2026年3月16日、中学時代親友だった同級生Mが亡くなった。死因は聞いていないが壮年時代から病気持ちだったし50代以降に何度か脳梗塞も経験しており最近も体調は良くないと聞いていた。蟹座で7月生まれだったから享年70歳、もう年齢的には決して「若死に」とは言えないだろう。

でもこの歳になると“同級生の死去”というのは何とも堪えるものだ。訃報を知ったのは昨日、福岡在住の妹からの連絡だった。妹は奴に可愛がってもらったし最近まで人を介して交流もあったようだ。最後に会ったのは数年前の都内のホテルで奴が会長を務める企業グループのパーティだったと思う。

奴は男4兄弟の三男で絵に描いたような“金持ちのドラ息子”だった。レストランやホテルを経営する父親の血を引いて事業家として成功し、多角化した企業グループのトップとなり運転手付きの車に乗っていた。人懐こい寂しがり屋の電話魔で、時折、無闇矢鱈と意味のない電話を掛けまくっていた。

奴とは中学時代に学校帰りに買い食いをしたり休日にはお互いの家に遊びに行った。私は奴の両親や兄弟と、奴も私の母や妹と懇意に交流した。高校時代の夏休みには阿蘇の牧場で一緒に過ごした事もあった。奴は事業家だった私の母を師と仰いで慕っていたし、母も奴を息子の様に可愛がっていた。

奴の大学時代は飲食店等でバイトしては伊豆の離島で遊びまくって青春を謳歌していた。一方私は青春とは程遠い燻った学生だった。奴は卒業し家業を手伝った後に起業したが、ある夜急に私に「今来てくれ」と電話があった。翌朝も早く出勤する常識的な会社員の私は奴を非常識だと責めて断った。

奴は私の母が亡くなった時に棺桶の一隅を担いでくれた。まだ小学生だった妹と二人暮らしとなった新米サラリーマンの私が風邪で寝込んでいると、奴は見舞いに来てくれて妹が観たがっていた映画(「ベルサイユのばら」実写版)に彼女を連れて行ってくれて有難かったことを今でも覚えている。

奴は学生時代から付き合っていた女性と結婚したが、数年前に亡くしていた。カミさんに訃報を伝えると「Mさんが居なかったら私達は結婚してなかったわよね」と言った。そうだ...奴と違って女性に縁が無い私がカミさんと出会えたきっかけも奴だったことを思い出した。友とはそういうものか。

奴にとっては晩年になる昨年、恐らく帰宅途中の車の中からの電話だろう。「お前ん家の近くを通る度に寄りたいと思うんだけど寄らなくてゴメンな」。私は奴とはもう今生ですべき話はし尽くしたと思っているのでこう答えた「なに、いつでも会えるじゃないか、お前も元気なら、それでいいよ」 鎮魂。

Saigottimo