Seventh World 悠久の大地の章

【エルフの森編①】

ちゅん

ちゅん

鳥のさえずる音が聴こえる。

サクッ

サクッ

中華人民共和国の戦士『ユイファ』は静かな森の中を一人で歩いていた。

(ずいぶんと久し振りの気がする………。) 

彼女の本名は、 李  羽花(リー・ユイファ)


この森に足を踏み入れるのも何年ぶりだろうか。

ちゅん

ちゅん


ここは、エルフの森

それも『高天原(タガマガハラ)』に造られた紛い物の森ではない。
正真正銘の『エルフの森』は、20才となったユイファにとっては、とても心地の良いものであった。

それも そのはず、ユイファは『エルフの一族』の末裔なのだから。

(確かこの辺りだったと思うけれど……。)

ユイファは一度、この『エルフの森』を訪れた事がある。
3年前の『魔族』との戦争。
その中心となって戦ったのが、何を隠そうユイファなのだ。

なぜユイファが、ひとりでこの森を訪れたのか。久し振りに『エルフの一族』と再会したいとの思いもある。しかし、本当の理由は別にある。

ユイファは『加護の戦士達』と顔を合わせるのが苦痛なのだ。
『アルテミス神』に操られていたとは言え、ユイファは『加護の戦士』達と一戦を交えた。

あの学生服の戦士『銀河  昴(ぎんが  すばる)』が居なければ、ユイファは『加護の戦士』達を皆殺しにしていたに違いない。

『天帝の加護』の戦士達

『聖なる加護』の戦士達

いずれも強力な能力を保有する戦士達。

その全員を相手にしても一歩も引けを取らないほどユイファは強い。李  羽花(リー・ユイファ)の能力『万物を操る能力』は、それほど異次元の強さを発揮する能力なのだ。


(いつからだろう?)

ユイファは時折、そんな事を考える。
私は私ではなくなった。
魔族の王『シュバルツ』と戦った辺りから、ユイファの中で異変が起きた。

まるで人格が変わったように、ユイファは戦闘を欲するようになっていた。


私の中にいる、もう一人の私。
遠い過去に存在した『プリンセス・リーナ』。

そして、『エルフの一族』の神。
今も『天界』に存在するはずの『アルテミス神』。

彼女達が私を変えてしまったのか。

(怖い…………。)

ユイファは思う。
もし、万が一、また彼女達が私の心の中に現れたなら、もし、また『万物を操る能力』が発動したら、今度こそ私は『加護の戦士』達を皆殺しにしてしまうかもしれない。

そう思うとユイファは夜も眠れない。

私は仲間達と一緒にいるべき人間ではない。

そもそも、ユイファには『加護の戦士』達と共に『アルタミエル』と戦う資格は無い。
仲間達を殺そうとした罪を解消する方法は一つ。

『加護の戦士』達よりも早く『アルタミエル』を倒す事。

今度の戦闘が終わったら、仲間達は一年後の未来へ帰る事になるであろう。しかし、私はこの地『ユグドラシル』に残ろう。

私は『エルフの一族』の末裔なのだから。





【エルフの森編②】

「姫様………。お逃げ下さい!」

エルフ族の王女『マリアーナ』に声を掛けるのは『エルフの一族』一の戦士ゼブラス。

「何者かは分かりませんが相当の手練(てだれ)。おそらく我々では歯が立たない。」

「そんな………。」

エルフ族の王女が、どうして『エルフの森』を離れる事が出来ようか。

「敵は一人なのでしょう?何とかならないのですか?」

マリアーナはゼブラスに懇願する。

「違うのです姫様。偵察隊からの情報によるとおそらく敵は『魔族』。しかも只の『魔族』では有りませぬ。」

「魔族!?魔族は滅んだのではなかったのですか?」

「そう。だから分からないのです。『魔族』は3年前の戦闘で敗れました。生き残っているのは捕虜となったごく少数のみでしょう。それなのに20名を越える『エルフ族』の戦士が全く歯が立たなかった。あの強さ、あの気配は『魔族』以外に考えられない。」

とにかく逃げるのです!

『エルフの一族』最強の戦士ゼブラスが、ここまで言うのだから、状況はかなり緊迫している。

それでもマリアーナの決意は揺るがない。

『エルフ族』にとって『エルフの森』は命よりも大切な聖地。例え死んでも、この地を見捨てるわけにはいかない。

(あぁ……。)

マリアーナは思う。

こんな時に『ユグドラシルの英雄』
3年前に『ユグドラシル』の世界を救った『ユイファ様』がいてくれたら………。






ちゅん

ちゅん

静かな森の中でユイファは周りを見渡す。

(おかしい………。確か この辺りのはずなんだけど。)

『エルフの森』の奥地にある『エルフの神殿』は、現代の日本で言えば東京ドームを少し小さくしたくらいの巨大な建物。その建物が見当たらない。

(道に迷ったかな?)

ユイファが来た道を引き返そうとした時、『シュッ!』と鋭い矢が放たれた。

「!!」

「王下八掌拳奥義!波動掌!」

バシュッ!!

ユイファの掌打により、むなしく地に落ちる矢が、カランコロンと音を立てる。
その音がまだ鳴り止まないうちに、次なる攻撃がユイファを襲う。

「『魔族』の手の者め!死ね!!」

「!!」

襲い来る敵の数は5人。
その全員が鋭い刃物を片手に飛び掛かって来た。その連携の取れた動きは熟練の戦士を思わせる。

「『アルテミスの槍』!!」

シュン!

「!!」

それは摩訶不思議な現象であった。

何も武器を所持していないと思われた侵入者(ユイファ)の手元に真っ黒い槍が出現した。


バシュッ!!

シュバッ!!

ガキィーン!!

「くっ!」

見事な槍裁きで5人の攻撃を跳ね返すユイファ。

「油断するな!」

「やはり『魔族』!強い!!」

(魔族?)

「ちょっ!ちょっと待ってよ!」

戦士達の言葉を聞いてユイファは慌てて否定する。

「私は人族の戦士『ユイファ』!魔族なんかでは無いわ!」

「ユイファだと?」

今度はエルフ族の戦士がユイファの言葉を否定する。

「ふざけるな!『ユグドラシルの英雄』の名を語るなど不届き千万!例え『魔族』でなくても討ち取ってやる!」

「そんな………。」

まさか『エルフ族』の戦士から攻撃を受けるとは思ってもみなかった。3年前と何も変わっていない。

(どうするユイファ?殺さずに倒すか。)

すると

すぅ……

「!?」

立ち並ぶ木々の間から、もう一人の戦士が現れた。

エルフ族の戦士ゼブラス。

「まさか………。」

ユイファの手元に輝く真っ黒い槍を見たゼブラスは驚きの声をあげる。

「その槍………。その槍は『エルフ族』に伝わる伝説の槍。まさか本物の……。」


3年前に『エルフ族』を救った『ユグドラシルの英雄』


ユイファ様なのか?








【エルフの森編③】

「ほぉ、なかなか立派な神殿だ。」

『魔族』の戦士は目の前に現れた巨大な神殿を見上げて言う。

「止まりなさい!ここは神聖なる『エルフの森』『魔族』の者が立ち入れる場所では有りません!」

エルフ族の王女 マリアーナは毅然とした態度で『魔族』の戦士に言う。

ズラリ

更にマリアーナを守るように『エルフ族』の戦士達が男に刀剣を向ける。その刀剣はどれも鍛え抜かれたエルフ族特有の『鋼の長剣』。

この日に備え『エルフ族』の戦士達は厳しい修行を重ねて来た。3年前と同じ過ちを犯すわけにはいかない。
例え相手が『魔族』であっても負ける訳には行かないのだ。

「ふむ………。」

しかし、その『魔族』の男は予想外の反応を示す。

「なかなか頼もしい。それでこそ最初にここ『エルフの森』に来た甲斐があったと言うものだ。」

「………何を言っているのですか?」

「お前達も知っているだろう。この世界を襲う『化け物』どもの存在を。」

「!?」

『エルフの一族』に伝わる『森の水晶』が映し出した『化け物』の襲来。まさか『エルフ族』以外にも、この未来を知っている者があろうとは………。

「別に俺はお前達と戦いに来たのではない。俺の配下につけば助けてやる。俺も『化け物』と戦う為の戦力は必要だからな。」

「な!何をふざけた事を!!」

「お前達だけでは、どの道『化け物』どもに殺される。俺の下につけば、上手く行けば助かるかもしれないと言っているのだ。悪い話ではなかろう。」

「同じこと!『エルフの一族』は『魔族』なんかに支配される訳には行きません!お前達!殺ってしまいなさい!」

シュバッ!!

シュシュバッ!!

「ふん。無駄な事を………。」

エルフ族の戦士達が一斉に『魔族』の男に襲い掛かる。その数はおよそ30人。

男は戦士達を見回すと大きく右手を突き上げた。

「『魔剣ハデス』!!」

ビカッ!!

その手に現れたのは『エルフ族』の長剣よりも更に長いロングソード。

ブンッ!!

ゴゴゴゴゴゴッ!!

「ぐわっ!」

「どわぁあぁ!!」

男がロングソードを振り抜くと『エルフ族』の戦士達が一斉に吹き飛んだ。

(な!!この人数の戦士達を一瞬で……。)

驚くマリアーナに男は言う。

「もう一度言おう。俺と共に『化け物』どもと戦うか、今すぐに死ぬか。」


エルフ族のプリンセスよ。

どちらを選ぶのだ?




(強い………。)

ドクン

ドクン

(しかし私もエルフ族の王家の一人。)

ドクン

ドクン

(例え命に変えても『エルフの森』を守ります。)

「『森羅万象』!!」

マリアーナ姫の声が『エルフの森』に鳴り響いた。

ザワザワ

(…………む?)

ザワザワ

ザワザワ

生い茂る木々がざわめき始める。

ちゅん

ちゅん

バサバサバサバサッ!

無数の鳥達が大空へ飛び上がる。

(何が始まるのだ?)

今マリアーナを攻撃すれば、おそらく倒すのは簡単であろう。しかし『魔族』の男は動かない。

男が『エルフの森』に来た真の目的。
それは、噂に名高い『エルフ族』の姫君の実力を確かめる為。

3年前、魔族の王『シュバルツ』が負けたのは油断があったから。そして自惚れていた。

『魔族』には他の十一種族では敵わない。

『魔族』こそ最強。

その自惚れが破滅を招く。
新たに復活した『魔族の男』は決して自惚れる事は無い。

『化け物』どもと戦うには『魔族』の力だけでは勝てない。


仲間が必要だ。


ユグドラシルだけではない。
広大なSeventh World (7つの世界)の王になる為には強い仲間がいる。

かつて『ユグドラシルの英雄』達が『魔族』を倒したように、『英雄達』にも負けない強い仲間が。


ブオッ!!

「!!」

ドバァッ!!

(何と!!)


エルフ族の王女は

大地を操るか!!!



『魔族』の男の周りを取り囲むように吹き出したマグマが一斉に『魔族』の男に降り注ぐ。

ドバドバドバッ!!

(これが私の最大魔法。これなら例え相手が『魔族』でも!)


倒す事が出来る!!



『エルフの森』の一角が、燃えたぎる『マグマ』に覆われて行く。












李  羽花(リー・ユイファ)