【運命編①】

魔族の姿は、人族のそれと変わらない。
十二種族の中でも最上位の身体能力と魔法を使いこなす最強の種族。

そして今、魔族の3人の戦士は精霊達の力を借りて、もう一つ上の段階に進化する。


デーモン・シュバルツの身体は一回り大きくなり、全身が銀色の衣のような鎧に覆われて行く。

ハンプティ・ハッターの身体も同じく銀色に輝き、その両肩からは不気味なしゃれこうべが浮かび上がる。

クイーンズ・ハートの変化は更に大きく、銀色へと変化した姿形はもはや人族のそれとは様相が大きく変わって居る。


「これこそ真の魔族の姿!魔族の真の力を思い知るが良い!」

魔族の王シュバルツが『ハデスの祭壇』の上からリーナを見下ろして叫ぶ。

ハンプティ・ハッターは漲る膨大な魔力に高揚が抑えられない。

「これ程の魔力、素晴らしい!これが長い間クリスタルに封印されていた精霊の力か!」

精霊が居ない『北の果ての地』であれば魔族と互角以上の勝負が出来る。

アロン達十一種族の作戦は完全に裏目に出た。

魔法を使えないどころか、必要以上に魔力を与え強力な魔族を作り出してしまった。



明らかにパワーアップした魔族の戦士3人を前にプリンセス・リーナはゴクリと息を飲む。

(ただでさえ強敵である魔族。これ以上強くなったら、どうすればいいの……)



リーナの横顔を眺めるアロン。

「ふぅ……」

アロンは大きく深呼吸をして、飛燕剣を握り締める。

「仕方ねぇな。リーナ、マドロック、お前達は引っ込んでろ。後は俺がやる。」

「え…?何を言うのですかアロン……。」

リーナはアロンの言葉の意味が理解出来ない。

「忘れるなリーナ、この勝負はシルビア王女の魔法が発動するまでが勝負。魔法が発動した時に、お前が死んでいたら意味が無い。」


死ぬのは俺1人で十分だ――――


「何を………!」

「マドロック!メタファーナ!リーナを任せた!」

「アロン!私も戦います!」とリーナ。

アロンの真意を理解したマドロックが、抵抗するリーナをひょいと持ち上げてメタファーナに呼び掛ける。

「メタファーナ!もうすぐ時間だ!俺達の仕事は終わった。後はアロンに任せよう!」

「ちょっとマドロック!何をするのですか!?」

異空間で状況を見守っていたメタファーナが、リーナを抱えるマドロックを異空間へと引き入れる。

空間に消えゆくリーナにアロンは言う。

「言っただろうリーナ。お前の事は俺が守ると。そうでないと俺はエルフ族の王様に殺されちまうぜ。」



シュバルツはアロンに言う。

「飛燕剣のアロン、何を企んでいる。1人で俺達と戦うつもりか?」

アロンはシュバルツに言い返す。

「まぁな……、俺の神速の動きなら、残り数分くらい何とかなるかもしれない。1人の方が楽でいい。」

「なめるなよ、人族が!!」

進化した魔族の戦士。
シュバルツとハッター、そしてハートの3人の攻撃が始まった。

その動きも、放たれる魔法も、従来の魔族の力とは比べものにならない。

「飛燕神速剣!」

アロンは持てる力を振り絞り魔族の攻撃に対抗する。

世界最強の剣士と言われるアロンの真骨頂はそのスピードにある。

残り僅かな時間であれば、魔族の攻撃を凌げるかもしれない。


そんなアロンの淡い期待はシュバルツの一撃で粉々に砕け散る。

神速の動きを誇るアロンにピタリと照準を合わせたシュバルツの一撃――

『ハデスの鎌』がアロンを直撃する!

ドガッ!!

飛燕剣での防御ごとアロンの身体は『ハデスの祭壇』に吹き飛ばされる。

ゴホッ!

壁に叩き付けられて大量の血を吐くアロン。

「飛燕剣のアロン。人族の割にはよく戦ったが、次の一撃で最後だ。」

シュバルツは黒い巨大な鎌を振り上げる。

アロンはシュバルツを見上げて言う。

「………シュバルツ。どうやらゲームオーバーのようだ。」

「ふん、最強の剣士と言われたお前も諦めたか。」

「………いや。」

「………?」

「ゲームオーバー。時間切れだよシュバルツ。」


ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!

「む!なんだ!?」

魔族達が空を見上げる。



そこには―――

広大な『北の果ての地』を包み込む


魔法による結界が張られて行くのが見えた。



【運命編②】

「空間断絶魔法!!」

『ヘラの首飾り』によって無限に創り出される魔力が、ついにシルビアの魔法を完成させる。

妹メタファーナが得意とする『空間移動』の魔法を進化発展させた究極魔法。


強力な魔族を全て倒す事は不可能。
ならば、魔族を『北の果ての地』ごと異空間に閉じ込めてしまえば良い。

さすがの魔族も精霊の居ない『北の果ての地』ではどうする事も出来ない。

「シルビア殿!やりましたな!」

喜びの声を上げるのは巨人族の王グレイン。

「物凄い魔法力だ……。これが『空間断絶魔法』か……」

十一種族最高の魔法使い トリトンはシルビアの放った魔法に圧倒される。


ゾクゾクッ

霊族の戦士ミーシャはシルビアの魔法を見て背筋が寒くなるのを感じた。

(あぁ……、これが私達一族が欲して止まない究極魔法。)


シルビア王女の放つ巨大な魔力の塊が『北の果ての地』を包み込んで行く。

世界中に散らばっていた魔族達の殆どは『北の果ての地』に集結していた。

おそらくこの地に残る魔族は僅かしかいない。もはや十一種族の敵では無いであろう。


『魔族掃討作戦』は成功した――――




十一種族の誰もがほっと胸を撫で下ろす。


そこで

「あいつらはどうした?」

ポツリと呟いたのはサラマンダー族のギガ。

あいつらとは、『北の果ての地』に乗り込んだ3人の戦士とメタファーナ。

魔族の王シュバルツと魔力の主力部隊を足止めする最も危険な任務。


十一種族の戦士達がしんと静まり返る。


妖精族の王女シルビアは、妹のメタファーナの帰還をじっと待つ。

すると、何も無い空間がピキピキと歪み始めた。

「来た!」

「マドロック!アロン!リーナ!」

「メタファーナ!無事だったのですね!」

シルビアがそう叫ぶと空間からメタファーナと四人の人影が現れる。

「シルビア姉さん!魔法は成功したのね!」

抱き合う姉妹の後ろから現れるのは、マドロックとリーナ。

リーナは魔族の王シュバルツの赤ちゃんを抱えている。

「リーナ殿……それは?」

グレイン王の問いにリーナは静かに首を横に振る。

そして一言

「アロンが………」

アロンの姿が見えない。

「アロンが1人『北の果ての地』に残りました。」

「なんだと!?」


閉じ込められた異空間にある『北の果ての地』。魔族しか居ないその地に残るなど自殺行為。

「アロンは私達を逃がす為に1人……。」

「いや……」

口を挟むのは獣人族のマドロック。

「死んだと決めつけるのは まだ早い。アロンには策がある。」

「マドロック……、いったいどうやって……?」

今にも泣きそうなリーナにマドロックは言う。

「『ハデスの祭壇』にあった精霊達が閉じ込められているクリスタル。アロンはあれを使うつもりだ。」

「………クリスタル?」



【運命編③】

『北の果ての地』にある『ハデスの祭壇』

アロンは、すぐ横にある薄緑色に光るクリスタルに飛燕剣を向ける。

「アロン!貴様、何をする気だ!?」

シュバルツがアロンに攻撃をしようと近付くよりも先に、アロンはそのクリスタルを叩き斬る!


パリィーッン!!


「!!」

アロンはシュバルツに言う。

「知っているか?シュバルツ。精霊の習性を。」

「精霊の習性だと?」

「精霊は聖なる者に惹き付けられる。人族の中にも、聖なる力を持つ者が現れるが、出現するのは稀だろう。」

しかしだ―――

「聖なる力を必ず持って産まれる種族が存在する。」

「なに……を」


シュワシュワシュワ!

真っ二つに割れたクリスタルから、無数の精霊達が溢れ出した。

「妖精族の王族だ。妖精族の王族は産まれた時から聖なる力を身に付けている。」



精霊達は―――


―――――妖精族の王族に惹き付けられるのさ。


クリスタルから開放された大勢の精霊達は、先程までそこに居た妖精族の王女の妹メタファーナの後を追う。


すると、一見すると何も無い空間が歪み出し異空間への入口が現れた。

「どうやら、まだ繋がっていたみたいだ。俺も運がいい。」

そして……

「ついでにこれも貰って置こう。何かの役に立ちそうだ。」

そう言ってアロンは、叩き割った2つのクリスタルを拾い上げると、神速の速さで精霊達を追う。

「逃さないわ!」

クイーンズ・ハートが魔力の込めたカードを異空間の入口へと投げつける。

「飛燕真空剣!」

バシュバシュバシュッ!

ハートのカードが異空間への入口に差し掛かった所をアロンは飛燕剣で叩き落とす。

「おのれアロン!!」

物凄い形相でシュバルツはアロンを追う。

しかし、精霊達とアロンを収めた異空間への入口は急速にしぼんで行く。

僅かの隙間に『ハデスの鎌』で攻撃を加えるシュバルツ。

ガキィーッン!!

アロンは飛燕剣で『ハデスの鎌』を防御すると既に見えなくなったシュバルツに声を掛ける。

「悪いなシュバルツ。こんな決着は不本意だろうが、これも運命(さだめ)と思って諦めるんだ。十一種族と魔族は共存出来ない。そう言う運命(さだめ)だ。」



―――運命(さだめ)


この世界を創りし偉大なる神ガイア


全能神ゼウスを筆頭とするオリュンポス十二神の神々


神々が望んだのは、神々に変わり、この世界を支配する一つの種族。


神々は十二種族の共存など望んではいない。

それが十二種族に課せられた、逃れる事の出来ない運命。