真・異世界戦記
【幻の国編①】
鬱蒼(うっそう)とした古い小屋の中で、少年は自分を育ててくれた祖父に声を掛けた。
「なぁ爺………。俺は生きているのか?」
少年の質問に戸惑う祖父は、言葉が見つからない。少年は幽霊ではない。生命体としての少年は確かに生きている。
しかし、人間としての生死を問われれば、少年は死んでいた。
いや、少年カイルだけではない。質問された祖父バーナードも、おそらく周りに住む住民も、みんな死んでいるのだ。
なぜなら、彼等『アンヒューマ』と呼ばれる人間達は事実上、人間扱いされない家畜以下の存在。
彼等にとって、ここは『地獄』
生きるより『死んだ方がマシ』な世界なのだ。
「おい!何をしている!今月の収穫を早く出すんだ!」
兵士の声が聞こえた。おそらく隣の民家であろう。兵士達は月に一度、村に現れては法外な作物を要求する。そんなもの払える人間など、ここには居ない。その罰として男は痛めつけられ女は犯される。そして最後には殺されるのだ。
カイルの両親はカイルが10才の時に殺された。
『アンヒューマ』として産まれたカイルには『帝国』に逆らう手段はない。何せカイルは人間では無いのだから。
「カイルよ。一つだけ助かる方法がある。」
祖父のバーナードが意外な言葉を口にする。
この世界で助かるなど冗談にも程がある。気休めなら聞かない方がマシだ。
しかし、バーナードは話を続ける。
「大陸の最南部にある大秘境『フェスタ』。秘境に広がる大森林の奥に『帝国』の力が及ばない国がある。そこに行けば助かるかも知れぬ。」
(…………国?)
それは初めて聞く話だ。
この世界は800年前の統一戦争により『帝国』が全てを支配したはずだ。
国など『帝国』以外には存在しない。そんな国が秘境の奥にあり、『帝国』から独立を維持出来る訳がない。
「カイルよ、お前も17才になる。『帝国』の監視から逃れその国へ辿り着く事が出来れば、生き残る事が出来るかも知れぬな。」
そして、祖父の次の言葉にカイルは微かに反応する。
「何せお前には、騎士の血が色濃く出ておる。お前なら行けるかも知れぬ。」
―――――――――――騎士
それは遠い昔に栄えた戦士の総称。
戦闘に特化し進化した『騎士』の中には銃火器を相手にしても引けを取らない戦士がいたと言う。生身の人間が機関銃を持った兵士に勝てるなど、誰が想像出来ようか。
「そんなの……。『騎士』など伝説の話。俺には無理だ。」
カイルは力なく呟いた。
「ふん。情けないの。儂しらには無い力があると言うに……。お前の死んだ両親もガッカリするじゃろうな。」
「爺……。父母の事は関係ない。」
「ふん。お前が18になったら渡そうと思っておったが、どうやら不要のようじゃ。」
(…………?)
そう言ってバーナードは、小屋の床下に隠してあった大きな箱を取り出した。
ずいぶんと古い箱であるが、妙に立派な装飾が施してある。
「爺………。それは?」
大きな箱から現れたのは、この辺の村では見た事もない立派な衣装と大剣だった。
「お前の父親と村中の人々が協力して集めた金で買ったものじゃよ。」
「金?そんなもの、どこに………。」
「何十年も掛けて、作物を売って稼いだのじゃよ。『帝国』に見つからないように。命を掛けて稼いだのじゃ。」
なんと、父親だけならともかく村人までが……。
いったい何の為に……。
「カイル。お前は儂しらの希望じゃ。儂しら『アンヒューマ』にとって、『帝国』に逆らう事の出来る人間は限られておる。銃火器の所持を許されない『アンヒューマ』が『帝国』の兵士に勝てるとしたら『騎士』の力があるカイル。お前だけじゃからの。」
『騎士』は、千里の道も走り抜ける。
『騎士』は、飛び交う弾丸さえ弾き返す。
「伝説の騎士『シャルロット王』にお前はなれ!」
「!!」
シャルロット王―――――――
かつて、『帝国』が出来る前、『帝国』の前身である『ヴィナス』の初代国王になったと伝えられる伝説上の人物。
「爺、それは『帝国』が作り上げた神話、造り話だ。そもそも『帝国』は俺達『アンヒューマ』の敵だ。敵の造り話を信じてどうする。」
シャルロット王など存在しない架空の人物。
弾丸を弾き返す騎士など――――
――――――――存在しないのだから
【幻の国編②】
ヴィナス歴799年
『聖ヴィナス帝国』の首都『ヴィナス・マリア』では盛大な式典の準備が行われていた。
「いよいよ1ヶ月後ですな 皇帝陛下。『帝国』が2つの大陸を統一してから800年。大陸の長い歴史上、これほど長く平和の時代を築けたのもガードナー家があってこそ。誠に喜ばしい事です。」
誇らしげに陛下に語るのは三人いる帝国軍参謀の一人、シャンネル・バイソン。
「うむ。世辞は良い。それより戦(いくさ)の準備は出来ておるか?」
第37代皇帝 グランヒル・L・ガードナー
2つの大陸を支配する巨大帝国の皇帝陛下が静かにバイソンに尋ねた。
全大陸を支配している『聖ヴィナス帝国』にとって、戦の対象となる国は一つしかない。
それは、実在するかどうかも分からない国。
大陸南部にある大秘境『フェスタ』の奥地にあると噂される『幻の国』しかない。
バイソンは、陛下の質問に笑みを見せた。
「お任せ下さい陛下。既に準備は整っております。式典の前には戦は終わるでしょう。」
着々と進められる式典の準備。
街中を通り過ぎる人々は幸せそうに、その様子を見守っていた。
『聖ヴィナス帝国』に認められた国民達。
800年前の統一戦争で勝利者となった『ヴィナス』国民の末裔達。数にして全人口の2割にも満たない国民が8割を越える『アンヒューマ』を支配していた。
『アンヒューマ』には人権は与えられない。
銃火器は当然として、刃物の所持すら厳しく規制され、衣食住にも制限がある。
『アンヒューマ』を殺しても国民が裁かれる事はない。
絶対的な軍事力を背景とした『聖ヴィナス帝国』の支配は800年にも及んでいた。
それなのにだ。
大秘境の奥地にある『幻の国』が存在するのには2つの理由があった。
一つは『大秘境の魔物』の存在。
世界中に生息する『魔物』の中でも、特に大秘境『フェスタ』に生息する『魔物』は強大で獰猛。迂闊に近付くと人間など一溜りも無い。
しかし、もう1つの理由の方が重要である。
800年前から『帝国』に伝わる密約。
『幻の国』と『聖ヴィナス帝国』の間で交わされた約束。
『我々は互いの国には一切干渉しない事。それが唯一の平和への道である。』
歴代の皇帝陛下は、その約束を守り続けた。
それは、何ともおかしな約束であった。
全大陸を支配する大帝国と、存在すら危ぶまれる『幻の国』が、まるで対等であるかのような約束。
そんな約束を800年もの長きに渡り守り続けた『帝国』も誠実と言えば誠実だろう。
「お兄様、戦争が始まるのでしょうか?」
心配そうに話し掛けるのは、第37代皇帝 グランヒルの娘『シャイナ・L・ガードナー』。
皇族には珍しく、内気な印象を受ける少女。真っ白い長髪と白いドレスが一層もの静かな印象を与えていた。
「さぁな。俺達には関係ない事だ。」
素っ気なく答えるのは、シャイナの兄『カイザード・L・ガードナー』。金髪碧眼の好青年は神話に登場する初代国王シャルロット・ガードナーの血筋である事を思い出させる。
「しかしだシャイナ。」
「……?」
カイザードは話を続ける。
「もし戦争になれば『帝国軍』は負けるかもしれない。」
「!?」
それは思いもしない返答だった。
強大な軍隊を保有する『聖ヴィナス帝国』、あらゆる軍事力を独占し『帝国』に逆らえるものなど存在しない。それがこの世界の常識である。
しかし、カイザードはそれを否定する。
「800年だ。俺達『帝国』は800年の長きに渡り本物の戦争と言うものを知らない。敵がいないからな。故に俺達には新しい武器も新しい戦術も産み出せない。800年前から何も進歩していないんだ。素人同然の『帝国軍』が、まともに戦争など出来るものか。」
「そんな事………。」
「もっとも『幻の国』が存在したらの話だ。800年もの間、その姿を見せない国があるとも思えない。不要な心配だったな。」
「お兄様………。」
「それよりシャイナ。明日からいよいよ『覇王祭』だ。しっかり応援頼むぜ。」
そう言ってカイザードは、妹シャイナに微笑んだ。
【幻の国編③】
ヴィナス歴799年12月1日
大陸最強戦士決定戦―――――――
―――――――『覇王祭』が始まる
『さぁさぁ、皆さんお待ちかね。記念すべき第10回『覇王祭』が、いよいよ始まりました。予選Aブロックに最初に登場するのは優勝候補のロナルド・R・ガードナー選手とリンネ・R・ガードナー選手の兄妹コンビ。ガードナー一族の実力をその目に焼き付けよ!』
ワッ!!
大歓声があがる。
「くっ!一回戦からガードナー家。しかもロナルドかよ。ついてねぇ。」
「ハーシェス。相手も同じ人間だ。チャンスはある。」
対戦相手の二人の戦士は、戦う前から戦意を失っているように見える。
「同じ人間?違うわ………。」
リンネ・R・ガードナーは言う。
「ガードナー家は神に選ばれた一族。あなた達のような『聖ヴィナス帝国』に籍を置くだけの一般市民とは違う。皇族の強さを思い知るが良い。」
ビュンッ!!
「!?」
「風切りの剣!!」
ズババババッ!!
「うぎゃあぁぁあぁ!!」
それは一瞬の出来事。
ハーシェスは一歩も動く事なく、リンネの剣擊に吹き飛ばされる。
『風切りの剣』とは、同時に7つの刃を突き付ける必殺剣。
「ひぃっ!こ!降参だ!」
ワッ!!
『決まったあぁぁぁ!兄のロナルド選手が出る幕もなく、高速の剣士リンネ・R・ガードナー選手の必殺剣で勝負が決まり手ました!『覇王祭一回戦』最初の勝者は………!
『レイバレル・ガードナー家』の兄妹ロナルド選手とリンネ選手です!!」
ワッ!!
「うぉおぉぉ!」
「リンネ様!素敵!」
「ロナルド様!!」
大歓声が二人の兄妹を祝福する。
試合を見ていた、もう一組の優勝候補、アイナがカイザードに声を掛けた。
「リンネちゃん。腕をあげたわね。大会用の模擬剣でなければ、相手の選手は即死だったわね。」
世界一決定戦の『覇王祭』に於いては実践用の剣の使用は認められない。選手達が扱うのは木で作られた木刀である。
古代に行われた『覇王祭』では実剣が使われていたとの記録が残っているが、現代ではそんな野蛮な大会は行われない。
「相手が弱過ぎる。あれでは参考にもならんよ。」
カイザードは素っ気なく呟いた。
「行くぞアイナ!次は俺達の番だ!」
第37代皇帝 グランヒル・L・ガードナーには、三人の子供がいる。
長男『カイザード』と双子の姉妹の姉『アイナ』の人気は絶大だ。
「うォー!!」
「きゃー!カイザード様ぁ!!」
「アイナ姫!がんばれー!」
なぜなら、彼等は強かった。
800年もの長きに渡り戦争の無い世界。
その様な世界では『騎士』も『魔導師』も不要となる。故に大陸中の『騎士』や『魔導師』は徐々に淘汰されて行き、残っているのは皇族に在籍する『騎士』が殆んどとなる。
『覇王祭』とは今や、『聖ヴィナス帝国』を支配する皇族同士が、国民の人気を得る為のデモンストレーションの場となっていた。
『決まったぁぁぁ!!さすがは皇帝陛下のご子息!カイザード・L・ガードナー選手!!改心の勝利です!!』
ワッ!!
「!!」
熱心に古い歴史書を読んでいたシャイナが、大聖堂の外から聞こえる大歓声に耳を傾ける。
「いけない!お兄様とアイナの試合を忘れていたわ!」
慌てて大聖堂を後にするシャイナ。
バタンと閉まる部屋の一室に開かれた歴史書。
その歴史書には、こう書かれてある。
我々には、失われた歴史がある。
私は、遂にその歴史の片鱗を見つけたのだ。
答えは秘境の奥にある。
『幻の国』で私は見た。
この世界の本当の歴史を………。
ヴィナス歴522年
冒険家 カルロス・シャーリー
