【森の支配者編①】

日本一の霊山 富士山

その麓にある密林にひっそりと佇む古い神社。

―――富士御嵩神社(ふじみたけじんじゃ)


かつては陰陽師の本拠地として栄えていたこの神社も、今は数人の陰陽師が残っているだけであった。

「どうやら見つかったようだな……。」

陰陽師の一人、神影 小次郎(かみかげ こじろう)が仲間の陰陽師に言う。

「今戦えるのは俺達だけだ。行くぞ小次郎。」

檜山 武蔵(ひやま むさし)は備えてある日本刀を手に境内の入口にある鳥居へと向かう。

陰陽師でありながら抜刀術を極めた2人の剣士が富士御嵩神社の入口にある鳥居の前に立ち並ぶ。

敵は大胆にも、神社の正面から悠然と歩いて来る。

関東最強ポリス『ピュアブラッド(純血)』。
そしてその実態は、異世界から来たヴァンパイアとヴァンパイア化された人間。

「5人か……意外と少ない。」

小次郎が正面から歩いて来る敵を見て呟く。

ヴァンパイア・キャロルは楽しそうにリンクスに言う。

「お兄様、神社の入口に物騒な武器を持つ者が睨んでいます。ここは私にお任せを。」

しかしリンクスは妹に言う。

「まぁ、焦るなキャロル。ここは新メンバーのエストラーダに任せるとしよう。」

すると不知火(しらぬい)が横から口を挟む。

「1人で殺る気か?陰陽師を侮ると痛い目に合うぞ。」

リンクスは不知火を手で抑えて言う。

「不知火(しらぬい)。お前はエストラーダの力を見ていないから分からないだろうが、俺達が手を出さなくても問題無いだろう。」

そしてエストラーダに命令をする。

「頼んだぞエストラーダ。あの2人の陰陽師を瞬殺して来い。」


暗黒の魔導師エストラーダはリンクスに言う。

「ふん……リンクスとやら。ヴァンパイアになるのは構わないが、俺は自分より弱い奴の下に付く気は無い。俺に命令するな。」

「なに?」

(こいつ、まだ完全にヴァンパイア化されていないのか?もう少し時間が必要か…)

リンクスは眉間にシワを寄せる。

「ここは俺が殺る。任せておけ。」

すると陳 王牙(チン オウガ)が前に躍り出る。

「では赤い方は俺が引き受ける。白い方は頼んだ。」

不知火も手に持つ木刀を構える。

前に出て来るオウガと不知火を見て小次郎と武蔵も戦闘態勢に入る。

「いいな武蔵。ここを突破されたら後が無い。俺達の敗北は麗様の命に関わる。絶対に負けるな。」

「分かっている。お前こそ負けるなよ。お前は甘い所がある。殺せる時はちょうちょせず殺せ。」

そして『ピュアブラッド』のヴァンパイア達と陰陽師一族との戦闘が始まる。




【森の支配者編②】

ゴゴゴゴッ!

少林寺拳法真羅漢拳(しんらかんけん)の達人オウガの鋭い突きが武蔵に目掛けて放たれる。

触れただけで岩をも粉砕しそうなその突きが武蔵の胴体を突き抜ける。

「!?」

手応えが無い!

「陽炎(かげろう)の術。」

陰陽師の一族が使う陰陽術。自らの幻影を残し本体は高速で移動し――

「後ろががら空きだ。」

武蔵は日本刀を振り下ろしオウガの背中を叩き斬る!

「ぐっ!」

ヴァンパイア化して強化されたオウガの肉体から鮮血が飛び散る。

(む…、俺の抜刀術でも表面しか斬れぬか。こいつは厄介だな。)

「小癪(こしゃく)な技を!」

オウガは斬られながらも振り向き様に裏拳で攻撃を仕掛ける。

「ちっ!」

咄嗟(とっさ)に避ける武蔵。
しかし想像以上に素早いヴァンパイアの動きに反応が遅れ、オウガの拳が武蔵の左足を掠める。

「なに!?」

物凄い衝撃が左足を襲い、吹き飛ばされる武蔵。

「痛っ!」

ドサリと地面に落ちる武蔵。

(くっ……骨が折れたか。こいつは不味い……。)



「武蔵!!」

思わず叫ぶ小次郎。

「おい、よそ見をするとは余裕だな。」

不知火 琢磨(しらぬい たくま)は剣の達人。不知火の木刀が小次郎に向けて放たれる。

シュバッ!

しかし、小次郎の日本刀が閃き不知火の木刀を切り刻む。

小次郎は言う。

「なかなかの腕前だが、木刀で日本刀に立ち向かうのは無謀だな。」

不知火は切られた木刀を気にする様子も無く、そのままの勢いで小次郎に突進。

「な………!速い!!」

驚く小次郎に不知火は木刀の柄をグサリと突き刺した。

「がはっ!」

(バカな………)

血を吐き出す小次郎に不知火は言う。

「人間の常識で考えたらイカンよ。俺はヴァンパイア。人間とは戦い方が違う。」

そして小次郎が落とした日本刀を広い上げる。

「まぁ、確かに木刀では物足りないと思っていた。この日本刀は俺が貰い受ける。」



――――――――強い

 
武蔵はヴァンパイアの動きに恐怖すら覚える。

幼少の頃より厳しい修行を積んで来た武蔵と小次郎。お互いに切磋琢磨をして陰陽師の中でも屈指の実力者となった2人。

しかし、ヴァンパイアはそのスピードとパワーで2人の予想を上回る攻撃をして来る。

(これが人間とヴァンパイアの違いか…)


リンクスは思う。

(ヴァンパイ化とは元の人間の能力を何倍にも引き上げる術。

陳 王牙(チン オウガ)と不知火 琢磨(しらぬい たくま)。

この2人のヴァンパイア、元の人間の時も相当な実力者。これは当たりだったな。

そして隣に立つ男、エストラーダ・オリバー。

この男は人間でありながら覚醒したヴァンパイアを皆殺しにした。
ヴァンパイア化した今となっては、どれほど強いのか……。)

ほくそ笑むリンクスを見てキャロルが話し掛ける。

「お兄様、ニヤニヤしてどうされましたか?」

「なに、他の種族に先駆けてこちらの世界に来たのは正確だった。このままヴァンパイア化を進めて行けば、俺達ヴァンパイアは…」



―――――2つの世界の支配者になれる。




「さぁ、オウガに不知火。そんな奴らはさっさと殺してしまえ!早く異世界の門(ゲート)を開放しに行くぞ!」

リンクスが命令を下したと同時に


ザワザワザワ――

バタバタバタ――


「む?」

富士の密林の雰囲気ががらりと変わる。

「…………何だ?」

「お兄様……あれを……」

キャロルが見たのは密林に生息する鳥達が一斉に羽ばたく姿。

いや、鳥だけでは無い。
リスにキツネに野ウサギまでもが一斉に一つの方角へ走り出す。


まるで―――

まるで森の支配者の帰還を祝福するかの如く

動物達はその少女を迎え入れる。



シュウ……

シュウ……


細長い耳の少女は、黒い長槍をリンクス達に向けて言う。


「そこまでです。ここは貴方達の来る場所では有りません。」


美しくも強烈な殺気を放つその少女。

「貴方達はこの世界に災いをもたらす。この『アルテミスの槍』が天に代わって貴方達を――」


―――――――滅殺します。





【森の支配者編③】

富士御嵩神社(ふじみたけじんじゃ)

陳 王牙(チン オウガ)は李 羽花(リー ユイファ)を見て不敵に笑う。

「滅殺だと?ふはははっ」

ズシリと足を踏み出すオウガ。

「ユイファよ、その槍を手にした途端、随分と威勢が良いな。神奈川では俺達に恐れをなして逃げた臆病者が!」

ユイファはオウガに言う。

「オウガ……、天佑(テンユー)の仇は取らせて貰います。クラスメイトのよしみです。苦しまないよう、せめて一撃で葬りましょう。」

「なんだと?」



いきなり現れた少女を茫然と見つめる小次郎。

(あの少女……、無理だ!殺されるぞ!)

何者かは知らないがヴァンパイア達に1人で立ち向かうなど無謀。
手に持つ黒い槍など何の役にも立たないだろう。

すると小次郎にそっと手を差し伸べて声を掛けるもう1人の少女。

「大丈夫ですか?歩けますか?」

小次郎はその少女を見て驚きの声を上げる。

「夢野 可憐(ゆめの かれん)!?」

初対面でも小次郎は可憐の顔を知っている。

その歌声は聴く者を魅了してやまない、日本を代表するトップアイドル。

そして、陰陽師一族の棟梁である神代 麗(かみしろ れい)が探していた女性。

陰陽師の守護神である『朱雀』をその身に宿す少女。

「可憐さん……いや、朱雀様か、どうか麗様をお助け下さい!」

「麗……ちゃん?」

小次郎は異世界の門(ゲート)を1人で封印し続ける麗の事を話す。

話を聞いた可憐は少し驚いたが、すぐに小次郎の手を取り言葉を掛ける。

「分かりました。そのゲートの所へ案内して下さい。」

小次郎は可憐に言う。

「しかし、君と一緒に来た少女。ヴァンパイアを相手に一人で戦わせる訳には…。」

「大丈夫。私はユイファを信じています。彼女は言っていました。森の中での戦闘なら彼女は――」


―――――――無敵だと



【森の支配者編④】

陰陽師の2人の剣士、武蔵と小次郎は可憐を連れて境内の奥へと向かう。

(……なんだ?ここでの戦闘を1人に任せて何処に行く気だ。)

エストラーダは隣に居るリンクスに声を掛ける。

「ここはお前達だけで十分だろう。俺は先に神社の中へ行く。あの2人の剣士の息の根を止めて来よう。」

「ん?あぁ、頼んだ。俺達もすぐに行く。」

神社の中へ消えゆくエストラーダを見てリンクスは思う。

(少しはヴァンパイア化に馴染んで来たようだな。)

「オウガ!!」

すると隣で叫び声を上げるヴァンパイア・キャロル。

「どうした!?」

慌ててオウガの方を見るリンクス。



グサリッ!


「さようならオウガ。いつの日か地獄で会いましょう。」

先程の予言通り、ユイファは一撃でオウガを沈めた。





ヴァンパイア・キャロルは見た。

ユイファとオウガの攻防。

もともと少林寺拳法の達人であるオウガ。
人間の限界を越えるオウガの攻撃は鬼気迫るものがあった。

しかし、オウガの攻撃は当たらない。
舞を踊るように攻撃をひらりと躱(かわ)すユイファ。

そしてユイファが黒い槍をオウガに向けて構える。

「終わりにしましょう。オウガ。」

「くっ!」

オウガがユイファの攻撃から逃げようと後ろへ飛び跳ねようとした時。

「!?」

地面に生えている草花がオウガの足に絡みつく。

「なんだ!?」

それだけでは無い。

周りにある木々の枝が不自然に伸びて、オウガの身体に巻き付いた。

「バカな!いったいこれは!?」

グサリッ!

黒い槍――『アルテミスの槍』がオウガの心臓を一突きに粉砕した。



【森の支配者編⑤】

不知火(しらぬい)の本能がユイファに強い危険信号を示す。

(この娘がポリス『ブルースカイ』に居た少女と同じ人物か?)

不知火は思う。

(まともに戦うのは危険だ。オウガとの戦闘に集中している今がチャンス!)

不知火は素早くユイファの後ろに回り込み、日本刀を振り上げる。

ユイファがオウガに黒い槍を突き刺した直後。


「!?」

ユイファが気が付いた時には既に遅い。

不知火の日本刀が羽花(ユイファ)の背中へ振り下ろされる!


シュパッ!


「!?」


しかし――

しかし不知火の右腕は、刀を振り下ろす事が出来ない。

富士の密林の青く茂る木々の枝が、不知火の右腕を絡み取る。

「バカな!」

まるで自らの意思で動いているかの如く
、木々の枝が不知火の身体にまとわり付く。

ユイファは言う。

「不知火さん。貴方にはブルースカイで拾って貰った恩があります。しかし、ヴァンパイアとなった貴方は、もうこの前までの不知火さんでは有りません。」

「うるさい!力こそ正義の世の中!ヴァンパイアこそが世界の支配者になるに相応しい!」

抵抗する不知火にユイファは黒い槍を向けて言う。

「『アルテミスの槍』よ、その力を開放しなさい。」

ユイファがそう呟くと――

シュバババッ!

不知火 琢磨(しらぬい たくま)の胴体が一瞬で斬り刻まれる。

「不知火さん、ヴァンパイアになった時点で貴方の心は既に死んでいたのです。」



ヴァンパイア・キャロルは茫然とユイファを見つめる。

陳 王牙(チン オウガ)
不知火 琢磨(しらぬい たくま)

2人は決して弱いヴァンパイアでは無い。
むしろ、オリジナルのヴァンパイアと比べても引けを取らない実力者。

その力とスピードは人間の限界を超え、彼等の肉体は簡単には破壊出来ない。


その2人を―――――


――――――――瞬殺?




(何なのこの娘………。この娘はやはり人間じゃない。)



この力は――――――


―――――――エルフ族の王族の力













李 羽花(リー ユイファ)

イラスト提供 にゃんごろ様