頭を抱えても分かる筈が無い。
少年は、昨日この町に引っ越して来たばかりで、恨み辛み、怨恨など買いようがないのだ。
現に、目の前の男の顔自体、見た事が無い。身に覚えの無い追跡を受け、さらにナイフまで見せ付けられて、息の上がる焦燥が、理不尽な邂逅に対する怒りへと姿を変えていく。
「なあ。いい加減にしてくんね?テメェ、意味分かんねぇよ」
「薬、渡せ」
「はぁ?何だって?」
立ちはだかる男を牽制するように苛々と声を荒げた少年は、唐突に返された脈絡の無い言葉に眉をそばだたせた。
「惚けんじゃねぇ!金払っただろうが!さっさと薬渡しやがれ!」
怒りに任せて荒々しく応対していた少年は、投げ掛けられた言葉に再び瞠目した。
何故追われているのかという疑問が、追われる理由の身に覚えの無さという疑問へと、一気に姿を変貌させたからだ。
(薬って…何の事だよ)
「おい、お前。誰かと間違ってんじゃないのか?俺は…」
「惚けんなって言ってんだろうが!テメェ元村叶(モトムラカナエ)だろ?白峰高校一年!ちゃんと調べはついてんだよ」
「…」
少年は口を噤む。大きな人違いを期待していたのだが、残念ながら少年の名前は元村叶だった。学校名、学年まで言い当てられては唖然と目を見張るしかない。
(ちょっと待てよ。何で俺の個人情報ダダ漏れなんだよ!)
「出せよ!殺すぞ」
一人混乱していた叶は、ヒステリーに陥ったような男にいきなり胸倉を掴まれて、グゥと喉を鳴らした。
鼻先に鋭利な刃を突き付けられて、血の気が引く。
「ちょッ…」
(こんな町に引っ越してくるんじゃなかった!)
そう悲観して、目の前の男を殴り倒してやろうかと拳を固めた時、不意に頭上から声が降って来た。
「あのさあキミ達、うるさくて寝てられないんだけど」
(何だ!?)
有り得ない方向から突如掛けられた声に、叶と掴み掛かっていた男は同時に頭上を仰いだ。
行手を阻んでいる二階建住宅の屋根の上。そこに、頬杖を突き、寝そべりながら二人を見下ろしている男が居た。
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続く
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