EDEN1(地球編)-8(帝王の願い)
【帝王の願い①】
世の中にはくだらない人間が多すぎる。
学力も運動神経も学年トップクラスの黒澤 帝王にとっての高校生活は、張り合いのない非常につまらないものであった。それが、ここ数日で状況が一変した。二階堂 優真は電気虫に変えられて、その犯人であるアリスが異星人で魔法使い?
(冗談だろ?そんな話を信じれと言うのか?)
あの事件があってから、アリス・クリオネは学校には来ていない。いや、もう学校には来ないかもしれない。星空 ひかりにも、神代 麗にも動きはなく、それなら、それで良いと黒澤は思った。
放課後
ザッ
ザッ
「黒澤くん、お久しぶりです。」
「!」
アリス──────
「とは言っても、まだ1週間も経っていないわね。」
制服ではなく黒い衣装に身を包んだアリスは、なるほど魔女のようにも見える。
「俺に何の用だ?」
黒澤が応えると、アリスは少し微笑んだ。
「私はアナタの能力を認めているわ。超人の力を手に入れた二階堂くんを倒したのには驚きました。」
「アリス…………。二階堂はどこだ。」
「どこ?」
「なぜ教室から忽然と姿が消えたんだ?と質問をしている。」
銀河 昴や星空 ひかりの話が本当であれば、二階堂 優真は電気虫へと変えられている。アリスの反応で真実が分かるかもしれない。
「楽園……………。」
「なに?」
「二階堂くんは、いまごろ楽園で暮らしている。とても幸せそうよ。」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんていないわ。」
「てめぇ!」
「私の能力は、その人間の願いを叶える能力です。そして、その人間が満足すれば楽園へと送られる。それが私の【加護】です。」
(……………加護だと?)
あの妖精と同じ【加護】の力ってやつか。異世界人はそんな能力を持っているのか、真疑の判断がつかない。
しかし、アリスが人間を消す能力には発動条件がある。1つ目は願いを要求し、2つ目はその願い事に対して満足すること。意外と条件は厳しい。
「黒澤くん、あなたの願いは何かしら?」
「なんだと?」
「私があなたの願いを叶えて見せるわ。」
「お前は馬鹿なのか?二階堂が消えたのを目の当たりにして、願いを言う訳が無いだろう。」
「そうかしら?自分の願いに満足し、その後には何の苦しみもない楽園で暮らせるのよ?」
「馬鹿馬鹿しい……………。いや、一つ願いはある。」
黒澤はアリスの顔を見据えて口を開く。
「お前の命だ。アリス・クリオネの死が俺の願い。お前に叶えられるのか?」
絶対に叶えられない望みを言えば、アリスは何も出来ない。【加護】の力だか知らないが、黒澤はアリスと関わるのはごめんだ。
「そう言う事だ。出来ないなら二度と俺に関わるな。」
「わかりました。」
「な……に?」
アリス・クリオネは黒澤の願いを肯定する。
「それが本当に黒澤くんの願いならそれは実現します。しかし、それが嘘ならば………。」
それだけ言うと、アリスは右手に持つ黒いパラソルの先を自分の喉元に充てる。
「ふん。そんな脅しが。」
「さようなら黒澤くん。」
(!?)
「アリス!待て!!」
グサッ!!
アリスの喉元にパラソルの先が突き刺さり、真っ赤な血しぶきが飛び散った。
「おい!てめぇ!」
慌てて黒澤はアリスに駆け寄り、パラソルを引き抜くとアリスの呼吸を確かめる。
「息…………が、ない?」
馬鹿な────────
本当に死ぬなんて誰が予想できる。
危険な存在だとは思っていたが、異世界人だなんて簡単に信じられるものではない。腕に抱えるアリスは、どこから見ても同じ人間であり地球人だ。
「くそっ!俺は何をやってるんだ!」
「やぁ黒澤くん。」
「!」
すると、後ろから黒澤 帝王を呼ぶ声が聞こえて来た。驚いて振り向いた先にいるのは。
二階堂 優真─────
「お前、生きてたのか?俺が抉(えぐ)った眼は治ったのか?」
「何を言っているんだい?僕はずっとここにいる。」
「ここ?」
いつの間にか、あたりの景色が変わっている。どこまでも続く緑の大地に、空には小鳥が飛び回り、遠くには人間が創ったと思われる建物まで見える。
「ここは?」
「楽園(EDEN)さ。」
二階堂は得意気に答えた。
「僕も驚いたよ。アリス・クリオネの生まれた世界、僕達から見れば異世界って話だけど、異世界は実在するんだね。」
(異世界だと……………。俺はアリスに願いを叶えられて異世界へ飛ばされたと言うのか?)
「それに、この世界では傷はすぐに治るし病気にもならない。お腹も減らない。すごいでしょ?」
【帝王の願い②】
昨日の異世界の話を聞いていなければ、頭がおかしくなったと思うだろう。信じられない事に黒澤 帝王は楽園(EDEN)と呼ばれる異世界へ転送された。そこは、実に平和な世界であった。
広大な大地に人影はそれほど見られない。遠くに見える建物群はこの世界の都市なのだろうか。そこに行けば情報が得られるかもしれないと黒澤は歩き出す。
一つ気がかりなのは、アリスの生死の確認だ。願いが叶ったと言うことはアリスは死亡したと考えられる。
ザッ
ザッ
(む……?)
少し離れた所から男性が黒澤を見ている。
シルクハットを被った顔立ちの整った好青年で、黒澤と同年代に見える。二階堂 優真以外の人間では、初めて近くで見るこの世界の住人である。
「君が黒澤 帝王か。」
「……………。」
(俺の事を知っているのか?)
「エレナ・エリュテイアを知っているか?緑髪の長い女だ。」
「…………知らねぇな。」
「そうか。お前がいた世界で彼女の魔力を感じたのだが気のせいか。」
ザッ
ザッ
「あぁ、それとお前、気をつけろよ。」
「なに?」
「アリスを裏切れば大変な事になる。」
「アリス?アリスを知っているのか?」
すると、シルクハットの男は笑って答える。
「アリスを知らない者は、この世界にはいないぜ。」
やはり、アリス・クリオネは異世界人であった。しかし、アリスはなぜ俺をこの世界に連れた来たのか。全く意味が分からない。
れ
ザッ
ザッ
しばらく歩くと、遠くに見えていた街並が目前にまで迫って来た。それは、近未来を思わせる巨大な建物群である。見たことも無い建物を目の当たりにして、さすがの黒澤も興奮を隠せない。歩いて来た疲れも忘れて、黒澤はその街へと走り出すが、その時。
ビー!ビー!ビー!ビー!
(なんだ?)
警報音のような音が鳴り響き、空から数人の人影が舞い降りる。
「!」
そして、その人間には顔が無く全身が真っ黒な影で出来ているようだ。影達は黒澤の周りをグルリと取り囲い込み、槍のような武器を突き付けた。
「待ってくれ!俺は怪しい者ではない!抵抗もしない!」
そう言ってはみるが、目も口も無い影に通じているかは分からない。
こつ
こつ
こつ
「あら?黒澤くんかしら?」
「!?」
そして、影達の間から聞こえて来た声の持ち主は、アリス・クリオネである。
「アリス!生きていたのか!」
「ふふ………。」
アリスは、可愛らしい笑顔を見せる。
まるでフランス人形のような出で立ちで、黒いパラソルをそっと肩に乗せたアリスは、大きな瞳を黒澤に向けた。
「なぜ私は生きているのでしょう?」
「…………なに?」
「それは、アナタが望んでいなかったから………かしら?」
「当たり前だ!俺はお前の死は望んでいない!」
「………そうですか。」
急にアリスの声のトーンが低くなり、残念そうに呟いた。
「私の能力は願いを叶える能力です。その願いが強いほど実現します。」
「…………。」
「しかし、アナタは嘘をつきましたね?」
「それは…………。」
「嘘の願いを述べた者には…………。」
天罰が下ります───
「!」
う…………。
「ぐわぁぁあぁぁぁ!!」
目が覚めるとそこは、薄暗い闇の世界であった。地下なのか洞窟なのか、数メートル先に見える壁は岩のような塊で出来ている。
「アリス!ここはどこだ!何をした!」
『目が覚めたのね。黒澤くん…………。』
「アリス!!」
聞こえて来たのはアリス・クリオネの声であるが、姿は見えず頭に直接響くような声だ。
『嘘の願いを述べた黒澤くんには、楽園で暮らす資格は有りませんがチャンスを与えます。』
「チャンス?何のことだ?」
『そこは鬼が住まう闇の世界、その世界で鬼を100匹殺して下さい。さすれば、黒澤くんは晴れて楽園(EDEN)の住人になれます。』
「鬼だと!?」
『仕方がないのです。普通はチャンスなどありませんが、私の好意だと受け止めて下さい。私は黒澤くんを楽園(EDEN)に連れ戻したいのです。』
「ふざけるな!出て来いアリス!!」
…………。
反応が無くなって数分が経過すると、今度は黒澤の目の前に光り輝く物体が現れる。
ピカッ!
「うぉ!」
(これは…………。)
アリスの黒いパラソル────
(どういう事だ………。)
そう思ってパラソルを手にすると、黒いパラソルはシュルシュルと音を立てて漆黒の剣へと姿を変えた。
(剣………、これで鬼を殺せと言うのか?)
アリス・クリオネの思考が全く読めない。アリスは黒澤に何を求めているのかと、自問自答するが答えは出ない。
ブンッ!
手にした漆黒の剣を振ってみるが、特に何も変わらない普通の剣に見える。
(さて…………。岩の壁には2つの穴が見えるが、あの向こう側に『鬼』がいるのか。)
異世界の次は鬼退治とか、全く現実離れしている話で、本当に頭がおかしくなったのではないかと、黒澤は思う。
ギギ………。
聞こえて来たのは人間とは違う生物の声。
ギギ…………。
ギギギギギギ…………………。
(!?)
現れたのは、身長は人間と変わらない奇怪な生物であった。特徴的なのは大きな目と口であり爬虫類に似ている。武器は持っていない様子で動きもそれほど早くない。
(これが、鬼?)
ギギ……………。
ギギギ……………。
シャキーン!
(試して見るか…………。)
そして、黒澤 帝王(くろさわ ていおう)は漆黒の剣を大きく振り抜いた。
ズバァッ!!!
ギギャアァァ!!
鬼は大きな悲鳴をあげて、その場にうずくまるが、まだ動いている。アリスの出した条件は、鬼を百匹殺すことだ。
「まずは一匹!」
ズバッ!!!
一匹目の鬼を殺した黒澤は、壁の穴に向けて歩き出した。
(これが鬼なら、恐れることは無い。)
予想外に、この世界の鬼は弱く、抵抗する素振りすら見せなかった。そもそも鬼にあるべき角すら無い。
(アリスの奴、何が鬼だ。ビビらせやがって。)
そして、黒澤 帝王の鬼狩りが始まった。
