MARIONETTE-怜
【躍動①】
東京都立武蔵学園
戦闘用バトルフィールド―――――
都立武蔵学園で行われる『模擬戦』のフィールドの広さは直径30キロメートル四方に及ぶ。実戦を想定して造られたフィールド戦場には様々な地形があり、山岳地帯や人工の沼地、高層ビル群までもが用意されていた。
『模擬戦』が開始されてから五分が経過した頃、高岡 咲は一機目の無人戦闘機と遭遇する。
フィールドに配置された無人戦闘機、いわゆる『AI機』とは、ホバークラフトによる高速移動を可能にした殺戮兵器の呼称である。
『マリオネット』を装着した生徒達6名の目的は、全ての『AI機』を撃破し無事生還する事だ。『防衛科』の生徒達は日夜『模擬戦』を繰り返す事により、成績の順位が決まり卒業後の配属が決まる。
ビビッ!
『前方距離1300メートル。』
高岡 咲は一番近くに接近するAI機に全神経を集中させる。
ドクン
高鳴る鼓動。
ズキューン!
「!」
ビシュッ!
放たれたレーザー光線が咲に届くまでの時間はおよそ2秒。頬を掠めた光線は後方の彼方へ飛んで行き、数秒後に霧散する。
『損傷率8%』
『咲!大丈夫か!』
後ろから声を掛けるのは同級生の進藤 守(しんどう まもる)。今回の『模擬戦』に参加している生徒の中では、七瀬 怜(ななせ れい)に次ぐ実力者。
『守君、大丈夫!かすり傷よ。』
『マリオネット』を装着した兵士達とAI機との戦闘には大きな特徴がある。それは敵を攻撃する武器の種類が光学兵器に限られている事だ。
10年前の北アフリカ戦線―――――
『マリオネチカ』を装着したロシア軍に対し、NATO軍の爆撃機が大量の爆弾を投下した事があった。雨あられと降り注ぐ爆弾はロシア軍の兵士を直撃し戦況はNATO軍有利に進むかと思われた。
ビビッ!
「何だ……?」
バシュッ!
「動いている?そんな馬鹿な……。」
しかし、ロシア軍の進撃は止まらない。
従来の兵器である爆弾やミサイル兵器は『マリオネチカ』には通じない。『マリオネチカ』の装甲には実弾を完全に遮断する機能が標準装備されていたのだ。
「うわぁ!来るぞ!」
「この化け物どもが!」
バシュッ!
ズバッ!
ドドドッカーンッ!!
『マリオネチカ』を破壊する為には光学兵器による攻撃しかない。すなわちレーザー光線か光学剣による攻撃。
当時のNATO軍に、光学兵器などあるはずもなく、NATO軍北アフリカ前線基地はロシア軍機動兵器『マリオネチカ』の前に全滅した。
―――――あれから10年
ロシア軍の『マリオネチカ』を模倣した『マリオネット』にも同様の事が言える。AI機が搭載している武器はレーザー光線や光学剣(ソード)などの光学兵器。
ビビッ!
(来た!)
レーザー光線を放ったAI機が高スピードで接近して来るのが見えた。
膨大なエネルギーを消費するレーザー光線は一度発射されると充電に時間が掛かる。光線による攻撃を外したAIが取る行動は大きく2つ。次の光線の充電が貯まるまで時間を稼ぐか、接近して光学剣で攻撃を仕掛けるか。
今回の行動は後者。
咲は冷静に周りのAI機の位置を確認した。
(近距離に映るAI機は二機……。)
『守君!右の敵はお願い!私は左の敵を撃つわ!』
『ラジャ!』
バッ!
シュバッ!
咲と守の二人は、前方から接近するAI機を無視して左右に別れた。なぜなら、このパターンは何度も経験している。
突入して来るAI機は囮に過ぎない。前方の敵と近距離戦闘を開始した直後に左右のAI機からレーザー光線を撃たれるのは目に見えている。
先に潰すべきは、まだレーザー光線が生きている左右のAI機なのだ。
シュバッ!
咲は最速のスピードで左手に見えるAI機に突撃を開始する。
ビビッ!
『距離800メートル。』
咲の操る『マリオネット』はスピード重視型。
攻撃力は劣るが最速スピードと小回りの効く敏捷性が人気の『パワードスーツ』である。
そして、ここからが勝負どころ。
左手に展開していたAI機がレーザー光線の照準を咲に合わせた。
ビビッ!
この一撃さえかわせば、AI機に接近出来る。
ズキューン!
バッ!
(良し!!)
超高速で走りながらも、AI機の光線をかわした咲は、光学剣(ソード)を前方に構え突撃を続ける。
レーザー光線に連射は無い。
『勝負!』
ここから先は光学剣(ソード)同士の戦闘。
近距離戦闘で一番厄介なのは人型タイプのAI機だ。二本の腕と二本の足を持つAI機は小回りが効く上に臨機応変の戦闘を可能にする。
対して目の前にいるAI機は下半身が円盤状の半人型タイプの『半円型AI機』。円盤から伸びる砲台が近距離戦闘では邪魔になる。
『もらったぁ!』
真正面から攻撃を仕掛ける咲。
AI機との距離は100メートルを切り、今から咲の攻撃をかわすのは不可能。
ビビッ!
ズキューンッ!!
『!!』
ドガッ!!
『くはぁ!』
それは全くの予想外の攻撃であった。
数秒前にレーザー光線を発射したはずの砲台から二発目の光線が放たれたのだ。
(そんな……!)
現代の技術では、膨大なエネルギーを要するレーザー光線を、体積の少ないAI機が連射する事は不可能。
それは『マリオネット』にも言える事で、一度撃つとしばらく使えないレーザー光線を主力として装備する兵士はいない。ゆえに『マリオネット』を操る兵士達は剣(ソード)か槍(ランス)を武器として戦う。
ガクンッ!
『しまった!』
バシュッ!
態勢の崩れた咲に、AI機の光学剣(ソード)が振り下ろされる。
バチバチバチッ!
『損傷率72%』
戦闘継続不可能。シンクロ解除。
ブンッ!
ドサッ!
『マリオネット』とのシンクロが解除された咲が戦場に投げ出された。
ビビッ!
これにて高岡 咲の『模擬戦』は終了となる。
シンクロが解除された人間をAI機が襲う事は無い。
(そっか……。怜が言ってた新型って言うのが今のAI機だったのね。油断したわ。)
『マリオネット』と同じく『AI機』も日々進化している。レーザー光線の連射が何発まで撃てるのかは不明だが、これからの『模擬戦』での対策を練り直さなければならない。
「あ~あ。」
戦場に残された咲が愚痴を溢す。
「一機も破壊出来ずに終了なんて、せっかくランクが上がったのに、またCランクに逆戻りだわ。」
次なる敵を求めて、遠ざかる新型のAI機に向かい『べぇ』と舌を出す高岡 咲(たかおか さき)なのであった。
【躍動②】
バチバチバチバチッ!
『うりゃ!』
ズバッ!
ドッガーン!!
パラパラパラ………。
ビビッ!
『損傷率23%』
(二機を相手に23%か………ま、こんなものか。)
『ふぅ』と深呼吸をした進藤 守(しんどう まもる)が、現在の戦況を確認する。
『……む?』
(咲が殺られた?)
ビビッ!
『……!』
ズキューン!
ブワッ!
間一髪、レーザー光線をかわした進藤は、砲撃のあった方へと走り出す。
(敵は一機、半円型か………。)
おそらく咲を倒したAIが、近場にいた俺を狙って来たのだろう。
『距離700メートル。』
初撃を外した段階で勝負は決まった。一対一の近距離戦闘で、半円型が進藤に勝てる訳が無い。
しかし
(咲の『マリオネット』はスピードタイプ。半円型一機に咲は殺られたのか?)
ビビッ!
『ガードフレイム!』
ズキューン!
『!!』
ドガッ!!
進藤 守(しんどう まもる)が、対光線用防御フィールドを展開すると同時に、二発目のレーザー光線が放たれた。
(やはり!こいつは最近投入された新型か!)
対光線用防御フィールド―――――
複数種類ある『マリオネット』の中でも耐久型と言われるタイプにのみ装備されている防御兵器。敏捷性を犠牲にする代わりに、遠距離からのレーザー光線の直撃を防ぐ事が出来る。
『損傷率28%』
ダメージは大きく無い。
『うりゃあぁぁ!』
バシュッ!
そのままの勢いで、進藤は新型AI機に巨大な槍を突き刺した。光学剣(ソード)と並び多くの生徒が愛用する光学槍(ランス)。
バチバチバチッ!
ドッガーン!!
その破壊力は光学剣(ソード)をも上回る。
進藤 守の戦闘スタイルは、防御フィールドを展開しながら敵に近付き、ランスの一撃で破壊する攻防一体型。
先に倒した二機のAI機に続き 三機目のAI機を倒した進藤が、もう一度戦況を確認する。
ビビッ!
(ふぅ………。近くに敵はいない。)
味方で生き残っているのは………。
(な!三人だけ?)
開始から10分程度で、咲に続き二人の生徒がAI機に破壊された。残っているのは、七瀬 怜(ななせ れい)、そして転校生の東海林 正人(しょうじ まさと)。
(素人の転校生が残っているのは意外だが、今回の『模擬戦』はハードルが高過ぎる。)
通常『模擬戦』に参加する生徒は六人。これは実際の戦争を想定したものだ。
『マリオネット』の機動力を活かしながら、最大限に効果を発揮する人数は五人から六人と言われており、防衛軍での配属も六人一組が通例となっている。
それに対しAI機が30機と言うのは如何にも数が多い。入学当初から何百回と『模擬戦』を経験した進藤であるが、20機を越えるAI機と戦闘をするのは今回が初めてだ。
(これでは、フォーメーションどこではないな。)
ビビッ!
それから進藤はAI機の数を確認した。
現在までに破壊されていないAI機は22機。
3機は進藤が倒したが、他に5機のAI機が破壊された計算だ。
そして進藤はAI機の異変に気付く。
生き残っているAI機が一人の生徒に集中しているのだ。AI機が集まる先にいるのはA組のエース『七瀬 怜』。
(そんな無茶な!いかに怜とは言え22機の『AI機』に囲まれたら一溜りも無い。)
ズサッ!
学校側は何を考えているのか。
クリア不可能の『模擬戦』の目的は、おそらく七瀬。これは七瀬 怜を潰す為の『模擬戦』だ。
(急げ!例え俺一人でも居ないよりはマシだろう。少しでも敵の注意を反らし七瀬の負担を軽くしなければならない!)
耐久型『マリオネット』を操る進藤 守が、七瀬のいるフィールド北部へと駆け付ける。
ザッ!
ブンッ!
ビビッ!
『七瀬!』
予想通り、七瀬は22機のAI機に囲まれていた。AI機の種類は様々であり、人型から半円型、昆虫型に見た事の無いタイプまである。
(おいおい、こりゃ無理だ………。)
改めて実物を見ると、状況の悪さが直に伝わって来る。進藤がどんなに頭の中でシミュレートをしても勝てる見込みは無い。
フィールドの地形は砂漠。
見通しの良い砂漠地帯では物陰に隠れる事も出来ない。
『七瀬………。』
『守君!?』
『どうするんだ?いくらお前でも………。』
『それ以上近寄ったら危険よ。それ以上は近寄らないで!』
『!?』
何を馬鹿な事を……。
七瀬はたった一人で戦う気か?
いや、その前に……
(七瀬 怜は、諦めて………無い?)
ビビッ!
純白の『マリオネット』を装着した七瀬は、光学剣(ソード)の中でも最も軽い『フルーレ』と呼ばれる剣を使う。フェンシングさながらの『フルーレ』は、細長くリーチはあるが攻撃力が弱い。
相当な技術を持って『AI』の急所に当てなければ大ダメージを与える事は出来ない。
言うなれば軽いだけが取り柄の剣。400名を越える武蔵学園の生徒の中でも『フルーレ』を扱う生徒は七瀬のみ。
ザッ!
『!』
ズキューン!
ズキューン!
最初に動いたのはAI機の方であった。
二機の半円型のAI機が同時にレーザー光線を発射する。
すっ―――――
その攻撃を七瀬は最小限の動きでかわして見せた。直後、三体の『昆虫型AI機』が一斉に飛び掛かる。
バッ!
バッ!
シュバッ!
三方向からの同時攻撃。
しかし、七瀬の反撃の態勢は既に整っている。
最初のレーザー光線を最小限の動きでかわした七瀬だから出来る芸当。
ズサッ!
ズボッ!
ビキビキビキッ!
細長い『フルーレ』の先端が、正確に『昆虫型』の急所を貫いて行く。しかし、三体目の『AI機』は、七瀬の動きよりも早く細長い腕を突き出した。
ビュッ!
『!』
当然だ。
いくら、七瀬の『マリオネット』の動きが早くても、三体同時攻撃よりも素早く動けるはずが無い。
ビビッ!
ガキィーン!
(な!……防いだ!?)
ヒュン!
ズバッ!!
バチバチバチッ!
ドッガーン!!
『!』
七瀬 怜は、右手に持つ光学剣『フルーレ』を二体目の『昆虫型AI機』に突き刺したまま、もう片方の腕で三体目のAI機を撃破した。
(そんなバカな!いったいどうやって!?)
驚く進藤の瞳に映るのは、深紅に輝く二本目の光学剣(ソード)。左右両手に『フルーレ』を構えた七瀬が、休む事なく次なるAI機に向けて走り出す。
二刀流―――――
進藤 守が七瀬 怜と同じチームを組んだのは今回が初めてではない。今まで七瀬が二本の光学剣(ソード)を持って戦闘するのを見た事が無い。
まさか………。
いや、考えられる答えは1つ。
『七瀬………お前。今まで本気でなかったのか?』
今回の『模擬戦』は最初から出鱈目だった。
通常の二倍近い『AI機』に『模擬戦』初参加の転校生までいる。
クリア不可能と思われるオペレーションに、戦闘開始後すぐに三人の生徒がリタイアした。
しかしだ。
学校側からしたら、これも計算通り。
進藤を含む五人の生徒など最初から眼中に無い。30機のAI機を配置したのは無謀でも何でもなく、七瀬 怜を止めるには、それくらいのAI機が必要だと判断したのだ。
バシュッ!
ドッガーン!!
ビビッ!
『シンクロ率100%』
(これが、二年A組のエース。七瀬 怜の本当の実力なのか………。)
進藤 守は、目の前で躍動する『純白のマリオネット』を茫然と眺めていた。