Seventh World 7つの世界の章

【最強の魔法使い編①】

ギギィ

ギギィ

(ちっ!)

舌打ちをするのは魔族の王シュバルツ。

『ユグドラシル連合軍』を結成したのが仇となった。

人間の『負の感情』を餌とする『化け物』どもが活性化して行く様子が手に取る様に分かる。

(ハデスの奴め………。この俺に『化け物』の仕組みを正しく教えなかったな。)

おそらく、冥界の王『ハデス』は、『化け物』のエネルギーが人間の『負の感情』だと知っていたはずだ。だからハデスはシュバルツに『加護の力』を与えた。

『神々による加護』は『化け物』どもからその身を守る。シュバルツの認識はその程度のものであった。

(あの野郎。冥界に戻ったらぶち殺してやる。)

ギギィ

ギギィ

とは言え、この場で『化け物』どもに対抗出来る戦士は限られている。

『加護の力』を受けていない戦士の中にも、『化け物』どもに対抗出来る戦士は少なからずいる。

目に見えて分かるのは、『霊族』と言われる戦士達。彼等はその類い稀なる魔力で『化け物』どもを駆逐して行く。

(何が違う?『霊族』はなぜ『化け物』どもに侵食されないのだ。)

ギギィ

ギギィ

いや、今は考えている余裕は無い。
無限に増殖する『化け物』どもを相手にしても無意味。

シュバルツがやるべき事は、敵の大将を倒す事。この戦乱で勝利を治めるには、それしか方法がない。

ブワッ!!

真っ黒い翼を広げ、シュバルツが上空へ飛び立った。

鋭い目付きで前方に目をやるシュバルツ。

(む!?)

すると『化け物』どもの中央でユイファとミリリアンが対峙しているのが見えた。

(何であの二人が戦っているのだ?)

シュバルツは、その戦場へ向かう事を決心するが、すぐにその判断を修正する。

(違うな……。)

その更に先。

異様な殺気が立ち込める空間。

(アレが敵の大将か…………。)

シュバルツが見たのは、巨大な獣のような姿をした戦士。

『7つの大罪』の指導者『アヌビス』

見るからに獰猛な容姿をした敵にシュバルツは、その照準を合わせる。



ゴゴゴゴゴゴォ


大気が震える。

強大な魔力が音を立ててシュバルツの腕に集まって行く。

何も人間の『負の感情』を利用するのは『化け物』だけでは無い。

魔族の王族は、自然界に存在する精霊だけではなく、人間の体内に眠る魔力を吸収する事が出来る。


「ふん。大地ごと消し去ってやる。」


圧倒的なエネルギー。

魔族の王族のみに与えられた特権を最大限に駆使して、シュバルツは誰にも造り出せない最高威力の魔法を練り上げる。


「『ハルマゲドン』!!」


刹那、大地が激しい熱量を浴びて蒸発して行くのが見えた。

狙いは敵の大将『アヌビス』。

もちろんシュバルツには、その敵の名が『アヌビス』などとは知る由もない。

しかし、シュバルツは確信する。

間違いなく奴が、この戦場最大の敵。






【最強の魔法使い編②】

「シュバルツ!?」

李  羽花(リー・ユイファ)は思わず上空を見上げた。

空に浮かぶのは魔族の王シュバルツ。

シュバルツの手から放たれた魔法は、今までに見たこともない大魔法。

「すごい………。」

これがシュバルツの実力。

ユイファと戦ったシュバルツは全く本気ではなかったのだ。

「お姉さま!!」

「!!」

ビシュッ!!

「痛っ!」

ミリリアンの鋭い手刀がユイファの頬を斬り裂いた。

「よそ見をするなんて、ずいぶん余裕ね。そんな事では私に勝てないわ!」

ミリリアンがユイファに嘯く。

「ミリリアンこそ!」

ユイファはミリリアンに反撃する。

「なぜ、敵側に寝返ったのかは知らないけれど、本気で私を殺す気なら、攻撃の前に声なんて掛けないわ。」

「!!」

「いったい何があったのミリリアン!なぜ私達の邪魔をするの!」

二人の戦士が『化け物』どものうよめく戦場で激突する。

と、その時

ドガガガガガーンッ!!

二人が戦っていた戦場の向こう側の大地が吹き飛んだ。シュバルツの放った魔法が炸裂したのだ。


「『王下八掌拳奥義』!!」

「『波動壁(はどうへき)』!!」


瞬時に波動の防御壁を造り上げるユイファ。

ブワッ!!

「きゃっ!」

しかし、あまりの衝撃の強さに、ユイファは身体ごと吹き飛ばされた。

ドカッ!

「くっ!」

(何て無茶な攻撃を……。)

シュバルツの魔法は完全に常軌を逸している。
これでは敵も味方もあったものではない。
ミリリアンも無事でいられたかどうか。

そして、ユイファが顔をあげると、目の前に広がる光景は、巨大な陥没。
大地のその部分がスッポリと抉られていた。




周りを取り込んでいた無数の『化け物』どもは、見るも無残に肉片となり再生もおぼつかない。

(何て威力の魔法なの…………。)

ズキッ……

(うっ……。)

波動の防御壁で防いだはずのユイファも、全身に痛みを覚える。

(手足が………。骨が………。無事ではないようね。)

ザッ

それでもユイファは足を進める。

(ミリリアン………。生きているの?)

陥没した大地の中央。

おそらくシュバルツが攻撃した敵か居た位置。

その方角に視線を向けたユイファが、思わず呟く。

「うそ…………。」


そこには……。

まるで魔獣のような巨体の戦士が、シュバルツを見上げていた。






 
【最強の魔法使い編③】

全身全霊の一撃。

この空域にある魔力をかき集め、シュバルツが放てる最大威力の魔法をぶち込んだ。

大地は陥没し、周辺にいた『化け物』どもは塵となり消滅した。

それでも尚、奴を倒す事が出来なかった。


(これが………。)

「『7つの大罪』の実力………。」



「!?」

巨体を誇る魔獣の戦士は、翼も無いのに空中に浮き上がる。

そして、ゆっくりとシュバルツとの距離を縮める。

最初にその戦士が口にしたのは称賛。

「驚いた……。これほどの魔法使いが、この星にいたとは……。名を聞こう。」

名前を聞かれ、息を飲むシュバルツ。

何と言う無警戒。

最大魔法『ハルマゲドン』を見て、なお俺の近くに寄って来るとは。

「ふむ……そうだな。先にこちらが名乗るのが礼儀か。いや、ずいぶんと久し振りに驚いたのでな。」

魔獣の戦士は、見た目からは想像も付かない事を言う。これも余裕の現れなのか。

「我が名は「アヌビス」。『7つの大罪』の指導者の一人。」

(やはり……。)

シュバルツは、自分の直感が正しかった事を確信する。敵は『化け物』どもの大将。

ならば、この敵を倒せばこの戦局での戦いは終わる。

「俺は……俺の名はシュバルツ。この世界 最強の魔法使い。魔族の王だ。」

「シュバルツ………。ふむ、覚えて置こう。」

その戦士『アヌビス』は、どこまでも冷静にシュバルツに告げる。

何と言う余裕。魔族の王である この俺を前に生意気な奴だ。

そこでシュバルツは1つの疑念を口にする。

「『アヌビス』……。貴様、どうやって俺の魔法を防いだのだ。」

それは当然の疑念。

シュバルツは、自らの扱える魔力の全てを魔法に注ぎ込んだ。高度に濃縮されたシュバルツの魔法の直撃を受けて無事で居られるはずがない。

何かカラクリがある。

すると『アヌビス』は、平然とした様子でシュバルツの質問に答える。

「無事?なに簡単な事だ。」

「お前の魔法が命中する寸前に防御魔法を発動したのだ。お陰で我が魔力の半分を消失したがね。」

「!!」

何と……。

その単純明快な回答にシュバルツは瞠目する。

カラクリなんかではない。アヌビスは、正面から俺の魔法を受けきったのだ。『ユグドラシル』の世界で最大の魔力を誇る俺様の……。全てを出し尽くした究極魔法を……。

「なるほど……。」

それで合点が行った。

なぜアヌビスに余裕があるのか。

「既に魔力を使い果たした俺と、魔力に余力を残しているお前では、勝負は見えていると言う事か………。」

「………む?」

「確かに、今の俺ではお前に勝てない。俺は、もう魔力を使い果たしたからな。」

シュバルツの敗北宣言にアヌビスは首を傾げる。

あれほどの魔法を放って起きながら、随分といさぎが良い。この手の戦士は高いプライドを持っている。故にアヌビスは真っ向からシュバルツの魔法を防いで見せた。

圧倒的な実力差を見せつけ敵のプライドを粉々にする為に。

しかし、この清々しさは何だ?

「気に入らないなぁ………。」

ボソリとアヌビスが呟いた。

ゴゴゴゴゴゴォ!!

「!?」

先程までのそれとは違う異質な空気。

大気中に溢れる殺気。

「魔力を使い切ったお前が、なに余裕ぶっこいてんだ!!」

ガルルと魔獣の声で吠えるアヌビス。

これがアヌビスの本性か。

強大、凶悪な気配を、容赦なくシュバルツにぶつけて来る。

「どうした!泣き叫べ!命乞いをすれ!!弱者は弱者らしく振る舞うが良い!!」

「………なぁアヌビス。」

「!!」

叫ぶアヌビスにシュバルツは言う。

「お前、魔力の半分を消失したと言ったな。」

「………それが、どうしたぁ!」

「安心したよ。お前の魔力も無限ではない。ならば、先程の魔法を上回る魔法をぶち込めば、お前を倒す事が出来る。」

「はぁ!?」

アヌビスは、驚きを通り越して、嘲笑の笑みを浮かべる。

「だから魔力が尽きたお前に何が出来るかって話だろうが!」

シュバルツ自身が言ったのだ。
この世界最強の魔法使いはシュバルツ。
全身全霊の魔法を撃ったシュバルツには、もうアヌビスを倒す余力は残されていない。

「分からぬか………。」

「!?」

「お前に留めを差すのは俺じゃあ、無い。」

「なぁにぃ!?」

「待て兄弟………。」

「あぁん?」

(………何だ?)

すると、怒り任せに怒鳴り声をあげていたアヌビスと、違う声がアヌビスから聞こえて来た。

「下がるぞ兄弟。今、アレを喰らったら流石の俺でも防ぎ切れない。」

あくまで冷静にアヌビスに告げるアヌビス。


ゴゴゴゴゴゴォ!

「何だ、ありゃぁ!!」

上空に浮かぶシュバルツとアヌビス。その更に上空に巨大な隕石が出現する。

去り際にシュバルツはアヌビスに言い放つ。

「1つ訂正しよう。この世界最強の魔法使いは俺じゃあない。」


我が娘


エミリー・エヴァリーナだ。