2026年7月28日(火)、東京ドームにて「マイナビオールスターゲーム2026第1戦」を観戦した。カミさんがダメ元で抽選応募したら1塁側の4席が当たった!これはかなりの倍率だったろう。思えばまだ子供だった息子2人とお義父さんと4人で神宮球場で観戦して以来、私は実に20年ぶりだ。

 【入場者には出場選手1人分のカードが配布された】

あの年(2006年)の第1戦は本拠地の神宮球場で出場していたヤクルトの青木宣親が珍しく外野飛球をエラーしたシーンと、横浜のクローザーだったクルーンの剛速球くらいしか記憶にない。でも改めて記録を見るとこの試合のMVPは同点本塁打を放った青木で、3対1で全セの勝利だった。

当時のネーミングライツは今は無き三洋電機で、この年が最後の「サンヨーオールスターゲーム」だった。バリバリの巨人ファンだった亡き父親を裏切って次男と同じ阪神ファンとなったカミさん、今や三十路でヤクルトファンの長男と今日は家族4人で観る。そうそう、私は中日ファンだ。(*1)

日本のプロ野球(NPB)は戦後に球界再編を繰り返し、ギスギスした“2リーグ分裂”によって始まったオールスター戦の第1回目は1951年(昭和26年)。その後“人気のセ、実力のパ”と言われた時代、新庄の派手なパフォーマンスなども経て、今では“NPBの祭典”としてすっかり定着した感がある。

    【2階席の最上段は意外に快適だった】
一番ヒマな私は16時前から入場して両軍の打撃練習、守備練習、そして佐藤輝明が翌日の決勝に進んだホームランダービーも観られた。スポンサーのマイナビのCMにも出演している相場雅紀の始球式もどきもあったし、ポケモンとのコラボ企画で12匹のピカチュウも登場して華やかだ。

フリーランスの次男、パートタイマーのカミさん、在宅勤務の長男の順に家族も揃ってドームも満席だ。試合は全セが佐藤輝明と細川成也のホームランで先行するも両軍合わせて28安打が飛び交う乱打戦を制した全パが7対5で逆転勝利!4打数4安打2打点の万波中正がMVPを獲得した。

オールスターゲームの醍醐味は、ペナントレースでは敵になるチームや選手の応援歌を歌って盛り上がれる事だろう。カミさんも「(同郷の)牧修悟の応援歌が歌えて楽しかった」と言っていたし、我々家族の共通の敵である巨人の大城の本塁打でタオルを振ってワイワイ楽しんだ。

本場米国のMLBは30球団もあるのにオールスター戦は毎年1試合だけしかない。これは“夢の球宴”だから敢えて1試合ということにしているらしい。日本は長らく3試合制だったが現在は2試合制になっている。翌日の第2戦は富山、今度は全セが8対7の乱打戦を制したのをテレビで観戦した。
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*1:第1戦の朝、坂東英二氏(享年86歳)の訃報が流れた。彼は高校野球で甲子園を沸かせ、中日でも活躍した投手だが「燃えよドラゴンズ!」の初代歌手としても知られる。鎮魂


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