Seventh World 聖なる天使の章
【聖都潜入編①】
ここは
どこにでもある平凡な町
シシリーナ・メイ(10歳)は、今朝方、裏の畑で採れたハルポックリの野菜を近所の叔父の家に届ける途中であった。
「シシリーナちゃん、おはよう。」
「やぁシシリーナ。随分といっぱい採れたね。」
道ですれ違う人々に声を掛けられるシシリーナ。
今日はとても気分が良い。
よく晴れた青空のせいなのか。それとも、いっぱい採れたハルポックリのせいなのか。
(そうだわ。叔父に野菜を届け終わったら、ホワイトキャッスルに住んでいるメリウスの所に遊びに行こうかしら。)
聖都ホワイトキャッスル
この世界の中心にして、天使の城が中央にそびえる聖都。真っ白い城をなぞらえて、都市の名前自体をホワイトキャッスルと名付けられた。
ここは、本当に平和な世界であった。争いらしい争いもなく、人々は勤勉で優しい人ばかり。
(これも全て『天使様』のお陰ね。)
叔父にハルポックリの野菜を届けると、シシリーナは聖都までお出掛けする事にした。
メリウスは幼馴染の男の子で、歳はシシリーナと同じ10歳。父親の仕事の関係で今は聖都に住んでいる。
聖都までの距離はさほど遠くなく、歩いても2時間ほどで行く事が出来る。
もっとも、歩く以外の方法となると馬車で行くしか方法がないのだが、幼いシシリーナには、馬車を雇うお金など持っていない。
シシリーナが聖都に到着したのは、よく晴れた休日のお昼に差し掛かろうとしていた。
シシリーナの住んでいる町よりも、かなり大きなこの街には、大勢の人で賑わっていた。
「お嬢ちゃん一人かい?」
「最近はこの町も物騒だから、早くママの所に戻りなよ。」
知らない町の人達が、一人で歩くシシリーナを心配して声を掛ける。
それほど、この世界は平和であった。
そしてシシリーナは幼馴染のメリウスの家に辿り着く。
(ふふ、いきなりだから驚くかしら。)
シシリーナはそんな事を考えて、ひとりニヤニヤと顔を緩める。端から見ると、変な女の子に見えるだろう。
トントン
シシリーナがドアをノックする。
しん……
(あら?誰も居ないのかしら。)
中からは返事が聞こえない。
(う~ん。どうしょう。せっかく歩いて来たのに……。)
シシリーナは少し考えると家の中に入る事にした。
小さい頃から知っている家族ぐるみの関係のメリウス。もちろんご両親もシシリーナの事はよく知っている。
それが、シシリーナにとって最悪の判断となる。
ギギとドアを開けて中に入るシシリーナ。
しん
やはり誰も居ない。
(確かメリウスの部屋は二階だったわね。二階で待っていよう。)
トントントン
軽快に階段を昇るシシリーナ。
すぐに二階に着いたシシリーナは、ギギと部屋のドアを開ける。
プン
と鼻をつつくような刺激臭がシシリーナを襲う。
(なに?)
幼いシシリーナには分からなかった。この匂いが、人間の死体の匂いだと言う事を。
【聖都潜入編②】
白の世界(ホワイトワールド)
聖都 ホワイトキャッスル
大勢の人が賑わう、聖都の街中を二人の女性が歩いていた。『白の世界(ホワイトワールド)』の崩壊を企む『天帝の加護』の保持者の二人。
「ずいぶんと懐かしいわ。」
そう告げるのは、銀髪の長髪がとても良く似合う女性、リザ・チェスター。
久し振りに見る故郷の町並みを見て感傷に浸っているリザに、隣を歩く桜色の服を着た少女が話し掛ける。
「リザったら、あたし達の目的を忘れたのかしら?」
頬を膨らませて怒る少女、チェリー・ブロッサムにリザは「ふふふ」と微笑み掛ける。
「分かっているわチェリー。でも作戦結構は今日の夜、月が満ちてからよ。それまでは平和な世界を楽しみましょう。」
「もう、リザったら。呑気なんだから。いつ『天使』どもに見つかるかも分からないのにー!」
「まぁ、チェリー。私はてっきり、『天使』に見つかって欲しいものかと思っていましたよ。だって貴女そんな派手な衣装を着て。」
「むむっ?」
チェリーは、そう言って自分の衣装を確認する。そして、もう一度リザ・チェスターの方を見ると
「仕方がないわ。あたしの可愛さに似合う服なんて、そうは無いもの。」
と平然と言ってのける。
そんな会話をしている二人の戦士の耳に、突然悲鳴が聞こえて来た。
「きゃあぁぁあぁぁ!」
それは幼い少女の悲鳴。
リザとチェリーは顔を見合わせる。
「あれは……」
二人が悲鳴のあった方を見ると、まだ10歳くらいの少女が民家から飛び出して来るのが見えた。そして、少女は二人を見つけると事もあろうか駆け寄って来て……
「助けて下さい!殺人鬼です!」
とリザ・チェスターの腕にしがみつく。
「え……いったい何があった?」
思わず訪ねるリザ。
「リザ、あれよ!」
指を指すのはチェリー・ブロッサム。
すると民家から、大きな包丁を持った男が飛び出して来るではないか。
シシリーナは言う。
「あのおじさん、メリウスを!自分の子供を殺したのよ!そして私に襲い掛かって来たの!お願い、助けて!」
少女は大きな瞳に涙を浮かべながらリザの方を見る。
「あの男……。『寄生虫』に感染しているわ。」
チェリーがぼそりと呟いた。
明らかに常人の目付きとは違う様相。何より『天帝の加護』の保持者であるチェリーには分かる。何と言っても『寄生虫』を造り出した張本人なのだから。
「仕方ないわね。助けましょう。」
「本当に!?ありがとうございます!」
シシリーナは藁にもすがる思いで、リザの言葉に感謝の意を述べる。
驚いたのはチェリー・ブロッサム。
『天帝の加護』の保持者の目的は、世界に住む住人を『寄生虫』に感染させて全滅させる事。時には、敵を欺く為に人々を助ける事はあるけれど、今はそんな状況には無い。
(リザったら、その女の子を助けるなんて。やはり故郷の人間には情が移るのかしら。)
チェリーの思案をよそに、リザ・チェスターは男の方へと乗り出すと自らの身体に魔力を込める。
バサッ!
すると
リザ・チェスターの背中から大きな2枚の羽が現れた。
「!?」
シシリーナはその様子を見て大きな瞳をパチククリさせた。
「何だお前は?邪魔するならお前から殺してやろう。」
男は怯む事なく右手に持った包丁をリザ・チェスターに向けた。
リザは言う。
「バカな男ね。『寄生虫』に感染して、まともな思考も出来ないのね。ウサギでさえライオンに出会ったら一目散に逃げると言うのに。」
「はぁ?ゴチャゴチャと何を言っている。」
そして男は包丁を振り上げる。
「死ねっ!!」
「光と闇の波動!」
二人が叫んだのはほぼ同時。しかし、その実力は天と地との差があった。
ビカッ!
白と黒の眩い光が、男の全身を包み込む。
「な!なんだ!この光は!!」
それは『聖なる光』と『暗黒の光』が織り成す光の芸術。異なる二種類の光の波動が男の細胞を破壊して行く。
「ぐ…、ぐぉおぉぉ!!」
リザの魔法を見ていたチェリー・プロっサムは呆れ顔で言う。
「あ~あ、只の人間相手にそんな高度な魔法を使うなんて、リザったら手加減もしないのね。」
ブシュウ
跡形も無く消失する男を、信じられないと言う表情で見ていたシシリーナ・メイ。
そして、シシリーナはリザの方に向き直り、ぽつりと呟いた。
「天使様……………。」