真・異世界戦記 (涙の雫石の章)
【異大陸上陸編①】
シャキィーン!
バッ!
シュタッ!
ガキィーン!
その時、二人の『騎士』の間に突風が走る。
ビュン!
(む………。来るか………。)
「『疾風剣』!!」
騎士は常人よりも何倍ものスピードで動く事が出来る。カイル・リオネスは、その動きを更に加速させた。常人では、目で追う事すら難しい程のスピード。
カイルの高速の剣が、相手の『騎士』。天剣のアポロスに目掛けて放たれた。
バッ!
「『天地滅殺剣』!!」
「!!」
バチバチバチッ!!
ドッカーンッ!!
「くっ!」
剣と剣が産み出した強大なエネルギーが、カイルの身体を後方へ吹き飛ばす。
一方のアポロスは平然と剣を構え、カイルの様子を伺っていた。
「ちっ!やはり、今の俺では勝てない。」
カイルが吐き捨てる様に愚痴を溢す。
「カイル……。いや、大したものだ。お前がこの地に来た時と比べたら見違える程の成長をしている。わずか半年の鍛練で出来るものではない。」
ヴィナス歴800年5月10日
『聖地シスチナ』での生活は、カイルにとって、とても新鮮なものであった。
ここには、アンヒューマへの差別は無い。
『聖地シスチナ』の領土は予想以上に広範囲に渡り、それほど人口の多くない住民の食料を確保するには十分の広さであった。
このまま、『聖地シスチナ』の平和の中で暮らして行けたら良いと思う。
「ならばカイルよ。なぜ剣を握る。」
「………!」
アポロスの問いは、カイルに疑問を投げ掛ける。
「この平和の地にあって、お前が剣を握る必要は無い。そうは思わないのか?」
しかし
それは『聖地シスチナ』の戦士達にも言える事だ。アポロスを始めとする多くの戦士が、日夜修行に励んでいる。
それは、おそらく『聖地シスチナ』を護る為。
『聖ヴィナス帝国』の進攻に備えてのものだろう。
「アポロスさん。俺も『聖地シスチナ』の一員になったんだ。だから俺は剣を握る。『帝国』と戦う為に!」
アポロスは、カイルの言葉に目を細めた。
(『帝国』と戦う為に………か。)
「残念だが、カイルよ。俺達は『聖地シスチナ』を護る為に鍛練を積んでいる訳ではない。」
「…………え?」
それは予想外の返答であった。
「それでは、なぜ?」
なぜ『シスチナ』の戦士達は、剣を握るのだ。
カイルの疑問にアポロスは答える。
「俺達の目的は、この世界を護る為だ。『聖地シスチナ』も『聖ヴィナス帝国』も関係ない。」
それが
―――――『シスチナの女神』様の願い
この世界を護る?
「それは、いったい誰から………。」
当然の疑問であった。
今の大陸には国と呼べる存在は『聖ヴィナス帝国』しか無い。『帝国』以外に『聖地シスチナ』を襲う者など考えられない。
「俺達は、千年前の亡霊と戦っているのだ。」
「………亡霊?」
「カイル。時が来ればお前にも教えよう。お前は『運命の子供達』の可能性があるからな。」
Fortune Children(フォーチュン チルドレン)
(またか…………。)
カイル・リオネスが『聖地シスチナ』に来てから何度となく聞いた言葉。
『シスチナの女神』と、女神に使える戦士達が、自らの人生を『運命の子供達』を探す事に費やしているようだ。
まるで、それは『希望』の様でもあり『呪縛』の様でもある。
【異大陸上陸編②】
「何を難しい話をしているのだね?」
「……!」
そこに現れたのは『シスチナの女神』に仕える魔導師メフィスト・フォース。
「………メフィストか。何か用か?君がここに来るなんて珍しいな。」
天剣のアポロスと同じ『シスチナの四将星』と呼ばれる戦士。すなわち『聖地シスチナ』に君臨する四人の最高実力者の一人。
メフィストは白いシルクハットをクイッとあげて、アポロスの顔を見た。
「いや、少し気になる情報があってね。」
「気になる情報?………それは何だ?」
メフィストは少し困りぎみに情報を打ち明ける。
「実は、異大陸の話なのだがね。」
「異大陸……?また、随分な話だな。」
『聖地シスチナ』は外の世界から隔離された世界。ましてや『異大陸』など遠い世界の出来事。アポロスはあまり関心もなくメフィストの話を聞き流そうとした。
「『ゲノムロイド』と言う言葉を聞いた事があるかい?」
メフィストは真剣な表情でアポロスと、カイルに質問する。
(ゲノム……ロイド?)
カイルは、その言葉を知らない。聞いた事もない。
「『ゲノムロイド』か……。余り興味は無いな。」
アポロスは知っている様子だが、素っ気なく答える。
「私も、それほど興味は無かったのだがね。今までは それほど多くの情報も無かったし、存在自体が疑われていた。」
興味を示さないアポロスを無視して、メフィストは話を続ける。
「『異大陸』の大半が『ゲノムロイド』に占領されたらしい。」
「!!」
「何だと?」
異大陸とは言え、そこは『聖ヴィナス帝国』の領地である。その大半を占領したとなると只事ではない。
「いや………。」
一瞬驚いた様子のアポロスであったが、それでもアポロスは静かな口調でメフィストに言う。
「異大陸がどうなろうと俺達には関係のない話だ。」
「ふむ……。確かに……。」
「それでは……。」
すると、メフィストはシルクハットに手を掛けて再び話を続ける。
「『ゲノムロイド』の特徴は、殺しても死なない事にある。」
「…………。」
「驚くべき再生能力を持っていてね。簡単には殺せない。似ていると思わないかね?」
――――――――――我々の敵と
「!」
(…………我々の敵?)
カイル・リオネスには、メフィストの真意が分からない。メフィストは何を言いたいのか。
「なるほど……。」
しかしアポロスは合点がいった様にメフィストに答える。
「それで『ゲノムロイド』の正体を暴くと言うのか。果たして『ゲノムロイド』が俺達の敵かどうかを調査する必要があると。」
アポロスの答えに満足したメフィストは、満面の笑みでアポロスに言う。
「さすがはアポロス。察しが良い。それでは任せましたよアポロス。異大陸の調査を君に託そう。」
「な!なぜ俺が!?」
「仕方がないでしょう。最近は『帝国』の動きも慌ただしい。『シスチナ』の戦力は限られていますから。私はこの地を離れる訳には行きません。」
「な!だからと言ってなぜ俺が!」
「私の『魔空挺』に乗れる人数は限られていますから。アポロス、君とカイル君とクリスの三人にお願いする事にした。『シスチナの女神』様の許可は私が取って置きました。」
「メフィスト!何を勝手な……。」
「クリスは喜んでいましたよ。狭い『シスチナ』の外に出られる機会はそうは無いですから。カイル君にとっても良い経験になる。」
「待て待て!俺の意思はどうなる?」
「アポロス。何を言っているのですか。危険な地(異大陸)で、クリスとカイル君の命を護れる戦士などそうは居ない。貴方が適任でしょう。」
「な!」
「『天剣のアポロス』。貴方に勝てる人間などそうはいない。『ゲノムロイド』が相手でも
貴方なら何とかなりますよ。」
こうして、半ば強制的に異大陸調査隊のメンバーが決められた。
天剣のアポロス
カイル・リオネス
クリス・ロゼ
三人が乗り込むのは、世界でも2つと無い空飛ぶ船『魔空挺』。
何でもメフィスト・フォースが古代の技術と魔法を活用して造り上げたらしい。
ブワッ!
「うぉ!本当に飛びやがった!大丈夫かこれ?」
「ちよっと騒がないでくれる?これを動かすのは大変なのよ!軌道に乗るまでは捕まっていなさいよ!」
「はぁ……。なぜ俺が異大陸なんぞに……。」
「アポロス様も、いつまでも陰気臭い事を言ってないの!異大陸なんて行く機会は二度と無いのよ!もっと楽しまなきゃ!」
「クリス……。お前は気楽だな……。」
ガクンッ!
「おい、てめぇ!危ねぇって!今揺れたぞ!?」
「うるさいわね。なんなら振り落としてあげましょうか?」
「何だと!?」
ガクンッ!
「いや、ごめん。俺が悪かった。こっから落ちたら『騎士』の中の『騎士』の俺でも流石に死んじゃうから。」
上空を飛んで行く『魔空挺』を見上げるメフィスト・フォース。
「さてと……。」
(私もこうしては居られませんね。)
「メフィスト様……。早くして下さい。アレの制御は我々では手に負えませぬゆえ。」
「あぁ、分かっている。」
(次々と困ったものだ。)
1000年の間眠り続けているアレの活動が慌ただしい。
(もう私の手には負えないかもしれない。)
時代は確実に変化している。
果たして我々は生き残る事が出来るのであろうか?
メフィスト・フォースは深く嘆息するのであった。
【異大陸上陸編③】
異大陸にある、とある研究施設
ポタリ
一粒の雫石が零れ落ち、それは大気に触れると急速に固まった。
(今日の収穫は3つか………。少ないな。)
「ひぃ!助けてくれ!俺はもう逆らわない!見逃してくれ!」
捉えられた一人の男が助けを求める。
「あぁ……。それではダメだよ。」
雫石を手にした老齢の男は、叫ぶ男を見てため息を吐く。
「それではダメなのだ。もっと『帝国』に恨みを持つ人間。もっと強い人間でなければならない。」
「そうだろう?アヤメ。」
話を振られたのは『紅(くれない)の騎士団』の団長『百戒(ひゃっかい)のアヤメ』。
「本当に堕落した『聖ヴィナス帝国』に代わり、私達がこの大陸を支配出来るのだな?『帝国国民』もアンヒューマも関係ない世界。800年に及ぶ戦乱の歴史から解放されるなら、私は喜んで手を貸そう。」
「ふむ。助かるよアヤメ。君のような物分りの良い『騎士』ばかりなら非常に簡単なのだが、あの二人には困ったものだ。」
『血盟の騎士』―――――
「何とも厄介な相手だ。普通のゲノムロイドでは彼等には歯が立たない。君達に頼るしか方法が無い。」
騎士でありながら
ゲノムロイドの能力を身に付けた超人達。
大陸南部の戦場―――――
「『爆裂斬』!!」
ドッガーンッ!!
「団長!大丈夫ですか!?」
「ふん。これしき問題ない。それよりエル。俺はもう団長では無い。その呼び名は止めろ。」
5ヶ月前、大陸本土から戻ったシュナウザー・バウマンとエルフローネ・ミリアスを出迎えた『血盟騎士団』の『騎士』は一人も居なかった。
『血盟騎士団』は、ゲノムロイドの軍勢に壊滅させられていた。
いや
『紅(くれない)の騎士団』
ゲノムロイドと化した『百戒のアヤメ』
たった一人の戦士に壊滅させられたのだ。
異大陸に存在する23の『帝国騎士団』。そこには800年前から存在する鉄の掟がある。
『騎士団』同士の戦闘はご法度。
万一、掟を破り一つの『騎士団』が他の『騎士団』を攻撃すれば、他の21騎士団が黙っていない。そんなバカな事をする『騎士団』は800年の歴史の中で存在しない。
――――――その掟が破られた
『紅(くれない)の騎士団』を始めとする北部にある五つの『騎士団』が『聖ヴィナス帝国』に反乱するアンヒューマの軍勢に寝返ったのだ。
(バカな事を………。)
裏切った『騎士団』の騎士達は、ことごとく『ゲノムロイド』となっていた。
その驚異的な能力を前に、他の『騎士団』は次々と壊滅させられる。
10の『騎士団』が滅び、残された『騎士団』は7つしかない。
「団長!私にとっての『騎士団』は『血盟騎士団』のみ。私が団長と呼ぶのはシュナ!あなただけです。」
「ふん。それは目の前の敵を倒してから言うんだな。」
ドドドドドドッ!
迫り来る敵の軍勢は千を越えている。
問題は、その中にゲノムロイドが何人いるか。そして、ゲノムロイドの『騎士』か何人混ざっているのか。
「見知った顔が何人か見える。ゲノムロイドの『騎士』が混じっている。油断するなよ。」
「団長、私は『血盟の騎士』ですよ。天駆ける翔龍(しょうりゅう)が、そう簡単に負けるとでも?」
「ふっ、頼りにしてるぜエル。ここは俺達の死に場ではない。『百戒のアヤメ』をぶん殴らなければ、俺の気が済まない。」
「団長に殴られたら即死です。」
「当たり前だ。俺の仲間達を殺した『アヤメ』を生かす気など毛頭ない。行くぞ!エル!」
戦場を駆ける二人の『血盟の騎士』。
この二人がいる限り『血盟騎士団』は、終わらない。
ゴゴゴゴゴゴォ!
(………!)
「団長!!」
「どうしたエル!新たな敵か!?」
「いえ!」
エルフローネは、上空を指さした。
「敵の軍勢に何かが落下して行きます!」
「な!何だあれは!?」
それは、見た事も聞いた事もない物体。
空飛ぶ船『魔空挺』であった。
「どうやら人工的に造られた空を飛ぶ船の様です!」
「そんなバカな!船は海を走るものだろうが!」
「そんなの私に言われても知りませんよ!」
いや、二人は一度だけ、その船を見た事がある。
半年前の大陸本土での戦闘。
その時に、あの魔導師が乗って行った船。
「おいエル!まさか!」
「他に心当たりは有りません。」
メフィスト・フォース
(………。あの魔導師か!)
ゴゴゴゴゴゴォ!
ドッカーンッ!!
「うわぁ!」
「ぐわっ!」
落下した勢いで、敵の軍勢が吹き飛ばされる。
その爆煙の中から現れたのは三人の戦士。
「てめぇ!なに落下してやがる!」
怒鳴り声を上げるのはカイル・リオネス。
「なによ!私のせいなの!?いや確かに操縦を誤ったのは私だけれど………。どうしよう!師匠に怒られちゃうわ!」
いつになく混乱状態のクリス・ロゼ。
「知るか!」
二人のやり取りを見てアポロスは吐息を吐いた。
「二人とも、止めておけ。今はそれどころでは無い。見なさい。」
三人が墜落したのはアンヒューマとゲノムロイドの軍勢のど真ん中。
「はぁ……。どうやったら、こんなに都合良く戦場の中心に落下出来るのか……。」
「まぁ、それは私の腕前って事で……。」
「アホか!」
天剣のアポロス
カイル・リオネス
クリス・ロゼ
『聖地シスチナ』の三人の戦士達の受難な旅が、始まろうとしていた。