【白の魔導師編①】


西暦2043年3月13日

イギリス ロンドン 

16歳になった少女レイラはテムズ川の清らかな水面を眺めていた。

(………もうお終いだわ。)



それは、昨年11月の出来事―――

信心深いレイラはロンドン郊外にある古びた教会で祈りを捧げていた。

「迷える子羊よ。神は全ての人々の願いを叶えます。信じる事こそ救いの道です。」

その日、礼拝に訪れた人々に神父様が優しく語りかける。


そして

「きゃあぁぁぁ!」

悲劇が起こる。


何の前触れもなく現れた黒い化物が、神父様の首から上を撥ね飛ばした。

「化物だ!逃げろ!」

礼拝に訪れていた誰かの叫びに呼応するかのように人々は教会の出口に殺到する。
その日、教会に訪れていた信者47名と共に外へ飛び出したレイラを待ち構えていたのは……


ふしゅう

ふしゅう


――――無数の黒い化物



20名を越える信者が化物に殺されたロンドン史上に残る大事件。

レイラが黒い化物から逃げようとした時

「!!」

一体の化物の爪が

ズバッ!

レイラに襲い掛かった。

レイラの綺麗な顔は引き裂かれ、右手の肘から先はスッパリと切り落とされた。


後から聞いた話によると、イギリス軍では手に負えないと判断したイギリス政府は、新世界ローマ教会に救援を求める。


派遣されたローマ教会の2人の魔導師のうちの1人……。

金髪に綺麗な顔をした魔導師ウイリアムは呟く。

「これは困りました。倒しても倒しても出現する化物。これではキリが無い。」

もう1人の魔導師ミカエルは言う。

「どうするウイリアム。そろそろ精霊の力が枯渇して来た。一旦引くか?」

「いや、1つ気になる事があります。」

そう言うとウイリアムは高齢の男の方へ歩み寄る。

「黒い化物は教会でお祈りをしていた人間にしか襲い掛からない。そして、一人だけ――――」

高齢の男を指差すウイリアム。

「……なぜ貴方は狙われ無いのですか?」





結局、事件は2人の魔導師の手によって解決された。

世界中で巻き起こった『黒い化物事件』で化物の沈静化に成功した例は多くない。
ロンドンでの事件は、その数少ない事例と言える。

最終的に世界中に現れた『黒い化物』が消滅するのは、その年のクリスマスまで待たなければならなかった。



しかし

『黒い化物事件』が解決しても、レイラにとっては何の解決にもならない。

レイラはこの事件で片手を失い、顔の半分に大きな傷を負う。
それは16歳の少女にとって耐え難い苦しみとなる。


【白の魔導師編②】

ようやく退院したレイラが向かった先はテムズ川に掛かる橋の上。
普段は人通りの多いロンドン橋も、寒さのせいかそれほど人は歩いていない。

(………もうお終いだわ。片手を失い、見るも無残なこの顔で、この先どうやって生きて行けば良いの?)

「死のう…………」

そう呟いたレイラが、橋の欄干(らんかん)から身を乗り出そうとした時。

「待ちなさいお嬢さん……」

レイラの後ろから声が聞こえた。

驚いて振り向くレイラ。

「あなたは…………。」


そこには、金髪の美しい顔立ちをした男がレイラを見つめていた。

その男は自らを新世界ローマ教会の魔導師と名乗った。

金髪の魔導師ウイリアムに想いの全てを打ち明けるレイラ。

すると、ウイリアムは優しい笑顔でレイラに言葉を掛ける。

「それはすまない事をした。あの日 私が駆け付けるのがもっと早ければ君は苦しまずに済んだんだね。」

「いえ………それは……」

レイラは泣きたくなるのを我慢してウイリアムの顔を見る。

するとウイリアムは

「でも、君は運が良い。ここで私と出会えたから。何せ私は世界で唯一の白の魔導師(ホワイトマジシャン)の生き残りだからね。」

「………ホワイト……マジシャン?」

「目を―――――瞑ってごらん。」

レイラは優しいウイリアムの声に促され言われるがままに目を瞑る。

すると不思議な感覚がレイラを襲う。

身体の全身から、まるで命の源が溢れるように力が湧いて来る。

しばらくしてウイリアムはレイラに話し掛ける。

「お嬢さん、終わりました。もう大丈夫です。」

(………え?)

ゆっくりと目を開けるレイラ。

「……………!」

すると驚いた事に、右手の肘から先が――


――――――右手がある!


ウイリアムは言う。

「後で鏡でも見ると良い。顔の傷も消しておいたよ。」

それは奇跡といかいいようの無い出来事。

我慢していたレイラの瞳から大粒の涙が溢れ出す。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。あの……あなたは……」

「私の名はウイリアム。」


―――ウイリアム・ロビンソン


「お嬢さん、あなたの未来に祝福を。」


そう言ってウイリアムは、その場を立ち去って行った。

レイラは思う。

(神様………、ありがとうございます。神様は本当に居るのですね。あのお方こそ…。)


私にとっての―――――


――――――――――救世主





ロンドン橋の先でウイリアムを待っていた男、ミカエルがウイリアムに話し掛ける。

「ふん……、お前も物好きな奴だ。あんな少女を助けてどうする。」

「何を言っているんだい?人々を救うのが私達の役目でしょう?」

ウイリアムの返答にミカエルは呆れた様子で言う。

「それで、あの娘に何をしたんだ?」

ウイリアムは言う。

「なに、彼女の身体に眠る自然治癒力を活性化させただけです。流石に腕の再生ともなると無理をし過ぎましたけどね。」

「無理をし過ぎた?」

「少し負担が大きかったようです。おそらく彼女が生きていられるのは、もって2〜3年でしょう。」

「ふん、それだと彼女を助けたのか殺したのか、どちらか分からんな。」

ミカエルが呆れた口調で言うとウイリアムは不思議そうな顔で答える。

「あの少女は今にも自殺をする所でした。例え2年であっても寿命が伸びた事に違いは有りませんよ?」

ミカエルは諦めたように本題に入る。

「それより、ローマ法王が俺達を呼んでいる。今回は俺達全員を呼び寄せたみたいだな。」

「全員?」

ウイリアムは驚いてミカエルに言う。

「私達全員を集めるなど、今までに無かった事です。今回の敵はよほど強敵らしいですね。」

「あぁ……」

ミカエルは言う。


今度の敵は――――――

俺達カーディナルズにとって


いや、ローマ教会にとっても長きに渡る因縁の敵――――


――――――――――悪魔の魔女だ