Seventh World 聖なる天使の章
【動き出す戦士達編①】
聴いて下さい。
6枚目のシングル。
曲名は『天使の歌声』
夢野 可憐(ゆめの かれん)
――――――――心を込めて歌います。
『白の世界(ホワイトワールド)』の聖都ホワイトキャッスルに、『天使の歌声』が響き渡る。その透き通るような歌声は、10万人の群衆から発せられる怒鳴り声をかき消して行く。
それは不思議な光景であった。
理性を失い、怒りに身を任せていた人々。『摩耶(まや)の術』により『天使の城』を襲撃する人々。
怒りの感情に支配された感染者達が、夢野 可憐(ゆめの かれん)の歌声に惹き付けられて行く。
「あれは………」
(可憐(かれん)!?)
巫女装束に身を包んだ黒髪長髪の戦士 神代 麗(かみしろ れい)は、『天使の城』の前に現れた可憐を見て安堵の表情を浮かべる。
数ヶ月前に、襲撃された『富士御嶽神社』の跡地を見た時には、可憐は奴等に殺されものだと絶望したものだ。
後になって、ボムボムと言う猫に可憐の生存を聞かされたのだが、実際に本人を見るまでは実感が湧かなかった。
「良かった………。」
麗は、そう呟くと今度は緊張で顔を強ばらせる。
――――――これからが本当の戦い。
なぜなら、奴等『天帝の加護』の戦士達の目的は、夢野 可憐(ゆめの かれん)の殺害。
空の下に姿を現した可憐は格好の標的。
麗は懐から陰陽師の式札を取り出すと、ふわりと空中に投げて得意の術式を唱える。
「『緋炎剣(ひえんのつるぎ)』」
すると、式札は瞬時に緋色の日本刀へと姿を変えた。
(どこだ!奴等は何処から現れる!)
神代 麗(かみしろ れい)は全神経を集中させて、敵の出現を待つ。
可憐の登場に最も驚いたのは、シルフレア・サーシャスかもしれない。
日本から可憐を連れ出し『聖なる加護』の能力を手に入れたシルフレア。しかし、可憐の失われた声は戻らなかった。
(あの娘………、声を取り戻したのね。)
可憐の方を見るシルフレア。
と、その時
「光と闇の波動!」
ビシュッ!
リザ・チェスターが放った白と黒の織り成す光の波動がシルフレアの頬を掠めて行った。
「!!」
「よそ見をするなんて、随分と余裕があるのねシルフレア。」
シルフレアは頬から流れる血の雫を指でなぞると楽しそうに微笑んだ。
「今日はとても良い日だわ。私に歯向かう者など、もうこの世界には居ないと思っていたけれど、同じ日に二人も現れるなんて。」
『聖なる加護』の保持者も
『天帝の加護』の保持者も
「身の程知らずにも程がありますわ。」
「その余裕が破滅を招くのよシルフレア!」
ビカッ!
ビカッ!
二人の『聖なる力』が激突し、二人から放たれた激しい光が、聖都ホワイトキャッスル前の戦場を明るく照らし出す。
【動き出す戦士達編②】
「おい、何だあれは?」
「シルフレア様が誰かと戦っているぞ!」
「いや、それより俺達は何でここに居るんだ?」
「おい、見ろよ!『天使の城』の近くに死体の山があるぞ!」
ザワザワ
『寄生虫』に感染していた人々が、徐々に正気を取り戻して行く。
「おい!お前!酷い怪我じゃないか!」
「早く病院へ!急げ!」
ザワザワ
「おい!どうした!どこか痛むのか!?」
「何で泣いているんだ!」
ザワザワ
ザワ
すっ――――――
そして、人々は『天使の城』の前で歌う可憐を見る。
「この歌は彼女が歌っているのか?」
「不思議な歌声……」
「どうしたのかしら……、涙が止まらない。」
人々の脳内に巣くう『寄生虫』は、知らず知らずのうちに人々の負の感情を増幅させていた。
それは時に頭痛を伴い、激しい殺人願望を引き起こす。
夢野 可憐(ゆめの かれん)の『聖なる加護』『天使の歌声』は、脳内に巣くう『寄生虫』を消滅させる能力。
「あぁ、この歌声は………」
「あの方は、まさに」
「天使様!」
未知の生物による洗脳から解放された人々の瞳からは、自然と涙が零れ落ちた。
その群衆の中に、異質な殺気を放つ戦士が三人紛れ混んでいた。
米軍特殊部隊『フォーミュラ・ジャスティス』の隊員の一人が『天使の城』の前に現れた夢野 可憐(ゆめの かれん)を見て仲間に叫ぶ。
「おい!見ろ!」
「ターゲットが現れたぞ!」
「これは願っても居ないチャンス!」
「『天帝の加護』の能力者達よりも、先に可憐を仕留める!」
「「「俺達が、最強だ!!」」」
米軍特殊部隊『フォーミュラ・ジャスティス』の隊員達は、一人の偉大な隊員アルフ・ジャスティスの能力『超反応』と『超スビード』を受け継いだクローン人間。
そのスピードは誰よりも速く、人間の目で捉える事すら難しい。
ビビッ――――――
隊員達の体内に脳から発信された電磁波が駆け巡り、そのスピードが加速して行く。
「ターゲット(夢野 可憐)までの距離はおよそ3㎞、俺達のスビードなら2分と掛からない!」
「例え『聖なる加護』の戦士に見つかったとしても、その時は既に手遅れ!」
「戦場に於いては、スピードこそ最強!」
10万人の人混みの中を疾走する三人の隊員達。
しかし、彼等は重大な過ちに気が付いていない。それは夢野 可憐(ゆめの かれん)の能力。
『寄生虫』を消滅させる可憐の『聖なる加護』の能力は『フォーミュラ・ジャスティス』の隊員達にとっては天敵。
なぜなら、彼等の身体は
『寄生虫』で埋め尽くされているのだから。
【動き出す戦士達編③】
ガクンッ!
「!?」
隊員の一人の膝が突然崩れ落ちた。
「おい!どうした!?」
「いや、お前……、その顔………。」
「何だ?身体が思うように動かない!?」
「うぉおぉぉ!?」
群衆の中で人知れず消えて行く隊員達を、アリス・クリオネの『千里眼』だけは的確に把握していた。
(バカね……。可憐の能力を知らない訳ではあるまいに、自殺行為にも程があります。)
(『バックワールド』の世界から連れて来た『フォーミュラ・ジャスティス』は貴重な戦力ですが、夢野 可憐(ゆめの かれん)の前では役に立たないわね。)
そして、アリス・クリオネは『天帝の加護』の戦士達に命令をする。
「今です!目標は夢野 可憐(ゆめの かれん)!彼女の能力は私達の目的を達成させる為の最大の脅威!」
――――――夢野 可憐を殺害せよ
シュルルッ!
アリスの声が発せられると同時に、聖都ホワイトキャッスルの戦場に真っ黒な大蛇が出現する。それも一匹や二匹では無い。
無数の黒い大蛇が10万人の群衆の間をスルスルと通り過ぎて行く。
「黒蛇の舞(くろへびのまい)!」
シリュウ・トキサダが造り出した黒い大蛇が、『天使の城』の前方に立つ夢野 可憐(ゆめの かれん)を目掛け進撃を開始する。
バサッ!
そして、アリスのすぐ後ろから大空に飛び立つ一人の戦士。
ジェイス・D・アレキサンドリアⅢ世
『白の世界(ホワイトワールド)』の白い月を背にしたシルエットはまるで天使のようにも見えるが、ジェイスは天使では無い。
かつて『ヘスペリアス』の世界を崩壊に導いた『天帝の加護』を受けた最初の戦士。
ジェイスは大空から、夢野 可憐(ゆめの かれん)の命を狙う。
「もう、アリスったら待ちくたびれたわ!」
桜色の衣装に身を包んだ最年少の戦士チェリー・ブロッサムは、口を尖らせて文句を言う。そして、チェリーはアリスの方へ向き直りじっとアリスの顔を見る。
「チェリー、どうしたのかしら?」
「アリス、戦闘に行く前に一つ大事な質問があるの。」
ゴクリ……
いつになく真剣な表情のチェリーにアリスは息を飲む。
「大事な……質問?」
「えぇ。」
そしてチェリーは言う。
「あの可憐って娘とあたし、どちらが可愛いかしら?」
「…………。」
遂に動き出した『天帝の加護』の戦士達。
狙うは夢野 可憐(ゆめの かれん)の命。
シリュウ・トキサダが
ジェイス・D・アレキサンドリアⅢ世が
チェリー・ブロッサムが
『天帝の加護』の戦士達が一斉に動き出す中、最後に残された戦士 李 羽花(リー・ユイファ)は、その場から一歩も動けなかった。
なぜなら
ユイファの目の前に、巫女装束を着た女性が現れたから。
敵対して初めて分かるその迫力。
その美しい容貌の裏に隠された殺気が、ヒシヒシと伝わって来る。
スラリと真上に構えた日本刀を、ゆっくりと前方へ下ろし、その剣先をユイファに向ける女性。
「麗さん……。」
ユイファがその女性の名前を呟くと、その女性は表情一つ変えずにユイファに言う。
「神代一族(かみしろのいちぞく)第73代棟梁 神代 麗(かみしろ れい)。可憐の命を狙う者は誰であろうとも許しません。」
ユイファ――――――
―――――――――例えそれが貴女でも