10/16(土)、曙橋「Back In Town」でのjazzコーラスライブコンサートは大盛況だった。
我々FlimmzyもCorky'sも持ち味を存分に出し切ったパフォーマンスが出来た(残念ながら4小節分の「口笛」は練習の甲斐なく現地リハでも結果が出せずに断念したが)と思うし、何よりも多くのお客様に楽しんでもらえた、喜んでもらえた、という実感が持てたことが嬉しかった。
終演後の打上げの席で出演者一同が口を揃えて同じように述べていた感想がある。
それは70人を超える満席のお客様が最後までステージに集中してくれていたことである。
大抵の場合、途中で飽きておしゃべりが始まったりするものだが、今回のライブでは曲間のMCも含めて最後までお客様がステージに注目し、オーディエンス(聴衆)で居てくれたのである。
私自身は、おしゃべりもライブのうちだと思っているので余り気にはしていない。
もともとjazzは「淫売宿のチンドン屋」に始まり「禁酒法時代の闇酒場のBGM」で発展し「ダンスパーティのバックバンド」で確立されたという歴史からみてもステージ上の音楽が主役なのではなく、客席のお酒や料理やおしゃべりやダンスの方が主役なのだ。
クラシック音楽だって元をたどれば宮廷貴族の食事のBGMやパーティの気晴らしであり、それをコンサートホールなどで一音も漏らさずに聴こうとすることの方がむしろ不自然だと私は常々思っている。
だから私は来てくださったお客様が料理やお酒やおしゃべりと一緒に音楽も自由に楽しんでくれればそれで良いのだが、パフォーマー(演者)の中には、ちゃんと聴いて欲しい、おしゃべりされるのはイヤだという人も多い。
つまりお客様に良きオーディエンス(聴衆)たることを求めるわけであり、その意味でも今回のコンサートは有り難かったというわけである。
もう一つ印象的だったのは、1st.setと2nd.setを比べると、我々Flimmzyに関しては、明らかに2nd.setの方がミスも多かったので「1st.setの方が出来が良かった」とメンバーは皆そう思ったのだが、お客様に聞いてみると、皆ことごとく「2nd.setの方が良かった」と言うのである。
この食い違いはいったい何なのだろう?
打上の席でこの点を話題にしたら、Corky'sの内田さんは「いや、俺は客席で聴いていたけど、1st.setの方が絶対良かったと思うよ」と言う。
彼は我々がステージに居るときは客席に居るオーディエンスだが、リハなどの出来も知っているから、視点がパフォーマーと同じなのかも知れない。
皆でいろいろ話した結果、我々パフォーマーが気にする「出来」とオーディエンスが感じる「出来」の差、あるいは我々パフォーマーが届けたいものとオーディエンスが期待するものの差ではないかという結論になった。
パフォーマーは楽曲をしっかり正確に表現しようとするが、オーディエンスは(というよりお客様は)一つ一つの楽曲よりもライブ全体の流れやノリの良さを楽しむのではないかということである。
考えてみれば、先日の公開ゲネプロ(通しリハ)とは違って、本番のライブに来て下さるお客様は、我々パフォーマーのためのよきオーディエンスたろうとして来るわけではなく、休日の夜のイベントの一つとして自分が楽しもうとして来るはずだからである。