【聖者の行進編①】


パンドラの箱―――――

箱には、この世に存在する全ての災いが詰まっております。疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などあらゆる厄災が箱から飛び出しました。
びっくりしたパンドーラは慌てて箱を閉じました。

しかし、それだけでは終わりません。

箱は内部からギィと開き、1人の男が現れました。
いや女性かもしれません。
得体の知れないその者は、なんとも言えない微笑みでパンドーラに告げます。

「パンドーラ、私を開放してくれて有難う。」

パンドーラは驚いて聞き返します。

「貴方は誰なの?神の使い?」

その者は微笑みのまま答えます。

「神の使い?」

「いや、私の名はエルピス」

「人類の希望さ」

____________


物語には続きがあります。


プロメテウスの業火は人類に多くの知識と進歩をもたらしました。
同時に人と人との争いは酷くなるばかりです。

ゼウスの予言は当たりました。

人類はなんと愚かなのでしょうか。

エルピスは人々の不幸を見かねて、人類に手を差し伸べます。

飢饉のある村には食料を施し、力の無い小国には力を与え、時には幼い少女の願いを叶えました。

プロメテウスは質問します。

「エルピスよ、お前はなぜ人間にそこまで肩入れをするのだ? 」

エルピスは微笑みながら答えます。

「人間が最も神に近付く存在になると言ったのはプロメテウス様、貴方です。

しかしゼウス様は人間界にあらゆる厄災を振りまいた。

誰かが手を差し伸べねば人類はハデスの手に陥るでしょう。

私は見たいのです。

人間が本当に神に等しい存在に成り得るかを。」

プロメテウスは告げる。

「エルピスよ、お前は人間では無い。
ましてや神でも無い。
箱から産まれたただの創造物だと言う事を忘れるな。
お前の力はゼウス様の借物に過ぎない。」

エルピスは応えます。

「プロメテウス様、貴方こそお忘れでしょう。人類はもはやオリュンポス十二神の事など当の昔に忘れております。人類は私の創り上げた神の使いを信仰の対象としております。」

「そして、次に神の使い…

人間は救世主(メシア)と呼んでおりますが、が現れた時、貴方がたオリュンポスの神々は完全に人類の心から居なくなり人類に干渉する事が出来なくなるでしょう。」



――――その時に残る神はただ1人



プロメテウスはエルピスを睨みつけた。

「貴様…、我々に代わり神になるつもりか!」




【聖者の行進編②】

西暦2042年 9月

国会議事堂前広場


距離 1781m

風速 南西の風 0.3m/s

障害物 無し

目標 北条 月影(ほうじょう つきかげ)




この日、衆議院選挙で圧勝した新党『護国の党』党首、北条 月影(ほうじょう つきかげ)の勝利演説が始まろうとしていた。


世界を救った救世主の登場とあり、大勢の国民が国会議事堂前広場に詰め掛ける。
2040年に新設された大広場には10万人を越える人々が押し寄せていた。

物凄い数の報道陣のカメラが待ち受ける中、最初に現れたのは党首月影では無く、その娘…。


夢野 可憐(ゆめの かれん)。


「みなさぁん♪今日はたくさんの方にお集まり頂きまして、ありがとーございます♪」

国民的アイドルの登場に湧き上がる大観衆。

「可憐ちゃん、可愛いー!」

「可憐ちゃん、おめでとう♪」

「選挙活動お疲れ様でした♪」

「お父さん、良かったね♪」


可憐は大観衆の前でペコリと頭を下げると手に持っているマイクをすっと構える。

きらびやかなスポットライトが可憐に集中しイントロが流れ出した。


「全世界の皆さん。聴いて下さい。」

「夢野 可憐、心を込めて歌います。」



―――――聖者の行進






(これは……まずいわね……)

観衆に紛れていた神代 麗(かみしろ れい)の頭に不安がよぎる。

(観衆が可憐の歌を聴いたら皆 洗脳されてしまう。その後に月影の演説を聴いたら、もはや日本国民は月影の思うがまま。)


麗より更に後方に2人の人影が様子を伺っている。

日本国警視庁秘密警察のエージェント。
日賀 タケルとエミリー・エヴァリーナ。

「うわぁ、凄い人だねタケル。」

エミリーはとっても楽しそう。

「北条 月影は俺達秘密警察にとって、神代 麗と並ぶ重要人物。あの2人の接触は危険だ。エミリー目を離すなよ………。」

タケルはキョロキョロと周囲を見回す。

「エミリー?」

(……あいつ、どこ行きやがった!)



【聖者の行進編③】

広場を囲む高層ビル群の一つ。その四階で静かにライフルを構える男。

ローマ教会からの刺客
アレン・アレキサンドリア

アレンは幼い頃に事故で両親を亡くし、ある司祭に預けられた。
厳正なカトリックの教会で育てられたアレンには二つの使命が与えられた。

キリスト教への絶対的な信仰。
ローマ法王への絶対的な忠誠。

孤児であるアレンはキリスト教の教義と共に架せられた宿命がある。


――――暗殺者としての宿命


ローマ法王に敵対する人物を闇から闇へと葬るためにアレンは暗殺者として育てられた。

アレンにとってキリスト教の教えは絶対の信仰である。

(早く出て来い。為政者め。この距離、この条件なら、俺のアキュラシーAW50改が標的を外す事は有り得ない。)

隣に立つ同僚の暗殺者ヨハン・ファウストはビルの下に歩いている1人の少女を見つける。

(あれは……)

ヨハンの表情が厳しさを増す。

(あの少女から放たれる妖気……。そしてあの金髪と容姿。)

代々、法廷騎士団に語り継がれて来た歴史上の大事件。

法廷騎士団と魔女が戦った魔女戦争の末期に起きた悲劇。通称魔女の城と言われるサンシェーロ城で起きた大事件。


『サンシェーロ城の戦い』


何万人もの騎士団の兵士達が魔女達に殺された史実に基づく物語。


ヨハンは知っている。

その時に現れた悪魔の顔を――


ヨハンは知っている。

その少女の名前を――――――


10年ほど前に、その悪魔は閉じ込めたはずの城から逃げ出したと言う。

『はは、まさか、そんな歴史上の人物が城から逃げ出しただって?その魔女はいったい何百年生きてるって言うんだ。もし生きているとしたら、よぼよぼの婆さんになっているだろうよ。』

ヨハンはそんな軽口を叩いたのを覚えている。ローマ法王も何を怖がっているのか。


しかし

ヨハンは目撃した。

ヨハンは思わず叫び声を上げる。

「魔女エミリー・エヴァリーナ!なぜお前がそこに居る!!」



【聖者の行進編④】

可憐の透き通るような歌声が大観衆を魅了して行く。

(人目に付くが仕方がない。術式を発動するか……、出来れば月影の登場まで目立った動きはしたくないのですが……。)

神代 麗が懐から4枚の式札を取り出した。

(夢野 可憐の身体に入り込んでいる精霊を捕まえる。今度は逃さない。)

「古代術式――――」

麗が術式を唱えようとした時

「おい!待てよ!」

後ろから聞き覚えのある声がした。

日賀 タケル。

「おい、神代!何を企んでいやがる。」

麗はうんざりしてタケルを見る。

「また貴方ですか……、悪いが今は貴方に構っている暇は無いのです。」

「はっ、何が暇だ。いつもいつも逃げやがって。今日こそお前を倒して色々と聞き出してやる!」

「………色々と。貴方、もしかして、私の事が好きなのですか?」

「だぁあぁ!ちげーよ!俺は日本国のっ……、おっと危ねえ、思わずバラす所だったぜ。」

「……なんだ、霞が関の…政府関係者ですか。秘密警察と言った所でしょうか。」

「な!なぜ分かった!?」

(まずいわね。こんな事をしている暇は無いと言うのに……。)


――――――――――――――――――

ビルから駆け下りたヨハンが金髪の少女に向けて叫び声を上げる。

「待て、そこの外人女!」

エミリーは何かと後ろを振り向く。

「あら?外人に外人呼ばわりされちゃったわ。見た事の無い顔だけど……。」

「そっちが知らなくても私は君の事をよく知っているよ。その全身から立ち込める妖気を私が見逃すとでも思ったか、この悪魔め!」

「ん?もしかして、私の事を知っているの?あなたも……」


――――何百年と生きているのかしら?



(やはり!!)

(間違い無い。この女は伝説の魔女!)


「私は法廷騎士団の魔法使い、ヨハン・ファウスト。ローマ教会に仇なす宿敵エミリーよ!ここで私が亡き者にしてくれる!」

ぴくっ!

エミリーの小さな耳がピクリと反応する。

「――――法廷――騎士団?」

エミリーの周りに妖気が立ち込める。

「あなた……法廷騎士団なの?」


――――――――――――――――――





 諦めないで
 いつも見ています

 諦めないで
 祈りを捧げましょう

 聖なる光に導かれ
 幾千もの時を超え

 あなたは再び舞い戻るのです

 さぁ歌いましょう
 さぁ踊りましょう

 聖なる人々の行進を
 聖なる人々の行進を

           ♬


可憐は大観衆に最高の笑顔で呼び掛ける。

「さぁ、皆さんもご一緒に♪」

「さぁ、皆で歌いましょう♪」

「さぁ、皆で踊りましょう♪」




夢野 可憐(ゆめの かれん)の歌声が大広場に響き渡る。

そして、大観衆の視線が一点に集中する。


「みなさーん♪」

「紹介します♪今回の選挙で圧倒的な支持を得て、衆議院第一党になった護国の党の党首♪」

「私の父上でもあります♪世界を救った救世主♪その名も――――」





―――北条 月影(ほうじょう つきかげ)











イラスト提供 ソラ様