!
巨大な『クレイモア』が、突風を巻き起こす。
金剛 仁が全身全霊を込めて放つ超威力の攻撃。
『暴風斬り!!』
機動兵器『マリオネット』の特徴として、殆どの兵士は遠距離用の武器を持ち合わせていない。レーザー光線を扱う東峰 静香は例外中の例外だろう。
本来、直接攻撃しか出来ない『マリオネット』であるが、金剛のあまりにも強大な力と『クレイモア』の特性が不可能を可能にした。
風圧による攻撃。
『!』
すかさず神坂は光学剣(ソード)で受けの態勢を取る。
しかし
(これは!?)
これは光学剣(ソード)や光学槍(ランス)による攻撃ではない。実態の無い攻撃を剣で受ける事は不可能。
バシュバシュッ!!
『ぐぉ!?』
全身を圧迫する風圧に、神坂の身体は大きく弾き飛ばされた。
(まさか、こんな攻撃が!)
さすがの神坂も、この攻撃には驚いた。こんな技を隠し持っていたとは金剛 仁も侮れない男である。
ドサッ!
地面に叩き付けられた神坂が、咄嗟に自分の損傷率を確認。
『損傷率………ゼロ?』
(どう言う事だ。俺の被害は無い。)
面前に表示される数値を見て神坂は思考を巡らせる。風圧による攻撃では『マリオネット』に被害をもたらす事は出来ない。だから金剛は今までこの技を使わなかった。
そんな無駄な攻撃をする理由は一つ。
『今だ!綾!』
(しまった!)
態勢の崩れた所を攻撃する為の布石。
技を放った金剛はすぐに動く事は出来ないらしい。この技は対抗戦だからこそ出来る連携攻撃。
ビュン!
金剛の意図を瞬時に理解した東堂が、神坂に詰め寄る時間は数秒も無い。
『そりゃあぁぁぁ!!』
倒れている神坂が、東堂の攻撃を避ける事は出来ない。
ズバッ!
バシュッ!
『!』
だから神坂は、避ける事を諦めてカウンターの一撃を放つ。
『神坂 義経………。』
『東堂………、なかなかの速さだ。』
東堂 綾の光学剣(ソード)が神坂の頬を掠めた。
ビビッ
『損傷率8%』
この大会、初めて神坂は敵の攻撃を受けて損傷率を計上した。
バチバチバチバチ!
対する神坂の攻撃は、東堂 綾の身体の中心線を正確に捉える。
『綾!!』
『リーダー……ごめんなさい………。』
ドッカーン!!
『くっ!』
3年A組を代表するトップランカーの一人、東堂 綾のシンクロが解けて戦場から離脱する。
(これでも勝てないのか………。)
ゴゴゴゴゴゴォ!
金剛は、ダークグリーンに染まった神坂 義経を睨み付けた。
スピード、パワーなどの身体能力はもちろん、反応速度、反射神経、動体視力。戦闘技術に天性の勝負勘。
天は神坂 義経に全てを与えた。これほど高いレベルで、あらゆる能力を併せ持つ兵士など存在しない。まさに『マリオネット』を装着する為に産まれて来たような男。
ズサッ
『………。』
神坂はゆらりと立ち上がって金剛を見る。
「金剛、今の攻撃には驚かされた。『対人戦』で傷を負ったのは久しぶりだ。」
『…………。』
(………勝てない。)
神坂 義経は別格だ。金剛や東堂がいかに策を尽くしても神坂には勝てない。
(………やはり。)
金剛は確信する。
神坂を倒す事が出来る兵士は一人だけ。
あらゆる才能に恵まれた神坂に対抗出来るのは、突出した一つの才能を極めた兵士。
ビビッ!
金剛と神坂が対峙する戦場に、新たな光の点滅が接近する。
『来たか………。』
フィールド左側の山岳地帯から、戻った兵士が、金剛を見て声を掛ける。
『悪いなリーダー。遅くなった。』
紫電 隼人(しでん はやと)
3学年ランキング2位。
天才 神坂にもっとも近い位置に存在する兵士。
『紫電、東堂が殺られた。』
『あぁ。』
『神坂は強いぞ。』
『分かっている。』
『それでも、お前は一人で戦うのか。』
『………。』
試合開始前、紫電は金剛に一つの頼みごとをした。
『神坂を倒すのは俺だ。もし俺と神坂が遭遇した時は、他の皆は手を出さないでくれ。』
紫電 隼人は、神坂 義経を超えなければならない。『個人戦』決勝で敗れた借りを返し、個人総合ランキングで1位を掴み取る。
紫電は金剛に笑みを見せた。
『任せろリーダー。今日こそ神坂を倒して、俺が武蔵学園の頂点に立つ。『クラス対抗戦』で優勝するのは俺達A組だ。』
『紫電………。』
『俺のスピードを捉えられる兵士はいない。神坂の全てを、俺の速度が塗り潰す。その為に俺は、特訓を重ねて来た。』
神坂 義経が、どんなに優れていようが、あらゆる能力を兼ね備えていようが紫電には関係ない。
『速さ』こそが『強さ』―――――
それが紫電 隼人が導き出した答えなのだから。
【最速最強②】
ビシュッ!
ガキィーン!
ブワッ!
ズサッ!
『そりゃ!』
ガキィーン!
(へぇ……凄いな。)
神坂と紫電の戦闘が始まった。
現在の武蔵学園を代表する二人の兵士。学園ランキング1位と2位の頂上決戦を、近くの岩山から吉良 光介が見つめていた。
(たかが高校生レベルの試合と侮っていたが、あの二人のレベルは相当に高い。)
普段『防衛軍』の軍人達と訓練をしている吉良から見ても、その動きは驚愕に値する。単純な戦闘力なら二人とも『防衛軍』に入ってもトップクラス。
(もしかしたら、俺の能力を発動する事があるかもしれない。)
二階堂大佐の想定とは違うけれど、あの二人にはそれくらいの実力がある。
ビビッ
(………ん?)
ズサッ!
吉良の側に降り立ったのは金剛 仁。
『吉良………。どう思う。』
『………。』
『お前の目から見て、紫電は勝てると思うか?』
吉良は少し驚いた。
嫌われ者の自分に話し掛ける生徒がいるとは思いもよらなかった。
そんな吉良の心情を察したのか金剛は、続けて吉良に話し掛ける。
『何を驚く。もし紫電が負けた時は神坂と戦えるのは俺とお前しかいない。お前も3年A組の代表だろう。』
『………俺は学年ランキングでも低位に位置する。俺に期待する奴はいないさ。』
吉良は自嘲気味に金剛に答えた。
しかし、金剛はその答えを否定する。
『少し、調べさせて貰った。お前の実力は学園でもトップレベル。なぜその能力を隠す。』
『………。』
『もう一度聞こう。軍隊で揉まれたお前の目から見て、紫電は神坂に勝てると思うか?』
金剛は純粋に戦闘の行方を知りたいだけの様子だ。吉良はそれを感じ取る。この男からは仲間への強い想いが感じられる。
『…………そうだな。』
そこで吉良は、自分の考えを口にする。
『総合的な戦闘能力なら相手の選手の方が上だろう。神坂と言ったか。あいつの実力は軍隊でも十分に通用する。』
『………そうか。』
押し黙る金剛。
しかし、吉良の見解はそれだけではない。
『しかし、俺が相手にしたくないのは紫電の方だ。』
『なに?』
『俺が神坂とやれば十中八九 勝つのは俺だ。しかし紫電は違う。紫電には、俺が能力を発動する暇を与えないスピードがある。』
(…………能力?)
『それにだ。紫電の秘める想いは普通じゃない。この戦いに賭ける意気込みってやつだ。』
『………吉良。質問しておいて悪いのだが、お前に紫電の何が分かる。まともに話した事も無いだろう。』
『………。』
その時、吉良 光介が少し悲しい表情を見せたのを金剛は気が付かなかった。
そして、吉良は金剛に言う。
『分かるさ。俺には分かる。何せ俺は『化物』だからな。』
『………。』
『紫電の気持ちは手に取るように分かる。その過去に背負った宿命までも、手に取るように分かるんだ。』
神奈川県を代表する大企業『紫電興業』
紫電 隼人は、その会社の社長の長男として産まれた。
幼い頃から頭脳明晰、運動神経抜群。モデルを思わせる美形に人を惹き付ける性格は、誰からも愛された。
特に紫電は足が速かった。
中学三年生で出場した全国陸上選手権大会で、大会記録を更新し、一躍時の人となったのは今から3年前。将来は有望なオリンピック選手として、多くの期待が掛けられた。
「紫電 隼人か、なかなかの素質だな。」
「陸上選手にするなど勿体無い。彼の能力が活かせるのは『防衛軍』だ。『マリオネット』を装着してこそ、彼は日本の至宝となる。」
「しかし紫電の親は大企業の社長です。金にも名誉にも興味は無い。紫電は武蔵学園への誘いを断ったそうです。」
「なに?誘いを断っただと?それは許せんな。我々の力を教えてやれ。」
その日から、紫電の人生は大きく変わった。
(おかしい………。)
オリンピック候補とまで言われた俺に、どの高校からも誘いがない。
「お兄ちゃん!大変よ!」
「ん、何だ血相を変えて………。」
紫電は、走り込んで来る妹の顔を見る。
「これを見て!うちの会社が大変なの!」
妹はスマホで配信されるニュースを紫電に見せた。
『紫電興業、倒産!負債総額30億円か!』
(!?)
「は?何の冗談だこれは?」
「冗談じゃないよ!早く家に戻って確かめなきゃ!行こう!お兄ちゃん!」
「おい!待てよ美保!」
キキィ!!
ドカッ!
「っ!美保!!」
ピーボー、ピーボー、ピーボー
今、思い起こせば、それは用意周到に仕組まれた罠だったのだろう。
紫電の進路を妨害し、父親の企業を倒産させ、妹の美保は交通事故で重体を負った。
紫電家には膨大な借金だけが残された。
そして紫電家を助けたのは、『防衛軍』の役人達。
紫電 隼人が武蔵学園に入学し、優秀な成績で卒業し『防衛軍』に入隊すれば借金は帳消しになる。
何より、あの日以来、交通事故で意識を失った妹を助ける手段は他に無い。『防衛軍』の最新医療施設に入院した美保を助ける為には、紫電 隼人は軍の言う通りにするしか方法が無いのだ。
(罠でも、何でも、俺はやるしかない。)
ならば、やってやろう。
『防衛軍』に入るだけじゃダメだ。
その頂点に登り詰めて、俺の家族を崩壊させた連中を炙り出す。
「知ってるか紫電。『マリオネット』の成績で優秀な兵士は軍の幹部になれるらしい。」
特別歩兵部隊―――――
今や日本の国防は彼等に掛かっていると言っても過言ではない。軍の上位の兵士の待遇は、その辺の大臣よりも上だ。
それだけ、日本軍には『マリオネット』を操れる人材が不足している。
(そうだ………。)
紫電 隼人は決意する。
こんな校内の大会で負ける訳には行かない。
俺が目指すのは『防衛軍』のトップ。
両親から授かった、このスピードで、俺は頂点を掴み取る。
グンッ!
紫電 隼人のスピードが加速する。
(こいつ!7月の個人戦の時よりも………)
『速い!!』
ズバッ!
『ぐっ!』
『損傷率38%』
(ちっ!一旦、距離を取る!)
シュバッ!
慌てて紫電から離れる神坂 義経。
『逃がすか!』
ブワッ!
その神坂を、追撃する紫電。
(しつこいっ!)
ブンッ!
その攻撃にカウンターを合わせる神坂。
ズサッ!
バシュッ!
双方の光学剣(ソード)が、同時に相手の身体を捉える。
ビビッ!
『損傷率58%』
『損傷率63%』
ここまでの戦闘は、ほぼ互角。
「すごいわね。あの二人。」
巨大スクリーンを見上げる高岡 咲。
「やはり3年生は強い。二強が潰し合ってくれて助かったな。」
「ほんとだよな。神坂先輩にも紫電先輩にも勝てる気がしないよ。」
鈴木 慎二郎の素直な感想に諸星 圭太も同意する。
「みんな……。次で………決まるわよ。」
怜の脳裏に思い出されるのは、数日前の紫電の言葉。
『俺達に当たるまで負けるなよ。お前は俺が倒す。紫電 隼人だ、覚えておけ。』
ブワッ!
スピード型『マリオネット』を極めた紫電 隼人のスピードが、また一段加速する。
『速さ』こそが『強さ』
『最速最強』の兵士が、天才 神坂 義経を襲う。
『うぉりぁあぁぁぁ!』
叫び声を上げるのは紫電。
対する神坂は、あくまで冷静に紫電の攻撃を見極める。
(ここだっ!!)
紫電が繰り出す光学剣(ソード)の軌道に、神坂は超反応で自らの光学剣(ソード)を合わせた。
『!』
これぞ神坂 義経の最強たる所以。
鉄壁の防御術を誇る神坂だからこそ出来る芸当。
(ちっ!これでも遅いのか!)
これでは、7月の個人戦の時と何も変わらない。
(違うだろう!もっと速くだ!!)
2つの光学剣(ソード)が、交わろうとした瞬間。
グンッ!
『!!』
紫電 隼人のスピードが、更に加速する。
(な!バカな!!)
それは、紫電のスピードが、神坂の予想を上回った瞬間。
バシュッ!!!
『ぐわっ!』
『深緑兵士(ダークグリーン・ソルジャー)』の異名を取る神坂の身体が衝撃により吹き飛ばされた。
ビビッ!
『損傷率76%』
「紫電………。」
「神坂………。」
二人の兵士が、目を合わせた直後。
ドッガーン!!
損傷率の限界を越えた神坂 義経の『マリオネット』が爆発した。
しゅう
爆炎が立ち込める中、紫電はゆっくりと岩山に立つ金剛を見上げる。
『紫電の奴、やりやがった。』
『ミッションクリア!コングラチュレーション!』
『勝者 3年A組!勝者 3年A組!』
「二階堂君、どうやら我々の予想は外れた様だね。」
「吉良少将………。」
「紫電 隼人か。どうやら彼も次世代を担う兵士のようだな。」
近く日本に訪れる戦乱の時代に、日本を救う『救世主』となる事が出来る兵士。
紫電 隼人(しでん はやと)
―――――覚えておこう。
そして
決勝トーナメント
第二試合
2年A組 対 2年C組
「『マリオネット』、オン!」
「『マリオネット』、オン!」
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
ギュィーン!
ギュィーン!
(ふふ………。)
東峰 静香が笑う。
神坂 義経、紫電 隼人―――――
(…………くだらない試合だったわ。)
ビビッ!
ビビッ!
ビビッ!
(次の試合で、誰が武蔵学園の頂点なのか、教えてあげましょう。)
七瀬 怜―――――
――――――――――覚悟しなさい