【天使の歌声編①】

日本の最先端技術が産み出した量産型戦闘ロボット『アメンボ』。

アメンボの口から発射されたレーザー光線がゼロの頬(ほほ)をかすめると同時にゼロの究極魔法がアメンボを捉える。

ギィ……

…………



すると、その場で機械音を発していたアメンボが


――――――忽然と姿を消した。




(やっと3体ですか………)

ゼロは頬から流れる血を払いのけ、残る2体のアメンボを睨みつける。

「さぁ、掛かっておいでよ。面倒だから2体同時に相手をしてあげます。」

ゼロは両手を前方に出し2体のアメンボに照準を合わせる。

ギィ…

ギィ…

シャッ!!

「!!」

アメンボはその姿形からは想像も出来ないスピードで2体同時にゼロに襲い掛かる。

「くっ!」

ゼロの究極魔法がアメンボの一体を捉え、ゼロの目の前で消失した。

(しまった!一体外しました!)

次の瞬間アメンボの細長い足がゼロの胸部に突き刺さる!

「ぐはぁ!」

更にアメンボは機械の口をパクリと開きレーザー光線を発射!

「ギギ!!」

レーザー光線がゼロの左の手の平を貫通する……と同時にゼロはアメンボの口の中に左手を突っ込んだ。

「超高熱魔法!!」

超硬度の金属で造られたアメンボの口がドロリと溶ける。
更にゼロは自分の胸に突き刺さっているアメンボの足を右手で掴み究極魔法を発動。

ギィ……

……

最後の一体となったアメンボは、他の4体と同じく、その場から姿を消した。

(くっ………、出血が酷いですね。少しやられ過ぎました。)

ゼロは神経を集中させて、自己再生の時間を計算する。

(傷口の完治まで……およそ30分ですか……。仕方がありません、少し休みましょう。残るはターゲットの月影のみ。あせる必要はありません。)

それに……

(強力な魔法を使い過ぎたせいか、精霊の数が減って来たようです。精霊の復活を待つ時間も必要ですね。)

新世界ローマ教会が産み出した魔導の結晶『ゼロ』。

ゼロは静かに時を待つ。

偽りの救世主『北条 月影』を殺す使命を果たす為に――




【天使の歌声編②】

夢野 可憐(ゆめの かれん)は妙な胸騒ぎがして月影の居るシルバードームに駆け付けた。

普通に考えれば白銀の要塞(シルバードーム)の防御を破る事など出来る訳がない。

自衛隊の特殊部隊と日本の最先端技術に守られたその要塞を破るなら、それこそ軍隊でも派遣しないと無理だろう。

そんな可憐の望みは呆気なく砕かれる。

(…………これは!?)

冬の東京に降り積もる雪。

聖なる夜と化した東京都内でも、シルバードーム周辺の寒さは尋常では無い。

全ての物質が凍り付くような奇怪な現象。
可憐はぶるっと身を震わせてシルバードームへと急ぐ。

すると可憐に話し掛ける声が聞こえて来た。

『可憐よ……、この先は危険だ。行くでは無い。』

「!?」

誰かと思い辺りを見回す可憐。
しかし、人の気配は見当たらない。

(気のせいかしら………)

可憐が再び走り出そうとした時、その声が再び可憐を止める。

『この先には想像を越える化物が居る。私ですら勝てるかどうか……。奴はそれ程に危険な存在だ。戻りなさい可憐。』

直接脳に呼び掛ける響きに可憐はようやく事態を把握する。

(あなたは………、私の中に居るあなたは誰?)

声の主は答える。

『我が名は「朱雀」。古来中国の人々は私の事を神と呼んだ。分かりやすく言えば霊獣と言った所か。』

(霊獣?なぜあなたは私の中に居るのですか?)

『………それは月影との約束。主を守る事が月影との約束だ。たからこの先へ行くではない。この私ですら主を守る事は出来ないかもしれぬ。』

(………そんな危険な者が居るのなら、なおさら私は行かなければなりません。月影さんを見殺しにするなど………)

『一つ……、一つだけ月影を守る方法。いや、奴の力を無効化させる方法がある。』

(無効化?どう言う事ですか?)

『ふむ……』

朱雀は可憐に状況を説明する。

(………………………)

説明を聞いた可憐が質問をする。

(…………では、その能力者の力の源は精霊。大気中に生息する数多の精霊の力を借りて魔力を産み出していると。)

『そうだ。精霊の力が枯渇すれば、いかに優れた能力者であろうと魔法を発動する事は出来ぬ。西欧の能力者の最大の弱点であろう。式札を媒体として能力を発揮する陰陽師一族とは能力の種類が違うようだ。』

(陰陽師…?神代さんの事でしょうか?)

『まぁ、その話は別の話だ。今は大気中に生息する精霊をシルバードームから引き離す事が先決。』

(精霊を引き離す……。そんな事が出来るのでしょうか?)

『ふむ……』

『可憐よ。主の歌声には不思議な力が宿っている。古来の日本人はそれを「言霊(ことだま)」と呼んだ。』

(……言霊……ですか?)

『そう……言霊だ。主の歌声は人々の心を惹き付けて止まない。それは人間だけで無く精霊にも言える事。』

(………どう言う事でしょうか?)

『歌うのだ可憐。出来るだけシルバードームから離れて歌い続けるのだ。そうすれば、シルバードーム上空に居る精霊達はドームから離れ主の元に集まって来るであろう。』

(……………歌う…?)

『そうだ……歌え可憐。それが奴の能力を防ぐ唯一の手段。』

可憐は不思議な声の主「朱雀」の言葉を噛みしめる。

私の中に居るもう一人の人格「朱雀」。
最近可憐は記憶を無くす事があった。
理屈は分からないけれど、彼が可憐の中に居るのは確からしい。そんな確信がある。

そして、彼の言葉には妙な説得力がある。
古来中国の人々が神様と呼んだと言うのも、まんざら間違いとも思えない。

(今は彼の言葉を信じるしか無いようですね。)


可憐はシルバードームとは反対の方へ向き直り………




(私には歌う事しか出来ない。ならば歌いましょう。)



(精霊達よ……、聴いて下さい。)



(夢野 可憐……、心を込めて歌います。)






――――――――『天使の歌声』







【天使の歌声編③】

(…………………)

(………どう言う事でしょう。)

シルバードームの中で魔力を回復していたゼロは大気中の異変に顔を曇らせる。

(……精霊達が………)

(精霊の力が回復するどころか、僅かに居た精霊達が、どこかへ消え去って行く。)

「これは不味い事になりましたね。」

ゼロは思考を集中させて、その原因を探り出す。

白銀の要塞(シルバードーム)から南へ2キロの地点。そこに居る少女が精霊達を引き寄せている。
こんな芸当が出来る人間など思い付かない。

いや、1人だけ思い当たる節がある。

(……まさか、悪魔の魔女エミリー・エヴァリーナが現れましたか……。)

悪魔の魔女なら精霊達を操っても不思議では無い。
伝説に残るエミリーは精霊達が枯渇した中でも強力な魔法を操ったと言う。

悪魔の魔女を常識の範疇で捉えるのは危険だ。こんな事が出来るのは悪魔の魔女をおいて他には居ないだろう。

(くっ………こんな時に!)

珍しくゼロの判断に迷いが生じる。

新世界ローマ教会からの司令は2つ。

偽の救世主「北条 月影」の暗殺。

そして

悪魔の魔女「エミリー・エヴァリーナ」の殺害。

(どうする……月影を殺るか。しかし、精霊が枯渇したシルバードームでは魔法を使えない。先に悪魔の魔女を殺りますか…。)

するとそこへ…

コツン…

コツン…

迷っているゼロの前に1人の男が現れる。

細目のその男はゼロを見て話し掛ける。

「ほぉ……、自衛隊の特殊部隊の包囲を難なく突破し、アメンボを粉砕した者がどんな屈強の戦士かと思い見に来たが、まだ子供ではないか。」

「…………北条 月影!」

ゼロは男を睨みつける。

「いや、実に素晴らしい。君の能力は神代一族(かみしろのいちぞく)をも超えるやも知れぬ。流石は新世界ローマ教会が造りし最強の魔法使い。」



君は――――――


――――――神の右腕に相応しい






(くっ!魔法の使えない今の僕では太刀打ち出来ません。ここは逃げるしか無いでしょう。)

ゼロが月影から離れ逃げようとした時

ゼロと月影の目が交錯する。

「!!?」


北条 月影(ほうじょう つきかげ)がパンドラの箱に込めた願い。

日本を……

いや、人々を支配する力。


人の心を支配する力を、月影はパンドラの箱より授かった。




――――――精神支配術





元から人の心を操る術に長けていた月影は、パンドラの箱の力により、より強力な精神支配術を操れるようになる。


「少年よ……………、共に世界を変えようではないか。」






東京の街中に鳴り響く

夢野 可憐の歌声


「見て、あれ可憐ちゃんよ!」

「綺麗な歌声…」

「何で歌っているんだ?」

「そんなの決まっているじゃない。」



ファンへ贈る


聖なるイヴのプレゼント





西暦2042年 12月24日

その夜

イヴの東京の街並に




―――――――天使の歌声が響き渡る