真・異世界戦記

【3つの禁忌編①】

アイナ・L・ガードナー

ガードナー家の主流派である皇帝陛下の娘であるアイナは、今では数少ない魔導師である。

アイナの魔法は『土の魔法』

ブンッ!

空中に浮かんだ無数の黒い燕(つばめ)は、土により造られた架空の生命体。

ブワッ!!

「ブラック・スワロー!!」

無数のスワローが、一斉に対戦相手を強襲する。

「ぐわぁあぁっ!!」

どよっ!

「おい見たか。アイナ様の魔法。」

「魔法なんて初めて見たぜ。」

「ガードナー家!凄過ぎる!!」

ワッ!!

『決まったぁ!我等のヒロイン!アイナ選手の活躍で二回戦も難なく突破!カイザード選手とアイナ選手の兄妹を止められる選手はいるのかぁぁ!!』


(ふん。当然だな……。)

試合を見ていた皇帝グランヒルは、我が子の活躍に笑みも見せない。ガードナー家が……。皇室以外の人間に我が子供達が負ける訳がない。

問題は決勝戦。

反対側のブロックからは、レイバレル・ガードナー家の兄妹が勝ち上がるだろう。
レイバレル家の二人は、グランヒル皇帝の兄の子供達だ。

この『覇王祭』は事実上、次期皇帝を占う試金石。どちらが皇帝に相応しいか。実力と人気を争う皇室同士の争い。ただの一般市民である戦士などに負ける訳が無い。


「お父様………。」

(……?)

皇室専用の来賓席に座るグランヒル皇帝に話し掛けるのは、もう一人の娘、シャイナ・L・ガードナー。

「ん?どうしたシャイナ。お前も『覇王祭』に出たかったか。」

アイナの双子の妹であるシャイナも、数少ない魔導師の一人。現在の『聖ヴィナス帝国』には魔導師と呼ばれる人間は四人しかいない。
もともと『騎士』の家系であるガードナー家で魔導師が現れる事自体が稀である。

シャイナは父であるグランヒル皇帝の言葉に首を振り、自らの願いを告げる。

「お父様、お願いがあります。」

「………願い?」

神妙な顔つきのシャイナ。
覇王祭の活気には似つかわしくないシャイナにグランヒルは首を傾げる。

「なんだシャイナ。何かあったか……。」

そして、シャイナは勇気を振り絞りグランヒルに言う。

「『幻の国』への遠征。私も帯同させて下さい。ガードナー家の代表として。」

「………シャイナ?」

「戦争など『帝国』にとって実に800年振りの出来事でしょう?このような機会は二度と有りません。私達は、これから『聖ヴィナス帝国』を背負う立場にあります。私は戦争と言うものを自分の目で確めたいのです。」

(ほぉ………。)

グランヒルは我が子の成長に感心した。

(一番、内気なシャイナが、このような事を申すとは意外だな。しかし、これは良い機会かも知れぬ。)

もしも『幻の国』が本当に存在し、『帝国』が『幻の国』を滅ぼしたなら、それは800年に一度の大偉業。その場にガードナー家の人間が一人も立ち会わないなど、皇室の威厳に関わる。


「良かろうシャイナ。2つの大陸を統一した『帝国』が真の全世界統一を果たす証人となるが良い。これは『覇王祭』の優勝よりも価値がある。お前が次期皇帝に最も近い存在になるチャンスであろう。」

『ぱぁっ』とシャイナの表情が明るくなった。

「お父様、ありがとうございます。」

予想外の返答にシャイナは嬉しそうにその場を後にする。早速、遠征の準備でも始めるつもりだろう。

グランヒルは思う。

(万が一『覇王祭』で我が子が負けても『皇帝』の座は譲らない。兄の……レイバレル家の好きにはさせぬ。)

嬉しそうなグランヒル皇帝。

しかし、シャイナには皇帝になる気は更々ない。ましてや『幻の国』を滅ぼす気すら無かった。

シャイナ・L・ガードナーが知りたいのは、真実の歴史。

『聖ヴィナス帝国』に造られた歴史ではない。
『帝国』が出来るよりも遥か昔の物語。

伝説の騎士、ヴィナス初代国王シャルロット・ガードナーが存在していた時代。


シャイナはふと、顔をあげた。

そこには、1000年以上も昔に建てられた『平和の塔』がそびえ立ち、頂上付近には七色の光を放つ巨大な『クリスタル』が煌々と輝いていた。



【3つの禁忌編②】

『聖ヴィナス帝国』首都『ヴィナス・マリア』より南へ30キロメートルほど離れた地点。

そこには、『アンヒューマ』が住む小さな村があった。

ザッザッザッザッ

「おい……。帝国だ。帝国の兵士達だ……。」

ザッザッザッザッ

「昨日、来たばかりじゃないか。奴らに渡す作物なんて、もう無いぞ。」

ザッザッザッザッ

「何かいつもと違う。人数が多くないか?」

ザッザッザッザッ

村に現れたのは『聖ヴィナス帝国』の兵士達。
人数は20人はいるだろうか。
このような小さな村に20人もの『帝国兵士』が現れるなど、村始まって以来の出来事である。

兵士達は、村にいる全ての住民達を村一番の広さを誇る広場に集めると、唐突に話し出した。

「これより、この村にいる15才から60才までの全ての男性を連行する。」

ざわっ

(連行……?全ての男性だって?)

この兵士はいったい何を言っているのか。

17才になったばかりのカイル・リオネスは兵士の言葉を理解出来ない。

今までも、理不尽な要求ならいくらでもあった。若い女性が兵士達に連れ去られる事はよくある話で、そのまま戻って来ない人間も多い。
しかし、村の男性が全員連行されるなど聞いた事もない。

「まっ!待って下さい!村の男どもが居なくなったら、この村はどうなるのですか。」

村人の一人が帝国兵士に訴える。

それは、もっともな質問だ。
そんな事をしたら村は崩壊する。『帝国』は村を無くしたいのか……。

「ふん。『アンヒューマ』の分際で口答えか。死にたいらしいな。」

「ひぃぃ!」

「まぁ待てロイド。」

銃口を向けた兵士を、その上官らしき兵士が抑制する。

「今は一人でも多くの兵士が必要だ。」

(兵士………だと?)

上官と思われる兵士が、村人達の前に立つと、ぐるりと村人を見回した。

「ふむ。役に立ちそうなのは20人程度か。」

そして、上官は村人達に告げる。

「安心しろ。連行と言っても期限は1ヶ月だ。仕事が終われば解放しよう。これは『皇帝陛下』の命令だ。逆らう者は銃殺する。」

ざわっ

「皇帝……陛下の?」

「仕事……仕事とは……?」

ざわざわ

「静かにしろ!!」

ざわつく村人を黙らせるように上官が叫ぶと、更に話を続けた。

「我々は、これより大陸南部へ進軍する。目指すは大秘境『フェスタ』。目的は……。」


『幻の国』を制圧する事だ。


ざわっ!

ざわざわざわ!

「その為には多くの兵士が必要となる。お前達『アンヒューマ』にも剣を与えよう。『帝国』の一員として存分に働くが良い。」

ざわっ!

突然の命令に驚く村人達。


『幻の国』を制圧するだと?

『帝国』の一員として兵士になる?

全くの予想外。

カイル・リオネスは、あまりに理不尽な命令に怒りが込み上げる。

今までに、俺達『アンヒューマ』がどれほど苦しめられた事か。それを帝国の一員などと、よく言えたものだ。

『帝国』は敵だ。


しかしカイルは、上官の兵士が言った一つの言葉に惹き付けられる。

『幻の国』

そこは、『帝国』の支配が及ばない国。

『幻の国』へ行けば、この地獄のような世界から解放される。

それを、わざわざ『帝国』がお膳立てしてくれるなど、こんなチャンスは二度と来ないであろう。

『アンヒューマ』として産まれたカイル・リオネスにとって、それは人生を変える重大な出来事に違いないのだから。




【3つの禁忌編③】

長い歴史を誇る『聖ヴィナス帝国』には、3つの禁忌がある。

時の皇帝ですら、破る事の出来ない絶対的な掟。


一つは『平和の塔』にある『開かずの部屋』

『帝国』の前身である国家『ヴィナス』の時代に造られた『平和の塔』には決して立ち入ってはならない部屋がある。
塔の最上階に位置する『開かずの部屋』。
その部屋の内部を見た者は誰もいない。


一つは『黒い魔導書』

『聖ヴィナス帝国』の宮殿に保管されている黒い魔導書を、決して開いてはならない。この魔導書を開いた時は世界が滅亡すると言われている。


そして、最期の禁忌

『大秘境フェスタ』にある『幻の国』

その国には立ち入ってはならない。
その国に手を出してはならない。
その国に手を出せば『帝国』は滅亡するであろう。


現皇帝であるグランヒル・L・ガードナーは、禁忌を破り『幻の国』に兵を差し向けた。


全大陸を支配する『聖ヴィナス帝国』

強大な軍事力を誇る『帝国』が『幻の国』などに滅ぼされる訳がない。

そもそも、『幻の国』など存在するのか?

そんな迷信に惑わされるのは時代遅れである。
『聖ヴィナス帝国』の支配が及ばない土地など、あってはならないのだ。

「お父様、それでは行って参ります。」

『幻の国討伐軍』の編成は帝国兵士からなる正規軍3000人。及び首都ヴィナス・マリアの近郊から集めた『アンヒューマ』による臨時の兵士20,000人からなる。総勢23,000人の大軍勢。

その総指揮官に選ばれたのは、グランヒル皇帝の娘『シャイナ・L・ガードナー』であった。

そうは言っても、それは名前だけであり、実際の指揮権は大参謀シャンネル・バイソンが行う事になる。


「おい、見たか?シャイナ王女が一緒に行くみたいだぜ?」

カイルに話し掛けるのは、同じ村出身の若者シーザー・レイオット。カイルより2つ年上の青年である。村の人間はまともな食事を口に出来ないが、シーザーは身長2メートル近い巨漢である。

シーザーはよく山に出向いては野生の動物を捕獲しては食料としていた。刀剣の所有を許されない『アンヒューマ』にとって、素手で猛獣を倒すなど普通ではない。

「それに見ろ。俺達以外にも『アンヒューマ』がこんなに居るぜ?これだけの数なら『帝国兵士』を倒せるんじゃねぇか?おまけに大剣まで用意してくれてる。どうだ?」

何とも物騒な事を言い放つシーザー。
しかしカイルはシーザーの提案を却下した。

「無理だシーザー。奴等『機関銃』を持っている。『アンヒューマ』が何人いようと殺されるだけだ。」

「む……そうか。」

しかしカイルの意見は、正確ではない。
カイルは、今ここで『帝国』と争う事は望まない。カイルの目的は『幻の国』へ行く事なのだから。


ヴィナス歴799年12月3日

大陸統一より800年の時を越え、800年ぶりの大規模な軍事遠征が始まった。