Seventh World 星空の光の章

【いちばん星と涙編①】

西暦2047年8月

世界有数の大都市『東京』が―――


――――――――――崩壊する



最初に米軍の爆撃機が東京を襲ってから僅か2ヶ月。

日本は抵抗らしい抵抗も出来ず首都を古都『京都』に移し敗北を宣言する。

関東以北の日本はアメリカとそれに便乗したロシアや中国などの大国が軍隊を派遣。

東京は、もはや日本人が安心して暮らせられる状況ではなく、高層ビルディングの瓦礫の山だけが横たわっている。

京都新政府からも見放された東京。

関東に住む日本人に出来る事は、他国の軍隊を恐れ西日本へ逃げるか、廃墟に隠れ住むしか出来ない状況となる。




「京都の新政府は何をしている。日本の首都を爆撃されて何も言わないのか!」

憤りを隠せない日賀 タケル(ひが たける)が近くにある椅子を蹴飛ばした。

タケルは今、東京都千代田区の一角に建てられた内閣総理大臣の公邸に居る。

別名―――『白銀の要塞(シルバードーム)』

核兵器が落ちてもビクともしないと言われている最先端の科学技術で造られた鉄壁の要塞。

タケルの他には、同じ日本国公安秘密警察官(エージェント)の沖田 栄治(おきた えいじ)。第110代内閣総理大臣の北条 月影(ほうじょう つきかげ)、それと総理に使える使用人が数名居るだけである。

「タケルくん……、苛ついても何の解決にもならない。落ち着きたまえ。」

月影が怒りをあらわにするタケルをなだめる。

「何だと?だいたいテメェは総理大臣だろうが!何をやっている!」

月影に殴り掛かろうとするタケルを同じエージェントの上司である沖田が押さえる。

「止めろタケル。俺達が生きているのも総理がここに匿(かくま)っていてくれるお陰だ。外に居たら命の保証はない。」

タケルは沖田の顔を睨みつけて言う。

「ここが襲撃されるのも時間の問題だ。今頃米軍の特殊部隊がこちらに向かっているさ。俺達だけで何が出来る。」

確かに、タケルと沖田はエージェントとは言え軍隊の一個師団を相手に勝つ事など不可能。
ましてや相手は世界最強の米軍と来ている。

(このままでは死を待つより他は無いだろう……。)




そして沖田は思い出す。

(そう言えば、五年ほど前に陸上自衛隊の一個師団をたった1人で迎え撃ち、撃退した少女がいたな。)

彼女は今頃どうしているのか―――


あの美しくも気高い、陰陽師の少女。


かつて世界を救った少女は、このどうにもならない狂った世界をどう思っているのだろうか――――。





【いちばん星と涙編②】

草木も生えない荒廃した大都市東京。

そこはまるで戦争でも起きた後のように、崩壊した高層ビル群の瓦礫が山積みになっている。

もう何度も目にして来た夢の中の光景。

そこに立つ漆黒の長い髪をした若い女性は、とても冷たい目をしている。

僕はゾクッと背筋が凍るのを覚えた。

片手に持つ緋色(ひいろ)の日本刀を構えた女性は、目の前にいる大衆に向かって言う。

「覚悟して下さい。あなた方の命を頂戴致します。」

(おい………やめろ………)

僕は心の中で叫ぶ。

まさか、まだ人を殺すと言うのか……

この崩壊した東京でこれ以上 人を殺してどうするつもりだ………。

(やはりあの女だ……、東京を壊滅させた悪魔のような女。)

緋色の日本刀が振り上げられる。

(やめろ!)

僕は力いっぱい叫ぶ。

「やめろぉおぉぉ!!!」




ザワザワ―――

「おい昴(すばる)!なに寝言(ねごと)言ってんだ!?」

隆の声が教室に響き渡り、学生達が笑い声を上げる。

「すばる……また居眠り?神堂博士に失礼よ。」

ひかりも冷めた視線を僕に送る。

最近では星空 ひかり(ほしそら ひかり)は神堂博士の講義を受けるのが日常化しており生徒も先生も誰も違和感を感じなくなっていた。

(いったい高校の授業はどうなっているのだろうか……)

すると神童博士がツカツカと僕の方に歩み寄って来た。

(まずい……叱られる!)

僕がそう思って身構えると博士は爽やかな笑顔で僕の肩をポンと叩くと、こう話を切り出した。

「銀河(ぎんが)くん…と言ったかな?君は何か悩みがあるようだね。私で良ければいつでも相談に乗ろう。私の部屋で待っている。時間がある時にでも来たら良いだろう。」

「は……はぁ…」

僕が気のない返事をするのとは対象的に周りの女学生達は

「えー!ずるいー!」

「先生!私も相談が有ります!」

などと勝手な事を言っている。

僕がうんざりしていると、隣に座る ひかりが僕の腕の袖を引っ張って囁いた。

「すばる……私も一緒に行くわ。」

(ひかり………お前もか…………)

なんともモテモテの神童博士であった。




【いちばん星と涙編③】

講義を終えた脳医学の権威『神童(しんどう)博士』が自室に戻ると部屋の前で一人の男性が待ち受けていた。

「やぁ、お待ちしておりましたよ、神童博士。」

その大柄な白人男性が神童に話し掛ける。

博士はやれやれと言う表情を見せて、その男に言う。

「あなたもシツコイですね。お断りしたはずです。私はNASAに協力するつもりは有りません。」

男の名はシャンク。
アメリカ航空宇宙局(NASA)のエリート隊員で歳はまだ若い。ちょうど神童博士と同じくらいの年齢で20代後半に見える。

しかし体格が全く違う。
神童博士はスマートな長身であるが、シャンクはガッシリとした筋肉質の体型をしている。

「博士………、これは人類の存亡に関わるかもしれない重大な研究です。なぜ断るのですか?」

シャンクは真剣な表情で神童博士に質問をする。

「君がどこまで知っているかは分からないが、重大な研究だからこそ協力出来ないのだ。私はもう……」


――――人類を信用していないからね。


シャンクは博士の言葉を聞いて愕然とする。

「博士!まさか、貴方はNASAまでもが奴等に乗っ取られたと言うのですか!」

怒りを露わに怒鳴り声を上げるシャンク。

「うむ、まぁ落ち着きたまえ。例えばの話だよ。今地球上に居る全ての人間が、等しく奴等の脅威に晒されている。」

神童博士はシャンクの顔をジロリと覗き込んで言う。

「それはNASAの隊員である君にも言える事だ。耐性のある人間はおそらく殆ど居ないだろう。」

そして博士はおもむろに胸のポケットから小さなビンを取り出した。
一見すると香水のように見える。

「…………それは?」

シャンクが不思議そうに、その香水を見る。

「これは私が発明した『地球外生命体』の耐性を調べる液体だよ。」

シュッ!

「うっ!博士!何をするんですか!」

シャンクの首筋にかけられた霧状の液体により、シャンクの肌が赤く膨れ上がる。

「うぐ………何ですかこれは……。」

慌てるシャンクの質問に対し、神童博士は、冷静に答える。

「君はまだ大丈夫のようだ。しかし耐性は無い。もっとも耐性のある人間など、この世界に存在しているのかどうか。」

更に神童博士は言う。

「さぁ、帰りたまえ。私が探しているのは耐性のある人間のみ。それ以外の人間は信用出来ない。人類を信用していないとは、そう言う意味だよ。」

「う……、また出直そう。NASAは…、アメリカ合衆国は奴等には屈しない。奴等と戦うには神童博士――貴方の協力が必要なのです。」

そう言い残しシャンクは大学を後にする。

窓からシャンクを見送る神童は思う。

(さて……、果たして最後の希望の光は、本物かどうか。手遅れになる前に確かめなければならないでしょう。)






【いちばん星と涙編④】

放課後―――

大学の全ての講義が終わり、僕とひかりは神童博士の部屋へと向かう。

「なんでお前まで付いて来るんだ?いい加減、高校の授業をさぼるの止めろよ。」

すると、ひかりは大きな瞳でじろりと僕の顔を覗き込む。

「何言ってるのよ。高校の先生の授業とノーベル賞を取った神童博士の話と、どちらが大切だと思っているのよ。」

「うぐ……」

確かにノーベル賞を受賞した神童博士と個人的に相談など普通は出来るものではない。

僕とひかりの2人は博士の部屋のドアを叩く。

「神童博士、銀河です。銀河 昴(ぎんが すばる)です。失礼します。」


「おー!待っていたよ銀河くん!入りたまえ!」

嬉しそうな博士の声が聞こえて来た。

(いったい何がそんなに嬉しいのか。)

爽やかな博士の声に迎えられ、僕とひかりは博士の部屋へ足を踏み入れる。


(なんだ……この部屋は…………)

僕は思わず辺りを見回した。

部屋の中には、見た事も無い造形物やら不思議な景色を映し出した写真が飾られている。

(なんだこの写真は……、この写真に映っている場所は、地球なのか………?)

昴と同じく、ひかりはその不思議な景色の写真を見て少し驚いたが、そんな素振りは微塵も見せずに神童博士の方を見る。

「神童博士、私も来ちゃいました♪」

ひかりはペロっと舌を出して博士に話し掛ける。

すると神童博士は

「あぁ、やはり君も来たか。丁度良かった。君にも話があったんだ。」

(…………ん?ひかりに話?)

僕は少し不思議に思ったが、それより夢の話をしようと博士に差し出された椅子に腰を掛ける。

「実は…………」

博士は不思議な人間であった。

面と向かって話すのは今日が初めてであり、夢の話などをしても馬鹿にされてもおかしくない。

しかし、僕は何かに引き込まれるように夢で見た出来事を話した。



東京の街が崩壊した事。

見知らぬ女性が崩壊した東京に現れる事。

日本刀で無抵抗の人間を殺そうとしている事。

それらが、とても夢とは思えない妙にリアルに感じられる事。

そんな夢を毎日見る事。


(あぁ、僕はバカだなぁ。こんな話をして何の意味があるのか……。)

話を終えた昴(すばる)は少し後悔をする。隣に座るひかりも呆れているに違いない。

そう思った昴は、ちらっと ひかりの表情を見る。

すると、ひかりは思いもよらない言葉を口にする。

「すばる………、やはり貴方は私の見込んだ人………。」


その夢にはきっと意味がある―――


「あなたは私と同じ宿命を背負っている。」


(え……?ひかり……何を………)

僕は驚いてひかりの顔を凝視する。
可愛らしい ひかりの顔はいつになく真剣な表情をしていた。



そこで、ようやく神童博士が口を開く。

「銀河くん。私の予想が正しければ、おそらくその夢は現実の話だよ。」


―――――現実の話?


―――――そんなバカな!


「しかし!東京は崩壊していない!現実とはどう言う意味ですか!」

博士はひと呼吸を置いて、ゆっくりと話し始める。

それは、とても信じられない非現実的な話であった。


「よく聞きたまえ―――
ビッグバンと言う言葉を聞いた事があるだろう?最近の研究では、宇宙は光の速さよりも早い速度で広がっている。その広がりの中に私達の住む世界があるんだ。」


「博士……いったい何の話ですか?僕は宇宙の話なんて……。」

しかし、博士は僕の話を遮り更に話を進める。

「この宇宙には無限の世界が広がっているのだ。しかしだ、とてもでは無いが人類には他の世界へ行く手段は無い。光よりも速く移動出来る手段が無いからだ。」


ところがだ―――――


神童博士はまるで子供のような屈託の無い笑顔で僕に語り掛ける。

「近年になって、移動出来る世界が存在している事が分かった。」

「……え?」

「私達の住む世界と近しい世界が存在する。原因は不明だが、その世界は私達の住む世界と相関関係があり、一定の条件が揃えばその世界へ移動出来るのだ。」

「そんな、まさか………」

「おそらく君の見た夢は、その世界で起きている現実。君は何らかの理由で他の世界と強い関係を持っている。」

「それじゃあ、あれは!あの夢は他の世界の出来事だと!?」

「そう―――、現在発見されている私達の世界と相関関係にある世界は六つある。私達の住む世界を含めて七つの世界の事を、一部の専門家はこう呼んでいる。」




――Seventh World(セブンスワールド)







【いちばん星と涙編⑤】

昴とひかりが大学の校舎から帰る時には、辺りは薄暗くなっていた。

神童博士の話はとても信じられない話で、僕は頭が混乱していた。

「すばる、大丈夫?少し休もっか?」

ひかりは可愛らしい顔で昴の顔を覗き込む。

「そう言えばお前、帰り際に博士と何か話していただろう?何を話していたんだ?」

僕が質問をすると、ひかりは悪戯っぼい笑顔を見せて言う。

「なに?気になるの?もしかして妬いてる?」

「な!何を言い出すんだ!僕は…!」

顔を真っ赤にして照れる昴を見て、ひかりはフフと楽しそうな笑顔を見せる。


「大丈夫よ すばる。今日で確信したわ。やはり、あなたと私は運命で結ばれている。」


ようやく見つけた―――――


――――――――1人目の仲間



「え…?何か言った?ちょっと最後の方が聞き取れ無かったけど……。」

「何でも無いわ。ほら見て―――」

星空 ひかり(ほしそら ひかり)は薄暗くなった夕方の空にひときわ輝く白色の星を指差して言う。


―――――――いちばん星♪




(あ………)

その時、僕は夕闇に映えるひかりの姿を見て、あの日稚内で見た光景を思い出す。

今にも消え入りそうな、とても物悲しい星空 ひかり(ほしそら ひかり)の姿。

「行きましょう、すばる♪」

ひかりは楽しそうに聴いた事の無い歌を口ずさんでいる。

(いや、目の錯覚か……、ひかりはこんなにも楽しそうじゃないか。)

そうして昴とひかりは歩き出す。



天に輝く星を見て星空 ひかり(ほしそら ひかり)は胸に秘めた決意を新たにする。


あの日―――

私が見た星空もとても美しかった。

そこは、平和に満ちた幸せな世界。
長い歴史を持つその世界では、人々は争う事も無く高度な文明を築き上げた。


それが、なぜ―――



お母様がよく歌って聴かせた想い出の曲を、ひかりは口ずさんでいた。


その曲はとても優しい愛の詩――――


亡き母との楽しい想い出の曲を歌う星空 ひかり(ほしそら ひかり)の頬に、一筋の涙が零れた事を

僕は、知らなかったんだ――――――