真・異世界戦記
【大秘境フェスタ編①】
ヴィナス歴799年12月15日
『聖ヴィナス帝国』
首都、ヴィナス・マリア
建国800年の式典を目前に控えたヴィナス・マリアは、騒然となっていた。
「聞いたか?『帝国軍』が南部のエコニア砂漠で壊滅したらしいぞ?」
「敵はアンヒューマの軍隊だったらしい。」
「え?敵は『幻の国』だって聞いたぞ?」
ざわざわ
がやがや
「最近は恐ろしい事が多いわね。」
「先日の『覇王祭』の決勝戦、見たか?」
「信じられねぇよ。子供の魔導師なんて。」
がやがや
「しかし、カイザード王子は凄かったな。」
「当たり前じゃない。カイザード様は『騎士』の中の『騎士』だもの。」
首都ヴィナス・マリア中心部から、東へ3キロメートルほど離れた位置にある牢獄塔。
その最深部にある特別室に、二人の子供が拘束されていた。
子供の名前は――――――
―――――――ジムとシャム
精霊が存在しない特別室の天井から吊るされた鎖。その鎖に両腕をはめられ二人は動く事も出来ない。
拷問により負った傷口から流れ落ちた血の塊は、水溜まりのように広がっている。
それでも二人が殺されなかったのは、『覇王祭』優勝者のカイザードとアイナの経歴に傷を付けない配慮があった。
『覇王祭』では殺人は認められない。
試合後、すぐに対戦相手が死んだとあっては、何かと面倒が起きるからだ。
明かりすら通らない真っ暗な室内で、ジムは先日の試合の事を思い起こす。
(『騎士』の中の『騎士』だって?)
「あの悪魔(カイザード)め、完全に騙された……。」
「うん。騙された。」
「あいつは『騎士』なんかじゃない。シャムの『闇の魔法』を、あの男は『光の魔法』で相殺しやがった。」
ビュンッ!
バシュバシュバシュッ!!
バチバチバチバチ!!
「な!僕達の『ブラック・ダイヤモンド・ダスト』の刃が!!」
大気を埋め尽くす程の『氷の刃』が次々と打ち落とされ、シャムの死神の魔法は、カイザードの光の魔法により消滅する。
カイザード・L・ガードナーは
――――――――――『魔導騎士』だ
『騎士』の身体能力と『魔導師』の魔力を併せ持つ特別な存在。
今の時代、『騎士』や『魔導師』というだけでも希少なのに、その両方の力を持つなんて反則だ。
そんな特別な戦士は
エメラルダスだけで、十分だ――――
シュバッ!!
ギギィ
バタンッ!!
ジムとシャムが拘束されている部屋の壁が、鋭利な刃物で切断される。
「あら?息はあるようね。」
切断された壁の向こうから現れたのは、紫紺の髪を持つ戦士エメラルダス。
「エメラルダス、遅いぞ。」
「うん。遅い。」
「あぁ、ごめんなさいね。私も色々と忙しいのよ。」
エメラルダスは悪びれもなくそう言うと、二人を拘束する鎖を鮮やかな剣技で断ち切った。
「さぁ行くわよ。早く脱出しなくちゃね。」
エコニア砂漠での『帝国軍』の敗戦。
『覇王祭』でのジムとシャムの活躍。
この2つの歴史的な出来事が、800年続いた『聖ヴィナス帝国』の平和を揺るがす呼び水となる。
エメラルダスは楽しそうな笑みを浮かべた。
【大秘境フェスタ編②】
首都ヴィナス・マリア
ヴィナス宮殿―――――――
「これは大失態だよ、バイソン参謀。」
皇帝グランヒルの瞳には、怒りがにじんでいた。
「アンヒューマはともかく、我が帝国の正規兵の半分を失い、貴重な武器である『機関銃』を大量に奪われるとは……。」
「はっ!陛下……。申し訳ございません。」
「何より、我が娘シャイナの安否が不明とはどう言う事だ!!よくおめおめと戻って来れたものだ。本来であれば極刑に値するぞ!!」
「ははっ!」
「父上、そう責めるものでは有りません。」
「む……。」
横から口を挟んだのはカイザード。
「聞くところによると、敵の戦術は実に見事。正規軍とアンヒューマの部隊を仲違いさせ、同士討ちにされては為す術もない。半数の兵士を無事に帰還させたバイソン参謀の手腕は見事です。」
「カイザード。余計な事を言うな。」
「それに、シャイナは生きています。」
「なに?」
「俺には分かる。シャイナに張り付けた『光の粒子』は未だ健在。シャイナは生きていますよ。」
「………。」
カイザード。我が子ながら恐ろしい奴だ。
父である、私にすら『光の魔導師』である事を隠し、その実力の片鱗すら見せなかった。
あの『覇王祭』の決勝戦で見せた戦闘は何だ。
とても人間の動きとは思えない。
カイザードこそ『帝国』800年の歴史の中で産まれた異端。他の『騎士』とは比べものにならん。
「シャイナの事は俺に任せて下さい。」
「カイザード……それはどう言う意味だ?」
「探して来ますよ。俺以外にシャイナを探す事が出来る人間もいないでしょう。」
「それは………。」
「ついでに『大秘境フェスタ』そして『幻の国』。俺がその存在を確かめて来ます。『幻の国』を攻めるのは、それからでも遅くはない。そうでしょう?」
実に事も無げに、カイザードは言う。
シュバッ!
カイザードの脚力があれば、『幻の国』までもそれほど日数は掛からないであろう。
(『幻の国』か……。楽しみだな。)
カイザードが『ヴィナス・マリア』を出発したその日、3人の魔導師達も南の地へ旅立つ。
エメラルダス
ジム
シャム
「で、エメラルダス。僕達はこの後、どうするんだ?」
「うん。どうする?」
「ふふ。」
エメラルダスは楽しそうに二人の少年少女に微笑む。
「そうね。カイザードの実力もわかった事だし、私達の次の目的は1つよ。」
「目的?」
「あの悪魔を倒すには、こちらにも悪魔が必要だってことね。」
「悪魔?エメラルダスが殺ればいいだろ?僕達3人が揃えばきっと……。」
「目的はカイザードだけじゃないのよ。私達の狙いは『帝国』の崩壊。そして新たな魔導帝国の建国。」
「『魔導帝国』?……そんなものに興味は無いね。」
「うん。無い。」
「ふふ。」
「それに、悪魔って何だ?カイザード以外に悪魔がいるのか?」
ジムの素朴な質問にエメラルダスは、眉をひそめた。
エメラルダスは『騎士』と『魔導師』の素質を持って産まれた魔導騎士。
戦闘では誰にも負けない自信がある。
しかし、アンヒューマであるが故に、その実力を発揮する事なく幼少時代を過ごす。
そんなある日、エメラルダスの耳に飛び込んで来たのは『伝説の魔導師』の話であった。
神話に登場するその魔導師は、卓越した魔力により、あらゆる敵を粉砕した。
世界の勢力を一人で変えてしまう程の魔導師。
まさに『悪魔の力』を持つ魔導師。
五年前―――――――
エメラルダスは、その魔導師の重要な秘密を聞いた。
「その話が本当なら、私は『悪魔』を復活させましょう。」
「ふーん。まぁ、別に構わないけど、あなたにその資格は無いようね。あなたには、あたしを倒せないし、何も奪う事も出来ない。」
「ふふ。それは、やってみなければ分からないわ。」
エメラルダスには自信があった。
誰にも負けない自信。
技の技量も、スピードも、魔力さえも、エメラルダスは、その女を上回る。
負ける要素が見当たらない。
「行くわよ!」
バシュッ!
ズサッ!
「!!」
あの戦闘から―――――――
―――――――五年が経過した
「ジム、シャム。行くわよ。」
「だから、どこに行くんだ?」
エメラルダスは答える。
「『悪魔』を復活させる為に。」
『幻の国』に、その鍵はある。
【大秘境フェスタ編③】
「ここが………『大秘境フェスタ』……。」
エコニア砂漠を抜けたカイルとシャイナが辿り着いたのは、見渡す限りの密林。
「凄いですね。こんなの初めて見たわ。」
皇族の姫君であるシャイナは、実のところ首都から離れた事がない。必要なものは全て首都で手に入るし、アンヒューマが多い郊外へ行く事は父親であるグランヒル皇帝に禁止されていた。
一方のカイルも、産まれ育った小さな村から出る事は稀であった。生きるのに精一杯の環境で育ったカイルが、旅行などする余裕も必要もない。
二人にとって、今回の旅は非常に新鮮なものであった。
木々がざわめき、鳥が鳴く声が絶え間なく聴こえて来た。首都ヴィナス・マリアのある大陸北部とは空気の質感から違う。
『エコニア砂漠』とも違った異郷の地。
ここには生命が息づいている。
「この先に『幻の国』がある。」
「えぇ、行きましょう。」
二人の目的地は同じ。カイルは平穏な暮らしを求めて。シャイナは真実の歴史を求めて。
―――――――二人は『幻の国』を目指す
ゴゴゴゴゴゴォ
ギャオォーン
ブシャッ!
「止めよ、ガルキウス。」
その男は、威厳に満ちた声で命令する。
「愚かな人間が、この地に足を踏み入れたようだ。」
ガルルル
「そう、逸(はや)るでない。」
かつて、この地を目指した人間は山ほどいる。
ある者は土地を求め
ある者は財宝を求め
ある者は希少な資源を求め
そして、ある者は平穏を求めて
長い歴史の中で、その姿を現さない『幻の国』。実在するかどうかも、疑われる『幻の国』には、多くの噂が飛び交う。
その地には、無限の財宝が眠っている。
その地には、失なわれた古代魔法の秘密が隠されている。
噂が噂を呼び、謎は、ますます深まる。
そんな愚かな人間達から、この地を守るのが私の役目だ。
ここは、誰もが簡単に足を踏み入れて良い土地ではない。
それが800年前の約束。
800年前に存在した偉大なる戦士達を汚してはならない。
ここは
『聖なる地』なのだから―――――――
「行け!ガルキウス!愚かな侵入者を駆逐せよ!」
ガシャアー!!
ブワッ!
男の命令と共に飛び出したのは、百を越える魔獣の群れ。『大秘境フェスタ』に足を踏み入れた人間を幾度となく殺して来た自然界の殺戮者。
魔獣の動きは人間の動きを遥かに凌駕し、その牙は強固な岩をも噛み砕く。一匹一匹が獰猛にして凶悪。
その頂点に立つ魔獣が、ガルキウス。
ガルキウスの鋭い嗅覚が、侵入者を察知する。
侵入者は二人、男と女だ。
たった二人の人間風情が、我々に勝てると思うたか!
ギャオォーンッ!!
ガルキウスの雄叫びが鳴り響いた。
「なぁ、シャイナ。聴こえるか?」
「えぇ。」
「もしかして、あの声は魔獣って奴か?」
「えぇ。おそらく………。」
『大秘境フェスタ』が800年の間、『帝国』の支配を拒めた理由の1つ。
それは『魔獣』の存在。
「私の読んだ歴史書によれば、様々な種類の魔獣が存在しているそうです。」
「………。」
「中でも獰猛なのはガルキウスと呼ばれる種類の魔獣。その全長は5メートルを越え、その動きは動物世界最速を誇るチーターをも上回ると言います。」
「シャイナ………。」
「?」
「その豆知識。出来れば事前に教えてくれ。」
ギャオォーンッ!!
ブワッ!!
「もう目の前に来てんぞ!そいつら!!」
ガルルル
ガルルル
カイルは腰に掛けていた大剣をすらりと構える。
「やるしかねぇよな。逃げられるとも思えねぇ。」
「カイルさん……。」
「シャイナは、そこを動くな。俺が何とかする!」
「わ、わかりました。」
カイルの厳しい命令に、シャイナは従うしかない。シャイナも状況は理解している。この場ではシャイナは戦力にならない。
「でも……。」
シャイナは言う。
「魔獣に傷付けられたら、即座に治癒魔法で回復させます。思う存分、戦って下さい!」
「!!」
(何だよ。結構言うじゃねぇか、このお姫様……。しかし『騎士』と『ヒーラー』のパーティは悪くねぇ。長期戦には持って来いだ。)
「やってやるぜ。こんな所で死んでたまるか!なんてったって、俺は……。」
―――――――『騎士』だからな!!
