【魔族の王様編①】


ここは

サンシェーロ城


異空間に閉ざされたこの城は

『魔女の城』と呼ばれている。



しんと静まり返った城内に、1人の少女が佇んでいた。

腰まである長い金髪に大きな翠色の瞳をした可愛らしい少女。


少女はたった今、戦闘を終えたばかりだと言うのに、汗一つかかず何事も無かったように、目の前にある氷の像を眺める。



対峙していた敵の男は薄れ行く意識の中で少女を見て思う。



そう言えば聞いた事がある……。

精霊の力を自在に操り、脅威の魔法を使う者達

そんな話は神話の世界の話だと思っていた。

まさか本当に実在するとは…………。



そして男は息を引き取った。




「久し振りね。マンマ……。」

少女は優しく…

とても優しく氷の像に話し掛ける。




しばらく氷の像を眺めていた少女。
その翠色の瞳から一雫の涙がほろりと溢れ落ちた。



少女には肉親は居ない。

母親は少女が15歳の時に戦闘で命を落とした。

父親の事は分からない。
少女に物心が付いた時には既に居なかったから。


(そろそろ帰ろうかしら…。)

少女は氷の像にそっと語り掛ける。

「さようなら、マンマ………。」


そして

少女が異空間から立ち去ろうとした時


(…………エミリー)

「………?」

(エミリーなのね。)

「………マンマ?……マンマなの?」


どこからか優しい声が聴こえて来た。


「マンマ……生きているの?いいえ、生き返ったの?」

少女は必死で辺りを見回す。



すると

目の前にある氷の像が、微かに光るのが見えた。

いや、正確には

氷の像の首に掛けられているネックレス。その先端に埋め込まれた宝石。

氷によって固められたクリスタルが、うっすらと光り輝く。

(これは……、生前にマンマが大切にしていたクリスタルのネックレス……。)

その薄翠色に光るネックレスを少女はそっと手で触れた。

ピカッ―――――


「……!?」

すると不思議な事に、何百年と氷に閉ざされていたネックレスが、氷の像の首から外れ ふわりと宙に浮いた。

「マンマ……、生きているのね!このネックレスを動かしているのはマンマなのね!」

先程の強敵との戦闘の時ですら、少しも動じなかった少女は、我を失いクリスタルに話し掛ける。

クリスタルはゆっくりと空中を移動し、ふわりと少女の首に掛けられた。

そしてまた

優しい声が少女の脳裏に語り掛ける。

(エミリー……、貴女に伝えなければならない事があるのです。)

「……マンマ?」

(私は既に……、あの時に命を失いました。今、貴女に話しているのはパンドラの箱に閉じ込められていた私の思念体……)

「思念体……?」

(この思念体も直に消滅するでしょう。)

「そんな!マンマ!」

(消滅する前に、また貴女に会えたのは神様が私達に与えた奇跡。貴女が異空間移動の魔法を使えるようになるとは……やはり貴女にはあの方の血が流れていると言う事でしょう。)

「あの方……?」

(そう……、貴女に話さなければならない重大な事。よく聞きなさいエミリー。)

「重大な……事?」

(これから貴女の出生の秘密をお教えします。それは私達一族にとって、とても悲しい物語。)


話しましょう―――――


―――私達、魔族の間に語り継がれる


―――――――――――――悲劇の物語を




【魔族の王様編②】


それは

遠い昔のお話


この世界の名は『ユグドラシル』

そこには、とても素晴らしい緑あふれる大地が広がっておりました。

この世界の創造主である神は、この豊かな大地を治めるに相応しい神に変わる者を創る事にしました。

神々により創り出された十二の種族。
これが全ての過ちだったのかもしれません。

神は1つの種族では無く、十二の種族を産み出しました。彼等は最初からお互いに戦い殺し合う運命だったのでしょう。

なぜなら神が望んだのは

大地を治めるたった1つの種族なのですから。


ここは

主要十二種族の一つ。
エルフ族が住む国『エルフの森』

その日エルフの森は喜びに満ち溢れていた。

「シュリル様!無事に出産が終わりました!」

エルフ族の王シュリルに報告をするのは、王妃の出産に立ち合った側近の者。

シュリル王は側近に質問をする。

「それで、その子は女の子か!?」

側近は答える。

「おめでとうございます。それはそれは王妃ライカ様によく似た女の子でございます。」

「おぉ…、でかしたぞライカ。これでエルフ族の後継者が無事に誕生したと言う事だ。宴の準備をしろ!今日はエルフ族にとって記念すべき日だ!」

主要十二種族の一つ、エルフ族は女系の一族として知られていた。

王族を継ぐのは女性に限られる。
王女に嫁いだ者が次の王となる特殊な一族。

それには理由があった。

なぜなら、エルフ族の秘宝。
神話の時代から伝わる伝説の武器。
『アルテミスの槍』を扱う事が出来るのは、エルフ族の王家の女性に限られていたから。

祝の宴の席に1人の側近がシュリル王に耳打ちをする。

「王……、緊急事態です。」

「なんだこんな時に、何があった?」

「はっ……実は遂に恐れていた事態が。」

王の顔付きが真剣な表情へと変わる。

「言って見ろ。」

「北の果ての地の警備が突破されました。」

「なんだと!?それで魔族はどうした!」

「現在、人族の街で人族の戦士達と交戦中との事です。」

「遂に………、遂に、この日が来たか……」

こうして、ユグドラシルは激動の時代に突入する。




――――――魔族




最初に魔族が現れたのは、今から丁度100年ほど前であった。

その魔族の男は、他のどんな種族よりも身体能力が高く、高い知能を有していた。

しかし、魔族の最大の特徴は、その魔力にある。

ガーゴイル族や妖精族の高名な魔法使いですら、その男の魔法には敵わない。

魔族の魔法を恐れた主要十一種族の王族達は、その男を『北の果ての地』へ幽閉する。


どんなに魔族の者が強力な魔法を扱えたとしても、『北の果ての地』では魔法を使えない。

なぜなら、そこには魔力の元となる精霊が存在しない地だったから。



【魔族の王様編③】

北の果ての地を警備するのは主要十一種族から構成される何千人もの兵士達。

最初の魔族の男が発見されてから、既に100年が経過していた。

北の果ての地に送り込まれた魔族の数はおよそ200人。ここ20年間は新たな魔族は発見されていない。

しかし、北の果ての地の中で魔族は少しづつ、その人数を増やしていた。




そして

一つの転機が訪れる。



荒廃した北の果ての地。

その中で、一人の魔族の男が生を受けた。


彼の名はデーモン・シュバルツ

シュバルツは他の魔族の者に言う。

「なぜ、こんな荒れた地に留まっているのだ?俺はこんな地から脱出して南の大地へ行こう。」

1人の魔族の女性が答える。

「そうは言ってもシュバルツ。この地には精霊が存在しないのです。魔法を使わずして、警備の兵士達を倒す事は出来ません。」

他の魔族の男も女性の言葉に続く。

「俺達の身体能力がどんなに高くても、魔法無しでは奴等には勝てない。数が違い過ぎる。脱出などしようものなら、殺されるだけだ。止めて置け。」


シュバルツは2人に向けて言う。

「まぁ、見てろ。あの程度の警備兵など俺の前ではゴミも同然。」

魔族の男は唖然としてシュバルツに言う。

「おい待て!魔法は使えないのだぞ!?どうやって奴等を倒すのだ!」

シュバルツはニヤリと不敵な笑みを見せる。

「魔法を使えないのは奴等だけだ。」



精霊など居なくても―――――


――――俺は魔法を使えるからな。



「な………何だと!?」



十一種族の兵士達がシュバルツが近づいて来るのを見て大剣を構える。

「おい!お前!ここから先は通行禁止だ。死にたくなければ北の果ての地へ引き返せ!」

シュバルツは、ぐるりと天を見回して言う。

「なるほど……、確かに精霊は居ないようだ。」

1人の兵士が前に出る。

「分かったら大人しく帰れ。ここは精霊の存在しない地。お前に勝ち目は無い。」

シュバルツは兵士の顔を見て、魔法を詠唱する。


魔族の扱う魔法でも最高位の究極魔法。



―――――――メテオ




ゴゴゴゴゴゴォ!!


「な!?」

「バカな!」

「魔法だと!?」


天空が引き裂かれ、巨大な隕石群が北の果ての地を警備する兵士達の頭上に降り注ぐ。

「ぐわぁあぁ!」

「助けてくれぇ!!」

兵士達の悲鳴だけが北の果ての地に鳴り響いた。


ようやく悲鳴がおさまった頃

何千人も居た兵士達の屍の中をシュバルツはゆっくりと歩き出す。

『デーモン・シュバルツ』

後に人々は彼の事をこう呼んだ。



魔族の中でも――――



―――――最強の戦士



――――――――――魔族の王様