真・異世界戦記 (涙の雫石の章)
【離脱編①】
「『天地滅殺剣』!!」
ビカッ!!
ドバァ!!
閃光が大地を駆け抜ける。
イカズチを伴う高速の刃が、前方にいる『灰色熊(グレーベア)』の騎士達を、一網打尽に薙ぎ払った。
ズパァッ!!
「くぉっ!」
『灰色熊(グレーベア)』団長ガップスの胸部が、アポロスの剣により抉(えぐ)られる。
「何と言う威力!!」
目の前では、騎士団の部下達が、その剣擊に抵抗出来ず吹き飛ばされるのが見える。
パワータイプの『ゲノムロイド』であるガップスですら、踏み留まるのがやっとの破壊力。
ビキビキビキッ!!
(これほどの技を放つのは………。)
「シュナウザーか!!」
ガップスは大剣を振り上げ前方から迫り来る敵に狙いを定めた。
やはり、シュナウザーは屈強な戦士。『ゲノムロイド』で無ければ即死であった。
しかしだ!
(今の俺様は『ゲノムロイド』。あの若造に好きにはさせぬ!)
「来い!シュナウザー!貴様にデカイ顔はさせぬわ!!」
すると、怒声を発するガップスの前に一人の少女が飛び込んで来る。
「きゃあっ!ちょっと、おっさん邪魔よ!」
「は?」
「『爆炎魔法フレア』!」
ボワッ!
「うわっち!?」
全くの想定外。
ガップスの目の前に現れたのは、まだ10代の女のコ。ヘンテコリンな黒い帽子を被った少女が現れたかと思ったら、いきなり全身が炎に包まれた。
「な、な、な、何じゃこりゃあ!」
異大陸に魔導師は存在しない。
ガップスは魔法を見るのも始めてであった。
「クリス!こっちだ!」
「きゃっ!アポロス様!」
その少女の腕を、見慣れぬ格好をした『騎士』が引っ張って行く。
(な、何がどうなっている!シュナウザーはどこだ!?)
グンッ!
「!」
次にガップスが目撃したのは、大剣を構えて突進して来る『騎士』であった。
カイル・リオネス――――――
その若い『騎士』が真正面からガップスに勝負を挑む。
「は!?俺様と殺る気か!」
「うぉりぁあぁぁ!」
怯む事なくガップスに突進するカイル。
「何だこいつは!俺様は泣く子も黙る『灰色熊』団長ガップスだぞ!!」
「知らねぇよ!!」
ガキィーン!!
「アホか!ただの『騎士』が『ゲノムロイド』の『騎士』に勝てると思ったか!」
「!」
「『ベアークラッシュ』!!」
ドバッ!!
ブシャッ!!
ガップスの剣が地面に叩き付けられ大地が削り取られた。
それでもカイルは動じない。
「アポロスの技を見た後じゃ……。」
「!」
「てめぇの技など、子供だましだっ!」
(な!この至近距離でかわしやがった!)
「『疾風剣』!!」
ビュッ!
「!」
カイルの姿がガップスの視界から消える。
ザクッ!
「がっ!?」
そして、背後からカイルの大剣が、ガップスの大きな身体の胸部に突き刺さった。
(ちっ!心臓を外したか!身体がデカ過ぎるんだよ!)
「ぐっ!貴様ぁ!」
グオン!
振り向き様にガップスの剛剣がカイルの鼻先をかすった。
「うぉ!危ね!」
ビキビキビキビキ!
「団長!」
「ガップス団長!」
(!)
「おぅ!お前達!そいつを取り囲め!」
見ると、アポロスの剣で倒れていた敵兵が再生を終了し集まって来ていた。
「やべ………。」
「『爆炎魔法フレア』!」
「!」
ボボボボボボッ!!
「うわっ!」
「何だ!炎!?」
「カイル!」
「!」
声のする方にはアポロスとクリス。
「何をしている!逃げるぞ!」
「そんな『おっさん』構ってないで!早く!」
(くっ!仕方ねぇ………。)
「あばよ!おっさん!」
「おっさん!?貴様ぁ!」
ボボボボボボッ!
「うぉ!また炎か!」
アポロスとクリスの後を追ってカイルが走り出す。
「北の森を抜ける!遅れるな!」
「逃げ切れるのかよ!」
「大丈夫!追っ手は私の炎が食い止める!」
三人が目指すのは『天使が降る街』
『ゲノムロイド』を倒すのが目的ではない。
『ゲノムロイド』の謎を突き止めるのが三人の目的なのだから。
【離脱編②】
それは、今から800年前
ヴィナス歴元年3月3日
天使が降る街『ジェネシス』―――――
異大陸を支配した『聖ヴィナス帝国』の騎士達が、一つの噂を聞いてこの街に駆け付けた。
この街には
―――――『天使』がいるらしい
街の最奥部にひっそりとそびえる聖堂。
その一室に横たわる少女。
少女は生きているのか。
死んでいるのか。
200年もの間、ピクリとも動かない少女を、街の人々は大切に扱っていた。
(仮死状態なのか………?)
「『騎士様』!どうか、この方をお助け下さい!」
「この方は、私達『ルミエル人』にとって命の恩人。いや、私達だけでは有りません。貴方達『ヴィナス』の民にとっても恩人なのです!」
「は?俺達の恩人?知らんな、そんな話は。」
天使の羽を持つ少女。
そんな話は見た事も聞いた事もない。
「ラミエル王に聞いて下さい。ガードナー家であれば、この御方を知っているはずです!」
「なに?陛下が?何で我々の皇帝陛下がその女を知っていると言うのだ?」
「はい。この方こそ、初代ヴィナス国の王『シャルロット様』の同志。共に世界を救った救世主なのです!」
時の皇帝ラミエル・L・ガードナー。
2つの大陸を統一し『聖ヴィナス帝国』を建国した偉大なる皇帝。シャルロットから八代後の子孫にあたる。
ラミエルの下した決断は奇妙な決断であった。
「その少女を殺してはいけない。その少女を研究するのだ。もしかしたら『ルミエル』の秘術が解明出来るかもしれない。」
『ルミエル』の秘術―――――
それは、超人達を造り出す失われた秘術。
『聖ヴィナス帝国』が建国される200年以上昔、大陸と異大陸との間で大きな戦争があった。
その時に、大陸側の戦士達を大いに苦しめたのが秘術によって産み出された『超人達』だと言われている。
彼等は『神聖なる子供達(ホーリーチルドレン)』と呼ばれていた。
この天使の羽を持った少女が『神聖なる子供達』の生き残りである可能性が高い。
それから、新たに造られた研究施設に運ばれた少女は、800年の間眠り続ける。
そう
少女はひたすら眠り続けた。
『聖ヴィナス帝国』が期待した『ルミエル』の秘術など何の解明も出来ず、やがて『帝国』は少女の事など忘れてしまう。
ヴィナス歴799年10月10日
「ジル……。お前も変わっているな。そんな雫石を集めてどうするのだ?」
百戒のアヤメが、帝国研究員の老齢の男に話し掛けた。
男の名前はジル。
既に『聖ヴィナス帝国』からも見放された少女の研究を続けている帝国の研究者である。
「アヤメか………。どうだ?最近の反乱軍の情勢は……。」
「ふん。アンヒューマなど数が多くても私達の敵ではない。」
「そうか。それは頼もしいな。」
「しかし、最近は『ゲノムロイド』の数が多いわ。特に私達がいる大陸北部に出現する『ゲノムロイド』の数は異常だ。何か裏が有りそうね。」
「ほぉ、それは大変な事だ。」
ジルはアヤメの言葉に深く頷いた。
「時にアヤメよ。強く成りたくはないかね?」
「………。」
「知っているかね。『大陸本土』の『騎士』達の堕落している様子を。『聖ヴィナス帝国』など、今や何の力も持たない。」
「……………何を言い出すのだ?お前も帝国の人間だろう。」
「私は『帝国』に見放された人間だよ。君達と同じようにな。」
「!」
「23ある異大陸の『騎士団』など『帝国』の奴隷に過ぎない。本土に足を踏み入れる事も許されず、荒廃した異大陸でアンヒューマの反乱軍と戦い続けるしかない。死ぬまで戦闘を続けるのだ。」
「ふん。仕方ないでしょう。『帝国』の命令は絶対です。『帝国』に逆らえば他の22『騎士団』に命を狙われる。よく出来たシステムだわ。」
もし、23の騎士団が協力して『聖ヴィナス帝国』に反旗を翻せば『帝国』を打ち破る事も出来るであろう。そんな事は何百年も昔から言われている。
しかし、それが出来ないのだ。
現在ある23騎士団の中で最大勢力を誇る『紅(くれない)の騎士団』であっても22騎士団を敵に回して勝てない。
アヤメがどんなに強くても、三人の騎士。
シュナウザー・バウマン
エルフローネ・ミリアス
キリアス・シーザー
三人の騎士には敵わない。
(何とも忌まわしい奴等だ………。)
そこでジルは、もう一度同じ質問を繰り返した。
「時にアヤメよ。強く成りたいと思わないかね?」
堕落した『聖ヴィナス帝国』
アンヒューマとの戦闘の日々。
2つの大陸を支配する。
そんな理由など、本当はどうでも良かった。
『騎士』として産まれた以上は、最強を目指す。頂点に立つ事が『百戒のアヤメ』の願いであった。
『ゲノムロイド』とは不思議な力だ。
パワーもスピードも、それまでのアヤメとは見違える程、向上していた。
あの雫石より造られた『秘薬』が、なぜその様な効果をもたらすのか。
雫石を産み出す『天使の少女』は何者なのか。
そんな事もアヤメには関係ない。
ただ純粋に強くなりたい。
(今の私なら『血盟の騎士』にも勝つ事が出来る!)
「『覇円斬!!』」
ブワッ!
アヤメの巨大なギロチン型の剣が大気を引き裂いた。
標的は『血盟の騎士』―――――
空に浮かぶ忌まわしき二人の騎士を、遂に倒す事が出来る。その喜びは何にも替え難い至福をアヤメにもたらす。
だからアヤメは笑っていた。
至福の笑みを浮かべ、アヤメは叫ぶ。
「私こそ最強の『騎士』!!」
ドドドドッカーン!!
「団長!!」
遂に『百戒のアヤメ』は二人の『血盟の騎士』を倒した。そんな幻想を抱えたまま、アヤメの身体は粉々に吹き飛ばされた。
月光に照らされ空に浮かぶ二人の騎士。
エルフローネ・ミリアスは口ずさむ。
「やはり団長の一撃を喰らえば即死でしたね。」
「バカ言え……。アヤメの攻撃は相当な威力だった。紙一重の勝利だよ。」
「ふふ。」
「何を笑っている?」
「いえ、それより撤退します。『魔神』の力も回復させなければ成りません。」
「あぁ、もう力は残っていない。頼んだぞエル。」
二人の『血盟の騎士』は、月明かりに照らされながら、戦線を離脱して行く。
