【トンガリ帽子の少女編①】

西暦2043年4月23日

最初に黒い霧が確認されてから4ヶ月が経過していた。

黒い霧に覆われた地域は、電気も電波も使えなくなる。
電車や自動車といった人類が産み出した近代文明は無効化され、銃火器や戦車などの近代兵器は鉄屑と化した。

貨幣も法律も道徳も何もかも意味を成さない。
欲しい物を手に入れる方法はただ一つ。


――――――力による略奪。




極端な食糧不足に陥った日本では、食糧を確保する為に、殺人が当たり前の世界へと変貌する。

力の無い者は飢え死にするか、略奪され殺されるか、明日への希望も望みも無い地獄のような世界。

しかし――

そんなカオスと化した世界にも新たな秩序が誕生する。


―――――――ポリス


誰が名付けたのか、古代ギリシャの都市国家群になぞらえてポリスと呼ばれる集団が次々と結成されて行く。

ポリス内では、リーダーと呼ばれる人間を中心に一定のルールが敷かれ、力の無い者でも身の安全が保証される。

しかし、自分達のポリスに所属していない人間には、容赦の無い殺戮と略奪が当然のように行われる。

強いポリスに所属する事が自分の命を守る唯一の方法であり、ポリスを結成しているリーダーは、戦闘員と呼ばれる強い人材を確保する事で管轄区域を広げて行く。

そして、無数にあったポリスは徐々に強いポリスに吸収されて行った―――




東京都渋谷区に本拠地を構えるポリス『ピュアブラッド(純血)』。

リンクスとキャロルの2人の兄妹をリーダーとする『ピュアブラッド』は、その好戦的なスタイルと圧倒的な戦闘力によって瞬く間に東京最大のポリスとなった。



ここは渋谷区にあるカクテルバー
電気の変わりに無数のロウソクの炎が店内を照らしている。

『ピュアブラッド』の幹部である鮫島 修二(さめじま しゅうじ)は満面の笑みを浮かべて目の前の光景を眺めていた。


(くくく………、これは笑いが止まらんぜ。

リーダーであるリンクスとキャロルの2人は何を思ったのか、ヴァンパイア化した覚醒者達を引き連れて富士山まで遠征に行きやがった。

ここに残る覚醒者(ヴァンパイア)は幹部である俺一人。
リンクスは俺に留守を任せると言って全権を預けて行った。

そう…

今の『ピュアブラッド』では俺こそがリーダーであり最高権力者!

ポリスに集められた食糧も、目の前にいる女共も、全てが俺様の思いのまま。俺様に逆らえる奴など誰も居ない!)

鮫島 修二(さめじま しゅうじ)は目の前に並ぶ若い女を抱き寄せグラスにワインを継がせる。


(ワインもいいが………)

鮫島は若い女の首筋を見る。

(やはり処女の血こそがヴァンパイアにとっての御馳走……。)

覚醒者である鮫島は、若い女の首筋にそっと唇を近寄せる。

と、その時―――


カクテルバーのドアがバタンと大きな音を立てて開かれる。



【トンガリ帽子の少女編②】

「誰だ!ここは立入禁止だと言ったはずだ!」

鮫島がドアの方を見て叫ぶ。

そこには15〜16歳くらいの黒いトンガリ帽子に黒いローブを羽織った外国人の少女が立っていた。

ドアから入って来たその少女は、テーブルに並ぶ食糧を見て嬉しそうに言う。

「ほーほー。噂通り、ここには食糧がいっぱいあるのー。」

そして

「頂きまーす!」

バクバクバクバク

勢い良くテーブルの上の食糧にかぶりつく。

「うん!上手い!しかし、パフェが無いのは残念なのだ。」


(な、な、な、なんだこの女は!!)

仮にもここは関東最強と恐れられるポリス『ピュアブラッド(純血)』の中心地。

覚醒者達が出払っているとは言え、そこら中にポリスの戦闘員が配置されている。

「誰だお前は!見張りの戦闘員は何をやっている!」

怒鳴り声を上げる鮫島。

すると少女は鮫島の方を見て言う。

「叫んでも誰も来ないよ?みんな倒しちゃった。」

何を言っているんだ、この女は。
この周辺だけでも戦闘員は何十人も配置してある。

鮫島は黒いトンガリ帽子の少女に言う。

「貴様……、どこのポリスの戦闘員だ。いったい何十人の戦闘員を連れて来やがった!」

すると少女は平然とした顔で言う。

「戦闘員?…ポリス?ポリスって旨いのかにゃ?モグモグ……」

鮫島の怒りが頂点に達する。

「ふざけるなぁ!食べるのを止めろ!どうやら死にたいらしいな!」

鮫島の目が不気味に赤く光り、覚醒者としてのオーラが、身体全体から放たれる。

「うるさいなぁ……、久し振りの御馳走なんだから、ちょっと黙ってて!!」

逆ギレする黒いトンガリ帽子の少女。

「こ、こ、こ、この、女ぁ!許さん!!」

人間離れした瞬発力で少女に襲い掛かる鮫島。

「フィアンマ!」

同時に少女が右手から炎を放出し鮫島の全身を包み込む。

「うわっち!熱っ!!」

炎に焼かれ、のたうち回る鮫島。

黒いトンガリ帽子の少女は鮫島を見て笑顔で囁く。

「良い子だから大人しくしててね。それ以上、邪魔をすると……」



――――――消し炭になるわよ。










エミリー・エヴァリーナ

イラスト提供ルイン様