ジャズのスタンダードには、主旋律(chorus)の前に、ヴァース(Verse)と呼ばれる、独立した歌詞とメロディから成る短い前歌が付いている場合がある。これはミュージカル等で会話から歌に移行する場面展開での導入部の名残ともいわれ、歌う場合は大抵「ルバート」と呼ぶシャンソンのように語る自由なテンポで歌う。
ジャズのスタンダードに馴染みが薄くて上記の説明にも「ピンと来ない」という人には、中島みゆきの「時代」という曲を想い浮かべてもらいたい。冒頭の「今はどんなに悲しくて〜笑顔にはなれそうもないけど」までがまさにヴァース(前歌)で「そんな時代も〜」からが主旋律(chorus)に相当する。
ヴァースは楽器では余り演奏しないのでジャズファンの中には「やっぱりジャズヴォーカルはヴァースだよね」という人も居るくらいだが、このバースを歌うかどうかはヴォーカリスト次第。歌仲間の益田伸子さんは、いつもきっちりとヴァースから歌うが、私はヴァースがある曲でも、コーラスからしか歌えないことも多い。
何故ならヴァースから歌うにはヴァース部分(のメロディと歌詞)まで覚える必要があるので、レパートリーとするためのハードルが高いのである。その私がヴァースから歌える曲の一つに「In the wee small hours of the morning」という曲がある。シナトラのアルバム表題曲(1955)として有名なスタンダードだ。
♪In the wee small hours of the morning…2019年12月13日 渋谷・SEABIRD二金ライブにて♪
8小節のヴァースに主旋律(chorus)は16小節と比較的短め(一般的な主旋律は32小節)だ。いつものように原詞は専門サイトに譲るとして、ナンチャッテ和訳を試みるとこんな感じだ。
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(ヴァース)
まだ午後の空に陽が高いうちは
いつでも何かすることを見つけられる
でも日没から夜中に向かっては、時計が時を刻むように
貴方の身にも何かが起こる
(コーラス)
世の中が寝静まった真夜中のほんのわずかな時間
貴方は眠ることも出来ず、羊を数える気にもならず
ただ、“あの人”のことを考えてしまうだろう
そして貴方の寂しい心は知ることになる
電話さえしてくれれば、貴方は“あの人”のものなのにと
真夜中のほんのわずかな時間
それは貴方が“あの人”のことを最も恋しく想うとき
(Translated by Saigottimo)
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何故かオリジナルのシナトラ、そしてジュリー・ロンドンはヴァースを歌っていないが、トニー・ベネット、カーリー・サイモン、ローズマリー・クルーニーはヴァースから歌っている(男性が歌う場合“あの人“はgirl,she,her,hers、女性が歌う場合はboy,he,him,hisだ)。
ヴァースの歌詞は、陽がまだ高い午後の時間から始まる。なんだかんだ言っても、することが見つけられるうちは慌ただしくしていることで気も紛れるもの。だが陽が落ちて、刻々と夜も更けていくうちに、だんだんすることも無くなってくる。さあ、貴方に何か(something)が起こりますよ、と主旋律を示唆する内容だ。
そして主旋律(chorus)は、真夜中のほんのわずかな時間でもついつい“あの人”のことを考えてしまって眠ることさえできない。だからといって羊を数えて眠ろうという気にもなれない。「ああ、電話くらいしてくれてもいいのに」なんて思ってしまう、そんな真夜中のひととき、これはいわゆる“魔の刻”なのかも知れない。
「wee」は「ちっぽけな」という意味だから「small hours」を強調して「ほんの少しの時間」となる。時間帯は「of the morning」だから最初は「朝」なのかなと思っていたが違った。朝だったら眠って夜が明けて目覚めた後の話になるが「wee small hours」は真夜中(午前1時~2時など)(研究社「英和中辞典」)を示すとのこと。
朝ではなく「真夜中」ということだから、主人公は寝てない、というか“あの人”のことが気になって眠ることもできない状況にあることを示している。ここでの「morning」は「午前」という意味だ。そしてこの曲のヴァースは、メロディも歌詞も綺麗に主旋律に繋がっているところが素晴らしいと思う。
Saigottimo





