医療とカネ イレッサが残した課題(毎日新聞より) | 労働組合ってなにするところ?

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2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

まず、最低生活基準を切り下げようとする動きに抵抗し、労働者のいのちと健康と働く権利を守り、東日本大震災の被災地の復旧・復興が住民の立場に立った形で1日も早く実現することを目指して、声を上げていくことを提起します。



4月12日、最高裁は薬害イレッサ訴訟において企業の責任を否定する判決を出し、2日の国の責任についての上告を受理しない判断を示したことと合わせて、原告の全面敗訴が確定してしまいました。

薬害イレッサ訴訟をどう評価するか、残された課題は何かについて、毎日新聞の社説を参考として考えたいと思います。引用部分は青で表記します。



社説:医療とカネ イレッサが残した課題

毎日新聞  2013年4月13日

http://mainichi.jp/opinion/news/20130413k0000m070133000c.html


 肺がん治療薬イレッサの副作用で死亡した患者の遺族らが起こした訴訟の上告審判決で最高裁は製薬企業に賠償を求めた遺族側の上告を棄却した。国に対する訴えも退けられており、原告の全面敗訴が確定した。患者や遺族には納得できない結果だろうが、国は抗がん剤の承認審査を厳しくし、イレッサを投与できる患者も限定してきた。提訴が改善の実現に少なからぬ影響を与えたことは明らかだ。

 残された課題を指摘したい。販売当初、重大な副作用情報が「使用上の注意」の目立たない所に記されていたことが被害拡大につながったと指摘されるが、この点について国の指導権限や責任はあいまいなままだ。マイナス情報を医療現場に伝えることを企業任せにしていいのか。また、製薬企業の拠出金で副作用の被害を救済する制度はあるが、抗がん剤は除外されている。がん患者の救済も早急に検討すべきだ。

 看過できないのはカネについてもだ。イレッサの承認審査などに携わったり、訴訟で製薬企業側の証人に立ったりした医師の中に、同企業から寄付や講演料を受け取っている人が複数いた。一般的に研究助成のための奨学寄付金、学会開催の費用、講演や原稿執筆料など製薬企業から医療現場にはさまざまなカネが提供されている。産学協同は必要だが、もしもカネで専門的な判断がゆがめられる疑いが持たれたら、患者の安全がおびやかされるだけでなく、医療の信頼は失墜するだろう。

 京都府立医大のチームによる降圧剤の臨床試験論文が国内外の学会誌から「データに重大な問題がある」として撤回された問題でも、製薬企業は論文を製品のPRに使う一方で、多額の奨学寄付金を論文作成に携わった側に提供していた。

 政府からの研究資金が限られ、現行ルールでの新薬の治験を考えると企業活動と医師の研究を分離することは難しい。信頼を保つためには情報開示と外部からのチェックが不可欠だ。日本医学会が企業からの寄付など医学研究における「利益相反」を自己申告することなどの指針を策定したのはそのためだ。

 製薬企業の団体である日本製薬工業協会も資金提供を公表するガイドラインを今春施行した。ところが、医師らの個人名を明示しての原稿料や講師謝礼の公開は1年延期された。「医師会や医学会から、まだ十分に周知徹底されていないとの要望があったため」と同協会はいう。

 国の成長戦略に医療が位置づけられ、患者数の多いがんなどの新薬に巨費が投じられる時代だ。副作用などの危険情報やカネについてもっと透明性を高めるべきではないか。



負け惜しみに聞こえるかもしれませんが、裁判に勝つことはできなくても裁判を提訴することそのものが社会に影響を与えることにより、原告が目指すことの一部が達成されることがあります。

あの三郷生活保護裁判においても(これは勝訴した事例ですが)、判決を迎える数年前に既に、裁判提訴後に三郷市福祉課の対応が改善されたという報告が地元の支援者からされています。

薬害イレッサ訴訟も、薬害や新薬承認審査の問題について世に知らせ、国の薬事行政の改善を促しつつあるということについては、原告の目的の一部は達成されたのではないかと思います。原告には納得できない思い、悔しい思いもあるでしょうが、その点については誇りを持っていただきたいと思います。そして、長きに渡る困難な裁判に取り組まれたことに、尊敬の意を示したいと思います。


しかし、今後も研究が重ねられ、新たな抗がん剤などの新薬が登場することが予測される以上、問題はまだ終わった訳ではありません。

全く副作用のない薬というものはあり得ない以上、医療従事者や患者に正しい情報を適確に伝え、リスクを把握したうえで主体的に薬を選択することを可能としなければなりません。そのためには、副作用情報をよりわかりやすく明確に伝えることを製薬会社に義務づけるような法の整備と、義務づけられたことが確実に実施されるように監視・指導する行政の整備が必要でしょう。そして、そのために新薬の承認が遅延することがないように、薬事行政に関わる人員の確保も必要だと思います。

資金提供については、公開も重要ですが、いっそ製薬会社から提供された資金を第三者機関に集中し、研究者が申請して資金提供を受けるような形にして、製薬会社と研究者の直接的なつながりを切ってしまうというやり方もあるのではないかと思いました。とすると、その第三者機関の中立性をいかに保つかという課題も出てきますので簡単にはいかないでしょうが、「カネで専門的な判断がゆがめられる」ようなことは防がなければなりません。そのためにはどのような方法が適しているのか、もっと多くの知恵を出し合わなければならないと思います。


新薬に期待をかける患者さんやご家族の思いが裏切られることがないような薬事行政の実現を願います。