MARIONETTE-怜
西暦2047年
イスラエル西部
小高い丘の向こう側に建てられた壁の更に奥。そこには多くの住民が暮らしていた。
彼等は壁を越える事は出来ない。
イスラエル軍の兵士達が、常に監視の目を光らせているその場所は現代世界の縮図の様にも見える。
「パパ……。あれは何?」
父親の手を握る幼い少女が、若い父親に質問をする。
「怜……見てごらん。あの壁は人間と人間との間の優しさを隔てる壁だよ。」
「優しさを隔てる?悪い壁ってこと?」
少女には父親の話がよく分からない。
それでも、少女の父親は娘をこの場所に連れて来た。大切な何かを幼い娘に伝える為に。
「いつか、あの壁が取り払われ世界が1つになった時、世界は真っ白なキャンパスになる。争いが無い誰もが笑顔でいられる世界。そんな世界を造るのがお父さんの仕事なんだ。」
「ふぅん。花嫁さんみたいだね。」
「え?花嫁?」
少女の意外な言葉に、父親は思わず聞き返す。
「うん。この前、見たんだ。真っ白いお洋服を着た花嫁さん。とっても綺麗なの。」
「あぁ、日本に帰った時の結婚式の話か。」
確かに新婦の顔はとても幸せそうで、平和の象徴とも言える。
「パパの仕事は花嫁さんの仕事なんだね。うん!素敵!」
怜にとっての、幸せの象徴。
父親の言う白いキャンパスとは、きっと花嫁さんの事なのだろうと思う。誰もが真っ白いドレスを着た花嫁さんになれば、きっと世界は幸せになるのだろう。
(う~ん。怜には少し難しかったかな。)
そんな事を考えていると、後ろから一人の男性が声を掛けて来た。
「七瀬大使。そろそろ時間です。それに、ここは少々危険です。」
「ん、あぁ、今行く。無理を言って悪かったね。」
イスラエル北東部のゴラン高原がシリア軍に占領されてから1ヶ月。ここ西部でも焦臭い噂は絶えない。
ロシア軍の特殊部隊が、イスラエルの敵対勢力に力を貸していると言う噂は、あちらこちらから聞こえて来る。この丘も、壁の向こう側にいる敵対勢力からは目と鼻の先である。
「怜、そろそろ大使館に戻ろうか。」
「うん。パパ。」
若い父と娘が近くにあった車に乗り込み、父親が大使館の職員に合図をする。
(いつか怜にも、分かる日が来るだろう。)
運転する職員がアクセルを踏み込み、ブルンとエンジン音が響いたその時。
ドガッ!!
丘の向こうにある壁が砕かれる音が聞こえて来た。
(何だ?)
ブワッ!
「!」
「七瀬大使!あれは!」
壁の向こうから現れたのは5人の兵士。
その容姿は、よく見る迷彩服のそれではない。
マリンスーツの様な薄着の衣装を着こんだ男女が物凄い勢いで近付いて来る。
異様なのは、身体の一部から浮かび上がる装甲だろう。
深紅の装甲に統一された『パワードスーツ』。
それがロシア軍が開発した最新機動兵器だと知ったのは、数ヵ月後の事である。
キキィ!
急ブレーキをかけた車輌の前を5人の兵士が通り抜ける。
その最後尾を走る兵士。
怜は、その女性の兵士と目が合った。
(……あ!)
ブンッ!
「怜!危ない!」
それは、気まぐれだったのかもしれない。
女性の兵士が、片手に持つ長剣を軽く振り抜くと、次の瞬間、大使館の車が爆発した。
ドッガーン!
「パパ!」
それは絶妙なタイミングであった。
怜の父親が、爆発と同時に隣座席に座っていた怜を車外に放り投げた。
地面に叩き付けられた怜は、激しい痛みに呼吸が止まりそうになる。
それでも、怜には痛みなど気にする余裕はない。
「パパ!パパ!」
燃え盛る車輌の中に見えるのは、真っ赤な血を流す父親の姿。深紅の血が、怜の瞳に焼け付くように刻まれる。
(あぁ……。)
幼い怜は、その光景をただ見つめる事しか出来なかった。
【一角獣①】
西暦2057年 10月
東京都立武蔵学園『クラス対抗戦』
大会二日目
Dブロック
1年D組 対 2年A組
『守君!そっちに行ったわ!』
『任せとけ!』
試合開始早々に猛攻を仕掛ける2年A組。
『とりゃあぁ!』
ズバッ!
バチバチバチッ!
ドッガーン!
『良し!あと何体だ!?』
進藤 守は面前に展開する映像で、敵の位置を確認する。
ビビッ!
1年D組の『マリオネット』は残り2体。
画面上部へと逃げる『マリオネット』を1体の『マリオネット』が追っている。
七瀬 怜
今大会初参戦の怜は、花嫁衣装を彷彿させる純白の『マリオネット』を操り敵の兵士を追い詰める。
ビビッ!
『シンクロ率85%』
薄っすらと深紅の曲線が浮かび上がった。
なぜ、純白の衣装に深紅の曲線を浮かべるのか。高岡 咲は不思議に思い怜に聞いた事がある。
白の衣装は清らかな世界の象徴。
世界中で起きてる争いを平和の象徴である純白色に染める。それが七瀬 怜の願い。
「えっ、深紅の曲線?別に大した意味は無いわ。」
怜は咲の質問に、そう答えた。
深紅の曲線は、あの日、父親が流した鮮血。
黙っていても平和は訪れない。
だから怜は戦うのだ。
近い将来 訪れるであろう戦乱の先にある平和を掴み取る為に、七瀬 怜は強くならなければならない。
それが、あの日 亡くなった父の願い。
シュバッ!
純白の『マリオネット』から放たれる『フルーレ』の剣先が敵『マリオネット』の急所を正確に突き刺した。
ドッカーンッ!
(残り一体!)
ビビッ!
『!』
『うわぁあぁぁ!』
その爆煙の向こうから、破れかぶれで突っ込んで来るのは1年D組の『マリオネット』。
ビビッ!
『シンクロ率90%』
純白の機体に映える深紅の曲線が一層の深みを増した。『純白の花嫁』と形容される怜のしなやかな右腕が伸び『フルーレ』の先端が敵『マリオネット』に突き刺さる。
バチバチバチッ!
ドッカーン!
『ミッションクリア!コングラチュレーション!』
『勝者 2年A組!勝者 2年A組!』
それが、怜達2年A組の、今大会初勝利であった。
数分後
「お疲れ、怜!」
「咲こそ、お疲れ様。」
どうやら、大会二日目の最初の四試合は既に終わり、戻って来たのは2年A組が最後の様子である。
『防衛科』以外の生徒も観戦している会場は、ただならぬ熱気に包まれていた。
ザワザワ
中でも、ひときわ騒がしいのは2年C組が陣取っている会場。親衛隊と呼ばれる生徒達に囲まれているのはC組のエース東峰 静香(とうみね しずか)。
「静香様、お疲れっす!」
「冷たいジュースをお持ちしました。」
「えぇい!一般生徒は近付くんじゃない!静香様は休憩中だ!」
「そこっ!勝手に写真撮らない!!」
ザワザワ
遠目に見ても、凄い人だかりで、多くの生徒が集まっているのが分かる。
「怜……なにあれ?」
「さぁ………。」
ツカツカ
(………!)
首を傾げる怜達の近くに寄って来たのは、紫電 隼人。
(ありゃ?また紫電先輩だわ。)
「怜、紫電先輩よ。もしかして、あんた好かれてるんじゃないの?」
悪戯な笑みを浮かべて、咲が怜の腕をつついて合図をする。
「なに言ってんのよ。目を付けられてるのは確かだけど、どちらかと言うと悪い意味ね。」
ザッ!
ザッ!
二人の前で立ち止まった紫電は、ギロリと怜の顔を睨み付ける。
(うっ………。)
今度は何を言われるのかと内心落ち着かない怜。
ふっ
(…………?)
すると紫電は、表情を和らげ2年C組の方へと目を向ける。
「東峰 静香、あいつは何者だ?」
「え?」
「同じ2年だ。知ってんだろ?先ほど3年B組を倒しやがった。」
「!」
「今、会場は東峰の話題で持ち切りだ。新たなスター誕生って訳だ。」
「そうなんですか?まぁ、東峰さんは学年でもランキングはトップですから……。」
「今のトップは怜だけどね。」
「ちょっと!咲は黙ってて!」
実際、怜と東峰の実力は拮抗している。一年の時からの成績なら東峰 静香が上位の期間の方が長い。たまたま今は1ヶ月前の『模擬戦』でSランクを記録した怜がトップにランキングされているだけだと七瀬 怜は思っている。
「ふぅん……。」
紫電は、そう答えると質問の核心部分に触れる。
「で、あいつの『マリオネット』は何なんだ?」
「………?」
質問の意味が分からない怜。
「レーザー光線をぶっ放したかと思うと、最後に見せたスピードは攻撃型のそれじゃない。あれは明らかにスピードタイプの動きだ。」
「え?え?レーザー光線?」
紫電の言葉に驚く怜。
「東峰さんは、もともとスピードタイプの『マリオネット』を装着しているわ。レーザー光線って??」
「………。」
紫電は、怜の驚く顔を凝視する。
(あぁ……、紫電先輩。近くで見ると格好いいじゃない。)
なぜか隣で顔を赤らめる高岡 咲。
(ふむ。どうやら本気で知らないらしい。となると、今大会に備えて新たに開発した『マリオネット』って事か……。)
「まぁいい。決勝トーナメントで当たれば、どうせ分かる事だ。それと七瀬……。」
「は、はい。」
「残念だったな。お前と対戦出来ない事が悔やまれる。俺のスピードについて来れる奴はお前しかいないと思っていたのだが、本当に残念だ……。」
「紫電先輩……。お言葉ですが、私達の敗戦はまだ決まった訳では……。」
「ん?次の試合は3年E組と1年だろう?遠藤が1年に負ける訳が無い。安心しろ、お前達の仇は俺達が取る。」
そして紫電 隼人は語気を強める。
「最強は俺達3年A組だ。誰が来ても俺達が負ける事は無い。」
そう言い残し、紫電 隼人はその場を去って行った。
「…………。」
(何だったのかしら……。失礼ね。)
もっとも、紫電の言う事は間違いではない。
1年が3年に勝つなど夢のまた夢。
2年C組の東峰達が3年を破っただけで この盛り上がり。
つまり
奇跡でも起きない限り、怜達2年A組が決勝トーナメントへ進む事は出来ない。
そんな奇跡を、シルバー・ドラグーンを操る3年E組の遠藤 剣が許すはずも無いのだから。
【一角獣②】
大会二日目
Dブロック第二試合
1年B組 対 3年E組
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
「『マリオネット』、オン!」
ギュィーン!
6体の『マリオネット』が戦場に出現する。
『剣!どうする?』
声をかけるのは渋谷 孝(しぶや たかし)。E組の中では遠藤に次ぐ実力者。
『どうするも何も相手は1年だろ?相手にもならねぇよ。』
遠藤の態度は素っ気ない。
『まぁな。じゃあ勝手にやらせて貰うぜ?全員、自由行動!各自、敵『マリオネット』を確認次第撃破!』
『ラジャ!』
『ラジャ!』
シュバッ!
遠藤以外の『マリオネット』が、拡散して攻撃に移る。これは完全に消化試合。誰が一番多くの兎を狩るのか?そう言うゲームだ。
『ふわあぁあ。』
大きなあくびをする遠藤。
(ちっ!相手が弱すぎるってのも面白くねぇ。明日の相手も1年だと思うとウンザリする。)
現在の他のブロックの状況は、Aブロックは3年A組。Bブロックは3年C組。優勝候補の二強が順調に駒を進めるだろう。Cブロックは明日の試合次第だが2年C組が勝ち上がるかもしれない。
(女王、東峰 静香か………。)
ゾクゾクッ!
(出来るなら、2年C組に勝ち上がって欲しいものだ。あの生意気そうな女を倒すのも悪くねぇ。)
一方
3年E組を待ち受けるのは1年B組の兵士達。
『上杉!どうすんだよ!』
『勝てる訳ねえまよ。さっさと降参しようぜ。』
格上相手の戦闘で、もはや戦意を失い掛けている。
(情けない………。)
仲間達の声を聞いて、肩を落とすのは『上杉 ケンシン(うえすぎ けんしん)』。
父親が根っからの歴史好きで、戦国大名の名前を名付けられた上杉は、相当な負けず嫌い。
『クラス対抗戦』の最後の模擬戦で好得点を叩きだし、見事学年ランキング1位を獲得した。
昨日の1年生同士の試合でも敵『マリオネット』を四体破壊する活躍を見せた絶対エース。
(はぁ……。いくら相手が3年だからって、戦う前から降参って、マジ情けない。)
上杉はげっそりした表情で仲間達に言う。
『お前達が諦めても、俺は一人で戦うよ。それと……。』
上杉が見たのは金髪外人少女エリー。
『エリーは今日がデビュー戦だろ?『マリオネット』の操作は大丈夫なの?』
1年B組の留学生エリー。
本国から取り寄せた『マリオネット』が届いたのは二日前。昨日の初戦には間に合わず今日がデビュー戦となる。
『オー!ダイジョブ!ダイジョブ!任せてちょーだい!』
『はぁ……。』
妙にテンションが高いエリー。
相手が格上の3年生だと言う事すら分かっているのか疑わしい。
(だいたい先生も先生だ。模擬戦に一度も参加していない生徒を試合に出すなんて。)
(日本での思い出作り。って所か………。)
先生も俺達が勝てるとは思っていない。
ビビッ!
『!』
『上杉!来たぞ!』
『仕方ねぇ!俺達もやるだけやるぜ!』
『おー!特攻だ!』
ズサッ!
バッ!
シュバッ!
この戦い。戦国時代で言うなら、負け戦(いくさ)とでも言うのだろう。
(しかしよぉ………。)
戦国時代の多くの武将は、負けると分かっていても、最後まで戦い抜いた。
それが、男・上杉 ケンシンの心意気。
『遠藤 剣に一太刀あびせるまでは負けられねぇ!』
シュバッ!
戦国武将を彷彿させる上杉の『マリオネット』の頭部には、謙信ゆかりの三ヶ月のマークが施されている。
ビビッ!
『距離300メートル』
前方に見えるのは、敵の『マリオネット』2体と仲間の『マリオネット』3体。
数の上では、こちらが優勢。
しかし
バシュッ!
ズバッ!
『ぐわっ!』
『どわぁあぁぁ!』
技術と経験が違う。案の定、やられているのは1年B組の『マリオネット』。
仲間には悪いが、油断と隙を狙うしか上杉が勝てるチャンスは無い。
ドッカーン!
ドッカーン!
ドッカーン!
立て続けに3体の『マリオネット』が爆発し、仲間3人が殺られるのには、1分も掛からない。
戦場に立ち込める爆煙が、兵士達の視界を塞ぐ。
そこが狙い目。
『うぉりぁあぁぁ!!』
『!』
『!』
上杉は、爆煙の中に突っ込んだ。
攻撃型の『マリオネット』を操る上杉の光学剣(ソード)の威力は強い。
当たれば、相当なダメージを与えられる。
バキィーン!
(当たった!)
『そこだぁあぁ!!』
バシュッ!
ドガッ!
無我夢中で光学剣(ソード)を振り回す上杉。
『ぐわっ!ちょっと待て!うぉ!?』
バチバチバチッ!
『損傷率73%』
ドッガーン!!
そして、遂に敵の『マリオネット』が爆発した。
『よっしゃあ!』
1人……倒した。
(1年生が3年の『マリオネット』を倒したんだ!)
ビュンッ!
『!』
ズバッ!
『うわっ!』
次の瞬間、上杉の『マリオネット』が、吹き飛ばされた。面前に浮かぶ映像に記された『損傷率』は24%。
(傷は浅い………。)
『おいッ!1年!』
ビクッ!
目の前には3年E組の『マリオネット』を操る男が上杉を睨んでいる。
ゴクリ
男の名前は柏原 剛(かいばら つよし)。
『てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ。1年のくせに生意気な奴だ。』
『うっ!』
ものすごい威圧。
さすがは上級生と言った所か。
しかし
上杉 ケンシンは立ち上がる。
タイマン勝負は望む所だ。
『1学年ランキング、1位の実力を見せてやる!!』
『ほざけっ!』
ガキィーン!
ブワッ!
バキッ!
『ぐっ!』
一進一退の攻防も、やはり実力は柏原が上。
徐々に『マリオネット』が斬り刻まれ『損傷率』が増加して行く。
『損傷率65%』
(ここまでか………。)
すっ―――
上杉 ケンシンは、もう一度、光学剣(ソード)を構え直す。
『む………?』
(気配が変わった?)
対する柏原も、光学剣(ソード)を前方に構え、警戒態勢を取った。
(1年にしては大したものだが、所詮はここまで。)
ジャリ
(本気で殺り合えば俺が負ける事は無い。)
『行くぞ………。』
男と男の真剣勝負。
そこには、1年も3年も関係無い。
柏原は、相手の実力を認めた上で全力で上杉を叩き潰す。
そう決意した時。
ビビッ!
『距離400メートル。』
柏原のレーダーに反応があった。
(何だ?)
光が点滅している方へと振り向く柏原。
『!!』
すると、ものすごい勢いで、突っ込んで来る一人の兵士が見えた。
『な!近い!!』
ブワッ!!
そして、その兵士は空を飛ぶ。
『チョワーッ!!』
(な!ジャンプ!?)
『マリオネット』の機動力は生身の人間の数十倍にも達し、跳躍力もその1つ。柏原を目掛けて空を飛んだ兵士が光学剣を振り上げた。
『ふん!素人が!』
しかし、空からの攻撃は『マリオネット』の戦闘のセオリーからは かけ離れている。なぜなら、空中では身体を移動させる事が出来ない。
下から狙い討ちにされるのがオチなのだ。
『エリー!』
シュバッ!
『!』
そこに、上杉が割って入った。
『ちっ!しまった!』
空と地面からの同時攻撃。
さすがの柏原も、これには対応出来ない。
柏原の攻撃は、既に空中の敵を捉えている。
(仕方ない、一人だけでも倒しておくか!)
狙うは空中の敵。
シュバッ!
『ウリャッ!!』
『!』
バッコーンッ!
その柏原の光学剣(ソード)をエリーが右足で蹴り飛ばした。
『なんだそりゃ!?』
『貰ったぁあぁぁ!!』
『トゥリャアァァァ!!』
バシュッ!
ズバッ!
『ぐわぁ!』
ドッガーン!!
二人の同時攻撃で、遂に柏原 剛の撃破に成功する上杉 ケンシン。
(やった………。勝った………。)
エリーの乱入には驚いたが、エリーがいなければ負けていた。
『エリー!大丈夫か!』
地面の着地に失敗したエリーに駆け寄る上杉。
『ケンシン!いやいや、遅くなってゴッメーン。』
ベロりと下を出すエリー。
『ホラ、久し振りの実戦だったから、少し時間が掛かったのよ。』
『ん?』
(時間が掛かった?)
意味が分からず間の抜けた顔をする上杉に、エリーは説明を補足する。
『ウ~ン。だから時間が掛かったのよ。敵『マリオネット』を破壊するのにッ!』
『は?』
ビビッ!
慌てて上杉は、面前の表示を確認する。
味方を表す赤い点滅は2つ。これは上杉とエリーの二人。どうやら他の仲間達は全員殺られたようだ。
そして
『な!なんだこれ!?』
敵の位置を示す黄色い点滅は1つ。
上杉が倒した2人以外にも3人の敵を既に倒した計算になる。
『フッフーン。』
何やら自慢気な表情のエリー。
『お前………?』
コクン。
『お前が殺ったの?』
コクンコクン。
エリーは大きく二度頷いた。
『ちょっと待て!お前一人で三年生を三人倒したってのか!?』
コクンコクンコクン。
そこには、エメラルドグリーンの『マリオネット』を着込んだエリーが無邪気な笑顔を見せていた。
【一角獣③】
数分前
3年E組の実力者、渋谷 孝(しぶや たかし)の光学剣(ソード)が虚しく空を切った。
(な!速い!!)
『チョイサー!』
ズバッ!
『ぐぉ!』
バチバチバチッ!
『損傷率73%』
ドッガーン!
『これで三人目っと!』
ザワッ!
巨大スクリーンで、試合を観戦する生徒達に衝撃が走る。
「すっげぇ!渋谷まで倒しやがった!」
「これで3人目だそ?しかも、殆ど楽勝じゃないか!」
「誰だ、あの外人!?」
「つか、あれ子供だろ?何で『マリオネット』を装着してんだ?」
『誰でもいいよ!可愛いければ問題なし!』
ザワザワ
同じDブロックの2年A組の生徒達も、驚きのあまりスクリーンに釘付けとなる。
『怜……、あの子、この前の外人よ。』
『うん。1年の代表選手だったのね。』
金髪のお人形さんみたいな女の子。
少し変わった子ではあったが、まさかこれほどの実力者だったとは思いもよらない。
カタカタカタ
鈴木 慎二郎がノートパソコンで『模擬戦』のデータを確認する。
『どうだ?何か分かったか?』
質問するのは進藤 守。
1年B組 エレノア・ランスロット。
模擬戦成績 なし
「ダメだ。模擬戦の実績は無し。昨日の試合にも不参加だな。今日がデビュー戦みたいだ。」
「デビュー戦?信じられねぇな。」
「ちょっと待って!」
そこに口を挟むのは諸星 圭太。諸星はスクリーンに映るエリーを指さした。
「あのエンブレム………。見覚えがある。」
「……圭太君?」
「確かあれは、英国連邦の軍隊が使うユニコーンをあしらったエンブレムだ。」
「英国連邦?軍隊だと?」
「すると彼女はイギリスからの留学生って事かしら?」
カタカタカタ
続けて鈴木がエレノアの名前を検索する。
「………!」
「どうした?」
「守、みんなも見てくれ。」
「!」
パソコンに表示されたのはイギリス連邦で行われた『マリオネット』の大会成績。
2055年
ジュニアチャンピオン
エレノア・ランスロット
2056年
ジュニアチャンピオン
エレノア・ランスロット
「な?大会二連覇中?」
「ジュニアってのは何歳までを言うんだ?」
「うん。これによると、15才までに参加資格があるらしいな。そして、エレノアの年齢が……。12歳?」
「12歳って、子供じゃない!」
「昨年の大会時で12歳だ。今は13歳か。」
「どっちにしても、やっぱり中学生よ。何でうちの高校にいるのよ。」
思わず声が大きくなる咲。
日本では『マリオネット』の授業があるのは高校生から。その高校も武蔵学園と大和学園の二校のみ。
「確かイギリスは西側諸国で最初に『マリオネット』の開発に成功した国のはずだ。」
カタカタカタ
「あぁ、政府も力を入れているようだ。『マリオネット』養成学校の数は日本の比じゃない。小学生が通える学校もあるみたいだ。」
「………。」
『マリオネット』先進国
「そんな国の大会で二連覇って………。」
「ジュニアとは言え、大会のレベルは日本の高校生クラスかもな。」
「1年B組……。とんでもないジョーカーを隠していたようだ。」
ゴクリ
進藤の言葉に沈黙する生徒達。
「ちょっと待って。」
「………怜?」
「どうした七瀬。何かあったのか?」
「これって、もし1年B組が勝ったら、私達にもチャンスがあるってことよね?」
「………あ。」
「2勝1敗で3クラスが並べば……。」
「エリーちゃん、応援しましょう!そして明日、私達が1年B組を倒せば。」
「「決勝トーナメントに進出出来る!!」」
「良し!希望が湧いて来たぜ!」
「頑張れエリー!!」
急に元気を取り戻す2年A組の生徒達。
その中で、一人浮かない顔をするのは進藤 守。
(3年E組には、まだシルバー・ドラグーンの遠藤先輩がいる。そんな簡単に遠藤先輩を倒す事が出来るなら苦労はしない。)
しゅう
戦場に残された3年E組の兵士は一人。
白銀竜騎兵(シルバー・ドラグーン)の『マリオネット』を装着した遠藤 剣が、ゆっくりと立ち上がる。
ビビッ!
(俺以外、まさかの全滅かよ……。)
ビビッ!
(対する1年の生き残りは二人。)
『距離1000メートル。』
ザッ!
『これだから『対人戦』は止められねぇ。』
『ドラゴン・ランス!』
ブンッ!
遠藤は巨大な竜の槍を前方に向けて構える。
『距離800メートル。』
(あれか………。)
突撃して来るのは1年B組の二人。
上杉 ケンシンは攻撃型の『マリオネット』。
頭部に施された紋章が戦国時代の兜を連想させる。
もう一人、小柄な少女が着ているのはエメラルドグリーンの『マリオネット』。
しかし、派手な金色の長髪が『マリオネット』以上の存在感を醸し出している。
(見た事の無い『マリオネット』だな。スピードタイプか?)
スピード型の『マリオネット』は、比較的体積の少ない形状が目立つ。重量もそうだか、空気抵抗なども考慮されて設計されている為、大型の『マリオネット』ではスピードが出ない。
見たところ、少女の『マリオネット』は軽量タイプ。攻撃力や耐久力よりも速さ優先と言ったところか。
(スピードタイプなら、紫電や東堂と同じ。対策は既に考えてある。)
『望むところだ!』
グワンッ!
グルグルグルッ!
『!』
遠藤 剣は巨大な『ドラゴン・ランス』を頭の上で回転させる。
四方どこから攻撃を受けても即座に反撃出来る攻防一体の構え。攻撃力なら遠藤が上。
『さあ 、来い!二人まとめて倒してやる!』
ザッ!
『エリー!どうする!?』
遠藤の構えに動揺する上杉。
『フーン。面白いわね。』
しかし、エリーは意に介す様子も無い。
『ど!どうすんだよ!?』
『そーね。』
シュバッ!
『は?』
エリーは、またしても空中へ跳躍する。
『な!そりゃ無茶だろ!』
遠藤 剣が振り回している巨大な槍に向かって、空中から攻撃するなど無謀にもほどがある。
『くっ!また俺が行くしかねぇのか!』
上杉 ケンシンはそのまま一直線に遠藤に突進。
空と正面からの同時攻撃。
グルグルグルグルッ!
『なんだ!何の策も無しかよ!』
遠藤の怒声が響き渡る。
(仲間達が殺られたからには、どんな凄い奴等かと思ったが、単なるまぐれか……。)
『そんな事で、シルバー・ドラグーンを倒せるとでも思ったか!!』
シュッ!
『!』
『『マリオネット』、オン!』
シュルシュルシュルッ!
『な?なに!?』
その時、エリーの声に反応した『マリオネット』から新たな装甲が浮かび上がる。
それは二枚の巨大な翼。
そして、一角獣(ユニコーン)の美しい角が巨大な槍となって出現する。
英国連邦が誇る最新型『マリオネット』
―――モデル『一角獣(ユニコーン)』
シュバッ!
短時間の空中移動を可能にした『ユニコーン』が『シルバー・ドラグーン』の背後に回り込む。
グワンッ!
『ちっ!』
『うぉりぁあぁ!』
正面からは上杉 ケンシン。
背後からはエレノア・ランスロット。
それでも、遠藤 剣は怯まない。
『ドラゴン・ランス!』
グルグルグルグルッ!
竜の牙が二人の兵士に襲い掛かる。
『ユニコーン・ランス!』
『!』
ズババババッ!!!
一角獣の角が、竜の牙を削り取る。
(な!この威力は!?)
エレノア・ランスロットの『マリオネット』はスピードタイプではない。
第二形態へと進化した『一角獣(ユニコーン)』はバリバリの超攻撃型。
(まずい!立て直さなければ!)
『ドラゴン・ランス!!』
ガキィーン!!
(止まった………。)
ズバッ!!
『ぐほっ!』
『とどめだぁ!』
遠藤の後ろから攻撃を仕掛けるのは上杉 ケンシン。遠藤の『ランス』は、エリーの『ランス』を押し留めるので精一杯で、上杉の攻撃を防ぐ余力は無い。
ドバッ!
バチバチバチッ!
『まさか……。この俺が1年ごときに………。』
ドッガーン!!
『ミッションクリア!コングラチュレーション!』
『勝者 1年B組!勝者 1年B組!』
戦闘の余韻が残る戦場で、金髪少女エレノア・ランスロットが、屈託の無い笑顔を見せる。
『ケンシン!勝ったぞ!良かったなー!』
『エリー………。その『マリオネット』……。お前、何者なんだ?』