真・異世界戦記 (涙の雫石の章)
【エピローグ①】
それは遠い遠い昔の記憶。
まだ人類が産まれたばかりの頃の物語。
異大陸の北部にある小さな村に、一人の偉大な天使が舞い降りた。
――――天使の名前は『ラファエル』
『ラファエル』は、大陸に住む人々に多くの恵みをもたらした。
まず『ラファエル』は人々に知識を与えた。
建物を建設する知識。
車輪を造る知識。
上下水道の知識。
多くの知識が人々の暮らしを豊かにした。
次に『ラファエル』は武器を与えた。
魔獣の出現に怯えて暮らす人々は、狩猟の技術により安全な生活を手に入れた。
人々は大いに繁栄し、高度な文明を手に入れた。
この頃には、『ラファエル』は自らを『ラファール』と名乗るようになる。『ラファール』の造った国は『ルミエル』と呼ばれ、『ラファール』はその国の王となった。
しかし問題が無かった訳ではない。
豊かに発展した『ルミエル国』には、国民の暮らしを支えるだけの土地と資源が不足していた。
「どうしたものか………。」
そこで『ラファール』は一つの解決策を見いだだす。
土地が無いなら奪えば良い――――
異大陸から遥か遠くの海の向こうに、もう一つの大陸がある。『ラファール』は、それを知っていた。しかし、その大陸『新大陸』を制圧するのは容易ではない。なぜなら、その大陸には『騎士』と『魔導師』が住んでいたから。
『ルミエル国』の兵士達は『銃火器』で戦うのが一般的であり『騎士』も『魔導師』も存在しない。
(このままでは、奴等を倒す事は出来ない。)
『騎士』や『魔導師』。奴等に匹敵する戦士。いや、それ以上の戦士を造る必要がある。
『ラファール』は異能の力を持つ超人の育成に没頭するようになる。
更に長い年月が流れた――――
その日は、星空がとても綺麗な夜であった。
自らが最初に降り立った北部の地で『ラファール』は異大陸に別れを告げる。
新大陸を支配したら、しばらく滞在する事になる。もしかしたら、この地には戻って来れないかもしれない。
だから、私は自らの分身をこの地(異大陸)に残す事にしよう。
「マチルダ・ジェネシス。お前は私が造り出した子供達の最高傑作。」
Holy children(神聖なる子供達)と名付けられた超人達の最期の戦士。
「残念ながら、お前が目覚める前に私は旅立つ事になる。万が一の時にはお前が私の代わりとなるのだ。頼んだぞ。マチルダ。」
その日、マチルダを残し『ラファール』は異大陸を後にする。
それから十数年の時が流れた――――
いつまで待っても『ラファール』は戻らない。
そこでマチルダは、一つの決断をする。
「新大陸とは、どのような所なのか……。」
「私を造ったラファールは生きているのか。」
いや、ラファールは既に死んでいる。
新大陸へ渡った『ルミエル人』が全滅した事は風の噂でマチルダにも分かっていた。
不思議と憎しみは無い。
それよりも、マチルダが興味を持ったのは『騎士』と『魔導師』の存在。
異大陸には存在しない戦士達。
人間の力を超越したマチルダ・ジェネシス。
そのマチルダと同等かそれ以上の力を持っていた大天使『ラファエル』を倒した戦士。
(そんな人間が果たして存在するのでしょうか。)
マチルダは、その戦士に強く惹かれる。
そう思うと、マチルダは飛び立たずには居られない。
バサッ!
『天使が降る街』の夜空に、美しい天使が羽ばたいた。
――――――――目指すは新大陸
ギギィ
ギギィ――――
「シャルロット!右方向より『化け物』の大群です!」
「マリーこそ気を付けて!」
「私なら大丈夫!『化け物』の攻撃は、私には届かないもの!」
ドン!!
マチルダが最初に驚いたのは、見た事もない異様な『化け物』の大群であった。
(何だ………、この『化け物』達は………。)
ギギィ
ギギィ――――
とても、この世の物とは思えない『化け物』。
そんな『化け物』が目の前に現れたのだから驚くのも無理は無い。
しかし、マチルダが本当に驚くのは、その後の戦闘を見てからであった。
ビュンッ!
「『高速剣』!!」
シュバババッ!!
「『ミラーリフレクト』!!」
グギャ!?
ギギギャー!
おそらく、数百匹はいたであろう『化け物』を、たった二人で駆逐する二人の戦士。
シャルロット・ガードナー
と
マリー・ステイシア
(あれが……『騎士』と『魔導師』……。)
「シャルロット!あれを!」
「!」
マリーとシャルロットが上空を見上げると、そこには空を飛ぶ人間がいた。
(可憐!?………いや、違う。)
夢野 可憐(ゆめの かれん)は、先の大戦から行方不明。おそらく、可憐は死んでいる。
ならば、あの空を飛ぶ人間は敵側の『天使』。
(『天界』は滅んだと聞いたが、『天使』の生き残りがいたのか。)
ならば!
「マリー!」
「任せて!」
シャルロットはマチルダがいる上空とは真逆の方向。マリー・ステイシアがいる方向へと走り出す。
(何をする気かしら?)
シャルロットの行動を理解出来ないのはマチルダ。マチルダには理解出来るはずが無い。
マチルダが産まれた時には、異大陸には既に『神聖なる子供達』異能の戦士は一人も居なかった。当然に『騎士』も『魔導師』も見たことが無い。マチルダ・ジェネシスにとって、自分以外の超人を見るのは、今回が初めて。
「『ミラーワールド』!!」
ピキィーン!
その魔導師の前に現れたのは『鏡の世界』。
シャルロットは、何の躊躇もなく『鏡の世界』に突入する。
まるで互いの考えが以心伝心しているかの様なコンビネーション。
直後、上空から二人の動きを眺めていたマチルダは、この日一番の驚きを覚える。
「『高速剣』!!」
「!!」
なぜなら、シャルロット・ガードナーは、マチルダ・ジェネシスの目の前にいた。
(瞬間移動!?)
明らかな殺意を持ってマチルダに攻撃を仕掛けるシャルロットに、マチルダは目を奪われた。
その金髪碧眼の戦士が、あまりにも美しかったから。
それが、マチルダ・ジェネシスが、最初にシャルロット・ガードナーと出会った記憶。
マチルダにとって、短くも充実した、異大陸では味わう事の出来ない、本当の戦士達と時間を共有した大切な物語の始まりであった。
【エピローグ②】
ヴィナス歴800年10月3日
聖ヴィナス帝国首都ヴィナス・マリア
都内にある宮殿病院の一室に、再起不能となった少女が横たわっていた。
少女の名はリンネ・R・ガードナー。
現在の『聖ヴィナス帝国』の皇帝グランヒルの兄の子供。
8ヶ月ほど前の覇王祭での戦闘で廃人と化したリンネを兄のロナルドは静かに見つめていた。
まだ1年も経っていない。
ほんの1年前までは、ロナルドとリンネは『帝国』の顔であった。現皇帝グランヒルの子供達と次期皇帝の座を争い。国民の人気を二分していた。
それが、このザマだ。
覇王祭で、あの二人の子供の魔導師に負けてから、ロナルドとリンネの人生は変わった。
なにより、ロナルドは魔導師の子供に恐怖し戦闘すら放棄した。
妹が廃人とされた仇が目の前にいたのにも関わらず。
「リンネ…………すまない。」
ロナルドは、懺悔の気持ちで歯を食い縛る。
トントン
ガチャ
(………?)
その時、病室に一人の男が現れた。
歳はロナルドよりも二つ下の皇族。
チャン・C・ガードナー
「チャン?………貴様、何をしに来た。」
ロナルドは腰に掛けてある大剣に手を掛けてチャンの様子を伺う。
「やだなぁ。そんな構えないで下さいよ。僕も君と同じガードナー家の一員じゃないですか。」
ガードナー家の一員?
違う。
シャルロット・L・ガードナーを始祖とするガードナー家には、二つの流派が存在する。
代々『聖ヴィナス帝国』の皇帝となり、国民を統治して来たガードナー家。
そして、800年前の皇位継承争いに敗れ闇の世界に足を踏み入れた一族。
ロナルド達が表の世界のガードナー家であるなら、傍流と化したチャンの一族は裏のガードナー家。
「ここは貴様達が来る場所ではない。ヴィナス・マリアは俺達正統なガードナー家の拠点。お前は北の地にあるペイシンの住人だ。さっさと帰るんだな。」
ロナルドはチャンをギロリと睨み付けた。
「酷いなぁ……。」
しかしチャンは、薄ら笑いを浮かべロナルドに話し掛ける。
「この世界の治安を裏から守っているのは僕達だよ。君達が戦闘ごっこをしている間でも、僕達は働いているんだ。感謝して欲しいくらいだよ。」
「なに!」
「あぁ、そんなに怒らないでよ。せっかく良い話を持って来たのだから。」
「良い………話だと?」
すると、チャンは胸から小瓶を取り出してロナルドに見せた。その瓶には、何やら粒状の欠片が詰まっている。
「………何だこれは?」
これが良い話だとでも言うのか。
すると、チャンはベッドで横たわるリンネの方へと視線を向ける。
「ロナルド………。リンネを助けたくないかい?」
「!?」
「この秘薬を飲めばリンネは回復する。」
「な?そんな事が………。」
そんな事は有り得ない。帝国を代表する医者達ですら治せなかったのだ。その秘薬で治せるなど………。
「そればかりではないよ。」
「……な………に?」
「この薬を飲めば、君も強くなれる。」
「俺……も?」
「この薬には不思議な力があってね。人間が持つ潜在能力が解放され、身体能力が大幅に上がるんだ。試して見るかい?」
「そんな事………。」
「ロナルド、これを飲めば、君はカイザードよりも強くなれる。僕が保証する。」
「カイザードより?チャン……お前はいったい何を企んでいる。」
「嫌だなぁ、僕はガードナー家の一員だって言ったじゃないか。僕は君達を助けたいんだ。」
聖地シスチナ――――
ドクン
(…………。)
ドクン
「『シスチナの女神』様………。」
(……?)
「どうしたの?ローラ。」
チェリーはローラの顔を見る。
『聖地シスチナ』に於いて、彼女の右に出る知覚系の魔導師は居ない。
『ローラは特別だよ。彼女の魔法は私とは違う。そうだね。本気で戦えば私でも勝てないかもしれない。』
『シスチナの四将星』にして大魔導師であるメフィストに、そう言わしめる存在。
ローラ・レイは、微かに震える唇を動かす。
「『女神』様。この大陸にかつて無い憎悪が広がっています。」
「憎悪?」
「えぇ。これがアポロスの言っていた『ゲノムロイド』だとしたら、この大陸は大変な事になるでしょう。」
あまりにも強大で、膨大な憎悪が、大陸中に広がって行く。
「このままでは、『聖ヴィナス帝国』は巨大な憎悪に飲み込まれてしまいます。そして、それは『聖地シスチナ』も例外では有りません。」
「ローラ………。」
チェリーの脳裏に浮かぶのは、故郷である『惑星デルタ』。そして、既に無くなった多くの世界。急速に増殖する『化け物』どもを倒す事が出来ず、どれだけの世界が崩壊した事か。
千年前に終わったと思っていた悪夢が、再び蘇ろうとしている。
しかし
「おかしいわね。」
「………?」
「『化け物』とは違い『ゲノムロイド』には自ら増殖する力は無いわ。」
「………。」
「クリスの話では『ゲノムロイド』とは、特殊な『秘薬』によって人工的に造り出される。『ゲノムロイド』を造った人物は死亡し、研究施設もアポロス達によって壊滅した。異大陸に存在する『ゲノムロイド』は、減る事はあっても増える事は無いのよ。」
「………どう言う事でしょうか?」
「これは……確かめる必要があるわね。」
「確かめる?」
「そうよローラ。『ゲノムロイド』の『秘薬』を手に入れたか、もしくは『秘薬』を製造している人物がいる。」
「その人物を探し出して倒さなければ、『ゲノムロイド』の増殖は止まらない。」
「『女神』様………。どうするおつもりですか?」
「そうね。」
チェリーはローラに告げる。
「ローラ。あなたに頼みがあるわ」
「え……。」
「あなたの能力が必要なの。あなたの知覚魔法が無ければ、その人物を突き止める事が出来ない。『聖地シスチナ』を出て、その人物を探して欲しいの。」
「え?えー!私は『聖地』から出た事は有りません!」
「ローラなら大丈夫よ。それに、ローラ一人で行かせはしないわ。」
「………そんな。」
「問題は『ゲノムロイド』の増殖に『帝国』がどこまで関与しているのか。そこを知りたいわね。」
今まで『聖地シスチナ』は『聖ヴィナス帝国』との表だった対立は避けて来た。
800年前に交わされた約束もある。
しかし、今回の事象は今までとは違う。
もし『ゲノムロイド』を増殖させているのが『帝国』の意思ならば、『聖地シスチナ』は全力で『帝国』を倒さなければならない。
『化け物』の力を利用した『ゲノムロイド』だけは、決して許す事は出来ないのだから。
ヴィナス宮殿――――
コト
コト
コト
ガチャ
(…………誰だ?)
カイザード・L・ガードナーが、扉から入室した男の顔を見る。
「………チャン!?」
「やぁ、久し振りだねカイザード。」
「チャン……、しばらく顔を出さないと思っていたが、何の用だ。」
「う~ん。ヴィナス・マリアの皇族達は、冷たいなぁ。そんなに邪険に扱わなくても良いだろう?僕達は仲間じゃないか。」
「ご託はいい。要件を言え。お前が何の理由もなく俺に会いに来るはずが無い。」
「…………そうだね。」
チャンは懐から小さな瓶を取り出した。
(…………何だ?)
そして、チャン・C・ガードナーは言う。
「カイザード。伝説の騎士『シャルロット・ガードナー』の力を超えたいと思わないかい?」
「!」
異大陸で発見された『天使の雫石』
その雫石から造られた『秘薬』により、大陸の歴史が大きく変わろうとしていた。
涙の雫石の章 END