誰かにイラっとするとき
その奥に 自分の中の封印された感情が
解放されるのを待っている。
主人が野球を見ながら
私の話を聞いている。
「うんうん」と頷いているが
上の空。
挙げ句の果てには
話の途中にホームランで
大はしゃぎ
子供の相談だったので
私の中の怒りはMAX![]()
![]()

あまりにも腹がたったので
そこから口聞かない
目も合わさない
旦那はヤバイと思ったみたいだけど
そんなの知らねー
ここまではよくある夫婦の風景
その怒ってる私を 遠くから眺めてる自分が
「なんで怒ったの~」
と囁いてくる。
だって話聞いてくれへんし
だって興味もってくれへんし
なんで子育て一人でせなアカンのよー
アンタも親やろ
野球のが大事なんかぁ![]()

相手を責める言葉が溢れ出てくる
怒りの感情が出てくるときは
私が正しくて
あなたは間違ってるの状態に陥る。
でも私も正しくて
あなたも正しい
そんな見方ができると
少し冷静になる
まずは自分の怒りを感じつくし
冷静な目で見れるようになるまで待つ
冷静になるまでの時間が
最近は短くなってきたように思う
怒ってる最中も 半分冷静な自分が
問いかけてる状態だ
同じ出来事が起こっても
怒るひと そうでない人がいる
ということは自分の中に
火種がある
その火種に気づけば
少し変わっていくような気がする
私の場合は
話を聞いてくれない → 大切にされていない → 大切にされたい
大切に扱われることを許可しよう
自己肯定感が低かったので
自分は我慢して相手を喜ばせないといけない
わがままだから自分の感情を抑えなければならない
子供のころにそう思い込んでしまったようだ
自分が自分のことを大切にすることができていなかったんだ
自分を優先することがいけないことだと思っていた
本当は自分を自分の感情を
大切に大切にしたい
その感情が もう解放していいんだよと
怒るといる感情のサインでお知らせしてくれる。
そうすると話を聞いてくれなかった
旦那の態度があったから
解放できたと
少しだけ感謝できる。
大きな出来事であればある程
時間がたつと
あれがあったから今の私がいると
大きな感謝に変わる
自分の奥底の小ちゃな私が
私を嫌わないでと叫んでいる
少しづつそんな小さな私に気づいてあげれたらいいなぁ
そんな出来事でした
