【上陸編①】

「こっちだ!」

「取り囲め!」

中華人民共和国の人民軍の兵士達が、陳 王牙(チン オウガ)を包囲する。

「この武闘家め!トチ狂いやがって!」

数十人もの兵士達は持っている機関銃をオウガに向けて引き金を引く。

しん――――

「くっ!やはりダメか!黒い霧の中では機関銃は使えない。」

「全員、刀剣を抜け!一斉に斬り掛かるぞ!」

銃火器が使えなくなるのは想定内。
予め用意していた刀剣を構える兵士達。

「おいユイファ……、ど、どうする?」

テンユーが隣に居るユイファに囁いた。

「どうするって…………、どうしよう。」

ユイファも困惑した顔でオウガと兵士達を見ている。

そもそも、オウガの行動は謎だらけだ。もともと横暴な性格ではあるが、無差別に武闘家や兵士達を殺す行動が理解出来ない。
何より、転がっている死体の数が半端じゃない。

(オウガの奴、短時間でこれ程の人間を殺したって言うのか……)

「テンユー、あれは……、あそこに居るのは本当にオウガなのかしら?まるで別人のよう。」

確かに……

筋肉質な身体から湯気のような闘気が発散され、身体全体が一回り大きくなったように見える。
そして、その眼光は赤く光り人間のものとは思えない異様な雰囲気を醸し出している。


「全員突撃!!」

人民軍の隊長らしき人が号令を掛ける。

そして、テンユーとユイファは戦闘の一部始終を見る。


オウガの真羅漢拳(しんらかんけん)は豪の拳。その拳は巨大な岩をも撃ち砕く。

しかし、これは無茶苦茶にも程がある。
オウガの拳が兵士達の刀剣を圧し折り、次の瞬間には兵士の身体が粘土細工のように弾け飛ぶ。

人間とは、こんなに脆い生き物なのだろうか…

バキバキ!

ベチャ!

「ぐわぁあぁ!!」

「ぎゃあぁぁ!!」

夜の船上に兵士達の悲鳴が、これでもかと響き渡る。

テンユーはその戦闘振りを呆然と眺めていた。

(オウガ………、お前……………。)

恐怖に身を震わすテンユー。

あまりにも圧倒的で、あまりにも残虐なオウガの戦闘。

(だめだ………)

(殺される………)

(逃げなければ…………)

しかし

しかしテンユーの身体は恐怖によって動かない。

(………早く……逃げ……?)

シュウ…………

(…………羽花(ユイファ)?)

ちらりとユイファを見るテンユー。


すると、そこには…
黒い化物を倒したあの時と同じ……


テンユーの脳裏に、またしても父の言葉が思い出される。


李一族は呪われた一族…………

一族の身体には

化物の血が流れている…………

李 羽花(リー ユイファ)こそ、本物の化物だ――――――




ユイファの耳が―――


―――――細長く変化して行く













王牙(オウガ)と 羽花(ユイファ)

イラスト提供sochie様、にゃんごろ様
一部加工しております。







【上陸編②】

ユイファはテンユーに言う。

「ここは船上。逃げる事は出来ないわ。」

(ユイファ?……どうする気だ……)

「私が………、私がくい止めます!」

「!?」

(ダメだユイファ!)

テンユーは何故だか妙な胸騒ぎを覚える。

(ユイファとオウガを戦わせてはいけない!)

テンユーはようやく身体を動かしてユイファの手を引いて走り出す。

「ダメだ!今のオウガは異常だ!あんな化物に立ち向かうなんて自殺行為だ!」

「え!ちょっとテンユー!」

強引にユイファの手を引いて無我夢中で逃げるテンユー。

「おい!あっちだ!」

「あっちから悲鳴が聞こえて来るぞ!」

その間にも、多くの武闘家や兵士達が船の先端へ向かって行く。
すれ違う人達を見てテンユーは思う。

(そうだ!これだけの武闘家が居るんだ。いくらオウガが化物のように強くなっても、必ず倒される!)

絶え間なく聞こえて来る悲鳴から逃げるように、テンユーは走る。

(テンユー……)

ユイファも諦めた様子でテンユーの手を握り一緒に船の中を走る。

どんなに逃げても逃げられない閉ざされた空間である船の中。

しかし、神は2人を見捨てない。


「陸だー!ぶつかるぞー!」

誰かの叫び声が聞こえた次の瞬間。

ドガガーンッ!!

「きゃっ!」

巨大な木造船が日本にある港の防波堤に激突する。

「大丈夫か!ユイファ!」

「う……うん、大丈夫。それより早く行きましょう!」

急いで船から駆け下りて上陸する2人。

他にも何人かの人影がパラパラと船から脱出するのが見えた。

(あれだけ居た武闘家や兵士達……、何人が上陸出来たんだ……)

「テンユー急いで!」

「お…おう!」

暗闇の中を走る2人。

黒い霧に覆われて、ただでさえ視界が悪い夜の海辺。その上、電気の明かりが全く見えない。

どのくらい走っただろうか……

「ここは、どこかしら?」

ユイファがぽつりと呟く。

「さぁ、日本のどこかの港町だろう。しかし、人影も明かりも全く無いな。」

「車も走っていないわね。黒い霧が近代文明を無効化すると言う話は本当なのね。」

「それは上海でも同じだ。ニュースで言っていたからね。実際に黒い霧を体験すると気味が悪いけれど。」

2人がそんな話をしていると、遠くの方に明かりが見えて来る。

「テンユー、あの光は……」

「なんだろう?何かを燃やしているのかな?」

「行って見ましょう。」

2人は誘われるように光の方へ歩き出す。

「…………」

「…………」

ゴォオォ

「!!」

「テンユー!」

「ユイファ!あれは………。」


ゴォオォォ

「…………酷い。」

ユイファが目の前の光景を見て目を伏せる。

「なんだこれは………」

2人の目の前に広がる灼熱の炎を見てテンユーが呟く。



そこには


山積みになった大量の人間の死体が


―――――――燃やされていた。