真・異世界戦記
【迷彩服の少女編①】
どれだけ走っただろう。
カイル・リオネスは、ようやく見つけた岩山の影に腰を下ろした。
『帝国軍』の銃声は未だ続いているが、その音は小さく、かなり遠くまで来た事が分かる。
「あの………大丈夫ですか?」
シャイナは、カイルの顔を覗き込んだ。
それほど身体の大きく無い小柄なシャイナではあるが、人ひとりを抱えて戦場から走り抜けて来たのだ。疲れていないはずはない。
「なに、これくらい平気さ。俺は『騎士』だからな。」
「『騎士』様………ですか。」
シャイナの知っている『騎士』は、全て皇族か貴族である。少しピンと来ないシャイナであるが、それでもシャイナは優しくカイルの頬に右手を差し出した。
「………?」
ホワン
治癒魔法――――
シャイナの治癒魔法がカイルの疲れを癒して行く。
「へぇ、便利なものだな。」
感心するカイルに、シャイナは少し照れた様に顔を赤らめた。
「これくらいは簡単です。この辺りは『光の精霊』が多いみたいです。」
「光の精霊………?」
魔法など見たことの無いカイルには、シャイナの言っている事は理解出来ない。
「それより、どうするんだ?」
戦闘は続いている。
『帝国』が勝つにしても負けるにしても、戦場に戻るのは危険と言わざるを得ない。
また、兵士達を助けるなどと言い出したら厄介極まりない。
しかしシャイナは、予想外の事を口にする。
「カイルさん……。さきほど言ってた『幻の国』……。『幻の国』に行かれるのですか?」
「え?」
「実は私も『幻の国』に興味があります。もし宜しければ私も一緒に連れて行って下さい。」
「興味って………。」
興味も何も『帝国軍』は『幻の国』を侵略する為に出兵したはずだ。しかし、その前に軍隊は大きな損害を負っている。
「まだ、戦うつもりか?おそらく『帝国軍』は相当のダメージを……。」
「いいえ……。」
シャイナは首を横に振る。
「私は最初から戦うつもりは有りません。」
「な……に?」
「私は知りたいのです。この国の本当の歴史を。」
「歴史……?」
「私達は、皇族の人間は、何の為に『帝国』を創ったのでしょう?『アンヒューマ』を国民と認めないのは何故なのでしょう?『帝国』が出来る以前は、どのような世界だったのでしょう?」
「そんな事………。」
「私は知りたいのです。真実の世界を。」
ガサッ
「!?」
「誰だ!」
(シャイナとの話に夢中になりすぎたか!)
カイルとシャイナの前に現れたのは明らかにアンヒューマの兵士。しかし味方ではない。敵の兵士だ。
「ほぉ、これはこれは……。驚いた。」
「こいつはシャイナだ。『帝国』のお姫様じゃねぇか。」
敵の数は五人。
(殺るか………。)
カイルは素早く大剣に手を掛ける。
「カイルさん……。後ろからも!」
「!?」
ガサガサッ
「おい。どうした!?」
「敵は一人残らず逃がすな、との命令だ。」
「逃亡者か!?」
更に後ろから五人。
(これは敵の本隊とは違う別働隊。
最初から俺達を逃がすつもりは無いって事か。)
二人を挟み討ちするように現れた10人の敵兵が、各々の武器を構えた。
(まずいな………。)
カイルは頭の中で戦闘の様子をシュミレートする。
(前の敵を倒しに行けば、後ろの敵がシャイナを襲う。逆も然り。)
カイル一人なら何とかなるかもしれないが、シャイナを庇いながらだと戦況は極めて悪化する。
今のカイルの実力では、前後10人の敵兵を、同時に倒す事は出来ない。
(どうする………カイル!)
ズキューーンッ!!
「!!」
「!?」
そんなカイルの思考を掻き消すように、一発の銃弾が放たれた。
【迷彩服の少女編②】
ズキューーンッ!!
ブシャッ!!
「おい!」
「ちっ!敵だ!」
「帝国軍か!?」
「どこだ!」
ズキューーンッ!!
ブシャッ!!
「な!」
「おい!どこから撃ってんだ!?」
ズキューーンッ!!
ブシャッ!!
「!!」
慌てる敵兵を無視するように、銃弾は次々と発射され、兵士達を一撃で仕留めて行く。
何とも正確無比な射撃であろうか。
更に恐ろしいのは、銃弾を撃った敵の姿が見えない事。
岩山を除けば、見渡す限りの砂漠である。
そんな事は不可能なのだ。
現代では銃火器の類いの兵器は『聖ヴィナス帝国』の正規軍が独占している。
他の人間には銃火器は造れない。
いや、それどころか『帝国軍』でさえ、銃火器の仕組みを完全には理解していない。
なぜなら、それは失われた文明の技術の転用に過ぎないからだ。
かつて、この世界には大きく二つの文明があった。
『剣と魔法が支配する大陸』
と
『高度に科学が発達した大陸』
『聖ヴィナス帝国』は前者にあたる。
800年前の統一戦争で、もう1つの文明は完全に滅びた。
その大陸で発明されたのが現在『帝国軍』が採用している機関銃である。
射程距離は、およそ500メートル。
精度の低さを弾丸の数でカバーする為の機関銃だ。それ以上の射程距離を有する銃は、まだ発明されていない。
文明を失った『帝国軍』では、新たな銃を発明する事が出来ない。
ゆえに
見渡す限り砂漠が広がる『エコニア砂漠』に於いて、見えない場所からの射撃など有り得ないのだ。
それは、完全に現代の兵器の技術を超越していた。
ズキューーンッ!!
ブシャッ!!
10人目の敵兵が、脳天を撃ち抜かれバタリと倒れる。
「な!何が起きてる!!」
「カイルさん。これは?『帝国軍』の援軍でしょうか?」
状況を理解出来ないカイルとシャイナ。
「分からん!しかし、俺達を助けたのは確かだ。誰かが……。」
得体の知れない誰かが――――
――――――――あの向こうにいる。
「ちょっと待ってろシャイナ!確かめて来る!」
シュバッ!
「カイルさん!!」
カイルは走った。
カイルは確めなければならない。
見えない場所から、10人の兵士の脳天を正確に撃ち抜いた人物の正体を、確めなければならない。
『騎士』のスピードは、常人のスピードを大きく上回る。
(今なら間に合う!)
現代科学を超越した武器の正体と、神業の腕前を持った人物の正体を、確めるんだ。
砂漠の中を数分ほど走り抜けた。
距離にしておよそ2000メートル。
そこで、ようやくカイルは一人の人間を発見した。
(あれは………。)
陽炎(かげろう)がうごめく日差しの中。
南国の砂漠に佇む人影。
肩に背負うのは、やけに銃身の長い銃砲。
斑模様(まだらもよう)の迷彩服に身を包んだ少女が、大きな瞳をパチクリさせてカイルを見た。
どうやら、カイルが追って来るのは想定外であったらしい。
「誰だ、お前は!なぜ俺達を助けた!」
カイルは、勢いのまま少女に尋ねる。
少女は少し驚いた様子であったが、すぐに平静を取り戻し、カイルの瞳を真っ直ぐに見据えた。
歳はカイルより1つ2つ下に見える。
「別に……あなたには関係ないわ。」
まだあどけなさの残る声。
それだけ言うと、少女は振り向き立ち去ろうとする。
「待ってくれ!俺の名はカイル!カイル・リオネスだ!」
少女は立ち止まる。
「お前は、何者なんだ?あれはお前が殺ったんだろう?その銃はいったい………。」
すると、迷彩服の少女は観念したように一言だけ呟いた。
「私の名前は未来(みく)。白井 未来(しらい みく)よ。」
「ミク………。」
ヴィナス歴799年12月10日未明に始まった、『聖ヴィナス帝国軍』と『地下帝国軍』との戦闘は、翌11日『聖ヴィナス帝国軍』の敗戦にて終結する。
大陸の歴史上、約800年振りに行われた大規模な軍事衝突により、双方の死者は合わせて2万人を越え、行方不明者も数千人にのぼった。
しかしながら、『地下帝国』の存在は『聖ヴィナス帝国』に知れ渡る事となり、更なる戦渦の引き金となって行く。