異世界戦記 Holy children5

【聖なる泉編①】

その日、人類は滅亡した。

なぜ滅びたかって?

愚かな人間は禁断の書物に眠る悪魔を呼び起こした。
そう記録にあるのみ。
真相は誰にも分からないわ。

「滅亡したのに記録があるの?」

マリーは不思議な顔で母親の顔を見上げる。

「そうね。これは古い神話の時代のお話ですから。私達がこうして生きているのに滅びたなんて変な話ね。」




マリーは幼い頃に聞いた母親の話を思い出していた。
神話の時代、人類は一度、悪魔によって滅ぼされた。

いや、滅ぼしたと言った方が良いのかもしれない。

人類は悪魔を意のままに操り戦争の道具に使っていた。神話の記録にはそう記されている。

現代の大陸に生きる人々で、そのような話を信じる者など誰もいない。

悪魔など実在する訳が無いと。




――― しかし


悪魔は実在した。

マリーが手にした禁断の書物


  【悪魔禁書】


異世界より悪魔を召喚し悪魔を操る事が出来るこの世で唯一の魔導具。



そう言えばイースがこんな質問をしていた。

「なぁ、マリー。その本に載っている悪魔……。例えば最初のページに記されている悪魔。その悪魔も召喚出来るのかい?」

マリーは答える。

「それは無理よ。ガウスが言ってたわ。悪魔には色々な種類があってね。その最初のページの悪魔、名前はルシファー…。」

悪魔禁書には様々な種類の悪魔が記載されていた。マリーが最初に召喚した悪魔の名はガウス。ガウスは悪魔の中でも低級悪魔に分類される。

より高度な上級悪魔を召喚するには、膨大な魔力が必要となる。1人の魔導師が保有している魔力では上級悪魔を召喚するなど不可能に近い。

中でも最上級に分類されるルシファーのような悪魔を召喚する為には優秀な魔導師が何千人も力を合わせなければいけない。

今の時代では、とても無理な話だとガウスは言っていた。

「……」


「マリー」

「マリー!」

誰かの呼ぶ声でマリーは夢から目覚める。

「ん……、シャルロット?ここはどこ?」

「マリー、疲れているのね。ここはマゼラン帝国近衛騎士団の本拠地よ。」

マリーの目の前には金髪の女性シャルロットが微笑んでいる。

マリーはやっと夢から覚めて現実を把握する。マリーはシャルロットに連れられてマゼラン帝国に来ていた。
目的は近衛騎士団と協力して巨大な敵を倒す為。

異大陸から来たルミエル軍と戦う為に。


マリーは世界を…、大陸の人々を救う為なら戦う覚悟は出来ている。

唯一の気掛かりは…

アルゼリア王国に置いて来たサラ・イースター。イースは今頃どうしているかしら。


【聖なる泉編②】

ヴァルハラ王国に伝わる伝説の泉。
聖なる泉。

ヴァルハラ聖騎士団の中でも選ばれた者しか立ち入る事の出来ない森林の奥深くに、その泉がある。

その泉に認められた選ばれし者は聖なる力を授かり剣聖の称号を得る。

先代の剣聖シュラが得た能力は大気を斬り裂く能力「真空剣」。
その前の剣聖シュウの能力は広範囲に雷(イカズチ)を放つ「雷神剣」。

「な?これは明らかに魔法能力だろ?聖なる泉の正体は魔法を手に入れる能力。言い換えれば誰かが魔法を授けているって事だ。」

ルーカスが2人に説明をする。

話を聞いているのはゼクシードとサラ。
3人は今魔空挺と呼ばれる空飛ぶ船に乗っている。

この世界には空を飛ぶ乗り物は存在しない。そのような技術は開発されていないからだ。

ゼクシードが操る魔空挺は唯一の例外である。世界でも有数の魔導師であるゼクシードは風属性の魔法により巨大な船を空に浮かせて移動させる。

「それが、俺をヴァルハラ王国へ連れて行く理由か?」

訪ねたのはサラ・イースター。青い髪と青い瞳を持つ美しい青年である。サラと言う名前から女性に間違われる事も多い。

「わかるだろサラ。お前の失われた魔力を回復させる必要がある。残念ながらゼクシードにはそれが出来なかった。世界一の治癒魔法の使い手と言っている割には役に立たない魔導師だ。」

ルーカスはゼクシードの方をちらりと見る。

世界最高の治癒魔法の使い手、パラアテネの四将星のゼクシードにそんな事を言えるのは、同じ四将星のルーカスくらいだろう。

「ルーカス…、俺が居なければお前、何回死んだか分からんぞ?」

ゼクシードの答えにサラはプッと笑う。

「何れにしても、お前達2人が俺の魔力を回復させたいと言う事は今度の敵は相当に強いらしいな。」とサラ。

「先のエルザ戦争。そこで俺達は異大陸の戦士と戦った。信じられないだろうが、俺達2人は危うく殺される所だった。それほど厄介な敵だ。」とルーカスは答える。

この魔空挺に乗り合わせている3人。サラ・イースター、ルーカス・レオパルド、ゼクシード・フォース。

彼ら3人は魔導先進国パラアテネ神聖国の四将星として君臨した偉大なる魔導師達。
パラアテネ神聖国は一度は大陸を支配する事を夢見たがマゼラン帝国に敗北し、四将星は戦場の表舞台から姿を消した。

3人を乗せた魔空挺はヴァルハラ王国の聖なる泉へ向かう。


【聖なる泉編③】

「これは珍しい客人だのお。ヴァルハラ王国の聖騎士以外の人間がこの森に立ち入るなど何十年振りかの。」

白く先の尖った細長い建物に足を踏み入れた3人が出会ったのは齢100歳を越えていそうな老人であった。

「俺達はパラアテネ神聖国の魔導師だ。頼みがあって来た。聖なる泉はどこにある。もしくはご老体、あんたが聖なる泉か?」

ルーカスの物言いに老人はホッホッホと笑い声を上げた。

「パラアテネ神聖国とは我がヴァルハラ王国の長年の敵。それが、のこのことよく来れたものだの。」

老人の言葉にゼクシードが答える。

「今までの事を忘れろとは言わない。しかし、今は大陸の内部で争っている場合では無い。知っているだろう?パラアテネ神聖国が侵略された事を。ヴァルハラ王国も滅ぼされるぞ。」

老人はギロリと3人を見ると不意に魔法を唱える。

「わかっておる。しかしお主等に超えられるかの?魔力を得るには相応の実力が無いと命を落とすだけじゃ。ヴァルハラ王国聖騎士団の中でも許された者にしか聖なる泉は力を与えない。」

3人は老人の魔法による白い霧に包まれて行く。

「なんだ?幻覚魔法か?」

「分からん…、しかし聖なる泉は実在するらしいな。」

「ルーカス、ゼクシード!これは異世界移転魔法だ。」

サラの言葉にルーカスは驚く。

「お前、何でそんな魔法を知っている。」

サラは答える。

「アヴェスター公国で密かに研究されている魔法で召喚魔法の一種だ。俺も一度使った事がある。それで全ての魔力を失ったんだ。」

「ふむ」とゼクシードは頷き言葉を発する。

「では俺達は異世界に移転される訳か。それと魔力の回復が関係あると言う事だな。」

白い霧は光り輝き、やがて3人の魔導師を異世界へ移転させた。


【聖なる泉編④】

そこは見渡す限り海のような泉が広がる光の世界であった。3人が辺りを見渡す。

「これが聖なる泉か?本当に実在したんだな。」とサラ。

「どうやったら魔力が回復するんだ?」

ルーカスが泉に手を差し入れる。

バチッ!

するとルーカスは泉の魔力により弾き返された。

「ぐっ!何だこれは!」

ホッホッホ

3人の後ろから先程の老人の声が聞こえた。

「ここは魔力の墓場。世界中の魔導師が命を落とした時に吸い取られた魔力がここに運ばれて来るのじゃ。」

「では、この膨大な水が全て魔力なのか?」ゼクシードは質問する。

「わしは聖なる泉の番人チンドウ。いかにも、この海のような水は全て魔力じゃ。聖なる泉には色々な力があっての。魔力を回復する方法は簡単じゃよ。水を飲むだけじゃ。」

「それはおかしい。俺が泉に手を触れただけで弾き返された。飲む事など出来るのか?」とルーカス。

「ホッホッホ。ヴァルハラ王国の人間は産まれた時に聖なる加護が与えられる。加護の無い者が泉の水を飲めば命を落とすかもしれんのお。」

「なんだと?それでは無理じゃねえか!加護って言うのはどうやったら得られるんだ?」

ルーカスは語気を強める。

「なんだ、そんな事か…、それなら問題無い。」

サラはそう言うと聖なる泉を手の平ですくいゴクゴクと泉の水を飲みはじめる。

老人は驚いてサラに尋ねる。

「お主!ヴァルハラ王国の産まれか!?」

サラは平然と答える。

「いや、聞いた事がある。聖なる加護とは魔法への耐性の事だろう?俺は幼い頃から魔法への耐性を強化する実験体として使われて来た。パラアテネ神聖国の魔導研究者達に感謝するのは初めてだ。」

サラはニコリと笑みを見せた。