【魔女の城編①】

富士御嵩神社(ふじみたけじんじゃ)

今は焼け落ちた神社本殿跡地で、2人の死闘が繰り広げられていた。

片や新世界ローマ教会の魔導師エストラーダ・オリバーの身体を依代(よりしろ)とし、同じくローマ教会の魔導師アリエス・マイヤードをも吸収した人外の者。


――――その名は『ベスタ』



闇の精霊にして、強大な力を持つ精霊王『ベスタ』は、両手に魔力を集中する。

「黒炎の炎!」

精霊王『ベスタ』の両手から無数の炎の塊が羽花(ユイファ)に向けて放たれる。


「アルテミスの槍!」

迎え撃つのは、新世界国家連合から日本に派遣された少女。
中華人民共和国に伝わる暗殺拳『王下八掌拳(おうかはっしょうけん)』を操り、更には伝説の武器『アテミススの槍』を自在に操る。

ドガガガガーッン!!

李 羽花(リー ユイファ)は黒炎の炎をアルテミスの槍で薙ぎ払う。

「むぅ…」

(ヴァンパイアのリンクス達を倒したと言うのも、まんざらでは無いようだな。)

ベスタは少女に言う。

「なかなかの動きだが、次の攻撃も躱(かわ)せるかな?」

「!?」

ベスタがルーン文字の書かれた術札に念を込めると、術札は鋭利なナイフに姿を変えて浮び上がる。
羽花(ユイファ)は周りを囲む無数のナイフを見回した。

新世界ローマ教会の魔導師にしてルーン魔術の使い手アリエス・マイヤードの技。

「これほどの数のナイフ!その黒い槍で撃ち落とす事が出来るかな!」

シュババババババババババッ!

ルーン文字の刻まれた無数のナイフが一斉にユイファを襲う。


しかし、ユイファは動じない。
アルテミスの槍を片手に持ち、もう片方の手を前方に構える。


「王下八掌拳 奥義!」


――――――『波動掌(はどうしょう)』



ビリビリビリッ!

波動掌の伝波が大気を揺らす。

するとユイファに向かって飛んで来た無数のナイフが、その威力を失いカランカランと地面に落ちる。

(なんと、魔力の勢いを生身の技で相殺するか……)

驚くベスタ。

「さぁ、子供騙しの技はこれくらいにして、決着を付けましょう。そこからの攻撃は私には通じません。」

ユイファは空中に浮かぶベスタに言い放つ。

しかし、ユイファは焦っていた。

(いつまでベスタの攻撃を防ぐ事が出来るのか…。まずは空中に浮かぶベスタを引きずり降ろさなければ、私の攻撃は届かない……。)


―――このままでは防戦一方です。




ベスタはユイファを見下ろして言う。

「素晴らしい、ローマ教会最高峰の2人の魔導師。エストラーダとアリエスの力を持ってしても傷一つ負わせられないとは……。」

そしてベスタが両手を真横に広げると…

モワッモワッ!

渦巻く黒い煙が放出される。




エストラーダの究極魔法―――――


――――――死の世界(デスワールド)



「これぞ、闇の精霊王である この『ベスタ』にのみ与えられた力!触れるもの全てを『腐敗』させる暗黒魔法!これで終わりだ!」


(くっ……!)

ユイファがアルテミスの槍を前方に構えたその時――



「エノルメ・テンペスタ!」


ユイファの後ろから魔法を唱える声が聞こえた。




【魔女の城編②】


……………


………………


…………………



もう………………



どのくらいの季節(とき)を過ごしたのだろう…………


ここは


――――魔女の城



サンシェーロ城の中でエミリー・エヴァリーナは鏡に映る自分の顔を眺める。



いつまでも若く、可愛らしいその顔を見て
エミリーはいつも思う。




―――――死んでしまいたい




この城に閉じ込められてから、数百年が経った今でも、エミリーの容姿は変わらない。

『パンドラの箱(ゼウスの力)』の呪いにより

エミリー・エヴァリーナの時間は、数百年前から止まったまま。

時間だけはいくらでもある。

エミリーは城内にある大量の魔導書を幾度となく読み返した。

その中の一冊の本に書かれている内容に、エミリーは強く心を惹き付けられた。



―――――暗黒魔法の魔導書



自然界には殆ど生息していない『闇の精霊』。

他の精霊よりも強力な、そして特異な力を持つ『闇の精霊』を魔力に変換して発動される暗黒魔法。


その一つが『腐敗』の魔法。


その煙に触れた者は急速に朽ち果てると言う。





すなわち

その魔法とは……



―――――時間の進行を進める魔法




暗黒魔法を使えば、エミリーの止まった時間を進める事が出来る。


エミリーは『暗黒魔法の魔導書』を幾度となく読み返し、もはやその内容を暗唱する事すら出来る。


問題は希少な闇の精霊を見つける事。

自然界に殆ど生息しない『闇の精霊』を見つけるなど至難の業。
ましてや、異世界空間に閉じ込められたエミリー・エヴァリーナには実現不可能な夢物語。


そしてエミリーは思う。

この本に書かれている『闇の精霊』。
低級な精霊では意味が無い。

エミリーの呪いを解くには、最上級の『闇の精霊』の力が必要だろう。


例えば……


―――闇の精霊王『ベスタ』


ベスタの力を魔力に変換すれば、エミリーに掛けられた呪いが解けるに違いない。

いつの日か、闇の精霊を捕まえて見せる。





そして

更に100年の季節(とき)か流れる。




【魔女の城編③】

「タケル!見つけたのだ!あれは闇の魔法!闇の精霊なのだ!」

何故か喜んでいるエミリーを無視してタケルが言う。

「そんな事より、あの少女。ピンチそうだけど、どうする!?」

沖田も冷静に状況を分析する。

「あれは渋谷であった魔法使いが言っていたローマ教会の魔法使いだろう。物凄いオーラを感じる。」

「にゃんと! 闇の精霊がローマ教会の魔法使い!?」

「エミリー!とにかくあの魔法使いを何とかするんだ!何やらヤバイ雰囲気だぞ!」

タケルの指示にエミリーは元気よく答える。

「おー!やっとエミリーの出番かー!」

そしてエミリーが放つのは、巨大な竜巻を発生させる上級魔法。


――――エノルメ・テンペスタ!


吹き荒れる巨大な竜巻が『ベスタ』の放つ『死の世界(デスワールド)』の煙を吹き飛ばす。


「誰だ!?」

「だれ!?」

ベスタとユイファが同時に振り向きエミリーを見る。


エミリーは元気いっぱいに叫ぶ。

「エミリー・エヴァリーナ只今参上!ローマ教会の魔導師よ!覚悟しなさい!ついでに闇の精霊の魔力はエミリーが頂きまーす!」

いつにも増してハイテンションなエミリー。


ベスタは少し驚いたがすぐにエミリーの事を思い出す。

(あれは、渋谷であった悪魔の魔女。そう言えば馬車で近くまで来ていたのだったな。)

アリエス・マイヤードの記憶を辿りエミリーを認識するベスタ。


「あなた達は?」

同じく驚いているユイファにタケルが声を掛ける。

「誰かは知らないがもう大丈夫だ。………つか、あんた誰だ?何でこんな所に居る!」

「話は後だ!魔法使いの戦闘に巻き込まれるぞ!」

沖田はタケルとユイファを促しベスタとエミリーから離れるように言う。



エミリーに向かってベスタは言う。

「悪魔の魔女か……、もはや貴様に用は無い。死にたくなければ立ち去るが良い。」

エミリーは嬉しそうに言葉を返す。

「やっと見つけた闇の精霊!逃さないわ!」

「なんだと?」

「昨年のクリスマスに戦った魔法使いが使った魔法。あの魔法なら闇の精霊を逃さないわね。」

「何を言っている?」

「そして、エミリーの時を奪ったあの場所でエミリーは時間を取り戻すのだ!」

エミリーはタケルに向かって叫ぶ。

「タケル!悪いけど麗ちゃんは任せるわ!先に異世界の門(ゲート)に行っててちょーだい!」

タケルも慌ててエミリーに言う。

「ちょっ!エミリー!いったい何を!?」

そしてエミリーはニコリと笑って言う。

「ちょっと、その魔法使いと一緒に出掛けて来ます!」

「な!なんだって!?」とタケル。

「悪魔の魔女!何をする気だ!?」

さすがの精霊王『ベスタ』もエミリーの勢いに戸惑いを隠せない。

エミリーは言う。

「さぁ、闇の精霊よ。あなたの魔力を貰い受けます。エミリーと一緒に行きましょう。」

ゴゴゴゴゴゴォ!

エミリーの強大な魔力が富士の密林の大気を揺るがす。

そしてエミリーが唱える魔法

新世界ローマ教会の魔導の結晶『ゼロ』がエミリーとの対戦で見せた魔法をエミリーは忠実に再現する。




―――――空間断絶魔法




「な!なんだ!?」

強烈な魔力の光がエミリーとベスタの2人を包み込む。



エミリーは言う。

「そう……」

「ここは私が数百年の時を過ごした忌まわしき場所……」

「同時にマンマと最期に時を過ごした愛しき場所でもある。」



ここは魔女の城―――――


―――――――サンシェーロ城




「私はここで、止まった時を取り戻す。」


「闇の精霊よ……


………あなたはもう逃げられない。」






――――――――覚悟して下さい











エミリー・エヴァリーナ

イラスト提供ルイン様