【白い霧編①】

その日、ユグドラシルに住む主要十種族のうち八種族からなる連合軍がエルフの森に向かっていた。

連合軍を指揮するのは三人の隊長。

オーク族のギャバン
巨人族のゴーグ
ヴァンパイア族のシャウスト

隊長に選ばれた理由は、その実力もさることながら、北の果ての地から来た侵入者達への忠誠心による所が大きい。

ギャバンは言う。

「お前達、奴等の事をどう思う?」

奴等とはもちろん、北の果ての地から来た侵入者達の事である。

答えるのは巨人族のゴーグ。

「人族と名乗っていたが、途轍(とてつ)もない強さだ。勇猛果敢で名を馳せる我ら巨人族が手も足も出ずに敗戦した。」

金髪の戦士、ヴァンパイア族のシャウストが後に続く。

「奴等の狙いは王族だ。王族さえ倒せば命の安全は保証される。抵抗をして殺されるくらいなら奴等の下に付く方が懸命だな。」

ギャバンはシャウストに言う。

「しかしシャウスト……。お前達ヴァンパイア族には、まだ王族の生き残りが居るだろう。リンクスとキャロル。特にあの王子様は一族を裏切ったヴァンパイア族には容赦が無さそうだ。」

「ふっ……」

シャウストは少し自嘲気味に笑う。

「リンクスは北の果ての地の侵入者が現れてから行方不明だ。一族を見捨てて逃げやがった。裏切り者は俺達じゃない、リンクスこそが裏切り者だ。」

それに―――

「俺は前からリンクスが気に入らなかったのさ。王族と言うだけで威張りやがる。実力なら俺の方が上だ。」

「ふん……、お前ほどの男でも北の果ての地からの侵入者には敵わないか。」とギャバン。

すると巨人族のゴーグが口を挟む。

「おい、エルフの森が見えて来た。もうすぐ着くぞ。」

「エルフ族の王族はアーサー王か。それにマリアーナ姫が率いる親衛隊。お前達、殺られるなよ。」とシャウスト。

するとギャバンはハハハと笑う。

「こっちは八種族からなる連合軍。兵士の数は1万人を越える。北の果ての地の幹部連中が今回の戦闘に参加しないのは、負けようが無いと分かっているからだろう。」

「よし!行くぞ!」

ハ種族連合軍がエルフの森への侵攻を開始する。



【白い霧編②】

「困った事になったわね……」

麗はユイファの方を見てぽつりと呟く。

「う〜ん。いきなりエルフ族の姫とか言われてもね……。」

答えるのはユイファ。



確かに――

ユイファは時々おかしな夢を見る。

リーナと呼ばれる少女が異国の世界で化物と戦う夢。

夢に出て来る戦場にはいくつかのパターンがある。

その一つが、ここ


――――エルフの森


(そう言えば、リーナは私と少し似ているかも………。)

2人が雑談をしていると、どこからか叫び声が聞こえて来る。

「来たぞっ!」

「敵は凄い数だ!」

「巨人族もオーク族も居る!」


ドタドタと間口が開かれ、マリアーナ姫が顔を出す。

「何があったのですか!?」

ユイファが質問をすると、マリアーナ姫は慌てた様子で2人に言う。

「ユイファ様、麗さん。敵の大軍が押し寄せて来ます。私達が迎え撃ちますので裏門からお逃げ下さい!」

「大軍って……」

「これはお父様の命令なのです。ようやく見つかったエルフ族の姫君をこんな所で死なす訳には行きません。


あなたは―――――


エルフ族が何千年も待ち続けたリーナ様の生まれ変わりなのですから。」


(生まれ変わり……)


「それでは、私は戦場に行って参ります。どうかご無事で。」

それだけ言い残しマリアーナ姫は戦場へと駆けて行く。

(私はどうしたら良いの……)

ユイファが思い悩んでいると

「!?」

神代 麗(かみしろ れい)がすっと立ち上がり部屋から出ようとする。

「麗さん…どこへ?」

すると麗はユイファを見て答える。

「そんなの決まっています。」



―――――――戦場へ






この世界に来たのは夢野 可憐(ゆめの かれん)をヴァンパイアから取り戻す為。

無関係の争いに巻き込まれるのは麗にとって何の意味も無い。

しかし、麗は思う。

エルフの人々は麗の全身の傷を手当てしてくれた。話して見ると悪い人達では無い。

そして、この世界の情勢はだいたい理解した。敵の後ろに見え隠れする人族の幹部達――北の果ての地から来た侵入者。

もしかしたら、黒い霧を発生させ、日本に混乱をもたらした黒幕かもしれない。

奴等を倒さねば、この世界だけでは無く、日本にも平和は訪れない。

麗は自らの直感を信じて戦場へ向かう。




(決まってるって……、麗さんは部外者なのに……。)

ユイファは立ち去った麗の後ろ姿を見つめていた。

そしてユイファは思う。

この状況―――

絶体絶命の状況で、リーナは敵の軍団。
八種族連合軍に立ち向かった。


それはエルフの民を―――

エルフの森を守る為の―――――


―――――たった一人の孤独な戦い。



(ユイファ………)

(ユイファ………………)

するとどこからかユイファに話し掛ける声が聞こえて来た。

「……誰?」

(ユイファ…………、あなたはエルフ王族の正統な後継者。)


――――エルフの民を守るのです。


ビカッ!


「!?」

すると『アルテミスの槍』が光り輝く。

(……………これは…)

ユイファはその槍を握り締める。

(そうね……。)

(麗さんにだけ戦わせる訳には行きません。)

「行きましょう。『アルテミスの槍』よ。」


―――――私に力を貸して下さい。



【白い霧編③】

「それにしても、凄い数です。」

エルフ族の姫マリアーナは呟いた。

エルフ族の戦士は全てを合わせても1000人に満たない。

分断後のユグドラシルの世界は、世界が狭い上に緑の乏しい荒れた大地。
そもそも人口が少なかった。

更に主要な十種族は、お互いに対立をする事が多いため、八種族からなる連合軍など考えられない。

1万人もの大軍など見た事も聞いた事も無いのだ。


マリアーナ姫に声を掛けるのはエルフ族の王アーサー。

「マリアーナ!敵の数に惑わされるな!敵の大将を狙うのだ。所詮は烏合の衆。大将が居なくなれば種族間の連携など皆無。バラバラとなって霧散するであろう!」

「分かりました、お父様!」

(確かにそれは言えます。寄せ集めの連合軍など連携は無いに等しい。)

しかし

数が多過ぎる。

(敵の大将まで辿り着く事がどれだけ至難の業なのか………。)

「マリアーナさん!」

後ろから声を掛けるのは麗。

「麗さん!?」

「私が敵の中央を突破します。エルフ族の戦士達は近付かないように待機していて下さい!」

「近付かないようにって何をバカな!これは私達エルフ族の戦いです!客人である麗さんに任せる訳には行きません!」

驚くマリアーナに麗は言う。

「では言い直しましょう。私の術に巻き込まれ無いように、近付かない事です。」


巻き込まれると――――


―――――――命の保証は出来ません



「な!?」


麗はそう言うと敵陣の中央に向けて走り出す。

陰陽師の一族の棟梁である神代 麗(かみしろ れい)。麗には他の誰にも扱えない最強の術がある。

神代一族(かみしろのいちぞく)の守護神である四神を操れるのは神代 麗(かみしろ れい)ただ一人。

麗は強大な敵の軍勢の前で、臆する事なく立ち止まり、陰陽師の式札を空に投げる。

凛とした美しい表情には、一点の迷いも恐れも感じられない。

麗は数多(あまた)の敵を前に術式を唱える。



陰陽師の四神の一つ――――――



――――――――白虎(びゃっこ)!





連合軍の先頭にはドワーフ族の戦士達が大剣を持って待ち構えていた。

「なんだ?一人で突っ込んで来るとはいい度胸だ。」

「よし!俺達ドワーフ族で仕留めてやろう!」

そんな会話をしていると、辺りがうっすらと白く霞んで来る。

「…………何だ?」

「霧…………か?」


そして

「ぎゃあぁぁ!」

「ぐわっ!!」

連合軍の戦士達の悲鳴が、あちらこちらから聞こえて来る。

「何だ?どうした!?」

「虎だ!白い虎が現れた!!」

「ぐわぁあぁ!!」







「さぁ、戦闘の始まりです―――」





戦場は――――――


―――――真っ白い霧に


――――――――――――包まれる













神代 麗(かみしろ れい)

イラスト提供 ノエ様