真・異世界戦記

【黄金のクリスタル編①】

カイザード・L・ガードナーが、『聖地シスチナ』に足を踏み入れたのは、その日の午後であった。

シャイナに付けた『光の粒子』を追って来たカイザードは、思わぬ収穫に息を呑んだ。

(『幻の国』は、本当にあったのか……。)

見渡す限り広がる古代都市。
『幻の国』の正体は巨大な遺跡であった。

しゅう

しゅう

カイザードは、『光の粒子』の捜索範囲を広げる。『騎士』でありながら、『光の魔導師』の能力を併せ持つカイザードの得意の魔法。

『光の粒子』は古代都市の広範囲に行き渡り、この地に住む住民の人数までも把握する。

(住んでる住民の数はそれほど多くない。)

しかし

ところ、どころに感じる人間の気配は、明らかに『聖ヴィナス帝国』の国民とは違っていた。

(こいつは、面白い。)

カイザードは思わず笑みを漏らす。

『帝国』では既に失われた本物の『騎士』や『魔導師』。神話に登場する超人達の面影がここにはある。

この地ならば、カイザードが本気で戦える戦士に出会えるかもしれない。


(しかし、今はシャイナの救出が先か……。)

逸る気持ちを抑えて、カイザードがその場を去ろうとした時。

「!!」

カイザードの『光の粒子』が、一体の気配に反応する。

ゾクッ

(何だ………?)

広大な都市の一角に、一ヶ所だけ他とは違う場所がある。

(何か居る………。)

そこから感じられる異常な気配。

他の住民……『騎士』や『魔導師』とも違う何か。

ゴクリ

(………!)

カイザードは自らの額に、冷や汗が流れている事に気付いた。

それは、人生初めての経験であった。

(確かにこいつは………。『幻の国』を放置する事は、『帝国』になとって脅威となるかもしれない。)

「ここは、出直した方が良さそうだな。」

そして、カイザードはシャイナが居ると思われる『戦士の広場』へと足を向けた。





【黄金のクリスタル編②】

『戦士の広場』

シャイナが遠い先祖にあたるシャルロットの墓標に手を合わせる。

シャルロットは、果たして今の『聖ヴィナス帝国』の現状を見て、どう思うのだろうか?

「『シスチナの女神』様………。ありがとうございました。」

シャイナが深々と頭を下げてお礼を言うと、女神と呼ばれる少女も満足そうに微笑んだ。

「さて、それでは本題………。」

ふと、少女の表情が変わった。

「あたしはね。千年前から探している人物がいるの。」

「え?」

Fortune  Children(フォーチュン  チルドレン)

「あたしの探している人物は『運命の子供達』。あなた達は、果たして『運命の子供達』なのかしら?」

それは、唐突に

全く要点の得ない質問であった。

そもそも『運命の子供達』などと言う単語は聞いた事もない。

しかし、『シスチナの女神』の表情は真剣そのもの。何かを見極める様でもあり、懇願する様でもある。

彼女は千年と言った。

その話が本当だとは、とても信じられないが、嘘を付いている様子にも見えない。

『シスチナの女神』とは、確かに人を惹き付ける何かがある。

沈黙する二人を見て、少女は残念そうに視線を下げた。

「そう………。あなた達も違ったようね。」



神よ………。

あたしは、いつまで待てば良いのか。

あの日、あたしは死んだのだ。

しかし、あなたは、あたしを助けた。

目が覚めたあたしを待ち受けていたのは

『不老不死』の能力と

『黄金に輝く水晶体(クリスタル)』



それは、シャルロットが持つ『七色に輝く水晶体(クリスタル)』と、とても酷似していた。

二人の神が残した二つのクリスタル。


一つは、『聖ヴィナス帝国』の首都ヴィナス・マリアにある『平和の塔』。
おそらく、その内部に保管されているであろう『七色のクリスタル』。


そして、もう1つは………。

ビカッ!

「!!」

その時『シスチナの女神』の桜色の服の内側にしまってある『黄金のクリスタル』が、光り輝いた。

千年の間、このような事は初めてである。


(これは………!)

アマテラス様……………!?


「おい!」

驚いたのは、カイルとシャイナも同じである。

「その光は……、いったい何なのでしょう?」

『シスチナの女神』が取り出した物体。

その光り輝く黄金の水晶体(クリスタル)は、あまりに美しく、観る者を魅了する。


(まさか……。)

『シスチナの女神』は、カイルとシャイナの顔を交互に見て………。

「あなた達のどちらかが………。」

Fortune  Children(フォーチュン  チルドレン)


「『運命の子供達』だとでも言うの………。」



シュバッ!!

「!!」

「きゃっ!」

「誰だ!!」



『シスチナの女神』か手にしていた『黄金のクリスタル』。

それを、疾風の速さで奪い取った人物。

「エメラルダス!あなたが、なぜ、ここに!?」

そう叫ぶや否や『シスチナの女神』は紫紺の髪をした女性戦士に襲い掛かる。

ビュッ!

「あら!危ない。」

「っ!」

エメラルダスと呼ばれた戦士は、ふわりとその攻撃を避けると、『シスチナの女神』との距離を置く。

「久しぶりね『シスチナの女神』さん。ふふ、また会えて嬉しいわ。」

「くっ!そのクリスタルを返しなさい!」


対峙する二人を前にカイルとシャイナは状況が理解出来ない。

「な、何だ?いや誰だ、あの女は………?」

「わからない。わからないけど、敵みたいね。」


エメラルダスは言う。

「どうやって奪おうかと思っていたけど、自ら『魔法の鍵』を止り出すとは、あなもバカねぇ。」

「ふん。五年前に、あたしに負けたのを覚えていないのかしら?あなたでは、あたしに勝てないわ。」

「そうねぇ……。」

だから……とエメラルダスは言う。

「殺しても死なない あなたと戦うなんて無駄ね。だから、私は立ち去るわ。この『魔法の鍵』さえ手に入れたら、『シスチナの女神』あなたに用は無いもの。」

「!!」

(しまった!)

ビュン!

(千年の間、一度も手放した事のない『アマテラス様の形見』を、あんな女に奪われるとは!)

バシュッ!

『シスチナの女神』は、すぐにエメラルダスの後を追う。

スピードには自信がある。

見失ってはいけない。

「……………!」

しかし

(速い………。)

単純なスピードなら、エメラルダスが『シスチナの女神』のそれを上回る。

(まずい!このままでは見失ってしまう。)


「おい!」

「!!」

すると、『シスチナの女神』の背後から一人の戦士、カイル・リオネスが声を掛けて来た。

「あいつを捕まえたらいいんだな!」

「な!しかし……!」

「任せろ!俺は『騎士』だ!」

カイルは叫ぶ。

「取り戻してやるよ!さっきのクリスタルをよ!」






【黄金のクリスタル編③】

もうすぐ、遺跡を抜ける。

エメラルダスの目の前に現れたのは『大秘境フェスタ』の密林。

(この先まで行けば、もう安心ね。)

ズサッ!

そして、立ち止まったエメラルダスは、後ろを振り向いた。

「ところで、あなたは何者なのかしら?私に何か用?」

紫紺の髪を片手で整えながら、エメラルダスは追って来た戦士に言う。

「お前こそ、何者だ?そのクリスタルは『女神』さんの物だろう?返せよ。」

「ふふ。」

エメラルダスは笑う。

「あなたが誰だか知らないけれど、余計な事をすると命を落とすわよ。」

ズサッ!

エメラルダスの右手には鋭いナイフが握られている。

「バカ言っちゃいけねぇ。そんなナイフで俺に勝てるかよ。」

カイルは腰の大剣をすらりと抜いて構えた。

「はぁ……。」

エメラルダスはため息を吐いた。

(これだから嫌なのよね。自分の実力も知らず自分が『騎士』だと勘違いをしている戦士。)

「仕方ないわね。『幻の国』の戦士達が来る前に、瞬殺してあげるわ。」


カイルとエメラルダスが正面から対峙する。

ジリリと間を積めるエメラルダス。

「行くわよ。」

「!!」

シュバッ!!

『騎士』は常人の何倍ものスピードで動く事が出来る。その中でもエメラルダスは特上の素質を持った『騎士』。その動きを見極める事が出来るのは、本物の『騎士』のみ。

ゆえに

シュバッ!!

「!!」

エメラルダスは驚いた。

エメラルダスの攻撃を紙一重でかわしたカイルが反撃の一撃を繰り出したからだ。

ブワッ!

お互いの攻撃が空を切り、再び少しの距離を置いて対峙する二人。

ぺろりとエメラルダスはナイフを舐めた。

「へぇ。口だけでは無いようね。驚いたわ。」

カイルも負けじとエメラルダスに言う。

「お前こそ、そのナイフでは俺に勝てない。獲物(武器)の長さが違う。『騎士』同士の対決なら武器の違いで勝敗が付く。」

「ふふ。」

エメラルダスは思う。

(なかなかの素質。でも残念。私とは戦闘における経験が違い過ぎる。)

本当の戦場で、武器の良し悪しなど語っていたら、命を落とす。

有利、不利は関係ない。
敵を殺すまでは全力で戦うのが戦場で生き延びる唯一の方法。

ナイフだけを見て、私の戦闘能力を判断する甘さが、あなたの命取り。

シュバッ!!

エメラルダスが動く。

バシュッ!!

カイルも応戦する。

スピードは互角。


ならば、エメラルダスのナイフより、カイルの大剣が届く方が速い!

シュルシュルシュルシュルッ!!

「!!」

ザクザクザクザクッ!!

「ぐはっ!」

ズボッ!!

「が…………。」


何が………起こった?

カイルの真後ろから無数の刃が背中を抉(えぐ)り、次の瞬間、カイルの胸元にナイフが突き刺さった。


「ふふふ。あなた、背中ががら空きなのよ。」

エメラルダスは笑う。




それは、カイル・リオネスにとって

完全なる敗北であった。






【エピローグ】

ヴィナス歴799年12月31日

『聖ヴィナス帝国』首都ヴィナス・マリアでは、建国800年を祝う盛大な式典が行われていた。本日の前夜祭を含め、式典は3日間に渡って続けられる。


「『帝国』国民諸君!!我々は実に800年の平和を維持して来た!」

皇帝グランヒルの演説にも力が入る。

「この平和が続くのも、国民諸君のたゆまぬ努力と、シャルロット王に連なるガードナー家の力の賜物であろう!」

グランヒルは、『平和の塔』に輝く『七色のクリスタル』を指差した。

「見よ!あのクリスタルが光を失わない限り、『聖ヴィナス帝国』は繁栄し続けるであろう!!」

ワッ!!

「きゃぁ!カイザード様!!」

「アイナ様!こっち向いてぇ!」

「シャイナ姫!素敵!」

「『聖ヴィナス帝国』万歳!!」



演説が終わり、ガードナー家の三兄妹は、宮殿でしばしの休憩を取る。

「はぁ……お父様の演説は長いのよね。疲れちゃったわ。」

アイナが、豪華なソファーに腰をおろして文句を言う。

「そう言うなアイナ。これも仕事だ。」

たしなめるのはカイザード。

シャイナは元気なく押し黙る。

『幻の国』からカイザードとシャイナが戻ってから、2週間が経過していた。




あの日

カイザードとシャイナが駆け付けた時、カイル・リグネスは瀕死の重症であった。

シャイナの『治癒魔法』でも意識は戻らない。

結局シャイナは、カイザードの説得により『幻の国』を後にする。


(あの後、カイルは意識を取り戻したのだろうか。)

シャイナはそれを思うと式典の祝いなど、どうでも良かった。


「大丈夫だ、シャイナ。あの少年なら無事だ。いや、もう青年と呼ぶべきか。」

カイザードは、わざと明るい口調でシャイナを励ます。

「カイザードお兄様………。」






それにしても

(800年の平和か………。)



ほどなくしてカイザードは、次の式典の準備のために、宮殿内にある自身の部屋へと歩き出す。

(果たして、今の『帝国』内に『幻の国』の戦士達に勝てる戦士は何人いるだろうか。)

一般の人間になら『機関銃』を持つ兵士達でも十分だろう。

しかし、『機関銃』の効かない敵がいたら。

本物の『騎士』や『魔導師』が襲って来たら。


『帝国』は勝てるのか?



すっ


宮殿の廊下で、カイザードは二人の『騎士』とすれ違う。

(む…?見た事のない顔だな………。『帝国』の『騎士』なのか?)


その『騎士』二人は、カイザードよりも少し若いくらいの年齢である。


皇帝グランヒルに呼ばれた二人の騎士。

正確には『騎士団』の代表である二人の『騎士』が、すれ違ったカイザードの事を話題にする。

「見たかエル。今のが皇帝陛下の息子カイザード王子だ。」

「えぇ団長、何でも物凄い強いらしいわ。」

強い?

「所詮は噂か……。平和な大陸で育った『騎士』など、実力はたかが知れている。」

「そうね。」

女性の『騎士』エルが答える。

「『異大陸』の地で、日夜 戦闘を繰り広げている私達には、到底及ばない。」


私達『血盟騎士団』に敵う戦士など、いないのだから。










真・異世界戦記


幻の国の章                                   完