真・異世界戦記
【シスチナの女神編①】
ビュン!
ビュン!
ファラオとカイルの目線が交錯した。
(こいつ…………!)
ズバッ!
ファラオの持つ黒い鎌が、カイルの身体を引き裂くのと
バシュッ!
カイルの大剣が、ファラオに突き刺さるのは、ほぼ同時であった。
「カイル!!」
シャイナの悲痛な叫び声が、『大秘境フェスタ』の密林にむなしく こだました。
【シスチナの女神編②】
人知れず、ひっそりと咲き誇る花がある。
ここ『シスチナ』にしか咲かない花。
ここは――――
―――――――『聖地シスチナ』
大陸中の人々が『幻の国』と呼ぶ古代都市。
この聖地に外界の人間が足を踏み入れたのは、実に5年ぶり。それ以前の記録となると100年以上も遡らなければならない。
ゆえに、『シスチナ』の住民にとって、それは衝撃的な事件であった。
「ファラオの奴。五年前の失態に続き、また破られたのか?」
「情けなし。ただ情けなし。」
「まぁ、そう言ってやるな。今回は相討ちだったらしい。」
「相討ち?」
「侵入者もファラオも共に致命傷を負い死ぬ所だったらしいな。」
「ほぉ。で、何で助かったんだ?」
「何でも治癒魔導師がいたらしい。侵入者の中に………。」
「はぁ?侵入者に助けられたって事か?」
「それに今回は、五年前と違う。」
「ん?」
「『あの方』が……『シスチナの女神』様が侵入者に会いたがってるらしいぞ。」
「な、何だって!!」
―――――――『シスチナの女神』
誰が呼び始めたのか、その名が定着してから既に長い年月が経つ。
彼女は『聖地シスチナ』の中でも、とりわけ重要な意味を持つ場所『戦士の広場』で客人を待つ。
『大秘境フェスタ』で行われたファラオとカイルの死闘から2日が経過していた。
共に致命傷を負った二人であったが、カイルの傷を癒すのに2日間の治療を要した。
ようやく傷の癒えたカイルが、住民の案内で外に出られたのが今日。
カイルが見た『聖地シスチナ』は、外の世界とは別世界であった。
「ここが………『幻の国』………。」
『幻の国』と呼ばれる『聖地シスチナ』は巨大な遺跡であった。
ざっと見たところ、その巨大さは『聖ヴィナス帝国』の首都ヴィナス・マリアにも劣らないように見える。
「すごい……な。」
思わず声をあげるカイル・リオネス。
「私も驚きました。『秘境フェスタ』の奥地に、このような場所があるなど、誰が想像出来ましょうか。」
答えるのはシャイナ・L・ガードナー。
二人は、その巨大な遺跡を見て、ただただ圧倒される。
どのくらい昔に栄えた都市なのか。
最盛期には、多くの住民が住んでいたと思われる古代都市。しかし、今はその殆どが藻抜けの殻。聞く所によると、『聖地シスチナ』に住んでいる住民は1万人に満たない。
彼等は外界との接触を絶ち800年も昔から、この地に住んでいる。
カイルとシャイナが向かう先は『戦士の広場』と呼ばれる場所らしい。
目的は二人を招待した人物に会う為。
「『シスチナの女神』か……どんな奴なんだろうな。」
「ずいぶんと皆さんに、慕われている様子でしたね。」
「慕われていると言うか、少し気味が悪いくらいだ。まるで『神様』にでも触れるかのような盲信ぶり。どんな女神様が現れる事やら。」
この世界の神様と言えば、首都ヴィナス・マリアの平和の棟に祭られている七色に光る水晶体(クリスタル)。
その象徴と言える伝説の女神『ヴィナス・マリア』が有名である。
他にも、『聖ヴィナス帝国』の前身『ヴィナス国』の初代国王シャルロット・ガードナー。
シャルロットを神と崇める人々も『帝国』国民を中心に大勢存在する。
ズサッ
カイルとシャイナがほどなく進んだ先に、小広い空間が現れた。
『戦士の広場』――――
「どうやら、着いたようだな。」
ぽつりとカイルが呟く。
その広場は、厳粛な空気に包まれていた。
広場の周りには、見た事もない綺麗な花が咲き誇り、それ以外には目立って大きな建物や変化はない。
ゆえに、広場の中央に立てられている杭のようなものに、嫌がおうにも惹き付けられる。
「何でしょうか………。あれは……。」
「1、2、3………12。12本あるな。行ってみるか。」
何もない広場の中央に、立てられている12本の杭。いや………。
「これは………墓標だ。」
側まで近寄り、よく見ると、それは12本の墓標であった。かなり年季を感じさせる古い墓標であるが、手入れは行き届いており、大切に扱われているのが見て取れた。
「誰のお墓でしょうか?」
「さぁ。あまり、よく見えねぇな。この国にとって重要な人物であるのは間違い無いだろうが。」
そして、カイルは一つ違和感を覚える。
12本並んだ墓標以外にも2つ。墓標を設置する台が置かれていた。
13本目と14本目の墓標。
まるで、二人の死を待つように……。
(どう言う………事だ?)
「へぇ、あんた達がファラオを倒した侵入者ね。」
「!!」
「!?」
突然、背後から声を掛けられ驚くカイルとシャイナ。
「誰だ!」
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
(気配は感じられなかった……。)
年齢はカイルやシャイナより2~3下に見える。
大きな瞳に、場違いなピンクの衣装。
『聖ヴィナス帝国』ではあまり見かけない服装である。
「あの……。」
シャイナは少女に言う。
「私達は、『シスチナの女神』様に会いに来ました。」
「ふ~ん。」
少女はそう言うと、12本ある墓標に歩み寄る。
よく見ると、その手には綺麗な花が握られていて、少女は一つ一つの墓標に花を添えて行く。
「あの……、お参りに来たのですか?」
おそるおそる聞くシャイナ。
「そうね。」
少女は答える。
「この墓に眠るのは、あたしの仲間達だから。この墓を守るのが、あたしの役目。」
そして……。
「残った2つの台に墓標を立てるまで、あたしの戦いは終わらない。」
(戦い………?2つの墓標………。)
少女の言葉を勘ぐるカイルと違い、シャイナは素直に少女の話を聞く。
「大切なお仲間だったのですね。」
「………。」
「あなた、ガードナー家の血縁者よね。」
「……?」
不意に少女が、話題を逸らした。
「え……えぇ。そうですが。」
シャイナは答える。
(まさか………。)
カイルは腰に下げる大剣に手を掛けた。
この世界には、皇室……ガードナー家を恨む人間が沢山いる。特に『聖ヴィナス帝国』に国民扱いされないアンヒューマであれば尚更だ。
『幻の国』の人間が、『帝国』をどう思っているのかは不明だが、ファラオの例もある。
いきなり、襲われてもおかしくない。
す――――
「……?」
すると、少女は一輪の花をシャイナに差し出した。
「えっと……。これは?」
戸惑うシャイナ。
「この地にガードナー家の人間が来るなんて、800年の歴史の中でも初めてだわ。お供えしてあげて。」
「え?」
「ほら。そこの墓標。」
少女は言う。
「あたしの仲間。シャルロットが眠っているわ。」
「!!」
【シスチナの女神編③】
大秘境フェスタ
ガルルル
ガルルル
「ふぅん。これが魔獣ね。」
「うん。魔獣。」
ガルルル
ガルルル
「図体だけで、大したこと、無さそうだな。」
「うん。無さそう。」
ガルルル
ガルルル
「エメラルダスの奴は、僕達に時間を稼げと言ってたけど……。こんなの瞬殺だよね。」
「うん。瞬殺。」
「時間稼ぎにも、なりゃしない。」
そう言ってジムは、両手を広げる。
「行くよ。シャム。」
「うん。お兄ちゃん。」
「「ブラック・ダイヤモンド・ダスト!!」」
コゴゴゴゴゴゴォ!!
闇色に輝く氷の刃が、密林に浮かび上がった。
ガルルル
ガルルル
ガシャー!
グワッ!
「さよならワンちゃん。所詮は畜生では人間には敵わない。」
ブワッ!!
ブシュブシュブシュブシュッ!
ギャオォーン!
グギャギャッ!
魔獣ガルキウスが、ジムとシャムの魔法により、駆逐されて行く。
一方『戦士の広場』では
ドクン
ドクン
「シャルロットの墓だって?」
声をあげたのはカイル・リオネス。
「シャルロットって、あのシャルロット王の事か?」
カイルが驚くのも無理はない。
ヴィナス国初代国王シャルロット・ガードナーと言えば、神話に登場する伝説の人物。
戦乱の絶えない時代にあって、その戦歴は生涯無敗。シャルロットの動きは光の速さを超越していたと言う。
それは『帝国』が造り上げた神話。
そんな人物が実在していた訳が無い。
「あの……。」
花を受け取ったシャイナが、少女に質問をする。
それは、当然と言えば当然の質問。
「このお墓が、本当にシャルロット王のお墓だとして………。」
「あなた今、仲間だって言ったわよね?それはどう言う意味なのかしら?」
『聖ヴィナス帝国』が建国される以前、記録によれば、シャルロットが『ヴィナス国』の初代国王に就任したのは、更に200年前。
シャルロットが活躍した時代は今から千年も昔の話だ。
そんな千年前の英雄と仲間などと言われても、全く意味が分からない。シャイナよりも歳下の少女が、いったい何を言っているのか。
しかし、少女は何の悪びれもなく返答する。
「ん?そのままの意味よ。シャルロットはあたしの仲間。この墓標に刻まれている戦士達は、みんなあたしの仲間達。『加護の戦士達』なんだから。」
――――――――『加護の戦士達』
カイルもシャイナも、初めて聞く名称であった。
「そうね。驚くのも無理は無いわ。」
少女は、少し照れたように言葉を続ける。
「自己紹介がまだだったわね。あたしの名前はチェリー・ブロッサム。聖地の住民は『シスチナの女神』なんて呼んでいるけど、女神なんて柄じゃあ無いわね。」
そして、その後の少女のセリフにカイルは絶句した。
「あたしの能力は『不老不死』。あたしは千年の昔から、ここにいるわ。」
――――――――歳を取れないのよ
五年前――――
エメラルダスは『聖地シスチナ』への侵入に成功した。
エメラルダスは五年前の出来事を思い出す。
腕には絶対の自信があった。
誰にも負けない自信。
聖地で出会った『シスチナの女神』は、私を見て一つの質問をした。
「あなたは、あたしの探している人物なのか。それとも違うのか。どちらかしら?」
彼女の質問は実に曖昧で、要点を得ない質問であった。
『シスチナの女神』が探している人物など、私には分からない。そんな事よりも、エメラルダスが興味を持ったのは、彼女が持つ鍵の存在。
伝説の魔導師を復活させる事が出来る『魔法の鍵』
『シスチナの女神』は言う。
「この鍵は、今はまだ使えないわ。その時が来るまで扉を開けてはいけない。それが、あたし達の約束。」
「ふん。ならば力づくで奪うまで!」
バシュッ!
『騎士』と『魔導師』の能力を併せ持つエメラルダス。その両方で高い次元にあるエメラルダスに敵う者はいない。
『シスチナの女神』とエメラルダスの戦闘は、序盤からエメラルダスが優勢で進んで行く。
「ふぅん。『騎士』でも無い貴女が、私の動きに付いて来れるとは驚いたわ。」
ズサッ
「でも、もうお終まいにしましょう。さっさと決着を付けて、その『魔法の鍵』は頂戴するわ!」
ビュンッ!!
エメラルダスが負ける要素は一つもない。
技の技量も、スピードも、魔力でさえも、エメラルダスはチェリーのそれを上回る。
しかし
「な!?」
ボワッ!!
『シスチナの女神』の『破壊の魔法』が炸裂する。
(こんなバカな!)
戦いが長引けば長引くほど、形成は逆転して行く。
「な!なんなの貴女!」
エメラルダスの鋭い刃が『シスチナの女神』の身体を引き裂いた。
エメラルダスの渾身の魔法が『シスチナの女神』の全身を撃ち抜いた。
普通の人間であれば、既に十度は致命傷を与えているはずだ。
しかし
「な!なぜ、死なない!」
何度、殺しても、その少女は立ち上がる。
「死なない?違うわ……。」
『シスチナの女神』は言う。
「死ねないのよ。」
ゾクゾクッ
エメラルダスの全身に寒気が走った。
(『シスチナの女神』ですって?)
違う。
女神など、生易しい言葉では表現出来ない。
この女は、完全にイカれている。
殺しても、死なないなど、人間ではない。
この女には、どうやっても敵わない。
ブワッ!
「!!」
ドッカーン!!
その日、エメラルダスは人生で初めての敗北を喫する事となる。
―――――――あれから五年
エメラルダスは再びこの地に戻って来た。
(ふふ……。私も未熟だったわ。)
あの時は、チェリーの予想外の能力に冷静な判断を失っていた。
死なない相手を無理に殺す必要は無い。
エメラルダスの目的は、あくまで『魔法の鍵』
『魔法の鍵』さえ奪えば、『聖地シスチナ』にも『シスチナの女神』にも用は無い。
「行くわよ!『シスチナの女神』!!」
エメラルダスの肌に刻まれた紋章が、不気味な光を放った。