【騎士のプライド編①】

この世界の勢力は主に二つに分けられる。

南に位置する魔導先進国
【パラアテネ神聖国】

北に位置する巨大軍事国家
【マゼラン帝国】

マゼラン帝国は皇帝を頂点にした軍事大国。
その中でも近衛騎士団は、帝国のシンボルとも言える皇帝直属の部隊。

四年前のアルゼリア王国での大事件。
後にアルゼリアの悲劇として語られるこの事件はマゼラン帝国にとって屈辱的な出来事であった。

帝国より派遣された20名にも及ぶ近衛騎士団の騎士達が、たった一人の魔導師によって惨殺された。

魔導師の名はサラ・イースター
この事件以来、彼の消息は不明である。

近衛騎士団の副団長、白髪の老騎士ロイス・ガードナーはある1つの推測を立てた。

いかにサラ・イースターが伝説的な魔導師であっても、20名もの近衛騎士団の精鋭を、たった一人で全滅出来る訳が無い。

事件当日の興味深い情報が残っている。
突然に現れた黒い化物がサラと一人の少女を抱えて逃げたとの情報。
騎士団員の中にも目撃情報がある。

公式見解では、黒い化物はサラ・イースターの幻影魔法と結論付けられた。

ロイスは信じていない。
幻影が人を抱えて運ぶなど出来る訳が無い。

黒い化物…
古い言い伝えにある魔界の生物。

悪魔

サラ・イースターは悪魔の召喚に成功したに違い無い。

ロイスは四年間、そう信じていた。

今年のアルゼリア王国生誕際。
魔導対戦の決勝戦を観るまでは…。

近衛騎士団は全精力を上げてサラ・イースターを探していた。
しかし、事件以来サラの情報は全く無かった。
あれ程の魔導師。パラアテネ神聖国が戦力として使わない訳が無い。

もしかしたら、我々近衛騎士団は大きな勘違いをしていたのではないか。

サラ・イースターは既に死んでいる。

化物…、悪魔を召喚したのをサラの仕業に見せるために、サラ・イースターの死体を隠した者がいる。

あまりにも幼い少女であった為に、彼女が悪魔を召喚したとは全く想像出来なかった。

魔導対戦の決勝戦を見るまでは……。

近衛騎士団の副団長として、多くの戦場で戦って来たロイス。

百戦錬磨のロイスが、今までに感じた事が無い程の殺気。

禍々しいオーラを、彼女から感じた。

マリー・ステイシア

彼女が悪魔の召喚師。
彼女こそ、我々近衛騎士団の敵。



【騎士のプライド編②】

「マゼラン帝国の騎士様が私に何の用でしょう。」

誰も居ない草原でマリーは首を傾げて質問をする。
見た目は可愛らしい少女。
この見た目に騙されてはいけない。

ロイスは神経を集中して殺気を読み取る。

(やはり…)

次の瞬間、ロイスの大剣が物凄い勢いで空を切る。
剣から放たれた斬撃がマリーの後方を直撃する。

すると、何も無かった空間に青い人影が現れた。

悪魔

「いきなり何をするのですか!」

マリーが語気を強める。

ロイスは大剣を構えたまま言葉を投げつける。

「何をするかだと?ふざけるな!貴様の後ろに居るのは何だ!

マリー!貴様、悪魔の召喚師だな!」


表情を変えないマリーに代わり青い悪魔が返答する。

「俺様の隠蔽術(ハイド)を見破るとは、なかなかやるな人間。

しかしだ

我がマスターを殺るなら、俺様が黙っちゃいないぜ。もっとも、既に俺様に手を出した時点で、キサマの死亡は確定だがな。」

青い悪魔がキヒヒと笑う。

「ブルーアモン。挑発は止めなさい。」

マリーが悪魔を静止する。


あの悪魔。
今、マスターと言ったな。

「やはり貴様が犯人か!マリー!」

ロイスは怒りに任せて大剣を振り上げる。

「四年前の!部下達の仇だ!」

近衛騎士団副団長ロイスの二つ名は
高速剣のロイス。

剣を振るうスピードが速過ぎて、敵対する者は何が起きたか分からないまま死んで行く。

高速の大剣がマリーを叩き切ろうとした瞬間。ブルーアモンが剣の尖端を鷲掴みにする。
ブルーアモンの手の平からどす黒い血が飛び散った…、と同時にロイスの大剣が叩き折られた。

(しまった!!)

ブルーアモンは、そのまま片手を突き出してロイスの腹部を直撃する。
そして内蔵をごっそり抉り取った。

「グハッ…!」

ブルーアモンは内蔵を握り潰して、またしてもキヒヒと笑う。

マリーはロイスに話し掛ける。

「騎士様…
悪魔の存在は忘れて下さい。そうでなければ貴方を生かしておく訳には行きません。」

「存在だと…
ならば何故、悪魔を召喚させたままでいる。
悪魔に気付いてくれと言っているような物だろう。」

マリーに代わりブルーアモンが答える。

「そんなの決まっている。いつ狙われても大丈夫なように護衛をしているに決まっているだろう。」

「なんだと?我々以外にも狙っている者が…。」




【騎士のプライド編③】

ロイスは抉られた腹部に手を当て回復魔法を唱えていた。
騎士は通常、そのスピードとパワーを活かして大剣で戦う。
魔法を使う騎士は殆ど居ない。
しかし近衛騎士団副団長のロイスは魔導師としても一流である。
属性は光。


ブルーアモンが面白そうにロイスに話し掛ける。

「キサマ、内蔵を抉られたのに生きているのか?人間にしてはしぶといヤツだ。」

ロイスは悪魔の声を無視して質問を浴びせる。

「我々近衛騎士団以外から狙われている。そうか!パラアテネの魔導師!奴らも悪魔の召喚を目当てに!」

マリーは目をつぶり何も答えない。

すると、またしても悪魔が代わりに返答する。

「パラアテネ?違うなぁ…、マスターの命を狙っているのは…」

「戻りなさい。ブルーアモン。」

「ん?あ?ちょっ…、マスター!」

マリーの命令にブルーアモンは強制的に召喚を解除される。

「もう良いでしょう。悪魔の事は忘れて下さい。そうすれば、命はお助けします。」

マリーが後ろを振り向き歩き出した。
と、その時。

一筋の閃光がマリーを穿いた。

「あ… 」

マリーがか弱い声を上げて、その場に崩れさる。

ロイスが閃光の放たれた方角を睨むと、そこには一人の魔導師が黒いマントをなびかせていた。

そして、黒マントの魔導師が近づいて来る、

「ようやく殺りましたかな?この時を待ってましたよ、マリー。いつもアナタを護衛している悪魔が居なくなる瞬間を。

何せ魔導対戦の時ですら、悪魔がアナタを護衛している物だから、もうチャンスは無いかと思っていました。」

「何者だ!」

ロイスが黒マントの男を鋭く睨みつける。

「ほぉ…、これはこれはマゼラン帝国の騎士殿。随分と重症のようですな。留めは私が刺して上げましょう。」

そう言うと黒マントの魔導師が片手をロイスに向けて叫ぶ。

「シャイニング!!」

すると、光の閃光がロイスの首筋を切り裂く。
しかし、ロイスは声一つ上げず男を睨みつけた。

「そんな貧弱な魔法が効くものか!」

ロイスが折れた剣を構えた。

黒マントの男がフフフと笑う。

「折れた剣でどうするつもりです?大人しく死んでいなさい!」

「シャイニング!!」

そう言って男は再び魔法を放つ。



【騎士のプライド編④】

ロイス・ガードナーの得意の技は高速剣。
目にも見えない無数の斬撃を放つ技。
その本質は剣の刃では無い。
真空を造り出すその剣技にある。
老いたとは言えその威力に陰りは見られない。

無数の真空の刃が黒マントの男を切り裂く!

「な!!?

まさか、その剣で!」

全身から血を噴き出した男が後方へ飛び跳ねる。身体に受けた斬撃は10本では済まない。

そこへロイスが再び剣を構える。
ロイスから放たれる殺気が黒マントの男を激しく威圧する。

(不覚…)

「今日の所は引き上げましょう。」

そう言って黒マントの男は風のように姿を消した。


(行ったか…)

男が消えるのを見届けたロイスはガックリと膝(ひざ)をついた。

男が放った二発目の閃光はロイスの心臓を正確に穿いていた。
ロイスの身体を動かしていたのは、帝国近衛騎士団副団長としてのプライドであったのか。

ロイスは少し遠くに倒れているマリーを見ると、最後の力を振り絞り治癒魔法を掛ける。

なぜロイスは自分にではなく、マリーに治癒魔法を掛けたのか。

それは、ロイス本人にも理解出来ない行動であった。

ただ、ロイスはそれで良いと思った。

マリー

あの少女は人を無闇に殺すような人間では無い。

戦場で人生の大半を過ごしたロイスには、それが分かる。

ロイスは少し微笑み

そのまま帰らぬ人となった。



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アルゼリア王国にある闇ギルド

黒いマントの魔導師はギルド本拠地へ戻り傷の治療をしていた。
そこへギルドマスターが歩み寄り黒マントの男へ話し掛ける。

「お前ほどの魔導師がまたしても失敗するとは、よほど悪魔は強いらしいな。」

黒マントの男はギルドマスターを見上げ応える。

「今回は私の油断だよマスター。しかし、アンタも物好きだな。あの本を王国に内緒で独り占めしようだなんて。」

ギルドマスターはニヤリと笑い答える。

「当たり前だろう。あの本…
あの悪魔の本には世界を変える力がある。他の者に渡す事は出来ない。他の者に知られてもいけない。

だからこそ、王国の魔導師では無く、わざわざお前に頼んでいるのだ。これからも頼むぞ、メフィスト・ダークフィールド。」

メフィストと呼ばれた男は呆れ顔で答える。

「アンタには逆らえないなマスタージーク…

ジーク・ヴァルフェルム。」