【まやかしの箱編①】

西暦2042年 3月

卒業式前夜―――――


(もうこんな時間か…、そろそろ寝なきゃ)

日本帝都学園1年A組
夢野 可憐(ゆめの かれん)が自室のベッドに潜り込みテレビのスイッチを消した時





スマホの着メロが鳴る。

可憐がスマホの画面に目をやると

(……桜ちゃん?)

「もしもし、どうしたの?」

クラスメイトの山野 桜(やまの さくら)は嬉しそうに可憐に告げる。

「可憐ちゃん、あのね……。」

桜は放課後の教室で起きた不思議な現象の事を可憐に話す。
桜の話では、憧れの石田先輩と一緒になる事をその箱にお願いしたと言う。

(パンドラの箱………)

そんな都市伝説のような出来事を桜は本気で信じている様子であった。



翌日………

「きゃあぁー!!」

石田 スグルと山野 桜の身体が、文字通り混じり合って一つの物体となっていた。

(桜ちゃんの身に何が起きたの………)

可憐は驚きのあまり声を出す事も出来なかった。



物々しいパトカーのサイレンが鳴り響く中、卒業式は中止となる。
帰りの校門で卒業生の男子が話しているのが聞こえて来た。

「それにしても、スグルの奴、何があったんだ?」

「そんなの俺が知るかよ。ありゃ、命は無いな。」

「一緒に死んだ女、あれ山野だろ?」

「あぁ、今日の卒業式の後に告白する予定だった女だ。ほら一年生の………」

「スグルがずっと片想いをしてた女だ。」

「わざわざ雨の日に傘を貸したり、意外と健気な奴だったよな。」






―――――――片想い?


(桜ちゃんと石田先輩は……両想いだったんだ……。)





――――――――――――――――――



西暦2042年 8月

鮮烈なデビューを果たした北条 月詠(ほうじょう つくよみ)の初コンサート。

人の精神に干渉しアイドルとして絶大な人気を手に入れた月詠は、その全てを失った時に、確かに彼女はこう言ったのだ。


――――――これで私は救われる




そして可憐も月詠と同じ道を歩む。
パンドラの箱の力により手に入れた精神干渉術。

精神干渉術の能力により、可憐は再びトップアイドルとしての地位を手に入れた。

蒼き龍が可憐の身体に巣食う精霊を追いやるまで、可憐はその不自然さを微塵も疑問に思わなかった。


可憐は月影によって病院に運ばれた。
外傷は見られなかったが大事を取って、しばらく病院に入院する事になった。

コンコン

病室のドアが開かれる。

その来訪者を見て驚く可憐。

「月詠…………さん。」

月詠は言う。

「可憐ちゃんも、あの変な術から開放されたのね。本当に良かったわ。そして……」

月詠は可憐に頭を下げる。

「私……どうかしてた。変な術によってトップアイドルになっても、ちっとも嬉しく無いわ。」

「月詠さん……」

「いつか、いつか私は……自分の実力でトップアイドルになって見せます。それまで可憐ちゃんもトップアイドルでいて下さい!可憐ちゃんは私の目標なんです!」


可憐は誓う。

パンドラの箱になんか頼らなくても、私は自分の願いを、自分の想いを叶えよう。


多くのファンに私の歌を届ける事。それが私の願い……。




【まやかしの箱編②】

エルピスはパンドラの箱を片手に言う。

「人々は神に願いを叶えて欲しくて祈るのです。」

「人間は神に祈らずには居られない。」

「人間は自らの願いを神に託すのです。」


エルピスの言葉に麗はごくりと息を飲んだ。

(勝てない……)

(この男は……、いやパンドラの箱は人々の願いそのもの。)

(人間は自らの願いを倒す事など出来ない………。)


エルピスの持つパンドラの箱に世界中の人々の願いが集まって来る。

もうすぐパンドラの箱が人間の願いで満たされる。エルピスは満足気にパンドラの箱を見つめていた。


その時、すぐ近くで月影を抱きとめていた少女が声を上げる。

「違います!」

エルピスは少し驚いて可憐を見る。

すると可憐はハッキリとした口調でエルピスに言う。

「人間は神に祈らずには居られない?

人間は自らの願いを神に託す?

何を言っているのですか?

願いとは人に託すものでは有りません。」


願いとは―――――


――――――自ら叶えるものです。





可憐は更に言葉を続ける。

「あなたの行いは願いを叶える事でも何でもないわ。桜ちゃんはパンドラの箱に願いを言わなければ石田先輩と上手く言っていたんです。」

「月詠さんも私も、人の精神を操ってまでアイドルなんかに居たくないわ。」

「夢は自ら叶えてこそ本物になるの。」

「あなたのやっている事は全てまやかし。」

「パンドラの箱はまやかしの箱。人間の願いを叶える箱など存在しないのです!」

エルピスは驚いて可憐に言う。

「何を言っているのだ?この箱を前にして人間は願いを言わずには居られない。人間とは弱い生き物なのだよ。」

「………ならば」

可憐はエルピスに言う。

「私も願いを唱えましょう。」


まやかしの箱―――――


人の心を惑わす偽物の箱は―――


―――――この世から無くなりなさい。




可憐の言葉が言霊(ことだま)となりパンドラの箱に襲い掛かる―――









夢野 可憐(ゆめの かれん)

イラスト提供 Aretre様