広島県尾道市の歯医者さいだ歯科医院の齊田健一です。

 今日は終日カッパドキア観光である。昨日からの雨で残念ながら気球ツアーは中止された。前もって一部ツアー代を払い込んでいるがどこかで払い戻しがあるだろう。まずバスにてエセンテペにある3本のキノコ岩で有名な「親子岩」別名「三姉妹」の岩を観に行く。

カッパドキアの地層は地上で見られる自然の奇跡の一つであり、中央アナトリアの火山が盛んに活動し溶岩や火山灰に覆われた「堆積期」、そして火山活動の停止と共に始まった「浸食期」において、自然の持つ相反する二つの作用が作り上げた作品と言える。「るるぶトルコ」に図解が載っていたので掲載します。

    

 

    

 まるでキノコのような格好の岩で、三姉妹の頭の部分は焦げ茶色で胴体の部分は白っぽい岩で出来ており、この頭の帽子の部分は玄武岩で胴体の部分は凝灰岩である。玄武岩下部の凝灰岩上部は柔らかく浸食されやすい。浸食は今も続いておりこれから何百年か何千年か後には浸食がさらに進み。帽子の部分が転げ落ちてしまい胴体だけになる恐れがある。現にそのような岩も多く見られたそれらは。三角形の岩となって残っている。

 次に「ピンクの谷」と言われる「ローズバレー」にいく。ここは岩に酸化鉄を多く含んでいることから岩が少し赤みを帯びている。そのため谷が夕日を浴びて真っ赤に染まることからこの名が付いたとか。ただ残念ながら我々が訪れたのは午前中でしかも曇っていてその光景は見れなかったが、岩が波を打っている様は面白いと思った、

    

 次に「ギョレメの谷」に行き、そこにある洞窟住居の一般家庭を訪ね部屋に上がらして貰い紅茶をいただきティータイムとなる。ご婦人がそこでの暮らしについて説明をしてくれた。何が不自由かとお聞きをしたところ、用を足すのに外の玄関脇のトイレに行かなくてはならないこと。また世界遺産なので自分の家であっても勝手に改築など出来無いことを言われていた。

    

 

    

 さらにトルコでは絨毯は工場で織るよりも家庭で時間をかけて織るのだという。現に壁際には織りかけている絨毯があった。また床に敷いている絨毯は代々この家で作ってきたものだという。絨毯はただ単に横糸、縦糸の問題では無く、模様を織るために時間が掛かるとのこと。40分くらいお邪魔した。そこをでて少し上に行ったところにお土産店があってご主人はそこの店主とのこと、その土産店で家内と二人帽子を買った。

 次にカッパドキアの最高所で巨大な岩山をくり抜いて造られた要塞のあるウチヒサールからの景色を見、そして鳩の谷に向かう。ここの人達は昔からブドウ栽培をしており鳩を飼いその糞を肥料として利用してきた。また卵は食料とし、殻は教会の壁に描かれているフレスコ画を描くための漆喰として利用してきた。

    

 今では観光客が餌をまくので鳩がよってくるが雀もやってきておこぼれを頂戴していた。

    

 その後トルコ絨毯店によってトイレ休憩とショッピングタイムとなった。色々絨毯について説明を受ける。絨毯を制作することは大変な仕事であり、高いものと安いものとの違いなどについて説明を受けた。中には天然の蚕の糸でしかもトルコの人間国宝のビュユカシュク氏が織られたものは2.4*2.0mで1200万円もするとかびっくりである。

    

ところで今日の天気は曇ったり雨が降ったりであったが絨毯店を出たときアラレが降ってきたのには驚いた。

その後アヴァノス地区に有る「ビズィム・エヴ」レストランにいき昼食となる。

    

 

    

カッパドキア名物「テスティケバブ」であった。これは壺の中に野菜と肉が入っていて火が付いたままテーブルまで壺を持って来てくれた。その後火を消し、壺の中身をご飯にかけてたべるが一種のカレーライスのような感があった。

 昼食後、バスにてギョレメ野外博物館に行く。途中「赤い川」の名前をもつトルコ最長のクズルウマク川を渡る。この川から取れる赤土と粘土を用いた陶芸がヒッタイト王国時代から現代まで続いていると添乗員Gさんから説明を受けた。途中の山の断面には赤い土が見える。

    

 このギョレメ野外博物館には多くの教会がある。「るるぶトルコ」の説明によると、『イスラムの圧迫から逃れるため、9世紀頃からキリスト教徒は岩を掘って洞窟に教会や修道院を造ったと言われている。その中心となった場所がギョレメで、一帯には400~500もの教会があったという。現在は約30の教会が野外博物館として公開されており、信徒が描いたフレスコ画などが見学可能である。』

 入場口にクズラル修道院がある。本来4っの教会からなるが2番目の教会の名前をとってそうよばれているとのこと。そこから坂道を上っていくと教会が連なっている。

    

 

    

 綺麗なフラスコ画残っている教会は入場料がいるので無料の教会の中に入って観た。ただし入場料を払ってもフラスコ画の撮影は禁止とか。その代わり出口付近にフラスコ画の写真パネルが展示してあった。

    

 それにしても昔の人は宗教心が旺盛なのか良くもこんなに教会を造ったものだと感心する。

 その後バスにて「パシャバウ」にいく。ここではミニハイキングとして30分ほどの行程でキノコ岩が立ち並ぶ横を通りながら観光をした。

     

「妖精達の住家」は一つの岩から2本、3本とのびる複数の首に「帽子」被った格好をしており、ビザンチン時代に隠遁生活を選択した修道僧達の隠れ家でもあった。本当に色々な形状の岩がある。写真の岩は教会でありトルコと日本が共同で修復したと案内板が掲げてあった。

       

他にも色々の形状の岩があり、珍しさと不思議さでお伽の国に来たような錯覚になった。

    

また途中に軍警察(憲兵隊)の看板がありトルコ語と英語と日本語が書いてあった。 日本語で「ようこそ 私たちの地域でお会いできてとても嬉しいです あなたの平和と安全のために、私たちは電話としてあなたの近くにいます。 軍警察」と書いてあり驚いた。

    

 次に「デヴレント」に向かう。ここにはラクダ、フクロウ、トカゲなどのユニークな岩が想像を膨らませてくれる事から「イマジネーション」の谷ともよばれている。

     

ここでカッパドキアの観光が終わりいったんホテルに帰り夕食を済ませた後、洞窟レストランでのベリーダンスと民族舞踏のショーに出かけた。おつまみとお酒が出て飲みながら観賞した。

    

明日はトルコ旅行最後の日である。続きはPART 8へ